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第二章 買い物と賭け

 次の日。陽が南東の空に煌めく頃、メイビスは宿を出て商店街にきていた。

 今朝早くメイビスはこれからどうしようかと頭を悩ませてあることに思い至ったのだ。

 それは、伝説の賢者の話。

 この星に存在する、大陸から隔絶された小島。そこには、賢者が暮らしているという話があるのだ。その賢者はこの世のさまざまなことを知っているのだという。だがその島へ行くのは至難の業であり、船でその海を渡ろうとした者は誰一人として帰ってきてはいないらしい。

 だが、その賢者の島にたどり着き、うまく話ができれば、ドロドーから王座を取り戻す方法がわかるはずだ。

 そう考え、メイビスは賢者の島に向かうべく旅に出ることにしたのである。

 街は人でにぎわい、あちらこちらで威勢のいい声が飛び交っている。その中を歩くメイビスは、こんなうわさを耳にした。

 メイビス王女がランセット王を殺しその罪で処刑され、ドロドー王妃が女王の座についた、というものだ。

 もうドロドーが女王になってしまったことは予想がついていたが、処刑されたというのは意外だった。

 てっきりメイビスが逃げたということを公にも伝えたのかと思っていたが、そうでないらしい。きっと秘密裏で兵士が探しまわっているに違いなかった。メイビスはあたりに兵士がいないかと目をめぐらせ、少しでもそれらしき人影があるとすぐ人混みにまぎれて難を逃れた。

 そうしながらメイビスが向かうのは宝石商の店だ。

 彼女を出迎えたのはやせ気味の高年男性だった。「いらっしゃい。何のご用かね」

 群青色の長丈ドレスの裾をつまんで軽くお辞儀し、メイビスはアクセサリーを男性に見せて言った。「宝石を売りたいんですの。これだけでいくらになりますかしら」

 彼女が手にするのは金や銀、水晶や宝石のついたアクセサリーの数々。

 ただ、アリア王妃から譲り受けたサークレットや金の首輪、足輪だけは売らなかった。

「す、すごい」男は目を見開き、少し顔を蒼白にしたように見えた。それほどに高価な代物だったのだろう。しかしメイビスはまったく痛手だとは思わない。この旅が無事成功すれば、それくらいいつでも買えるからだ。

「これは百億ノラだね。本当に売るのかい」

 ノラとはこの国の通貨単位のこと。百億ノラは、贅沢して五年は過ごせるほどの大金である。

「もちろん売りますわ」

 そうしてメイビスはたくさんの金貨を手にした。これがこの先の旅を助けてくれるものになるだろう。

 次に鞄屋で荷物を入れるための手提げ鞄を購入したメイビス。そのまま飲食量を買い占め、地図屋に寄ってから、武器屋へやってきた。

 武器屋の主人が声をかけてくる。「こちらは武器屋でございます。どれをお求めでございましょうか」

 小太りの店主の背後にはずらりと棚が並び、そこには短剣やら大鍬、大剣、槍などさまざまな武器が飾られていた。しかしメイビスの目を惹きつけたのは、一本の弓だった。

 銀の装飾が施された弓。それは他に何本も並べられている弓と比べ小ぶりだったが、とても言葉では表せぬほどに美しかったのだ。

 一目惚れというやつだった。彼女は手持ちの金で少々高価なそれを買い、手に取ってみる。見かけよりは重いが、引きやすく頑丈だった。

「これからこの弓を頼るときもあるでしょう。どうぞわたくしを守ってくださいな」

 弓にそっと語りかけ、前を向くメイビス。

 最後に買うのは旅の必需品である馬だ。弓もそうだが乗馬は王女の嗜み。慣れたものである。

 彼女は弓をさすりながら微笑み、馬屋へ向かうのだった。


 これまで買い物は好調だった。

 しかし馬屋へきて、メイビスは肩を落とす。

 馬が一頭もいないのだ。

「品ぎれですの」

 店の女主人に訊ねると、彼女は深く溜息をついた。「ごめんね。昨日、馬がみんな買われちまったんだよ。十頭以上はいたんだけどねえ」

「十頭も昨日だけで、ですの」驚くメイビス。いくら活気のあるこの町でも、さすがに一日十頭は多過ぎではないか。

「兵隊さんがみんな買っちまったんだよ。なんだか軍事訓練に使うんだとさ。迷惑なこった、馬という馬をみんな買っちまって。隣町もだめだろうよ」

 軍事訓練を強化してどうするつもりかは知りませんけれど、ドロドーのことですもの、きっと何か企んでいるに違いありませんわ。そう考え、脳裏によぎるドロドーを憎々しく思うメイビス。でもないものは仕方なかった。

「そうですの。残念ですわ」

「こっちだって困ったよ。馬が十頭は手に入らないと店は開けてらんないからね。はああ、どうしたもんかねえ」女主人は苦笑し、「じゃあね」と手を振った。

 メイビスは馬屋を立ち去り、頭を悩ませる。

 この先のことを考えれば、どうしても馬が必要だ。

 先ほど買った地図を広げ、見てみる。

 大陸は広い。

 世界地図の七割ほどを占めており、その北側に王城がある。

 そしてメイビスが目指すべく賢者の島は、大陸最南西端の町から船で渡ることになるだろう。つまり、かなりの距離を行かなければならない。まず徒歩では無理だ。

 ふとメイビスはひらめく。馬屋に馬が残っていなかったとしても、商人やら旅人ならば馬は持っているはずだ。それをどうにかして買い取れればいいのである。

「とりあえず、馬を探しましょう」

 そう言ってメイビスは馬を探して歩き出した。


 商店街の入り口まで戻ってきた。

「あら」そこで、一頭の馬を見かけ、足を止める。

 中年の男が白い仔馬を連れて歩いている。とても毛並みが美しく可愛らしいその白馬は重い荷物をたくさん背負い、とても苦しそうだった。

「そこのあなた、少しいいですかしら」

 さっさと商店街の方へ行こうとする男を呼び止め、微笑んで話しかけるメイビス。

「なんだよ」男は仏頂面でメイビスを睨みつけた。「こっちは急いでんだ。道を訊くなら他にしときな」

「いいえ。お話があるんですのよ。その馬、お譲りいただけませんかしら。もちろんただでとは申しませんわよ」そう言って白馬を指差し、メイビスは金貨を男に見せる。

 男は一瞬驚く。が、首を振った。「だめだね。俺は行商人だが、こいつはどうしても必要なんだよ。今は馬が足りねえらしいしよ。さ、行くぜ」そっぽを向き、白馬に歩くよう命じる男。

 だが白馬は悲しげにいななき、その場を一歩も動こうとしなかった。じっとメイビスを見つめ、何かを訴えかけているようだ。

「さっさと動くんだ、この」

 苛立たしげに男が手にしていた鞭を振るう。パシッ、と激しい音がして鞭が馬の尻を打った。悲鳴のようないななきを上げる仔馬だが、決して歩こうとしない。

 その姿があまりにも哀れで、メイビスはいたたまれなくなる。金でだめならどうやってこの仔馬を買い取ろうかと頭を悩ませ、そして言った。「賭けをしましょう」

 男が振り向く。「え。賭けだって」

「そうですわ。こういうのはいかがですかしら。わたくしは一億ノラを賭けますわ。あなたはその仔馬を賭けてくださいな。賭けにわたくしが勝てばその仔馬はただで頂きますわ。けれどもしあなたが勝てばわたくしは一億ノラをお渡ししましょう。いかがですかしら」

 メイビスはあまり賭けというものが好きではない。あくまでも博打であり、大抵は損をするものなのだ。しかし今は仕方なかった。馬が必要だったし、目の前の真っ白な美しい仔馬を無慈悲な男から救い出してやりたかったのである。

「ほう」肉食獣の目で男はメイビスを舐めまわすように見て、それから大きくうなずいた。「面白いじゃないか。一億ノラってのは本当なんだな。乗ってやる」

 賭けごとが好きなのかただで一億ノラというのに惹かれたのか、男はすんなり受け入れてくれたようだ。


 メイビスは男を待たせ、商店街でダイスを三つ買ってきた。

 六面体の非常に普通のダイスだ。何の仕かけもない。

「賭けはこれでしますわよ」

 ダイスを、一緒に買った小さなカップに入れる。

「どういう賭けだ」男が首を傾げた。

「簡単ですわよ。説明して差し上げますわ」

 ルールはこうだ。まず、ダイス三つ、カップと金貨十枚ずつを用意する。金貨はあくまでチップである。

 そしてカップにダイスを入れ振り、ダイスが見えないよう伏せる。三つのダイスの和が偶数か奇数を予想し、あたれば金貨を一枚相手からもらい、はずれれば金貨を一枚渡す。それを交互にやり、先に金貨がなくなった方が賭けに負けたことになり、メイビスなら一億ノラ、男なら白い仔馬を渡すのである。

「面白い。やってやろう」

 商店街から少し外れた街の広場。

 勝負はここで行われることになった。

 広場の砂の上で賭けはなされる。メイビスはドレスの裾をたくし上げてかがみこみ、男は地面に直接座りあぐらをかいてお互いを鋭い目で見つめ合っていた。

 砂上にダイス三つとカップ、金貨が十枚ずつ並べられている。

「どちらからしますの」

 メイビスの問いに男はにたにた笑った。「じゃあ、俺からさせてもらうよ」

「わかりましたわ。では、振りますわね」ダイス入りのカップを手にしたメイビスはそれを振り、一瞬で伏せる。その中身は誰にも見えていない。「偶数か奇数、どちらにしますの」

 偶数も奇数も確率としては同じ。

 男は目を閉じ、そして叫ぶ。「奇数だ」

 カップを外す。と、ダイスの目は、一、四、六、合計十一だった。つまり奇数である。

 メイビスの金貨が一枚取られ、九対十一になった。

「次はあなたが振ってくださいな」

 ダイスが振られる。

 こういったものはランダムに言うより同じものを言った方が確実だ。

「偶数にしますわ」メイビスの青い目が光り、ただ一心にダイスを見つめていた。

 ダイスの合計は、二、四、六で十二。

「あたりだ」男は悔しげに言って金貨を一枚よこした。

 これで十対十に戻る。

 これを何度も繰り返し、男はランダムに、メイビスは偶数と言い続けた。

 そして現在、男が十六枚、メイビスが四枚とかなり男の方がリードしている。

 このままでは負けてしまいますわ。そう思い、哀れな仔馬を見ると、白馬はこちらをじっと見つめていた。

 それがまるで応援してくれているように見え、メイビスは呟く。「このまま負けてはいられませんわ。あの白馬を救い出さなくてはなりませんもの」

 ダイスが振られる。「奇数か偶数か」男はにたにた笑う。

 ここではじめてメイビスは言うのを変えた。「奇数にしますわ」

 開けてみると、ダイスの目は、四、五、六。和は十五で、奇数だった。

 金貨が一枚メイビスの手元に戻り、五対十五に。「やりましたわ」

 一進一退の攻防。

 戦いは白熱し、まるで熱風を浴びているようにメイビスには感じられるほどだった。

 そして最後。

 逆転し、男が一枚、メイビスが十九枚となっている。男はかなり苦しい表情で、先ほど有利だったときとは大違いだ。

 メイビスがダイスを振る。「奇数か偶数かどちらにしますの」

「き、奇数」

 だが、カップを外してみるとダイスの和は、六、六、六で偶数だった。

 男の最後の金貨がメイビスの手に渡り、彼の手持ち金貨はなくなった。

「これであなたの負けですわ」美しい碧眼で彼を射抜いて立ち上がり、メイビスは静かにそう言った。

 男は白目をむき、顔を蒼白にする。「あ、う、負けた、だって。ああ、一億ノラがっ」そのまま昏倒してしまった。

 メイビスは賭けに勝ったのだ。

 男の傍に佇んでいた仔馬がこちらへ駆け寄ってくる。男に繋がれていた鎖をはずしてやると、馬は嬉しそうにメイビスのドレスに頬をこすりつけた。

「これでもうあなたは重い荷物を運ばなくてもいいんですのよ」仔馬に微笑みかけるメイビス。「けれどお願いがありますのよ。わたくし、これから旅をしなくてはならなくて。一緒に旅につき合ってくださいませんかしら」

 メイビスに見つめられた仔馬は歓喜の声でいななき、尻尾を振りまわす。

「どうやら了承されたようですわね。ありがとうございます。そうですわ、あなた、名前がいりますわね」男はこの馬に名をつけていなかったようなので、メイビスはしばらく考える。どうやら雌馬らしいため、可愛い名前をつけることにした。

「ホワーレ。ホワーレにしましょう。これからよろしくお願いしますわね、ホワーレ」

 ホワーレと名づけられた彼女はぴょんぴょんと跳ねて喜んでいるようだ。そしてホワーレはメイビスに背を差し出した。とても賢い仔馬である。

「では、乗らせて頂きますわね」

 小柄なメイビスならホワーレに乗っても大丈夫なようだった。乗り心地は最高で、柔らかくまるでベッドのようだ。

 尻尾を楽しげに振りまわしながら、ホワーレは駆け出す。

 メイビスも笑顔で言った。「ではこのまま南を目指しましょう。旅はこれからですわ」

 町を走り抜けるホワーレ。この先の小さな村に向かって風の速さで駆けて行った。

 こうして、銀髪美少女メイビスと可愛い白馬ホワーレの旅ははじまったのである。


挿絵(By みてみん)                    (第二章 挿絵)

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