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学園のアイドルだって、ただの女子高生!?

 朝。いつものように真桜と登校して、下駄箱で別れた。


「……?」


 自分の名前が書かれたプレートの前で靴を履き替えようとして、1枚の紙きれが入っていた。

 手紙? 今どき古典的な方法ね。

 四つ折りにされたルーズリーフを手に、私は周囲の目を気にせずに開いた。


『屋上に来い。 破島 彩華』


 これがラブレターだったら色気があったのかもしれない。

 真面目で堅苦しい文字は、書き手の性格を表すかのように達筆だった。

 ……破島さん。……私、何かしたかしら。


「麗良?」

「っ!? あ、また」


 真桜の声に、私は反射的に手紙を隠してしまった。

 小さく手を振る真桜を見送り、ホッと胸を撫でおろす。

 バ、バレた? って、なんでわざわざ隠したんだろうっ!? 


「お~い、どしたのレイ?」

「タエっ!? お、驚かせないでよぉ~」

「……いや、校門前までは一緒だったじゃん」


 鋭いツッコミに、私は返す言葉が出てこなかった。


「……手紙?」


 後ろから声をかけてきて、気づかないタエじゃなかった。


「……破島か。何か厄介なことじゃないだろうな」

「私も知らないわよ」


 ただ、破島さんが私のことを快く思っていないのは、ひしひしと感じている。

 顔を合わせれば睨まれ、数日前には呼び出されたことを思い返してしまう。

 真桜はただの……そう、特別な関係じゃなくて友達よ。それにたまたま【エアーダル】の常連さんで、毎日のように顔を合わせてる。……それだけよ。


「……レイ、顔が赤いけど熱でもあるのか?」

「な、無いわよ! 今日は大事な日なんだから!!」


 昨日のことを思い出してしまい、私は小さく頭を振った。

 別に変な意味を込めたわけじゃないわ。ああでもしないと真桜が離れようとしないからで……あれ? けど、さっきはいつも通りだったわよね……?

 私の中で、真桜は一度でも心を許してしまえば甘えてくる猫のような印象だ。

 だから、心のどこかで昨日みたいなことを要求される覚悟はしていた。

 それなのに、さっきは素っ気ないどころか意識すらされていない。

 まるで私一人が勝手に盛り上がって、ただの恥ずかしい勘違いを女になっている。


「レイ。屋上いかなくていいの?」

「え、ええ、そうね。ちょっと行ってくるわ」


 今日はどこか、真桜自身も朝からぼんやりとしている気がした。

 それは私もで、学年トップであり続けるためのテスト前にもかかわらず、どこか意識が散漫している。

 心配そうにするタエに鞄を預けて、私は足早に屋上へと向かった。

 成績には関係しない休み明けのテストだからなのか、通り過ぎる教室からは賑やかな話し声が聞こえてくる。

 タエもいつもの変わらず、焦りのようなモノを感じなかった。

 確かに出題範囲は狭く、山を張る必要もないくらい簡単だ。

 それでも、形式的にはテストである。

 学年トップであり続ける身として、気が抜けない大事な場でしかない。

 ……早く用事を済ませて、教室で復習しておきたいわね。それにしても破島さん、前回みたく直接呼び出してくれれば良かったのに。

 それとも、真桜がいるから気を遣った? 

 だったら私にも、少しくらいは配慮してくれてもいいんじゃないかしら。

 はやる気持ちを押さえつつ、私は階段を小走り気味に急いだ。

 一段ずつ足を進めていくうちに、辺りから聞こえていた喧騒が小さくなっていく。

 そして、屋上へと続く扉を前にした時には静寂に包まれていた。

 テスト前でもあまり緊張しないのに……急に怖くなってきたわね。

 ドアノブに触れようとした私の指先が、なぜか震えていた。


「よしっ」


 謎に気合を入れて、私は扉を押し開いた。


「おはよう破島さん」


 吹き抜ける風に乱された髪を押さえ、真っすぐと背筋を伸ばす破島さんに声をかけた。


「ああ、おはよう。わざわざ呼び出してすまない」


 無機質で感情が籠っていない声音に迎えられた。


「それは……はい、大丈夫です」


 絶対に真桜のことよね。

 真桜と関わるようになってから、顔を合わせるようになった破島さん。

 常に真桜の側に控え、幼い頃からの関係だということしか私は知らない。

 だけど破島さんは、私が学年トップで従姉である咲さんと2人暮らしであることをしている。学年トップであることは、掲示板に張り出されるテストの成績順位で名前を目にした程度で理由が通るかもしれない。

 ただあの時、確かに咲さんのことを従姉と口にしている。

 別に隠しているわけではない。

 それでも、誰にでも打ち明けていることではなかった。


「ま……槇宮さんのことで、何でしょうか」


 だから、若干の警戒心を抱いてしまう。

 一刻でも早くこの場から離れたかった。


「真桜様は関係ない。今日は、沼崎に一つ聞きたいことがあるんだ」

「……私に?」


 鋭く細められた目もとは、まるで私のことを射抜くように睨みつけてくる。

 ここでジョークの一つでも頭を捻る暇もなく、破島さんは1枚の写真を見せてきた。


「これはお前で合ってるよな?」


 手渡された写真には、確かに私が映っていた。

 それも私は上着を羽織っていながらも【エアーダル】の制服姿で、真桜と向かい合っている。


「沈黙は肯定と受け取るぞ?」

「こ、このことは……槇宮さんに話したの?」

「なぜ真桜様が出てくる?」

「だって、明らかに隠し撮りじゃない」

「私が聞きたいのは、ここに映っているのは沼崎で合っているかだけだ」

「そ、それは……」


 コスプレと言い逃れしようにも、破島さんの圧迫感に口が動かない。

 あの時、店内はまばらだけどお客さんはいた。それでも爽彦さんのご厚意で休憩を貰って、真桜が座るテーブルで一緒にいたのは事実。

 だからといって、破島さんがこのことでわざわざ訪ねてきた理由が――、


「聖光学院は、アルバイトを禁止しているはずだったよな」


 抑揚のない問いに、一瞬で頭の中が真っ白に染まっていく。

 そうだ、真桜が言ってた。……破島さんは、聖光学院の理事長とつながりがある。


「店主である谷崎爽彦さんは、高等部2年の一色タエの叔父で親戚という言い逃れはさせないぞ」

「どうして知ってるの?」


 明らかな個人情報もいいところだ。

 それを、私なんかを追い詰めるために調べる意味がわからない。

 一拍置いて、破島さんは口を開く。


「今は関係ないだろ」

「大ありですよ。私のことだって、どうして知っていたんですか? 下手すれば――」

「だから何だ」


 真桜といい、破島さんからも確固たる強い意志を感じた。


「だ、だからって……それは……」


 たった一言、返すだけでよかった。

 それなのに、なぜか私の方が責められるという罪悪感。

 無意識に握りしめていた拳を見下ろして、破島さんから顔を背けていた。


「真桜様にもしもの悪影響を及ぼす可能性がある。たとえ気に入られようとも、悪い芽を摘むのが私の仕事だ」


 恐らくそんな事を、真桜が頼んでいるはずがない。

 破島さんが勝手にとった行動であって、確かに真桜には関係がなかった。

 それでも――、


「タエに手伝ってって言われて、お詫びにケーキを――」

「ここ一か月もか?」


 取り付く島もなかった。

 これで停学? いや、一回目だから大目に……破島さん相手だ、無理よね。謹慎処分でも、内申点に傷ついちゃうよね……。


「もう、辞めたよ」

「たとえそうでも、昨日の今日だ。証拠としては十分すぎる」

「……破島さんはどうしたいの?」

「私は何もしない」


 冷たく、まるで興味がないと言わんばかりの口調。

 思わず顔をあげて、破島さんと正面から向かい合った。

 だけど――、


「沼崎の誠意しだいでもみ消そう」

 破島さんの顔には、何一つ感情が宿っていなかった。

 善も悪もない。

 ただ単純に、圧倒的な地位という権力を振るう。

 それ以上でも以下でもないと、有無を言わせない。

 まるで自分のことを棚上げにしても、私を屈服させる迫力があった。


「そんなことして楽しいの?」

「真桜様のためだ。……時間がないぞ沼崎」


 朝のHRを知らせる予鈴が鳴り響いた。

 それでも破島さん動じた気配もなく、その場に立ち尽くしている。

 真桜様、真桜様って……破島さんにとってそんなに大事なの? 自分勝手でワガママ、私のことを恋人だって親にまで紹介するわ。こっちの気持ちなんて何一つ考えないで振り回すし、付き合わされてるこっちの身にもなってよ。

 あの時だって、真桜は――、


『貴女、私に買われてみない?』


 まるで私のことを、物のように買おうとしてきたんだ。

 真桜に【エアーダル】でアルバイトをしていることがバレた時を思い出してしまった。

 だけど破島さんの言う誠意で、断ち切れるんだったら安いものかもしれない。


「て、槇宮さんにはもう近づきません」


 私は、破島さんに深々と頭を下げていた。


「その言葉、忘れすんじゃないぞ」


 足元に転がる、握りしめられた写真の残骸。

 私はそれを、ただ見つめることしか出来なかった。


「これで……良かったんだ……」


 ただ勉強ができるだけの一生徒と、学院の顔とも呼ばれるアイドル。

 もともと、私と真桜は生きている世界が違うのだ。

 私は丸められた証拠を拾って、ポケットにしまおうと手を止めた。

 破島さんのことだから、素人目でも合成した痕跡は残さないだろうな。

 たとえ頭では理解しつつも、私は必死に写真のシワを伸ばし続けた。


「ハハ、私……こんな顔してたんだ。それに……」

 

 真桜のヤツ、なんで私なんかを見て嬉しそうにしてるのよ……。

 見慣れた真桜の微笑む表情に、胸の奥がチクリと痛んだ。

 振り返ってみれば、私は真桜の側にいて普段から何を考えているか。それをどう感じたかなんて気にしたこともない。

 むしろ今まで、そんな余裕がなかった。

 だから私は、真桜の自分勝手さに振り回されている。

 そう思い込んでいた。

 だけど真桜は、私に対してしっかりと好意を伝えてくれている。

 初めは私の言い値で買う奇行だったかも知れない。

 それが私の認知していないところで恋人に発展して、気づいたらご両親に報告までされていた。

 同性同士であることを、真桜がどう説明したのか疑問ではあるけど。

 それに毎日のように【エアーダル】へと通ってくれる常連さん。

 ただの聖光学院にいる一女子生徒、同級生という枠には収まらない。

 私にとって、気づいたら大きな存在になっていた。


「……ああ、早く教室に行かないとな」


 鳴り響くチャイムの音に、私はシワくちゃの写真をポケットにしまった。

 重い足取りで階段を一歩ずつ下り、教室へと戻って着席する。

 朝のホームルームを踏まえて、テストの流れを説明された。

 それからのことはよく覚えていない。

 だけど、答案用紙には空欄なくしっかりと回答を埋められた。解き終わった後も、ケアレスミスもないか何度も確認を済ませている。

 恐らく、満点を確実に取れる自信はあった。

 それでも私の胸には、モヤモヤとした濃い霧のようなモノが広がっていく。それを感じたくなかったから、必死にテストへと打ち込んだ。

 ……真桜、こんな私でごめんね。

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