今はまだ、すれ違ったりだけど……
いつもの時間に起きて、私は身支度を整えてからリビングへと向かう。
「れいちゃん、おはよぉ~」
「……おはようございます」
咲さんの伸びがある、まったりとした寝起きのような口調。
実際、朝からソファでゴロゴロしてる姿に反応が難しい。
「おはよう麗良」
「莉々さんも、おはようございます」
咲さんの枕になって、太ももを占領されている莉々さん。飲みづらくないのか、珈琲カップを片手にソファの背もたれに寄りかかっている。
……莉々さん、本当に手のかかる義姉ですみません。
食卓のテーブルに用意された莉々さんが作ってくれた朝食。
珍しいことにパンじゃなくて、今日はご飯だ。他にも、シジミの味噌汁とほうれん草とツナを混ぜたお浸し。
そして何よりも目を引くのは、ホッケ焼きだ。とにかくサイズがでかい。
「……莉々さん。この卵焼きは……いったい?」
あと、焦げ目の黄金色に輝いて見える卵焼き。
食べやすく縦長のサイズに切られているものの、不自然にお皿の上で3か所にわかれて盛られている。
「咲の要望だ。プレーンにチーズ、明太子と……手間のかかるこの上ない」
「うへへぇ~だって、食べたくなったんだもん」
膝の上にいる咲さんの頭をなでる莉々さんだけど、どうも面倒に感じていない口調。
……莉々さん。義姉が度重なる面倒をおかけします。
「いただきます」
作ってくれたこと、咲さんのワガママに付き合ってくれたことに感謝して手を合わせた。
あの一件以来、私と真桜の表向きでは変わっていない。
朝は毎日のように校門前で待ち合わせして、昇降口まで手をつないで登校する。教室が一緒になったことで私の注目は消え、真桜へと集中して助かっていた。学院アイドルとして振舞う真桜の姿はいつ見ても完璧だ。
ただその反動が、私に返ってくる。
「ねぇ、麗良」
「こ、個室だからってんっ、外に彩華がいるかもんっ、するでしょんっ!」
「ぷは……大丈夫よ、防音は完璧だから……ね?」
艶のある真桜の唇から、糸が引くように唾液が垂れていく。
……人目がないからいいものの、もしも誰か来たらどうするのよ!
お昼休み。食堂の奥にある真桜専用ルームで昼食を食べ終わると、私の唇をデザートのように求めてくる。最初は当たり前のように私は戸惑って、専用ルームから逃げようともしたけれど扉が開かず。だから今度は、彩華が迎えに来る時間いっぱい室内を逃げてもすぐに捕まってしまう。
そのたびに、私の唇を貪られるので諦めて受け入れた。
「もう一回」
「……ダメ。そろそろ終わるでしょ?」
そして今では、私の膝に座って求めてくる。
首にしっかりと巻かれた腕は力強く、首を動かしても逃げられない。
「麗良」
けど、真桜は無理にはしてこない。
必死に拒む私の名前を呼んで、まっすぐと瞳を見つめてくる。
……ダメね。ただ名前を呼ばれただけで嬉しくなっちゃってる。
私の瞳を見つめたまま近づいてくる真桜の唇を意識して拒もうとしても、本能がそれを良してしてくれない。
「「んっ」」
最後に短く唇を重ねたタイミングで、お昼休みの終了を知らせる予鈴が鳴った。
「もうこんな時間なのね」
残念そうにする真桜だけど、表情には生気が満ち溢れさせている。
「真桜様、お迎えに上がりました」
「クラスが違うのに、わざわざありがとう彩華」
私の膝から降りていた真桜は、迎えに来た彩華に笑みを向ける。
……真桜のやつ、いつか人前だろうと襲ってきたりしないだろうな。
ここ最近キスだけでは物足りないのか、真桜は私の胸や太ももを触ってくる。それを毎度のように気づかれないように正して、ついでに呼吸も整えないといけない。
席を立つ私は、ふと彩華と目が合った。
「……れ、麗良も急がなくていいのか」
「あ、うん。今行く」
まだ呼び慣れないのかぎこちないけど、少しずつ彩華とも距離は縮まりつつある。
「……ふ~ん。ねえ、麗良。いつの間に彩華と仲良くなったの」
不満げに耳もとで囁いてくる真桜は、手の甲を抓ってくる。
私はその痛みに耐えつつ、真桜の手を振りほどこうと必死にあがく。
「彩華とは、爽彦さんつながりでお父さんと知り合ったの。たまにお店に来てたりするらしいわよ」
私が勤めている昼の時間ではなく、夜のバータイムだけらしい。
それもこれも、大本をたどれば莉々さんのお陰だ。
「またあの人……ね」
莉々さんの影を匂わせるたび、真桜は不機嫌になってしまう。
これに関しては2人の溝が埋まるのを、私は気を長くして待つしかない。
「どうかしましたか真桜様?」
「いえ、何でもないわ。……ねぇ、彩華。今日の放課後もしヒマだったら、ちょっと付き合ってくれない?」
「かまいませんが、どちらに?」
真桜が私を見て、嫌な笑みを向けてくる。
……おい、止めろよ? 確かにアルバイトの件はもみ消してもらったけど、あの時だけだからね!? ひっそり隠れてやってる状況だって知ってるでしょ!!
「ほらほら、次の授業が始まっちゃうよ! 彩華も急がないと」
「あ、ああ。……そんなに慌ててどうしたんだ?」
不思議そうな顔をする彩華の背中を、無理やり押して歩き出す。
「ほら、真桜も!!」
ニヤニヤと嫌な笑い方をする真桜は、後ろ手を組みながらついてくる。
本気かどうかはさておいて、私たちは教室へと向かう生徒たちの流れに沿って行く。
彩華とは私たちの教室前で別れて見送る。
姿が見えなくなるのを待って、私は真桜に小声で詰め寄る。
「何がしたいの!」
「私の麗良が、誰かと仲良くするのが嫌なのよ」
「だからってねぇ~私にも――」
「レイ、大変だ! 次の授業で提出する宿題忘れたから写させて!」
教室の扉が勢いよく開かれ、バカ丸出しのタエの声が廊下に響く。
頭痛の種がまた増えて、私は盛大にため息をついてしまう。
「タエ、それくらい自分でやりなさい。それと真桜」
悲鳴染みた声を発するタエを無視して、真桜を横目で見上げる。
「真桜は、私にとって特別だから。じゃなきゃ一緒にいたいとか思わないし、あれだって許したりしないから」
専用ルームでのことを思い出すだけでも、私の顔が熱くなっていくのがわかる。
「麗良。……私は普段からそういうことを口にしてほしいのよ!」
嬉々として声を上げる真桜の喜びように、私は呆れて笑ってしまう。
私にとって恋がどういうものか、まだわからないでいる。
だけどこれがそうなのであれば、受け入れざる得ない。
だって私は、真桜のことが好き。
この想いは誰にも譲らないし、譲ってあげるつもりもない。
あと、好きの安売りを続けていたら、真桜のことだからそれ以上を求めてくるだろう。
だからそう簡単には口にしないし、態度にも出さない。
これが私なりの気持ちのセーブの仕方、歯止めが利かなくなったらどうなるかも不明だ。
それくらい、私は真桜に夢中になっている。
出逢い方は金で買うという印象は最悪だったけど、そこも含めて真桜。
今後どうなるかはわからないけど、私は真桜のそばをいるつもりだ。
……真桜も、私と同じ気持ちであってほしいと願ってしまう。
「ほら、教室に入るよ」
私は真桜の手を取って、教室へと引っ張るように促した。




