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学園のアイドルだって、ただの女子高生!?その5

「……ここですか」

「ああ」


 車を走らせること十数分、ようやく本来の目的に到着したらしい。

 見上げてしまう10階建ての建物。全面ガラス張りで、中からは夜景が綺麗にみえる造りなのかもしれない。


「うちの会社が提携する飲食業界。その選りすぐりから、父の出店許可を得た店ばかりが軒を連ねている」

「はぁ……」


 つい生返事が出てしまった。

 要するにどういうことなのかと、考えてしまう。

 運転席から降りた莉々さんは、サングラスを外してビルを見上げる。


「またここに来ることになるとはな……」

「一度来たことがあるんですか?」


 深いため息を吐く莉々さんは、腰に手を当てて項垂れる。


「元婚約者と初顔合わせした場所だ」

「……あ」


 両親に反発して、婚約者の方を断ったのよね。……確かに、私だったら足を運びづらくて近づかないかもしれないかな。


「よぉ~し、りーちゃんの妹さんを迎えに行くぞぉ~」


 咲さんは無邪気にはしゃぎ、勢いよく車から降りる。

 だけど制止するように、莉々さんは咲さんの首根っこを掴んだ。


「咲はお留守番だ」

「えぇ~なんでよぉ!?」

「……そういうところが目立つからだ」


 辺りを見回すと、明らかに注目の的になっていた。

 莉々さんの好意でドレスアップさせてもらい、どうにか服装は浮いていない。

 だけど、明らかに落ち着いた雰囲気で大人びて見える。

 咲さんみたく、子供のようにはしゃいでいる人はいない。


「それに長居はするつもりはない。……だから待っててくれ」

「むぅ~れいちゃんだけズルいよ!」


 唇を尖らせる咲さんに、莉々さんは手を伸ばして片頬に触れる。


「あくまで今日は麗良の用事だろ? 気が向いたら連れてくるから……な?」

「はぁ~い、だったら待ってますよぉ~だぁ」


 大袈裟で子供っぽく拗ねる咲さんに、莉々さんは促すように車のドアを開く。

 ……手のかかる義姉ですみません。

 怒ってはいないだろうけど、咲さんに振り回される莉々さんに頭が上がらない。


「れいちゃん、ファイトだよ!」

「その……行ってきます!」


 窓から顔を出して手を振る咲さんに押されて、私は莉々さんの後ろに続いた。


「うわっ」


 中に入ると天井は吹き抜けで、目を引く大きなシャンデリアがぶら下がっていた。

 あまりにも現実感がなく、目を丸くして立ち尽くしてしまう。

 だけど莉々さんは物ともせず、フロントらしき場所に真っ直ぐと歩き出す。

 肝が据わっているというか、莉々さんって何をとってもカッコいいのよね。……咲さんには振舞わされてちょっと残念感があるけど、やっぱりこんな大人になりたいな。


「槇宮莉々だ」


 たったその一言に、フロントにいた女性は急に立ち上がって頭を下げた。

 ……こういうところは、見習わないように愛想よくしよう。

 最後の舌打ちが止めを刺したのか、慌てる女性が可哀想だった。


「本日最上階以外でしたらすぐにご案内可能ですが――」

「話にならないな。……麗良、行くぞ」


 まったく状況がのみ込めないまま、莉々さんが促すエレベーターに乗った。

 足元が浮く感覚に身を任せて、隣で腕を組む莉々さんを横目で盗み見る。


「心配するな、この先に真桜がいる」

「真桜の婚約者って、もしかして――」

「ああ、私の元婚約者だ」


 もし私が莉々さんと出逢って、日が浅かったら勘違いしていたかもしれない。

 苛立っているようで、どこか荒々しい言葉遣いに振る舞いは莉々さんの無意識だろう。

 だから気づく、些細な違和感。

 咲さん伝手で莉々さんに現状を説明して、真桜が居場所この場所まで連れてくれた。ただ教えてくれるだけでよかったのに、わざわざドレスコーデまで手配してくれる。

 私が一度家に帰って、身支度を済ませていたらこの時間に着いていたかも怪しい。

 けどそれは結果論。

 時間がないからと気を遣ってくれたわりに、回り道をしている。

 生まれて初めてのエステがあまりにも気持ちよすぎて、寝てしまっても起こさない。ドレスだって、胸元を少し調整するだけであまり時間がかからなかったと思う。

 時間がないと口にしながらも、急いだ様子もない。

 もしも真桜が私と同じで、今日のために身支度で時間がかかる。そう踏んだのだったら直接その場所に行けばいい。

 それに、来たくないここまで送ってくれて隣にいる。

 もしかしたら、誰かと会うためにだと考えれば想像がつく。


「……未練があるんですか?」


 わざわざ会ってまで、元婚約者に何か伝えたいことがあるのかと勘ぐってしまう。


「そんなわけないだろ? 私はただ、真桜がイヤイヤだったとしたら止めたいだけだ」

「……そうですか」

「それに、私には咲がいるからな」

「……それって」


 訪ねようとして、エレベーターが止まった。

 扉が開くと、莉々さんは変わらず颯爽と歩き出す。

 横顔はどこか笑っていて、それだけで聞かなくていいかなと思った。

 どこか噛み合わない2人だけど、仲の良さは常に見せられてきている。

 まるで私と真桜。

 互いの立ち位置とか関係性は薄いかもしれない。

 だけど今から少しずつ知り合っていけば、遠い未来には咲さんたちみたいな関係になってるかもと想像してしまう。

 だから、ここまで来たんだ。

 真桜に会って、第一声何を伝えようかと考えていたけど止めよう。

 一言、素直に私の想いを伝えるだけでいいのかもしれない。

 スッキリとした頭でエレベーターを降りて、莉々さんの横に並んだ。

 真っ赤な絨毯がフロア前面に敷かれ、少しだけ照明が薄暗くて大人びた空間を醸し出していた。

 ただ不思議なことに、人がいるとは思えないほど静か。


「真桜はあの扉の先だ」

「……莉々さんは来ないんですか?」

「私はここまでだ。それに……真桜にはどこか避けられてるからな」


 弱音を吐く莉々さんに代わって、私は先を進んだ。

 真桜が誰かを嫌う。……そんな事あるのかな?

 友達を作ろうにもどこか諦めたような口ぶりで、特定の誰かに執着した感じはない。……私以外は。

 裏を返せば、避けるほど莉々さんのことを意識している。

 まぁ、家庭は人それぞれだし、私が口を挟むことじゃないのかもね。

 ただ……お世話になった莉々さんだから少しだけ力になりたいな。うん、このことも真桜に伝えよう。

 扉の前に立って、どこか既視感を覚えた。

 重々しくて艶のある茶色い両扉に、触ると指紋が残りそうな金色の取っ手。

 どこからどう見てもお金がかかっているはず、それなのに躊躇いもなく触れられた。


「……麗良?」


 扉の先では、真桜が1人座っていた。

 ……ここもだ、やっぱりここは。

 純白なテーブルクロスの上には、2人分の食器が用意されている。

 婚約者と会うと言っていたけれど、まだ来ていないようで胸を撫でおろした。


「なんかここ、学院にある真桜専用のルームみたいだね」

「……ええ、そうね」


 だから私は、真桜と向かい合う正面の席に座った。

 真っ白なドレスは胸元を強調して、両肩を涼し気を出している。サイドにまとめた髪をアップにまとめて、正面からでも健康的な首筋が艶めかしい。

 まるでお嬢様のようで、私とは本当に生きる世界が違う存在のようだった。

 驚いた様子の真桜に、私はついつい見惚れてしまう。


「麗良、どうしてここに来たの?」

「真桜を迎えに来たのよ」

「……ここがどこで、どういった場所なのか分かっているの?」

「うん。莉々さんからお父さんが経営する会社の建物で、真桜が婚約者と会う場所。……でしょ?」

「そこまでわかってて……莉々さん? ……そう、姉さんも来てるのね」


 明らかに真桜が不機嫌になった。

 整った眉を顰める様子に、私はつい笑ってしまう。


「あれだけ妹想いで優しいのに、どこが嫌いなのよ」

「麗良は知らないだけ。あの人は自分勝手に家を出たかと思うと、仕事を手伝うとかで戻ってきて。……それなのに、家にはあまり帰ってないみたいなのよ」

「それが、莉々さんを避ける理由?」

「違うわ。……ただ今は、本当に姉さん対して苛立ってきているかしら」


 おお、珍しく真桜が私以外に感情的になってる。それに莉々さんが自分勝手か。……あんまり想像できないな。

 この辺は、後で莉々さんと話し合ってもらうことにしよう。

 本題はそれじゃない。


「それで、麗良は姉さんまで引っ張り出して何しに来たの?」

「だから、真桜を迎えに来たんだって。……婚約者とはまだ会ってないんでしょ?」

「そろそろ来るはずよ。……だから、麗良は帰ってちょうだい」

「イヤだよ。だって私、真桜のことが好きだもん。友達としてじゃなくて……その、真桜が言う……恋人としてなのかもしれない」


 改めて、私は真桜を前に恋人であることを認めた。

 今朝は濁したけど、先に真桜が私のことを勝手に恋人にしたんだ。

 だから文句は言わせない。


「……麗良。ムリに私のことを引き留めようとしなくていいのよ」

「莉々さんに言わされてるわけじゃないし、この想いは私の素直な気持ち」


 胸に手を当てて、真桜の目を真っ直ぐと見つめる。

「私は真桜が好き。だからお願い――」

「その言葉に、ウソはないのよね?」


 さっきまでの不機嫌はどこへやら。

 空調が効きすぎて、背中を開いたドレスだから寒くなったのか背筋が震えた。


「それを聞けただけでも嬉しいわ。ああ、録音しておくべきだったかしら」


 真桜はサイドにまとめていた髪を解いて、乱暴に首を振って乱してしまう。胸元を強調するように腕をあげると、上体を逸らして肩を落とす。

 はめていた肘丈の白い手袋をテーブルに置いて、真桜は口もとに笑みを浮かべた。

 ……何か、嫌な予感がする。

 本能がそう、私に告げてきた気がした。


「麗良、さっきの続きを聞かせて」

「続き?」

「『私は真桜が好き。だからお願い――』」

「復唱しなくていいから!!」


 恥ずかしさのあまり、声を荒げて立ち上がってしまう。

 けどどこか懐かしいやり取りに、軽く咳払いをして呼吸を落ち着かせる。


「私は真桜が好き。だからお願い、その婚約を断って欲しい……ください」


 勢いでここまで乗り込んできたけど、この場合は私がお願いする側なのか悩んだ。

 あげく、語尾に締まりがなくなってしまった。


「麗良、私は言ったわよね? ムリに引き留めなくていいって」


 にんまりと笑う真桜に、私は首を傾げてしまう。

 ムリに引き留めなくていい。言葉通りに受け取れば、その必要性がないということ。だけど、どうしてその必要性がないのか説明されていない。

 だからここまで来た。

 その真意が知りたくて、私は真桜を真っ直ぐと見つめる。


「麗良、場所を変えましょう」


 それだけ言い残して、真桜は席から立ち上がる。

 そのまま私を置き去りに、一室から出て行ってしまった。


「……真桜?」


 私も追いかけるように部屋を出た。

 独占とまではいわないけど、真桜は常に私のことを気にかけて心配してくれる。ほんの些細なことでも聞いてくるし、私が口を開けばジッと見つめて黙り込む。耳を傾けるにしては、あまりにも真剣すぎるなと感じていた。

 学院アイドルと緊張していたけど、今ではどこか心が落ち着く場所になりつつある。


「……」

「……真桜?」


 追いかけた先のエレベーター前で、真桜と莉々さんが向かい合っていた。

 改めて、姉妹とは思えないほど真桜と莉々さんは似ても似つかない。

 例えるならば、お嬢様と護衛のSP。

 服装も真桜がドレスで、莉々さんがパンツタイプのスーツだからなのか余計にそう見えてくる。

 それくらい、2人の存在感に現実味がなくて魅入ってしまう。


「……真桜?」


 腕を組む真桜に対して、莉々さんは珍しく困惑しているようだった。

 真桜が莉々さんのことは嫌っている節はない。

 ただ、真桜が怒りを露にしているのは雰囲気で察しがつく。


「後のことは任せていいんですよね」

「ああ、代弁しておこう」

「必要ありません。私は姉さんと違って、お父様には事前に話をしてあります」

「……そうか」

「……」


 ぎこちなさ過ぎる会話を、私は息を呑んで見守ってしまう。


「……」

「……」


 それ以降、真桜と莉々さんは一言も言葉を口にしなかった。

 エレベーターの到着を知らせる軽快な音に扉が開き、真桜は乗り込んでいく。


「麗良、帰るわよ」

「え、莉々さんのことは――」

「麗良」


 真桜に語気を強められ、慌ててエレベーターに足を運んだ。

 莉々さんの横を通り過ぎ際、私は横目で莉々さんに視線を向けた。


「……」


 だが気づいてくれた様子もなく、莉々さんはただ静かに真桜を見つめていた。

 だけど真桜は莉々さんに一切目もくれず、私がエレベーターに乗り込むと閉じるボタンを長押しし続ける。

 ……この2人の間に、いったい何があったのかしら。

 いつだったか、酔った勢いで莉々さんが真桜に抱く気持ちを聞かされている。あの広いマンションは、勢いではあるけど莉々さんが真桜のためを想って買った場所。

 そこに住まわせてもらっている私からすると、確かに入居人が増えれば賑やかで楽しいかもしれない。

 莉々さんの妹が真桜だと知る今日まで、そんな未来を想像してきた。

 たださっきの数秒の沈黙に、真桜と莉々さんの間には壁がある。

 第3者であるはずの私が傍からでも目に見えるほどにだ。


「麗良、2人っきりになれる場所知らないかしら」


 確かに真桜と話したいことは色々とある。だからまぁ、2人っきりで落ち着いて話したいのは私も同じだ。

 だからといって、都合よく思い当たる場所は出てこない。


「……あ、なら」


 私の提案に、真桜は眉間にシワを寄せて露骨に嫌そうにする。

 だけのこの時間、未成年である高校生は補導されてしまう。

 渋々といった真桜を引きずるように建物を出て、場所を移動した。


◇    ◇     ◇


「ここだよ」

「……お邪魔します」


 建物を出るとき、車で待っていた咲さんと鉢合わせた。

 真桜との初対面に子供のように無邪気に喜んでくれて、諸々の事情を話すと快く了承してくれている。

 そして今、私が住むマンションに到着した。

 電車で移動しようにも、辺りはライトアップされたオフィス街。チラホラと私たちのようにドレスコーデした大人がいたけども、雰囲気から未成年であることがばれる可能性がある。

 それを気遣ってか、咲さんがタクシーを拾ってくれて帰ってこれた。

 だけどまぁ、車内はとにかく沈黙で空気が重く。いろいろと聞きたいことがあったけど、真桜が口を開く様子もなかった。

 だからまだ、何も聞けていない。

 私の部屋へと真桜を案内した。

 辺りを見回す真桜の表情は、ドンドンと機嫌悪くなっていく。


「へぇ~ここが麗良の部屋なのね」

「……とにかく座ってよ」


 椅子かベッドかで悩んだあげく、自由に選んでいいように私はしばらく立っていた。

 私の部屋に真桜がいる。

 それがどこか現実味がなくて、自分の部屋なのに少し落ち着かない。

 急だったけど、部屋は常に綺麗にしている。

 正確には綺麗にしているというか、ただ物が少ない。他にも1人にしては部屋がとにかく広すぎて、家具を置く場所があり余っている。

 部屋の中央にダブルベッド。その脇にはシンプルな勉強机に本棚は、引っ越して来たら用意されていた。壁一面のクローゼットと衣装ダンスを置いているけれど、半分も服がないの持て余している。

 それ以外の家具はない。

 フローリングに布団を二組敷いてもまだ余裕がある。

 これが咲さんの部屋と、もう一つの空き部屋。

 おそらく真桜がここに住むときの部屋なのかもしれないけれど、物置とかしている。


「……ここにあの人も出入りしてるのね」

「莉々さんのこと……だよね、うん。というか、家主? です」

「……」


 真桜の整った顔が、さらに険しくなっていく。


「家主? 真桜のお姉さん……咲さんだったわね。その人が――」

「うん。その辺も詳しく話すからっ! ……ね?」


 そんなに莉々さんが嫌いなのか、真桜が急に詰め寄ってきた。


「そのドレスもそう……麗良。脱いで」

「はい!?」

 肩を力強く掴まれて強引に脱がされそうになった。

 だけど身の危険に体が反射的に動いて、真桜を押し倒す形で拒んだ。

 後ろがベッドだから怪我をさせることはなかったけど、とにかく今の真桜は冷静じゃないのだけはわかる。


「真桜。いい加減にして!」


 口調強めに真桜の顔を真っ直ぐと見つめた。

 真桜が莉々さんのことで気が立っていても、今はそれじゃない。

 知りたいのは、真桜が婚約者との今後をどうするつもりだったのかだ。

 明らかに真桜と莉々さんとの間で、話が済んでいるようだった。

 けど、私は何も聞いていない。

 じゃなかったら迎えに行くどころか、婚約の話を断って欲しいなんて頼みに乗り込む。そんな非常識なことをするわけがない。

 真桜のご両親がお金持ち? というか何かの起業家さんで、一般家庭で生まれ育った私が逆立ちしたところで太刀打ちできるわけがない。

 ご令嬢とも呼べる真桜の縁談を邪魔した。

 その事実に、冷静になって背筋が震えてしまう。

 ……私、無事に今後の生活遅れるかしら。


「……ごめんなさい。少し冷静じゃなかったわ」


 短く息を吐いて、真桜は口もとに笑みを浮かべている。

 いつもの余裕のある真桜の表情に安堵して、私は上から退こうとして阻まれた。

 ゴロリとベッドの上を転がされ、真桜と私の場所が入れ替わる。


「……真桜?」


 真っ直ぐと見下ろしてくる真桜の瞳は熱っぽくて、肩から流れる髪が私の顔をくすぐってくる。


「麗良。……強引なのもいいけれど、それは私の役割よ」

「何のことぉ!?」


 迫りくる真桜に、私は必死に抵抗しようにも解けそうにない。

 どこにこんな力がぁ!?

 事故とはいえ、最初に真桜を押し倒したのは私の方だ。防衛本能で拒んだけれど、この力はさっき以上のものを感じる。


「大丈夫……私は覚悟できてるわ」

「私は何のことかすらも理解してないわよぉ!?」

 

 肩を抑えつけられて、自由に腕が動かない。

 だから私は頭を使った。比喩表現とかじゃなくて物理的に。


「「っ!?」」


 かなり痛かったけど、真桜が怯んだ隙にベッドから転がり落ちた。


「……麗良。流石に本気で拒まれると傷つくわ」


 額を摩り、涙目の真桜を睨みつけた。

 文句の一つでも言ってやりたかったけど、いつになっても本題に入れない。

 痛む額を摩りながら、私は椅子に腰かけた。


「麗良……そんなに私のことが嫌いなのね」

「嫌いだったら……あんな場所まで行かないわよ」


 それに生まれて初めてのエステとか、慣れない高そうなドレスを着たりしない。


「嬉しいこと言ってくれるわね。それだけで、婚約を断って正解だったわ」

「そう、そのことを聞きたかったの」


 サラリとだけど、私が一番気になっていたことを暴露してきた。

 真桜は不思議そうに小首を傾げてしまう。

 ……そういうところだ。

 何かと真桜は説明が足りないところがある。

 そのことを根掘り葉掘り聞くべく行動してきた。

 真桜は考えるように口もとに人差し指を当てて、鈴の音が鳴るように唸りだす。


「もともとなのだけれど、この婚約の話を断るつもりだったのよ。顔も見たことないし、話したことも一度もないの。それによ、元あの人の婚約者っておかしな話でしょ?」

「じゃあどうして、私に婚約者と会うなんて言いに来たの」

「どうしてって……麗良に隠し事をしたくなかったのよ」


 ……うん。確かに真桜は、素直に言いたいことを口にしてくる。時どき発言が斜め上過ぎて、一般人の私からすると常識を疑ってしまう。

 だって、小切手で同級生を買おうなんてしないでしょ?


「真桜の私に対する接し方はわかっているの。ただね、覚悟を決めてまで婚約者に会いに行った説明になってないわ」


 そのことで、私は勝手に1人で傷ついた。

 あげく、教室に行けば真桜がクラスメイトになっていて。周りにはここぞと言わんばかりに声をかける生徒たちに囲まれていた。

 外面だってわかっていても、終始笑顔を絶やさない槇宮真桜としての振る舞い。

 そんな中で、私のことを常に見つめるような視線。

 昇降口から下駄箱まで一緒に登校する光景や、真桜専用ルームで昼食を摂っていることは知られている。

 お陰でどれだけクラスメイトに質問攻めにされ、羨む視線に晒されたか。

 とにかく色々と迷惑をかけられている。

 それなりの説明がない限り、私は納得するつもりはない。

 睨むように、真っすぐと真桜を見つめた。


「それはただ……麗良がどれだけ私のことが好きなのか知りたかったのよ」

「……え?」


 私は軽い眩暈と頭痛に苛まれながら耳を疑った。

 ……コイツは変態か?

 どれだけ自分に自信があろうとも相手を、しかも勝手に恋人だと家族に紹介してしまうほど好かれていると確証があったことになる。

 今となってはこの真桜に対する想いは隠せないけども……いつからだ。

 私が問うよりも先に、続けるように真桜は口を開く。


「麗良ってもともと素直じゃないじゃない。今朝になってようやく私に心を開いてくれたけど、それはほんの一時的」


 腕を伸ばして手を出せば、触れられそうな距離。

 真桜のハキハキとしていて、一音ずつしっかりと紡がれる言葉を聞き逃すのが難しい。


「だからね、教室で麗良が私のことをジィ~と見つめる熱い視線を試したくなったのよ。他にもね、今朝の別れ際に麗良が拗ねたじゃない? その姿が可愛くて、もっと私に夢中になって欲しかったのよ」


 ……うん。コイツは……真桜は一周どころじゃ足りないくらいの変態だ。

 極度のド変態かもしれない。

 私の拗ねた姿が可愛いから? だからって、手のひらで弄ぶようなことをする意味がわからない。

いや、わかりたくもなかった。

 そうなると、気になる問題が生まれてくる。


「彩華から聞いたんだけど、私の家を知ろうとして尾行しようとしたことある?」

「そんなことも言ったわねぇ~。けど心配しないで、尾行はしてないわ。……まったく彩華ったら、余計なことをいうんだから」

「その、毎日【エアーダル】に通ってくれていた理由は?」

「麗良に変な虫が寄り付かないようによ」


 変な虫については深く追及はしないでおこう。

 あくまで個人の趣味で開いている喫茶店で、お客さんもほとんどが常連さん。休日はお洒落な大学生風の人や、大人たちで賑わうけど連れがいる。下心ありで声をかけてくる人とは、真桜以外で遭遇したことがない。


「じゃあ、人目もはばかることなく手を握ってくるのも――」

「同じ理由よ」


 そろそろ頭痛が酷くなってきそうだ。

 間髪入れない真桜の堂々さに、私は目頭を押さえた。

 何をどうしたからなのか、真桜に好かれる理由がまったくもって見つからない。


「質問は終わりかしら?」

「待って、もう少し考える」


 片手で真桜を制して、必死に脳をフル回転させた。

 だけど、どれだけ捻りだそうとも。テストの成績が良かろうとも出てこない。


「ねぇ……もしもだけど、あの場所に来たのって――」

「麗良」

「な、なに!?」


 気づくと、真桜が顔を覗き込む距離にいた。

 驚いてフローリングを蹴って、キャスターを転がして下がろうとする。

 それでも真桜は、逃がさないと言わんばかりにひじ掛けを掴んできた。


「……もういいでしょ? 私にとって麗良は特別なの。それ以上でも以下でもないわ」

「だからといって、私たち女の子同だよ!?」

「もう……そういうところが素直じゃないのね」


 何故かため息を吐かれてしまった。

 いつ、どんな形で人を好きになるかわからない。恋は何とかとも言うし、私は真桜のことは確かに好きだと口にした。

 だったとしても、今さらになって冷静に考えてしまう。

 これが、私の初恋でいいのか?

 咲さんが私のことを家族として大事にしてくれるのとはまた別で、莉々さんが真桜に自由に生きてほしいと思うのとも違う。幼馴染の彩華を始め、学院の生徒たちがアイドルのように慕っているわけでもない。

 それに、顔も見たことのない真桜の婚約者に取られたくないと思ってしまった。

 こんな独占欲。

そんな感情で、真桜を好きだと口にしていいのか。


「聞かせて。……麗良は、私のことが好き?」


 囁くような真桜の声に、私は頭の中でぐちゃぐちゃになっている考えを慌ててまとめようとする。

 だけどすぐにはまとまらず、見つめる真桜の瞳に私の意識は吸い込まれていく。


「好き。誰にも真桜の隣は譲りたくない」


 ハッキリとそう口にした瞬間、胸の中に何かが収まった気がした。

 今まではこのマンションの借金を返すため、勉強やアルバイトの両立を頑張ってきた。

 けど、その必要がない。

 それでも学生にとっての本分は学業であって、疎かにするつもり毛頭ない。

 それにアルバイトも禁止されているけれど、辞めるのではなく休んでいる。彩華に問い詰められたときは、出まかせを言ったけど辞めるつもりはない。

 だって、良くしてくれた爽彦さんや常連さんには感謝している。

 出来るのであれば、聖光学院を卒業するまで続けたい。

 それにタエには中等部からの付き合いで、私の家庭事情を知って【エアーダル】を紹介してくれた恩がある。

 今となっては友達以上で、私にとってのよき理解者。

 おそらく、今後も持ちつ持たれつの関係が続きそうな気がしている。

 それと忘れちゃいけないのが彩華の存在だ。

 最初は良く思われていなかったけど、真桜と一緒にいる以上無視できない。

 ただ、今日のことで少しは距離が縮まったと思う。

 このどれもが偶然で、無かったとしたら私に何が残る?


「心配しないで、麗良の側に私がいるわ」


 まるで私の心を見透かしたように、真桜が頬に触れてきた。


「私も、真桜の側にいるね」


 独占欲というよりも、これは依存に近い気がする。

 けどそうじゃない。と、言えることが一つだけある。

 私にはなくて、真桜は持っているモノ。

 自由でワガママなところ。

 そんなところに憧れて、惹かれたのかもしれない。

 人を好きになる理由なんてそれぞれだ。

 これが正解かなんて誰かが決めるもの、教えてくれるわけもない。

 だからまぁ、考えることはやめよう。

 今はこの気持ちに、素直に従っておく。


「そうなると、いち早くこの家から出る必要があるわね」

「……どうしてよ」


 真桜は真剣な面持ちで、顎に手を当てて考え込む。

 高等部を卒業してから大学に進学する。もしくは就職するにしても、住む場所は必要不可欠だ。

 勉強にアルバイトと両立はしてきたけど、将来的な金銭面を考えると引っ越したくない。

 たとえ莉々さんがいようとも、咲さんを1人にするのは色々と不安がある。


「だって、あの人がここに出入りしている。ましてや家主なんでしょ? ムリよ」

「……真桜。姉妹なんだから、そんなに嫌わなくてもいいじゃない?」

「嫌ってないわ。ただ、良く思っていないだけ。今だって、麗良が着ているドレスを買ったのがあの人だって思うと憎いもの」

「そのレベルで!? だから脱がそうとした? いやいや、莉々さんは良い人だよ? 口数は少なくて、最初は怖い印象はあったけど優しいよ?」

「麗良にそんな風に思わせた。私にとって、それだけでも腹立たしいのよ」


 真桜は腕を組んで、ワガママな子供のように拗ねてしまう。

 2人の間に埋まらない溝があるのは確かだ。

 それでも唯一の家族だから仲良くしてもらいたい。

 時間はかかるだろうけど、私が架け橋になるのもやぶさかではないと考えてしまう。


「出るにしたって私、お金ないわよ?」

「その辺は私が稼ぐわ」

「……稼ぐとは?」

「そうねぇ~、父の伝手でファッション誌の仕事でもしようかしら」


 ……真桜のヤツ、何でもありだな。

 だけど私は、真桜に少しでも自立した考えがあることに感心してしまった。


「そんなに急がなくても、ここで一緒に住むのだってありじゃない?」


 何かとするにも先立つものが必要だ。

 すぐにすぐには動けなくても、まだ私たちは学生で先が長い。そんな年寄りみたいな考えをしてしまう。


「将来的に麗良に苦労かけないためにも、色々とプランを練る必要性がありそうね」


 ブツブツと考え事を始めてしまい、真桜は私の話を聞いてくれない。


「真桜、ドレスにシワがついちゃうよ」


 私のベッドが真桜に占領されてしまった。

 普段から一人で寝ていても広いだけあって、全然余裕がある。

 今日は色々とあって疲れた。

 それに明日も学校だから、今すぐにでも眠りたい。

 だけど隙を見せて、真桜が襲ってくる可能性があるので気が抜けない。

 刻々と夜が深まっていく中、私は睡魔としばらく闘い続けた。

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