学園のアイドルだって、ただの女子高生!?その4
キーンコーンカーンコーン。
「起立、礼」
予鈴が鳴り響き、私は教室を飛び出した。
クラス委員には申し訳ないけど、今は時間が惜しい。
真桜の行き先はいまだ不明。
それでも伝手はある。既読はついて、返信も送られてきた。
「おい」
「……莉々さん!?」
「れいちゃ~ん」
昇降口を出て、一台の黒い車が停まっていた。
声が聞こえた方を見ると、スラッとしたパンツスーツ姿の莉々さん。大胆にも太ももまでの丈しかない薄手のニットセーター姿の咲さんが、勢いよく抱きついてきた。
いつものように、咲さんは過剰すぎるほどに頬擦りしてくる。
「どうして咲さんもいるんですか? 仕事は?」
「これも大事な妹のためだからね」
「いや、理由になってないですよ」
学院前で、少なくとも人通りがあって目につく。
こうもベタベタとされると、下校する生徒たちからの注目の的になってしまう。
「咲、今はそんな時間がないから後にしてくれ」
けどさすがに手慣れている莉々さん。
咲さんを私から引き剥がすように首根っこを掴み、助手席へと押し込んでしまう。
段取りとしては、マンションでの合流する予定だ。
それなのにわざわざ迎えに来てくれる予想外に、私は無言で莉々さんを見つめた。
「どうしてここに?」
「咲から真桜の件で連絡を貰って駆けつけたんだ。……麗良が同じ学院に通っているとは聞いていたが、まさか友達だったとは知らなかったよ」
真桜がお姉ちゃんには紹介したって言ってたけど、私だとは明かしてないのね。それはそれでいいのか? ……いや、恋人が同性だって知れたらどう思うんだろう。
恐る恐る莉々さんを盗み見ると、校舎の方を遠く眺めていた。
「……母校に来るのは久しぶりだな」
「莉々さんもここの卒業生だったんですね」
「ああ、麗良と同じ首席だ」
莉々さんは自慢するわけでもなく、サラリとそう口にした。
だけど私は驚かない。
嫌々ながらも親の仕事を手伝って、妹の真桜を自由に過ごさせるために頑張ってきた。
そのおかげで私と咲さんの今がある。
莉々さんの頑張りを知らない真桜だけど、しっかりと事情を聞いて話し合えば納得するに違いない。
今はすれ違ってしまっているけど、話せば真桜も納得してくれるはず。
誰かのために頑張れて、しかも頭の回転も速いバリバリのキャリアウーマン。感情は表に出にくいけど、誰かを思いやれる優しい人。お酒が回ると手が付けられないほど絡んでくるけども、違った一面として新鮮だ。
そういったところも含めて、私にとって莉々さんは理想的な大人の女性で憧れてしまう。
「さ、真桜を連れ出しに行こうか」
「はい!」
莉々さんがどういった学生生活を過ごしてきた気にはなった。
それでも今は、真桜に言わなきゃいけないことがある。
「……何かに掴まっていろよ」
「え?」
私がシートベルトをする暇もなく、莉々さんは右手でシフトレバーを操作する。
耳づさむタイヤが空回りする音。遅れて、私が座る後部座席の下が爆発でもしたかのような衝撃が襲ってきた。
けど、これだけで終わらない。
急発進したせいで私は後部座席のシートに頭をぶつけ、助手席に座る咲さんも短い悲鳴をあげていた。
莉々さん……運転が荒い!!!?
鳴り響くクラクションを置き去りに、車の速度は上がっていく。
それでもどうにか私は座り直し、シートベルトを締めた。
「り、莉々さん。それで、どこに向かうんですか?」
「最高のスタッフをそろえている」
お酒の時もだけど、運転中も人が変わるんですね!?
急停止からの急発進。かと思うと、右に左へと激しく揺さぶられる。
「ねぇ、りーちゃん。あそこに移動販売のクレープ屋さんがあるよ!」
「後でだ」
咲さん!? どうしてそんなに楽しそうなんですか!!
まるで子供のように助手席に座る咲さんは、窓に頬を張りつかせて嬉々としていた。
今から楽しくお出かけするテンションの車内には緊張感はなく、あまりにも通常運転な咲さんを見ていると変に余裕が出てくる。
莉々さんの乱暴な運転のせいで、ポケットにしまっていたスマホが座席を滑っていた。
ドアとの隙間に落ちるギリギリに気づいて、どうにか手を伸ばして掴んだ。
……真桜からの返信はないか。
お昼休みが終わる頃、私は念のため真桜にどこへ向かったのかと連絡していた。
私からの真桜に送るのが初めてだったけど、友達どころか恋人であっても内容が最悪だと思う。
『もう一回、しっかりと話し合いたい』
振られたことに納得できなくて、諦めたくないから引き留める。
……いや、私は振られてないよ? むしろ付き合ってすらいないから、全然傷ついてないです。……そう! ちょっと友達とケンカして、仲直りしたいから話したい。そう! それがしっくりとくる!!
画面が暗くなるたびに明るくさせて、いつ既読がつくのかを待ち続けた。
「降りてくれ」
学院を出てどのくらい経ったのか、ようやく目的に到着したようだ。
促されるままに車を降りると、見慣れない街並み。見回す限りビルばかりで、通行人もオシャレな服を着た人よりもスーツ姿が多い。
そんな中で、私は聖光学院のブレザーを着ていて浮いていた。
「りーちゃん、今からショッピングするの?」
それは咲さんも同じはずなのに、まったくもって気にした様子がない。
「咲の買い物じゃないからな」
「じゃあ、どうしてここに来たの?」
まるで一度ここに来たことがある咲さんの口調。
案内人である莉々さんは、我が物顔でヒールの音をかき鳴らす。
「ここに、真桜がいるんですか?」
「麗良。もしかして、その服で真桜を迎えに行くつもりか?」
「帰る暇がなくて……って、聞いてないし……」
私は置いていかれないように咲さんと莉々さんを追いかけ、とある建物へと足を踏み入れた。
「ようこそいらっしゃいました」
入り口を潜ると、そこはデパートのようだ。
カウンター越しに座る案内嬢さんの2人は、眩しいほどの笑顔で出迎えてくれた。
「すまないが、この子に似合う服を身繕ってもらいたい」
イヤイヤイヤ! あくまでここにいるお姉さんたちは建物内を案内してくれるだけで、私に似合う服を選んでくれませんよ!?
肩越しに指差された私は、困惑したように笑顔を絶やさない案内嬢の2人と目が合う。
だから、同じように笑い返す。
……ああ、やっぱり莉々さんは真桜のお姉さんだ。
人の話を聞くどころか、平気で無茶を言ってのける。
「すみませんお客様、私どもにも――」
「これは莉々様、本日はどういった御用でしょうか?」
戸惑う案内嬢を割って入るように、白髪の男性が声をかけてきた。
艶のある黒の燕尾服。温和かな笑みに刻まれる顔のシワは、長い月日を重ねてきたことを物語っている。見た目の割にはハキハキとした声音で、背筋がピンと伸びて凛々しい。
……爽彦さん? けど、この時間は【エアーダル】にいるはずよね。
どこか久しぶりの感じがする見慣れた姿に、つい首をかしげてしまう。
「こんばんは破島さん。……いや、支配人と呼ぶべきですか?」
まるで昔ながらの旧友と話すように、莉々さんは口角をあげた。
「お好きなようにお呼びください。……今日は、お連れの方がいらっしゃるのですね」
受付にいた案内嬢の2人が慌てたように立ち上がり、破島さんと呼ばれた男性に頭を下げる。
どうやら、この建物で一番偉い人のようだ。
ただ私の聞き間違いでなければ、気のせいであってほしい。
「破島……?」
「ああ、真桜の同級生。いや、側付きで破島彩華っていう女子生徒がいないか? そのお父さんだ」
ぼそりと呟いたつもりだったけど、莉々さんは耳聡く補足してくれた。
世間は広いようで狭いらしい。
「彩華の父です。至らない娘ではありますが、仲良くしていただけると幸いです」
「こちらこそ初めましてっ! 沼崎麗良と申しましゅう!!」
娘と同い年の私を前に、腰からしっかりと曲げて頭を下げられた。
あまりにも畏まられて戸惑い、変なとことで噛んでしまった私の自己紹介。
それすらも彩華のお父さんは微笑ましく、温かな眼差しで静かに見守ってくる。
……うう、恥ずかしい。
険のある彩華と違って、お父さんは人当たりのいい笑みを絶やさない。
と思った矢先。
細く開かれた瞼は、獲物を狙う狩人のように私のことを鋭く射貫いてくる。
「っ!?」
「どういったモノがお好みでしょうか?」
「私個人としては大人っぽく、優雅さがいいかなと」
莉々さんのオーダーに、顎に手を当てて考え込む彩華のお父さん。
そんな何気ない仕草からでも、仕事の出来る人の雰囲気が伝わってくる。
けど私は、一瞬息が止まったかのような錯覚に陥っていた。
「りーちゃん! 私的にはこのままの可愛さを――」
「咲さん、少し落ち着いて……」
少なくともここは、建物のエントランスホールにあたる場所で人通りもある。咲さんの無邪気で子供っぽく挙手する姿は人目を引く。
あまりにも恥ずかしくて、私は咲さんの手を下ろさせた。
咲さん。……どうしてそんなに物怖じしないんですかね!?
仕事となると表情どころか、雰囲気から一転して怖くなる2人を前に咲さんは能天気すぎる。
だが、莉々さんと彩華のお父さんは気にした様子もない。
取り出したタブレットを片手に、真剣な雰囲気で話し合いを始めだす。
「こういった落ち着いた色合いのドレスなどは如何でしょうか?」
「確かに大人っぽい……そうなると、髪型はこれがいいかな?」
「なるほど。髪型を弄らない方向で行きますと……こういったモノも」
「ん~悪くない。……ただ、あまり時間がないんです」
「お急ぎでしたか。……そうなりますと、これにこれを組み合わせたコーデが最速で仕立て上げ可能ですね」
整った眉にシワを寄せ、莉々さんはタブレット画面と私を交互に見比べる。
どうやら、私に発言権はないようだ。……まぁ、服とかは着られればいいやとか、動きやすさ重視が多いからあまり詳しくない。
ここは、プロにお任せします。に、煮るなり焼くなり好きにしてください!!
「ええっ! これがれいちゃん!? すっごく可愛いんですけどぉ!!」
「お気に召されたようで何よりです」
マネキンをベースにした画像を覗き込み、なぜか咲さんのテンションが高い。
それとは打って変わって、落ち着いた彩華のお父さん。
圧倒的な2人の温度差に、私は半笑いで莉々さんに視線を向けた。
「これでお願いします」
「畏まりました。ただいま手配いたしますので、試着室の方へどうぞ」
パチンと、軽快な指の音が鳴った。
いつもは張りつめて怖い印象だったけれど、莉々さんの口もとは満足げに弧を描く。
案内されるままエレベーターに乗り込み、私たちは最上階へと到着した。
そのまま大きくて重厚な扉が開かれ、待っていた複数の女性たち。
試着室と言われて、デパートやアパレルショップを想像したのが違っていた。
なぜか病院のような服装の女性たちに、2人分の横になれる台。それに微かな鼻をくすぐる甘く、それでいて不快に感じないいい匂い。
「……あの、莉々さん?」
「どうかしたか?」
「あ、いいえ……何でもないです」
状況がのみ込めないまま、私は服を脱がされて台の上にうつ伏せにさせられた。私と違って咲さんは、自ら手慣れた感じで服を脱いで同じ体勢になっている。
理由を問おうにも、莉々さんはタブレットを片手に何やら操作をし始めてしまう。
……私、これから何をさせられるの?
不安で咲さんの方を見ると、いつも以上にだらしなく緩んだ表情をしていた。
「ふへぇ~気持ちいぃ~」
咲さんのお尻から背中を、1人の女性が両手をゆっくりと這わせるように動かしている。
その光景を目の当りに、私は経験の無い知識でも理解できた。
どうやら、これからエステが始まるようだ。
しかも私の人生で初。
知らない人を前に半裸にされた状態でうつ伏せ。羞恥と戸惑いの気持ちがごちゃ混ぜになって、心臓がバクバクとうるさい。
「失礼します」
それでも私の緊張が解けるのを待ってもらえず、囁くような女性に背筋が震えた。
優しく触れられる背中を撫でられ、ぬるりとした感触が満遍なく塗り広げられていく。ついつい謎の奇声を発しそうになり、浅く唇を噛んで我慢した。
ゆっくりと、それでいて的確に気持ちいいところを解してくれる。
さっきまでうるさかった心臓の静かになり、私の意識はまどろみの中に沈んでいった。
◇ ◇ ◇
「れぇ~いちゃん」
次に目が覚めると、覗き込むようにする咲さんの顔が目の前にあった。
「ごめんなさい寝てました! ……きゃあ!?」
勢いよく飛び起きた拍子に、かけられていたタオルが体からずり落ちて半裸を晒してしまう。
辺りには咲さんと莉々さんだけ。
エステシャンの人はいなかった。
だからといって同じ屋根の下、しかも同性に見られるのは恥ずかしい。
「気にするな。……それより、用意ができたようだ」
どのくらい寝ていたのか気になって時計を探すと、1時間も経っていなかった。
だけど全身は軽く、まるで自分の身体なのか疑ってしまいたくなる。
「ほらほら、れいちゃん。こっちだよぉ~」
「いや、咲さん! その先通路ですよね!?」
「大丈夫だ。男性スタッフの立ち入りは禁止している」
「そういう問題じゃないですってば!!」
ほぼ半裸のまま、私は人通りのない通路へと引きずられる。
どうして咲さんは堂々としてられるのよぉ~
私は辺りを見回しながら咲さんの後ろに隠れて歩き、莉々さんの後に続く。
「さて、仕上げといこうか」
勢いよく開かれた両扉の先に、数名の女性スタッフが慌ただしくしていた。
こ、これは……どういった仕打ちなのぉ~!?
私はただ、真桜に会いに行くだけだ。
どこで婚約者と会うかは知らないけど乗り込んで、割って入って邪魔をする。
それくらい、今の私は真桜を誰かに譲るつもりはない。
「莉々さん……?」
「麗良のエステ中に、似合うものを作ってもらっていた」
「それにしても、大掛かりすぎませんか?」
まるでダンスレッスンができそうな広さの室内には、恐らく私のために用意されたドレスがマネキン人形に着せられていた。
藍色を基調とした膝丈のドレス。
普段着慣れた聖光学院の制服よりスカート丈が短く、大胆にも背中をVの字に開かれたデザイン。
……これを、私が着るの?
「採寸とか――」
「お願いします」
「え、え、ええぇ!?」
莉々さんの合図に、スタンバイしていた女性スタッフに取り囲まれた。
誰かに肌を触れられる。
軽いスキンシップなら真桜やタエと何度もあるけれど、今はほぼ半裸。しかも、見知らぬ大人の女性たちばかり。
全員がモデルのように整った顔立ちで、同性ながらも緊張してしまう。
って! 私のスリーサイズが知られてる!?
胸元は苦しくなく、腰回りも動きやすく。肩から背中を大胆に露出させられて、だいぶスースーするけど、こういったモノだと納得するしかない。
軽くその場で動くたび裾が揺れ、キラキラと輝く様は夜空のようだった。
ちょっと大胆だけど、色合いは落ち着いていて私好み。ただ気になるのは、どうして私のスリーサイズを知っているかだ。……もしかしたら、私以上に細部まで知られてしまった可能性がある。
身動き一つとっても不快感はなくて肌触りもよかった。
ただどうしても、肩と背中が大胆過ぎて落ち着けない。
「ねぇ、見てりーちゃん! どう、似合ってる?」
「まったく、今日は咲のために来たんじゃないんだぞ」
「ふへへぇ~それでもりーちゃん、良いよって言ってくれたじゃん」
「はぁ」
莉々さんはため息を吐きながらも、腕にしがみ付く咲さんの頭に手をのせる。
うう、咲さんみたく胸があれば大人っぽくなるのかな。
真っ赤なワインドレスを身にまとう咲さんは、私と同じデザインのドレス。全体的に丈は短めで、肌色のタイツすら履かずに生足を晒せる度胸がすごい。
けど明らかに違うのは、胸元だ。
肩から背中を露出させつつも、目を引くほど揺れる豊満な胸。
莉々さんの腕にくっついているから余計に強調されて、改めてその存在感を目の当りにさせられた。
……これでも1枚は入れてもらったのよね。
貧相な私の胸では、残念なことに咲さんには敵いそうにない。
「ふむ」
咲さんに戯れられた莉々さんは、私の前に立って顎に手を当てる。
ドレスを着せてくれた女性たちから、緊張の色が滲みでていた。
「少し巻くとどうなる」
差し出されたタブレットを手に、莉々さんの目つきは真剣さを増していく。
「りーちゃん、全体じゃなくて毛先がいいと思うよ?」
覗き込む咲さんは、莉々さんが手にするタブレットに触れて操作する。
「……まったく、咲には敵わないな。これにしてもらえるか」
「まぁ、だてにれいちゃんとの生活が長いわけじゃないからねぇ~」
どこか険しかった雰囲気は霧散して、莉々さんは口元を歪めた。
自慢げに胸を張る咲さんと目が合う。
「れいちゃん、今日もすっごく可愛いよぉ~」
「あ、ありがとうございます」
親バカならぬ、義姉バカだ。
人前で褒められるのが恥ずかしかったけど、素直に感謝を口にした。
「これなら時間に間に合うな」
腕時計を目にして、莉々さんは私に横目を向けて笑いかけてくる。
「今度こそ真桜の場所に向かう」
「お、お願いします」
「ねぇねぇ、一枚写真撮ってもいい?」
相変わらずな咲さんのマイペース差に、莉々さんはスマホを掲げる。
「ほら撮るぞ」
レンズを向けられて、私の背筋は自然と伸びてしまう。
それを良しとしないのは、やっぱり咲さんだ。
「イェイ!!」
「咲さんっ!?」
せっかく整えてもらった私の髪は、後ろから抱き着いてくる咲さんに乱されて。さらに勢いが良すぎて、慣れないヒールに前のめりになってしまう。
そのままシャッターを切られて、見っともなく転びそうになる瞬間を撮られてしまった。
「あの、撮り直しを――」
「麗良、それに咲も行くぞ」
「はぁ~い」
私の呼び止める声は虚しく、莉々さんは颯爽と歩き出す。
その後ろを、ご満悦な咲さんが躍るような足取りでついていく。
「……無理ですよねぇ~」
納得がいかないまま、私は渋々と莉々さんたちを追いかけた。
これが、私……なのよね?
エレベーターに乗り込んで、備え付けられていた鏡に自分を映した。
短い毛先を肩越しで緩く巻かれ、首もとに細い銀色のネックレスが輝いている。耳には雫のようなイヤリングが揺れていた。少し動くだけでレース状の網目がキラキラと、色の濃い藍色を眩くさせる。
そして、一番に目を引くV字に開かれた大胆な背中。
こんな姿で、真桜の前に立つのよね。……笑われようだな。
肘まですっぽりと覆う白い手袋に触れて、体を抱いて俯いてしまう。
「れいちゃん、どうかしたの?」
「その……似合ってないなって」
隣に立つ咲さんが、不安そうに私の顔を覗き込んできた。
「そんなことはない。私と、その最高のスタッフで身繕ったんだ。……自信をもって胸を張るといい」
「……莉々さん」
淡々とした口調の莉々さんはどこか冷たい。
だけどその目つきは優しく、口もとが微かに笑っていた。
「そうそう、れいちゃんは世界一可愛いよ」
触れるように肩を抱き寄せられ、私は咲さんを見つめた。
大人っぽくあり、それでもどこか子供っぽい咲さんは小首を傾げる。
普段はだらしなくて甘えてくるけど、今日だけは少し感心してしまった。
「咲さん、大袈裟ですってば」
「ええぇ~そんなことないよねぇ? ねっ?」
「咲、少しは落ち着け」
狭いエレベーター内、咲さんの甘えるような声が良く響いた。
物怖じしてる暇なんてないんだ。……真桜が生きてる世界は、私なんかが想像できる場所じゃない。それでも真桜の隣にいたいし、釣り合わなくても側にいるんだ!!
真桜が好きだって言ってくれた。
それだけで、動き出す一歩を踏み出せたんだ。
「莉々さん、真桜を迎えに行きましょう」
「……ああ」
一瞬だけ、驚いたような莉々さんと目が合った。
タイミングよくエレベーターが一階に到着を知らせる軽快な音が鳴り、扉が開く。
私は莉々さんたちよりも先にエレベーターを降りた。
「!?」
送り出すようためか従業員を含めた、彩華のお父さんたちがエレベーター前のから入り口へと導くように並んでいた。
意気込んではみたものの、あまりの光景を前に後ずさりそうなってしまう。
けど、莉々さんと咲さんは動じない。
私の両脇をすり抜けるように、入口へと歩き出してしまう。
エレベーターを降りて足を止める私の前に、彩華のお父さんが柔らかな雰囲気で近づいてきた。
仕事モードじゃないからか、その差になかなかついていけない。
「外は少し肌寒いかもしれません」
「……あ、ありがとうございます」
彩華のお父さんが手にするレースのストール。
私が着ているドレスと同じ色で、少しは肌の露出を気にしなくてもよさそうだ。
しかも、わざわざ片膝をついて私の首に巻いてくれた。
……やっぱり、そうよね。けど、どうなんだろう。
別に今すぐ聞きたかったわけではないこの既視感を、私はよく知っている。
「あの、勘違いだったらごめんなさい」
「なんでしょうか」
だからなのか、ついつい訪ねてしまっていた。
「谷崎爽彦さんという、喫茶店【エアーダル】のオーナーを知っていますか?」
私の働く場所は、駅前で知る人ぞ通える喫茶店だ。ここと比べれば利用するお客さんの層も違うし、知らなくてもおかしくない。
「前任の支配人と同一人物であれば、私の元上司でございます」
「……そうですか」
「どうかなさいましたか?」
「案外、世間って狭いんだなって思いました」
ここまでくると、驚きよりも笑ってしまいそうになる。
私はそれだけを言い残して、一礼してから入り口に向かった。
余談はここまでだ。
緊張は……少しだけ解けた。
これで、少しは真桜とまともに話せるかな。
彩華のお父さんを筆頭とした見送りに背中を向けて、私は莉々さんが運転する車に乗り込んだ。
気づくと、外は暗くなっていた。
「……真桜」
車窓からの見慣れない街の光景は、まるで別世界のようにネオンで彩られている。
どこか知らない場所に来た気分に浸りつつ、頭の中では何から話そうかと考えてしまう。
最初はジェットコースターのように目まぐるしかったけど、今は静かで微かな息遣いしか聞こえてこなかった。




