学園のアイドルに、なぜか気に入られてしまいました。
「お父さん、お母さん。無事に高校生になりましたよ」
両親と顔を合わせたのは、いつ以来だろうか?
私、沼崎麗良は中高一貫である聖光学院高等部への進級。もとい、入学の朝を迎えた。
「行ってきます」
返事は帰ってこない。
だけど、いつも見守っていてくれている気持ちで胸がいっぱいだ。
そして今日、一生に一度の晴れ舞台――新入生代表の挨拶が待っている。
寝る前に原稿は読み返した、あとは緊張して噛まないようにしないと。
実際に原稿が出来上がってから、寝る前に何度も読む練習はしてきた。今となっては原稿をみなくてもスラスラと口にできるくらいだ。
「よし!」
私は鏡の前で身なりを整え、鞄を手にした。
中等部の頃は茶色のチェック柄に白と赤のラインが入ったブレザー。スカートが個人的にお気に入りで、今も大事にクローゼットの奥にしまっている。
けど今日からは高等部の一年生。
登下校時に時おり目にしていた純白のブレザー。袖口やスカートの裾を蒼のラインに縁どられ、キラキラと輝く金色のボタンが目を引く。何よりも一番に注目するのは、学年を表す大きなチェック柄のリボンだと思う。赤と白、緑と黄、青と紫。2色の組み合わせは白のブレザーによく映える。1年生を示す今年は緑と黄で、個人的には赤と白が良かったと悔やんでも悔やみきれない。
「咲さん、おはよう……」
部屋を出て、リビングの扉を開くとテーブルを激しく叩く音に肩がすくんだ。
「これはどういうことだ!!」
剣幕な声を張りあげるパンツタイプのスーツ姿の女性。纏う雰囲気が鋭く、目が合っただけでも私は呼吸ができなくなる。……うう、怖い。
私の存在が気にくわないのか、女性は腕を組んでそっぽを向いてしまう。
「そ、そこまで怒らなくてもぉ~……あ、れいちゃんおはよぉ~」
対する私の従姉である間咲さん。おっとりとした見た目にまとう雰囲気は陽だまりのようで、のんびりとした口調が眠気を誘ってくる。
「それ高等部の? 可愛いぃ~ねね、写真撮ろ! ああ、私もお揃い着たいなぁ~」
「いや、さすがに私のサイズは入らないと思いますよ?」
内心舌打ちをしたくなるほどのたわわな胸。まるで格の違いを見せつけるかのように、私の目の前でよく揺れる。
「待ちなさい咲。話は終わってないわよ!」
「ふぇ~、りーちゃんが怒ってくるぅ~」
見かけによらず可愛い呼ばれ方してるんだ。……けど、咲さん! お願いだから私を盾にしないで!!
挟まれるように咲さんとりーちゃんさんが睨み合う。
せっかくの晴れ日に、私は巻き込まれえる形で刻々と時間を削られていく。
りーちゃんさんは時々ウチに来ては、咲さんと何かを話しているのは知っていた。よく帰り際の玄関で鉢合わせた時、舐めるような睨む視線を向けられている。
……私、そこまで嫌われるようなことした覚えないだけどな。
鬼気迫るりーちゃんさんの様子に目のやり場に困っていると、後ろで隠れる咲さんと目が合う。
まるで小型犬が飼い主を見つけて喜んで駆け寄る、そんな笑みを浮かべてきた。
「れいちゃん、今日も可愛いね」
「咲さん……素直に謝った方がいいですよ」
「れいちゃんまで敵に回るぅ~」
私の頬に咲さんは自分の頬をすりすり。本当に社会人とは思えない子供っぽさに、ナンパ目的の男性たちはコロリと落としやすいと思うんだろう。あと、胸が大きい。
実際に、咲さんが知らない男性に声をかけられているところを目の当りにしている。
しかも大体が、下心が見え見えなのにもかかわらずついていってしまう。それを適当な理由をつけて引き離す、私の身にもなって欲しいものだ。
「泣きまねしたって、現実は変わらないんだからね!」
「だってだってぇ~可愛いれいちゃんのためって思えば安い買い物だよぉ~」
「や・す・いってねぇ~」
拳を握るりーちゃんさんは、私にも見えるように1枚の紙を突きつけてきた。
「確かにこのマンションはセキュリティ対策もしっかりしてて、入り口にもフロントマンも立っててボディーガードにもなる!」
インターホンも外にあって、内側からの許可がないと入り口ホールには入れない。鍵も特注らしくて合鍵は作れないらしい。宅配便もフロントの人が受け取り、ここ最近よく目にする料理の宅配サービスも届けてくれる。
けどここ数日前に入居したばかりで、全てのシステム把握はまだしていない。
「……咲さん?」
「なぁ~に?」
恐る恐るりーちゃんさんから用紙を受け取り、目を疑ってしまった。これが夢で、起きたらベッドの上であってほしいと願ってしまう。
「確かこのマンションって……」
「うん、買ったよ?」
「いくらでした?」
「え、この紙に書かれてる金額だよ?」
「っ!?」
0がこれでもかと、お行儀よく横に並んでいる。
一、十、百、千……あれ、一般成人男性の生涯年収っていくらだったかな。それを軽く上回ってるんですけど……。……咲さん。記憶違いでなければ、普通のOLでしたよね?
ここ3年ほど咲さんと一緒に過ごしてきて、急に引っ越そうといわれて今に至る。
掴みどころもなく、何かあればいつも笑顔で誤魔化されてきた。
だけど今日だけは、流石に誤魔化されてあげられない。
「ち、ちなみに……支払いの方って……」
「まだよ」
朝から頭痛を覚える一撃に苛まれた。
最初からおかしな話だと疑うべきだったと過去の私に言ってあげたい! そして、今からでもいいから狭かった2DKのアパートに戻れないだろうか!!
「咲さん! 今からでも――」
「ちなみに保証人である私が立て替えて置いたわ」
「さっすがりーちゃん♪」
りーちゃんさんは私の手元から用紙を奪い、丁寧に折りたたんで内ポケットにしまってしまう。
保証人とは、主たる責務者がその債務を履行しない場合の代わりになってくれる人のこと。よくアパートを借りるときに必要らしいと、知識上では知っている。
だからといって、そうやすやすと立て替えてしまえる金額でもない。
りーちゃんさん……何者なんだ……?
「咲の稼ぎだと、利息すら払えるかわからないからね」
「持つべき友はお金持ちのお嬢様だね!」
身の代わり早く、咲さんはりーちゃんさんに抱きつく。
「あくまで立て替えただけよ……この意味分かってる?」
肩を竦めるりーちゃんさん。
……咲さん、本当に何てことしでかしてくれてるの。
高校入学初日、多額の借金を抱えてしまったようだ。