二人の嫡男
~現在~
織田信長の説教から無事帰還した羽柴と松平は一心不乱に歩き続け、人気のない公園に辿り着いた。ゆっくりと呼吸を整え、二人はお互いに見つめ合った。
「デッドオアアライブだった……」
「三途の川に水攻めをくらったぜよ……」
冷静さを取り戻した松平は改めて、これからの学校生活で自身のライバルになるであろう羽柴秀樹という男を観察する。
目と眉の隙間が小さく、野獣の眼光、高い鼻、やや色黒の肌、オールバックの髪型がより「男前」を醸し出す。背が高く筋肉質で体格もいい。この男はきっと歳をとってからも「渋さ・格好良さ」に磨きがかかる。髭も似合いそうだ。
「しかしあれじゃの。東西の嫡子が街の真ん中で二人きりというのはいい時代になったのう」
「それはそうだね。……ねえ羽柴君。ここは協定を結ばない?」
「あー、それは無理じゃな」
「そっか……そうだよね。東西のナンバー2同士が、こんな簡単にあれこれ決められないよね」
「すまんな。俺は童貞じゃ無いから童貞は結べないんじゃ」
「協定を結ぶんだよ!何だよ童貞を結ぶって!悪かったな童貞で!」
「ああ協定か!それは俺からも提案しようと思ってたんじゃ。己らが最優先に恐れなければいけないのは信長様。俺は西日本なんざどうでもいいし親父が死んだらとっとと降伏するつもりじゃが、今のままだと俺の舎弟達が勝手に暴れちまう。生徒達に規律を遵守させるために協力し合おうじゃないの」
「よかった、そうだよね。僕もひがしに……へ?ちょっとタイム」
「何じゃ?」
「西日本どうでもいい?跡継いだら降伏するの?」
「当たり前じゃ。鎖国なんかする意味があるもんか。あの親父、年々頑固になってくけどな、科学を否定し続けるのはどうやっても無理があるさかい。電気がないんじゃぞ?和式便所しかないんじゃぞ?」
「和式便所?何だそれは?」
「そうか、お主は知らんのか。西日本の便所は年中無休の戦国時代なんじゃ」
「大げさじゃない!?」
「大げさなもんか。厠に響き渡る民と太ももの悲鳴。思い出しただけで筋肉痛になるわ。和式便所の限り大をして気持ちよくなることも、民衆の生活もちっともよくならん。何を意固地になっとるんだ親父共は」羽柴はため息をついた。
「だから、俺は東日本と争う気なんぞ微塵もない。何なら今この場で次期大統領たるお前に頭下げて、お主の部下にだってなってやるぞ」
松平にとっては拍子抜けもいいとこだった。千代目豊臣秀吉になる男はさぞかし野心に溢れ、この国を混沌に導く妖術を使いこなすのだろうと勝手に想像していたから。
「その代わり、配下になる際に条件があるんじゃ」
「条件?」
「時に松平、この世で一番美味いものは何じゃと思う?」
松平は回答に困った。最高の栄養バランスのゼリー以外口にしたことがないから。
「何だろうね……羽柴君は何だと思う?」
「酒と葉巻と女じゃ」
「三つじゃん!」
「いいじゃろ一番が三つあっても。だからお主の配下になっても小遣いは沢山貰うぞ?何、天下統一の功績があれば安いもんじゃ。それと側室は二千人欲しい」
「猿か!」
「初代秀吉様は猿と呼ばれておったそうじゃ。いやー、血には逆らえんのう!女は何人いても困らんぜよ!はっは!」
自信に満ちた表情でそう語る羽柴を見て、きっとこの男は女性経験が豊富なのだろうと思い松平は少し憂鬱になる。
「そもそも羽柴君はどうして熱高に?島流しがどうとか言ってたけど何かしたの?」
「おお、それがのう。語るも涙、聞くも涙の深ーい訳があるんじゃ――」