織田信長
~次の日~
「熱田神宮学校校舎は令和時代の意匠だ。なぜだか分かるか?」
熱高学長室、学長の椅子に座る織田信長はゆっくり、平坦に言葉を発しているつもりだ。それでもなお自然に溢れ出る圧倒的迫力と恐怖、威圧感は直立不動で話を聞く二人の青年を震え上がらせる。
「科学と伝統のどちらかに偏れば不満が募る。NAGOYAの街全てそうだ。伝統と科学の調和。その集大成であり、さらに有史以降唯一、内戦、諸外国との戦争どちらも起こらなかった平成令和時代、略して「平和時代」。まさしく文字通り平和だった、手本とすべき時代なのだ。なぜかワシが人を人と思わぬ大魔王のような思考だと勘違いされているが……」
(でしょうね~)
松平がこころで呟いた瞬間、信長が松平の目をただ真っ直ぐに見つめた。それだけで松平の目は潰れそうだ。
「ワシは太平の世をこころから望んでおる。戦、人殺しなぞしとうない」
(嘘つきーや!)
羽柴がこころで叫んだ瞬間、信長が羽柴秀樹の心臓あたりをただ真っ直ぐに見つめた。羽柴の心臓は爆発寸前だ。
「東日本大統領、徳川家康Jrこと、松平HIDEKI!」
「は、はい!」松平の声が裏返りすぎて羽柴は吹き出しそうになる。
「なぜ!たった一日で!校舎が学長室を残して吹きとんだんだ!?」信長の怒声により空間が軋む。
「え!?あの!あの!羽柴君の部下がジハードを――」
「何じゃこの大うつけが!松平のところの――」
突如、「ドンッ!!」という爆音を伴い学長室が木っ端微塵に破裂し、熱高の校舎だった瓦礫の山に学長室の残骸が積み上がる。
「……ほう、初めて使ってみたが……平和時代の民衆が宿していたと伝わる「覇気」。中々に便利だ」
信長の覇気のクレーターの中心近くで、松平と羽柴は白目で泡を吹き気絶していた。
「さて、焼き討ち、生き埋め。早い者勝ちだ」
「「すいませんでした!!」」
二人は超速ジャンピング土下座で地面に頭を擦りつける。
「話を戻そう。ワシが美濃のマムシ退治のために熱高を不在にした昨日、両陣営の小競り合いが最終的に科学と妖術の校内戦争となり校舎が木っ端微塵になった訳だ。どちらが先に仕掛けたのかは大した問題ではあるまい。問題は!東西総大将の嫡子たる貴様らが!黙って!見ていたことだ……」
「違うでございまするでございまする!拙者はそもそも縄で縛られ人質当然だったでござるんば!」
羽柴は涙を流しながら信長に訴えるも「じゃかましい!!」と一喝され再び萎んだ。
「松平あ!」
「はい!!」
「貴様らの今の立場を構成しているのは何だ!?」
「親のレインボーであります!」
「よおし、その通りだ……羽柴あ!」
「はい!!」
「貴様らから親の七光りをとったら何が残る!?」
「塵芥であります!」
「……よく言ったぞ、お主ら。頭を上げるがよい」
「「ありがたき幸せー!!」」
恐怖と涙でグチャグチャになっている二人の顔に、織田信長が近づいて力強くこう言った。
「部下からの信頼のない将が、天下統一を果たせると思うな……」
(説得力は凄まじいけど……)(どう返していいのか分からん……)
二人は大量の汗をかきながら瞬きを何度も繰り返す。
「……だが、このワシにも反省すべき箇所がある。「ゆとり教育」だ。よもや平成初期から実施され、子ども達の学力低下を招き一度失敗の烙印を押されるも、後に成長したゆとり世代が様々な分野で日本を大きく成長させ、令和末期に世界の覇権をとるに至ったと伝説に伝わる教育法だったが、どうやらこの時代の日本人には合わないらしい。明日からは「脱・ゆとり」だ」
信長の話を二人は少しだけ愛想笑いを交え、頷きながら聞いている。
「ワシの指導の下、明日には平成時代から呼び出した「リフォームの匠」が校舎を復旧させる。暴れてくれるな?もしも校舎に傷一つでもついた場合、破壊した陣営の総大将、つまり貴様らが責任を負うことになる」
((あの人の話もろくに聞かない暴れん坊共の責任を自分たちが?!))
「これまでは生徒に一切手を出すなと教師に釘を刺していたが、明日からは鉄拳制裁も許可する。勿論必要とあらば、ワシも、鉄槌を、下す」
二人に落雷が落ちた。
(……終わった……)(……ジーザス……)
「何、貴様らが健やかに穏やかに寺子屋生活を送らせれば問題あるまい。理不尽な処はしないと約束する。ただの虐殺になってしまうからな」
(虐待を通り越して……)(ジェノサイドなのね……)
「熱校は今年から東西NAGOYA共学になった。戦争になるからと反対意見も多数あったが、それよりも共学化による刺激と変化を期待して無理矢理押し通したのはこのワシだ。そのワシを期待を、明智ってくれるなよ……?」
「「もちろんであります!!」」
「以上が警告だ。これからは吉報をそなたらに授けよう」
「「ははー!ありがたき幸せー!」」
「ワシの妹の市に娘が三人。つまりワシの姪が三人おるのだが、市と話し合った末、熱高に入学させてお主らの援助させようと考えておる」
「姪……?」「ですか……?」
「さらにお主らの頑張り次第では三姉妹を嫁がせてもよいと考えておる」
「本当ですかい!?」
羽柴は喜んだ。信長様の妹様、「市」様と言えば「絶世の美女」と謳われ、戦乱の世でも多くの武将達が取り合った、というより小競り合いの原因のほとんどが市様絡みだったと噂されるほど女性。その娘?間違いなく可憐で美しいに違いない、と。
「マジッスか!?」
同時に松平も喜んだ。信長様の妹様と言えば――省略――間違いなく可憐で美しい。三姉妹で童貞を卒業できたらこの上ない幸せだ、と。
「ワシはこれから姪達を迎えに小谷城に赴く。明日の昼前には戻って来られるだろうが……もし、だ。校舎に傷一つでもついていた場合……」
信長は中腰になり、正座をしている二人を右目左目で同時に睨みつけた。
「「もちろんでございます!」」
二人は大汗をかきながら小刻みに頷いた。
ちょうどその時、校舎の敷地内に大型トラックやショベルカーなどが次々搬入され、匠と作業員達も世間話をしながら集まり始めた。
しかし、校庭のど真ん中に織田信長がいると発覚した途端、作業員達は全速力で整列し、全力で敬礼した。
「さて、作業を始めるから、お主らは帰るがよい」
「「ははー!」」
羽柴と松平は立ち上がり、軍事パレードのようなカクカクとした動きで校庭を去ろうとした。
「ああ、そうだ。もう一つ」
信長の声に二人は光の速さで回れ右をする。
「熱田神宮学校の校訓、「脱・ゆとり」に合わせて変えることにした。お主らに先行で発表してやる」
「「ははー!ありがたき幸せー!!」」
「『鳴かぬなら 泣かして殺せ ホトトギス』」
NAGOYA全体が氷河期に包まれるほどの冷たく、飛ぶ鳥が全て墜落するほどの重みを含んだ織田信長の言葉は、羽柴・松平のこころも凍てつかせる。
「お主らホトトギスが将来、大空を力強く飛び回り天高く歌声を響かせることを、期待している」
敬礼していた作業員がバタバタと倒れる中、信長は初めて目に力を込め、優しく小さく微笑み、瓦礫の山の方へと振り返った。
羽柴、松平の二人は右手と右足を同時に前に出し、次いで左足と左手を前に出しながら無言で立ち去った。