初登校
【第一の変 泣くホトドギス共】
KIYOSU会議から十年。西暦16000年。
東西の中間地点であり中立地点となったNAGOYAは織田信長指導の下、東西の争いを避けるため、テクノロジーと伝統が程よく中和していたと言い伝えられている平成末期から令和初期の町並み、文明をコンセプトに復旧し、市民も令和様式で生活している。
熱田神宮学校の入学式当日。
桜舞う熱校校門前。緊張の面持ちで深呼吸する一人の青少年がいた。
松平HIDEKI。十八歳。徳川家康Ver・999・0・1の息子である。
松平は東日本出身生徒指定のブレザーの制服を纏い、真っ白な髪の毛をなびかせながら熱校校舎を見渡す。
(東日本じゃ見ない建築だな……)
「若!心配はご無用です!この本多TDK2、テロリストの脅威から必ず若をお守りします!」
松平の斜め二歩後ろにいた厳つい老け顔の本多TDK2は意を決した。
TDK2は無骨で大きいザクのようなモビルスーツの胴体に特注のブレザーを羽織り、大蛇のようなネクタイをした身長三・七メートル、身体の幅は二メートル、体重は420キロの全身ほぼ機械の大男であり、松平秀喜が生まれたその日からその護衛の任務を請け負っている。
松平の斜め後ろ、TDK2の横にもう一人、抜群のプロポーションでブレザーを着こなし、胸元に大きなリボンとニーハイソックスを履き、縦カールの金色の髪をツインテールにし、メイド風のカチューシャを被った可憐な美少女、井伊NAOが満面の笑みでこう言った。
「ナオもダメご主人様のために頑張りますねご主人様!」
その口調は語尾にハートマークがつくような古典的秋葉原メイドのよう。NAOは松平と同い年で、松平のメイドそのままである。
松平はため息をついた。熱校入学に当たって楽しみや期待よりも、プレッシャーや不安の方が遙かに大きい。
「NAGOYAに来ても相変わらずナオは僕をダメご主人様と言うんだね?」
「大丈夫ですよ~ご主人様。言っただけで思ってるわけじゃないですから」
「じゃあ何で言ったんだよ!」
「そう思ってるからに決まってるじゃないですか~やだな~もう」
「どっちだよ!」
いつも通りご主人に暴言を吐くナオに、TDK2が苦言を呈す。
「ナオ、いくらお前と若の間柄で事実でも人前でダメご主人様はいただけんぞ?」
「TDK2、君まで僕をダメ主人と呼んだら立ち直れないよ」
「申し訳ございません!私は若のボディーガード。若のメンタルに傷をつけた責任をとり自爆を……」
「だあータイムタイム。傷ついてない!傷ついてないから!お前の自爆は理論上月を破壊できるんだぞ!?やめろ!」
「若がそういうなれば……」
まず松平の心配事の一つ。このTDK2が過保護過ぎではっきり言って迷惑なのだが、少しでも邪険に扱おうとすれば自爆を宣言してくる。本人に悪意はなく大真面目なのがタチが悪い。
「さあ、若の華々しいキャンパスライフのスタートを盛大に祝うべく、このTDK2が花道をご用意いたします!」
TDK2はガシャンガシャンと機械音を鳴らしながら松平の目の前に躍り出ると、下腹部にある小さなシャッターをガシャンと開き、中から丸めたレッドカーペットを発射し、校門から校舎の昇降口まで真っ赤な花道が出来た。
「ささ、若。天下統一への第一歩を!」
(通りたくねえ。クスクス笑われてるし初日から黒歴史確定だろこんなの……でも通らなかったら「若に必要とされないなら自爆を!」とか言いかねないし……)
「ささ、ご主人様、行きましょう!」ナオの語尾に音符が点いている。
松平は仕方なく顔をレッドカーペットと同化させながら歩き始め、TDK2は少し後ろでレッドカーペットを胴体に収納しながらついて行く。
(ナオのやつ、行きましょうとか言っておきながら離れて無関係を装いやがって!)
周りにいた何人かの他生徒がクスクスと笑う中、いかにも生意気そうな東日本出身の女子生徒二人が松平にも聞こえる声でこう言った。
「ねえ知ってる?松平様って改造手術受けてないらしいのよ!」
「えーマジ生身!?」
「「キモーい!」」
「童貞が許されるのは令和までだよね!」
「「キャハハハハハ!」」
(童貞関係ないだろ!)松平はこころで叫んだ。
「貴様ら!若への侮辱、許さんぞ!」
TDK2は女子生徒二人の方へカーペッドを胴体に収納しかけたまま駆け出してしまい、引っ張られたカーペッドの上に乗っていた松平はバランスを崩し顔面から地面に叩き付けられた。
「がっ!!」
「「キャハハハハハ」」
松平が倒れてるのにも気が付かず、TDK2は逃げ出した女子生徒を追いかけるが、胴体が重すぎな上、防御性能だけに特化した無理な改造で全く素早く動けない。
「ぐぬぬ、見つけたら侮辱罪で捕まえてやる」
結局、女子生徒に逃げきられたTDK2に、ナオが声をかける。
「TDK2、あなたが女子を追いかけるのはよくないよ。後でナオが言っとくから。それに、ご主人様の童貞を広めるのは侮辱罪ではなく国家機密漏洩罪だからね」
「む、そうか」
「そうか、じゃねえ!国家機密とか言うな恥ずいから!」
鼻血を流した松平を見た瞬間、TDK2は直ぐさま松平に駆け寄り抱きかかえるが、その巨体がぶつかる衝撃は乗用車にはねられるようなものである
「若!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ!大丈夫だから、いてえ!!」
「何てことだ、童貞が知られた恥ずかしさのあまりに若が鼻血を……」
「お前のせいだよ!」
「申し訳ございません!国家機密を漏洩させた責任をとり、このまま自爆を――」
「ストップストップ!ごめんそうじゃない!いいか、TDK2、俺にはお前が必要なんだ。だから自爆はやめて……な?」
「若!そこまで……この本多TDK2、一生若について行きます!」
「はは、ありがとう……」
跪いたTDK2にようやく解放された松平は懸命に笑顔を作る。
(ああ、もう疲れた……)