2.勇者は暗殺者を放った
俺には昔から叶えたいと思っている夢がある。
それは冒険者になって世界中を回り自由に生きること、地上最強になることの二つだ。
魔物が闊歩するこの世界を自由に生きるには強さは不可欠と言えるし、男なら誰だって強さには憧れる。
十七歳の若さで武神と謳われた俺は、人間の中ではそれなりに強いと思うが、他種族を含めれば俺より強い奴はまだまだいる。この前倒した魔王だってタイマンじゃなかったし、そもそもダブルノックダウンで引き分けだろう。
あの強かった魔王すらビビって手を出せなかった、現在世界最強と言われる吸血鬼の女王、吸血姫ユナ・ネクタリン・ポラースシュテルンとはいつか手合わせしてみたいものだ。
そして聞いてみたい、なぜ女王なのに姫なんですか? ってな。
そんな夢の前にやらねばならないことができた。
勇者パーティーとシベリアン王国への復讐。
特に勇者パーティーの三人は絶対に許すことなどできない、奴らに負けたままじゃ俺の人生は先に進めないんだ。
「その……ためには……体を……治さないと」
俺の体は筋肉はボロボロに破壊され、大事な腱も切れているため、全身に気を張り巡らせ無理やり動かしている状態だ。気を使い切ったらもう一歩も動けなくなってしまう。
これからの予定は一つこの国を出る、二つ体を治す、三つ力を取り戻すだ。
王都シベリアンを放り出され国境を目指して歩いていると待ち伏せされていることに気付く。街道の中でも人の往来が少なく木などの障害物もあり、襲撃にピッタリの場所だ。
「誰だ……? いるのは……分かってる……出てこい」
木や茂みの影に隠れていた奴らが出てきたが盗賊か? 人数は三人、本調子なら問題にならない相手だがこのボロボロの体で戦えるのか?
「さすがは元武神、待ち伏せに気付いたか」
「俺を……知ってる……暗殺者か?」
俺を狙って来たと言うことは暗殺者だろう、依頼者は勇者パーティーのクソどもしか思い浮かばない。
「勇者に……頼まれた……のか?」
「バカか? 口を割ると思うか? 弱ってる今のお前なら俺たちでも殺せるぜ!」
クソ! 勇者パーティーの奴ら、しっかり俺を殺しに掛かってやがる。口封じの為に殺すつもりだな。
俺は奴らを殺すつもりはなかったんだが、どうやら甘ちゃんだったようだ。
シードの奴……ここから先は戦争だぜ!
「別にお前に恨みはないが、死んでもらう!」
暗殺者のくせに良く喋るところを見ると、シードの奴金を出し渋って二流を雇いやがったな!
俺と喋っていた男がナイフを振りかざして攻撃してくるが動きは速くない、むしろ遅いくらいか? 同時に向かってこられたら厄介だったが、一人ずつなら今の俺でもなんとかなる。
突いて来たナイフを持つ手に回し蹴りを打ち込むと男はナイフを落とす、俺は蹴り足を下ろさずに金的蹴りを撃ち込み、蹲ったところに膝蹴りを決めて倒した。
「これが……二枚蹴りだ。掛かって……こい」
二枚蹴りとは蹴り足を下ろさず同じ足で二回蹴る技、威力は落ちるが対武器戦で使える場面もある俺の得意技の一つだ。
しかし暗殺者の練度が低い、二流じゃなく三流だったか?
「こいつ、瀕死じゃなかったのかよ。話が違うぞ!」
「同時に行くぞ。合わせろ!」
ちっ! 同時に来られると厄介だ。
暗殺者二人が俺を挟み込もうとするが、挟まれる前に正面の男に前拳で素早いパンチを打ち込んだ。踏み込んだ足が地面に付く前に打つ最速のパンチ。刻み突きだ。
刻み一発じゃさすがに倒せねえか、俺はパンチで怯んだ男の足を払い、頭を掴んで地面に打ち付けると男は動かなくなった。
もう一人に顔を向けると、ナイフを腰だめに構えて突進して来やがった。
「おらあああ! タマ取ったらあああ!」
こいつら素人か? だが、この腰だめに構えての突進は体重で押し切られるから意外と厄介なんだよな。
俺は突進してくる男をサイドステップで躱してバックを取り、足払いで転がして顔を蹴り上げた。
これで終わりか、こんな雑魚に依頼するとはシードの奴俺がここまで動けると思わなかったのか? それとも様子見のつもりか?取りあえず体力が戻らねえと復讐はできねえ、早く国境を越えねえと、勇者パーティーが出てきたら今の俺じゃ簡単に殺されちまう。
俺は気を失っている暗殺者を放置して隣国、グラジオラス帝国への国境に向かった。
俺は国境にある関所付近までくると、街道を外れて警戒しながら慎重に進む。
シードたちが俺を殺そうとするなら、必ず通るであろう関所付近で待ち伏せしているだろう。今はまだ勝てない。奴らとの戦いは力を取り戻してからだ。
それに、着の身着のまま王都シベリアンを放り出された俺は金のない無一文。関所では確か通行税で金貨一枚くらい取られたはずだ。しょうがない、山越えするしかないか。
俺は関所に背を向け、茂みを掻き分け山に入って行く。
山は平野よりも強い魔物が生息する危険な場所なので、できれば山越えなどしたくはないが、金のない俺は関所を通れないし、関所破りなんてしたら本当に犯罪者になっちまって、グラジオラス帝国に入った後の活動に支障が出る。
関所を見下ろせる少し開けた場所に出ると、シードたち三人が関所前で待ち構えているのが見える。あいつらやっぱり網を張ってやがったか。
俺は目に気を集中させることで視力を強化できるから奴らの表情が良く見えるが、狩りを楽しんでるって面だな。ちくしょう! 悔しいが奴らにとって俺は狩りの獲物ってことかよ。
だが、今回は俺の用心深さが勝ったようだな。ここで俺を逃がしたことを後悔させてやるぜ!