16.ダンス練習
帝国最強の男アドニスとの模擬戦は引き分けに終わった。
お互いこれ以上続ければ怪我ではすまないと感じていたからだろう。
「武神の力見せてもらいました。噂より余程強かったです」
「出回ってる噂は国や勇者が流した嘘が多いからな。アドニスさんも本当に強かった。人間でここまで強い人は師匠以外では初めてだよ」
本当にアドニスは強かった。
模擬戦ではなく、お互いが全力でやり合っていたら全く違った展開になっていただろう。
実力の近い人間との戦いは良い鍛錬になるから機会があればまたやり合いたいものだな。
「二人とも、良い戦いを見せてもらったぞ。見事であった。ところでローズ、最後のあれは何だったのだ? アドニスが突然空振りしたのは其方が何か仕掛けたのだろう?」
「私もそれは気になっていました。突然ローズ殿が目の前から消えて、遅れて現れた技です」
「ロサ理心流幻影。簡単に言えば闘気を飛ばすフェイントです。強い者程反応してしまうんですよね」
技の原理が分かったところで簡単に見破れるものでもないから話しても大丈夫だろう。そもそもグラディウス陛下に聞かれて答えない訳にもいかない。
「話してしまって良かったのか? なあ、アドニス」
「はい、次は破ってみせます」
話さない方が良かったかな? アドニスなら本当に破りそうだ。
まあ別に敵同士じゃないんだし良いだろう。
「では、謁見はこれで終わりにしよう。ローズも夜会に参加するのだろう? 待っているぞ」
「はい、喜んで参加させていただきます」
これで謁見も終わりか。グラディウス陛下が想像していたより気さくな人で良かったよ。敵には悪魔のようになるんだろうけどな。
特に粗相もなく謁見が終えることができたと言えるだろう。
次は今夜開かれる夜会で問題を起こさないようにピアニー子爵とアカシアにご指導願おうか。
ピアニー子爵邸に帰ってきた俺たちは、夜会に向けての特訓に入った。今夜開かれる夜会まで時間はないのだ。
「帝国の夜会にはダンスが付き物です。ローズ様はダンスの経験は?」
「見たことはあるが躍ったことはないな」
「はあぁぁぁ、いけません、いけませんよローズ様! ダンスの踊れない殿方は恥をかいてしまいますよ! わたくしとしたことが、ローズ様のダンス経験の確認を忘れてしまったばかりに……」
アカシアにダンスを踊ったことがないと話したら怒られてしまった。
なんでも、帝国の貴族社会ではパーティーにダンスは付き物らしく、貴族は幼少の頃からダンスを叩き込まれるらしい。
それでアカシアもピアニー子爵もダンスが踊れて当たり前だと思っていて、俺が他国の、それも平民の出なのを失念していたと言う訳だ。
「では、見たことはあると言うことですし、わたしくしと踊ってみましょうか」
アカシアはそう提案すると、ホールドを組むべく右手を上げる。
フルールを見ると頬を引きつらせていたが今は気にしたら負けだ。すまないフルール、少しの間アカシアを借りるぞ。
「すまないアカシア、失礼する」
俺は左手でアカシアの右手を掴み、体を密着させる。「ひいぅぅっ」と、フルールが悲鳴を上げるが俺は気にしない。
そして、アカシアの背中、肩胛骨にスッと右手を添えると、アカシアは左手を俺の右肩に置いた。
「ホールドは組めるようですね。では、軽く踊ってみましょうか。リードしてください」
「すまない、リードって何だ?」
「なるほど、そこからですね」
アカシアの説明によると、パートナーに対して動く方向や回転、動き出しのタイミングを誘導することをリードと言うそうだ。
なんか難しそうだな。
いや、これを武術と考えれば俺にも分かるかもしれない。
戦いの際に相手の動きを自分の有利になるようコントロールするのに似ているかもしれないな。
そう考えたらいける気がしてきたぞ!
「簡単なステップしか分からないが、行くぞアカシア」
「はい、お願いしますわ」
俺は知っている簡単なステップを踏んでアカシアをリードし始める。
その足取りは少したどたどしいが、アカシアはリードに従って流れるように足と体を動かす。
さすが幼少の頃からダンスを仕込まれただけあって上手いな。俺の動きに合わせるだけでなくフォローもしてくれる。
「どうかなアカシア? 意外と踊れていると思うんだが?」
「思ったより悪くないですが、及第点までもう少しですね。ステップさえ覚えればなんとかなるでしょう。わたくしが良いと言うまで練習を続けますよ」
厳しい! アカシアってこんなに厳しい子だったのか。
だが、これは俺の為にやってくれているんだ。
俺ならできると期待してくれているアカシアの為にも頑張るしかない!
その後、アカシアに及第点をもらえるまでダンスの練習をしていると、夜会に出発する時間になっていた。
「はあ、はあ……。ローズ様、これだけ踊れれば少なくとも恥はかかないと思います」
「ありがとうアカシア。君のおかげでダンスに自信がついたよ」
「今夜の夜会、主役はローズ様ですからね。ピアニー子爵家の名に懸けて、恥をかかせる訳にはいきませんわ」
恥はかかないだろうとアカシアのお墨付きを貰えたところで、俺たちは夜会に向かうのだった。




