15.帝国最強の男
グラディウス陛下の命令で帝国最強の男アドニスと戦うことになりそうだが、それは俺にとっては嬉しい誤算だ。
武人にとって強者との戦いは美女と一夜を共にするよりも楽しめることなのだから。
しかも相手は帝国軍人。本来なら戦うことなんてできない相手だ。こいつは面白くなってきやがった。
「それじゃあ場所を変えるか。訓練場へ行くぞ」
グラディウス陛下の言葉に辺りがざわつく。
結構強引だな、さすが大国の主と言ったところか。
俺たちは玉座の間から兵士訓練場へ移動する。
訓練場は城内にもいくつかあるが、ここは一番広い城外に作られた訓練場で、端には見学、視察用の席も用意されている。
いきなり皇帝一行が入ってきたから兵士が驚いていたが無理もない。
その場にいた兵士たちは端に寄って見学を許された。
「ローズ様、相手は帝国最強と謳われるアドニス様です。どうかお気をつけて」
「ローズ殿の戦い、勉強させてもらいますよ」
「ローズ殿が強いのは分かっているが、気をつけてな」
アカシア、フルール、ピアニー子爵が声をかけてくれるが、みんながこれだけ心配するってことはやっぱり強いんだろうな。
気合を入れて頑張ろう。
「まさか、昨日ぶつかった人があの武神ローズ殿だったとは、ただ者じゃないとは思っていましたが驚きました。私が人にぶつかるなんておかしいと思ったんですよ」
「俺も同じことを思っていたよ」
どうやらアドニスも俺と同じ思いを持っていたようだな。武人同士通じ合うものがあったのかもしれねえ。
今回の戦いは模擬戦なのでアドニスは木剣を使う。
俺は己の体が武器なので素手だ。
木剣とは言え気の扱いに長けたアドニス程の手練れが使えば恐ろしい凶器になるが、俺は普段から素手で戦っている為、俺の方が有利な戦いだ。
「これはあくまでも模擬戦だから殺しは御法度だぞ。二人とも準備はいいか?」
グラディウス陛下の言葉に俺とアドニスは頷きで応えた。どうやらアドニスも戦闘モードに入っている。
「良い戦いを見せてくれよ。始めい!」
まずはお互いにいきなり仕掛けるような展開にはならず向かい合い様子を見る。
アドニスは剣を前に出したバランスの良い中段の構え。
俺は軽くステップを踏み、何時でも動ける体制を取った。
さあ、どう動く帝国最強の男!
「こないならこっちから行きますよ!」
先に仕掛けたのはアドニスだった。
フェイントを掛けながら様子を見ていた俺に強烈な踏み込みで斬り掛かってくる。
クソ速いな! 今まで体験したことのないスピードに面食らうが、動ける体勢を取っていたため大きくバックステップして躱した。
これじゃダメだ。大きく避けると攻撃に移ることができず、リーチで勝るアドニスに一方的に攻撃されちまう!
アドニスの動きは物理的にも速いが、初動が読みにくくより速く感じる。
体の脱力が抜群に上手い為、動きの起こりが分かりにくいんだ。
動きの予測ができないまま後手に回るのはまずい、こっちから仕掛けるか。
俺は体を左右に振りながらゆっくりとアドニスとの距離を詰める。
そして、ある程度近づいたところで一気にスピードを上げて回り込んだ。
「なにっ!」
驚くアドニスのボディに一発突きを入れて更に回り込もうとするが、横薙ぎに振るわれた剣を避ける為に一旦距離を取った。
一発当てたとは言え速さ重視の攻撃だったからダメージはほぼないだろうな。
効かせるにはもっと深く踏み込まなきゃならないが、深く踏み込めば回避が遅れるリスクがある。
俺がどう攻めるか作戦を練っているとアドニスの方から仕掛けてきた。
「今のは驚きましたよ! さすが武神と謳われる男ですね!」
正面から連撃を仕掛けてきたアドニスの攻撃を体さばきで回避し、躱しきれない斬撃は気を纏った拳足で防御する。
クソッ! 木剣だから拳足で受けられるが、もし真剣だったら俺はこの斬撃を受けられたのか? 受けた拳足を斬り落とされていたんじゃないのか?
マイナスな思考が出てきた俺は、一旦離れる為に前蹴りで腹を蹴って後ろに飛び距離を取る。
そもそもこれは模擬戦で、俺も気を全開にした攻撃はしてないし、アドニスもそうだろう。
なら技を見せるか。
腰を落とし低い体勢に構え気を練り始める。
アドニスは俺の様子を見て面白そうに笑みを浮かべるが、いつまでも余裕で笑ってられると思うなよ!
気を練り終えた俺は、アドニスに突進する気の幻影を飛ばす。
これは闘気の幻影を敵に飛ばすフェイント技だが、気を纏った幻影を俺と間違えて反応した隙を狙う搦め手の技だ。
相手が強い程小さなフェイントにも反応するので引っ掛かりやすくなる。
アドニスに通用するか?
俺は幻影の後ろに付いて走りアドニスの反応を見る。
アドニスが闘気の幻影を袈裟懸けに斬り裂いた瞬間、加速して拳を放つ。
振り下ろした剣に何の手応えも感じなかったアドニスは、一瞬驚きの表情を見せるがもう遅い!
俺はアドニスの顔の前でピタリと拳を止めた。
「これは引き分けだな」
「そのようですね」
俺は顔の前で拳を寸止めしたが、アドニスも振り下ろした剣を逆袈裟に斬り上げて、俺の胴にピタリと寸止めしていた。