3.魔法にかけられて
昔々。一人の魔法使いがいた。
彼は神様になろうと考えた。
そして彼は、可愛がっていたペットたちに魔法をかけた。
「僕の可愛いお前たちよ。創造主の僕と同じ姿、つまり人間のような姿となり、生きて、僕を創造主と崇めて生きろ。困ったら僕に祈りを捧げよ。僕に声が届いたら、助けてあげよう。だけど僕に歯向かったら罰を下す。いいかい、僕の可愛いお前たち。皆、僕を神様とした世界で生きるんだ。見守っているよ」
結果、インコは背中に羽をもつトリ族人間に。
ネコはネコミミを頭にもつネコ族人間に。
ハムスターは大きな頬袋をもつネズミ族人間に。
エリマキトカゲはシッポを持つトカゲ族人間に。
ただし、カメのノッコさんだけはその魔法にかからなかった。
序盤で怪しい気配を感じたのか、ノッコさんはその時、頭と手足をすくめて甲羅の中に収納した。
防御力が高くて、人間化の魔法にかからなかった。
ただ、魔法使いもすぐにそのことに気がづいた。
彼はムッとして、何度も同じ魔法をかけようとしたが、カメのノッコさんは頭を出さず、結局その魔法にかからなかった。
魔法使いはカメの人化を諦め、代わりに別の事を思いついた。
ノッコさんの甲羅の上に、人間の姿に変わった動物の住まう世界を作る事にしたのだ。
甲羅そのものについての魔法は発動し、ノッコさんはその魔法のせいで動けなくなった。
この世界、この箱庭が完成した瞬間だ。
「この世界は、カメのノッコさんの甲羅の上に作られた。そして、ここは甲羅の端。その先には、俺たちには決して見る事が叶わないが、ノッコさんのカメの頭があるそうだ。頭部だからか、ここだけは世界が途切れている。他の端は、魔法で誤魔化されていて、端だと誰も気づかない」
「信じられない・・・」
聖女は顔ざめているが、嘘では無いと感じた様子だ。
「頭部に近いから、呼べばノッコさんの分身が、今のように出て来てくれる。そして、ノッコさんがいてくれるから、ネコ族人間は、この世界の始まりを忘れない。だけど他の種族は忘れてしまったか、歴史を捏造したんだ。特に、ハムスターが人間になったネズミ族人間が酷い。最も数が多いことを良いことに、ネコ族人間を嫌い、都合の良いように捻じ曲げた。まぁ、ネコはネズミを喰うものだ。インコもな。根本的な恐怖があるのかもしれないが。もとは同じく、創造主のペットだった。それが同じように人間のようになり、俺たちを魔族だとして殺そうとして来る」
「・・・本当、に?」
泣きそうな顔だ。
魔王は少し困りながらも訴えた。
「俺がこんな話を教えるのは、きみなら信じてくれると信じたかったからだ。聖女の力についても、言わせてくれ。聖なる力と呼んでいるその力は、単純に、ネコ族の俺たちだけに有害な力、というだけだ」
「え?」
「きみは、ネコはイカを食べると腹を下す事を、知っているか?」
「・・・えぇ」
この世界には、動物たちも普通にいる。ペットも多い。
「きみの魔法は、俺たちの胃に、大量のイカを詰め込む効果を持つ」
「・・・イカ?」
「他の種族は人化の結果、栄養にさえなるようだが、ネコ族は毒のままだ」
「うそ」
「わずかなら耐えられるが、大量に摂取させられると死ぬ。聖なる力と言うのは、イカだ」
聖女が絶句した。
魔王は聖女を心配しつつも、理解を求めて話した。
「きみたちに都合がいいから聖なるなどといかにもな名前がつけられただけだ。本来は攻撃系でなく、食事系の、数ある魔法の一つだ」
「イカ・・・」
「イカって美味しいらしいな。俺たちには耐性がつかなかったのが残念だが」
気遣った発言をした魔王に、聖女はよろめいて、傍の壁に手を付けた。
「イカ・・・聖なる力じゃなく? 聖女じゃなく、イカ・・・イカ女?」
「いいや、きみは可憐で可愛い女の子だ」
魔王は真面目に言った。が、自らの発言に混乱した。口説きたいのか、なんなのだ自分は。
コホン、と魔王は咳ばらいをした。
「あの、だな。先ほど、ノッコさんに話してもらったが」
「・・・えぇ」
「きみがまだ聞いていない話は多い。だが全て聞くには時間がかかるから俺から言う。この世界を作った創造主は確かにいる。世界の命運は創造主が握っていて、俺たちはただの住人だ。住人が世界を滅ぼすなんて、できるはずがない」
「・・・」
聖女が、ゆっくり、魔王を見つめた。
「ノッコさんは今も亀の姿で、創造主に飼われている。ペットの亀だ。創造主と暮らしていて、創造主の様子も知っている。もう老齢なのだそうだ」
「・・・」
「創造主が死ねば、俺たちの魔法も、この世界も終わるだろうと、ノッコさんは思っている」
「・・・嘘よ」
「少なくとも、始まりから知っているノッコさんは、そう判断しているということだ」
「私、たちは、では創造主を倒すべきなの?」
この言葉に魔王は瞬いた。度肝を抜かれたと言って良い。
「きみは、意外と恐ろしい発想をするんだな」
「世界を救うために、私はいるの」
そんなはずはない、と魔王は首を傾げたくなったがわずかなところで我慢した。
ずっと、聖女として、魔族を倒すために生きてきたのだろう。魔族を倒すことが世界のためと信じていたからだ。
「・・・俺たちにそんな力はないはずだ」
「でもっ」
「俺たちができるのは、世界が終わるまで、幸せを選んで生きていく事だ。困った時には助けてと祈り、他と話をして、道を選びながら生きていく。そして、どこかで死んで終わる。世界より先か、世界と同時にだ。・・・あのな」
「・・・」
「くそ真面目な話になっているので焦っているのだが、惚れたんだ。俺は創造主に感謝している。元々はインコとネコだったのに、等しく人間のような姿にしてもらえたことで、こうやって話して、惚れることもできる。手を差し伸べることも、できる」
「・・・」