2.きみで良かったと話しながら
魔王の呼びかけに、聖女は警戒しながらも魔王の後をついてきた。
敵対関係なのに、警戒しながらもついて来てくれたことに魔王はますます感動していた。
なんて可愛い性格だ。この子なら一緒にやっていける。
魔王のネコ耳が嬉しげに動くのを、聖女は眺め、それに気づいて魔王が振り向くと、少し恥ずかしそうに視線を逃がす。気まずそうだ。
「ついて来てくれて感謝する。聖女がきみで良かった」
「そんな事ばかり言って、騙していたら承知しないわ」
「この場所に来て、まだ俺が騙していると思うのか?」
「いいえ・・・。このあたりは不思議な場所だと、分かるもの」
魔王が連れてきたのは、城の裏手から出た先、美しく広がる草原だ。
そして、実は、この世界の端だった。
「ここだけは特別な場所だ。俺たちネコ族の先祖は、だからここに城を建てた。まぁ、単純に特別な場所というのが気に入ったんだろう。変わったもの好きだしな」
「・・・これは、何? そこで、世界が切れているの?」
聖女にとって初めて見る景色のはず。
ある一線から先、何もない。真っ白でぼんやりしている。霧ではなく、何も無いのだ。感覚でもそう分かる。行けない場所だ、と。
「世界の端だ。ここ以外は、全て端だと分からないよう魔法がかかっていると聞く。別の場所に繋がっているから、誰もそこが世界の端だとは気づかないそうだ。ここをのぞいてな」
「どういうこと? あの向こうには、何があるの?」
聖女が不安そうに魔王に尋ねた。
「俺の話を、信じてくれるのか?」
「今は、まず聞かないと、分からないわ」
「そうか。正直だな」
魔王が嬉しそうに笑むのを、聖女は困ったような顔になった。
「あなた、ずるいわ。魔王の癖に、全然、魔王らしくないもの。とても、素直に嬉しそうに、見えるもの」
「そうだな。正直浮かれている。ちなみに魔王とはどういう者だと聞かされていた?」
「大きな牙と爪で私たちを食い殺すの。生きるためでなく、遊びでね」
「ネズミ族が言い出しそうな話だ」
「怖い顔だわ」
魔王がしかめっ面になるのを、聖女が難しい顔になって指摘した。
「あの先は、俺たちの手には決して届かない世界が広がっているそうだ。創造神のいる世界だ。その手前、あそこに白い建物があるだろう。亀の装飾がついている」
「えぇ」
「あそこは、この世界では『大地の女神』と呼ばれるものが気軽に現れる場所だ。俺たちネコ族の人間は、小さい頃に一度は遠足で連れて行かれる。彼女は、実に気軽にのんびりと、真実を教えてくれる。俺ではなく、彼女から教えてもらった方が信じられるはずだ。行こう」
「・・・えぇ」
不安そうな聖女に手を差し出したが、さすがに魔王の手が握られることは無い。
宙に浮いたままの手を気まずそうに戻してから、魔王は聖女を建物に案内した。
ちょっと落ち込んでネコ耳がへにゃりと伏せた。
***
「おーい。ノッコさん。起きてるかー? いつもの、世界の始まりの話をしてほしいんだ。予約じゃなくて申し訳ないんだが、急な客だ。トリ族人間の可愛い女の子なんだ」
静まり返っている、家具など何もない建物の中で、魔王は大声を上げた。
聖女は警戒したまま入り口のところに突っ立っている。
「ノッコさーん、ノッコノッコさーん!」
『はぁ~い・・・』
魔王の愉快な呼びかけに、返答があった。
建物の壁から光が集まり、中央、魔王の前で人型になる。
それは少し上の年代の女性の姿になった。
「呼びだしてすまない。寝ていたか?」
『ちょっとね~。なに~?』
「この世界の始まりを、インコの子孫であるこの子に教えてやって欲しいんだ。いつも子どもたちに話してくれるように」
『あ~、うん、い~よ~・・・』
女性はゆっくりした動きで首だけを動かし、聖女の方を見た。
そしてゆっくり口を開いた。
『むかぁし、むかぁし・・・・』
「きみ、こっちにきて座れ。貴重な話だが、結構な時間がかかる。椅子が良いか、クッションが良いか?」
「いえ、私はここに」
『あるところに、ひとりの、いだぁーいな、まほうをつかえる、』
「ノッコさんが話はきちんと聞け。でないと失礼だ。終わりの時間はノッコさんが決める。オヤツと水も常備してあるから取ってきてやる」
「魔王、は、その間、どうするの?」
『にんげんの、まほうつかいが、おりましたぁ・・・。あるとき、われらがしゅじんは、』
「俺も、一緒に聞いていようか? 分かった、ではそうしよう」
「・・・え、えぇ・・・」
「大丈夫だ。頼む、信じて欲しい」
「とにかく、まず、聞くわ・・・」
「ありがとう」
『かわいがっていた、エリマキトカゲと、インコと、ネコと、ハムスターと、カメに・・・』
***
長い話だった。話す速度が遅いからだ。
なぜならノッコさんは、カメの化身だから。世界の始まりから生きているカメだという。
ノッコさんが話し、姿を消してから、魔王が補足も加えて改めて話したのは、聖女が聞いたことのない歴史だった。