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EXTRA ARCHIVE メイド日記

気が向いたのでゲリラ投稿! 6/23の投稿1話目です。

夜にも投稿しますのでよろしくお願いいたします。

 天翔院(てんしょういん)天音(あまね)の今日の朝食は、焼き立てのクロワッサンにふわふわオムレツ、トマトサラダ、グリーンスムージー、そして甘めのカフェオレだった。


 大好きなクロワッサンは機嫌よさそうに口に入れる天音だが、グリーンスムージーには顔を曇らせる。しかしそばに控える黒髪のメイド、クロこと黒川(くろかわ)(こずえ)が無言でうながすと仕方なさそうに口に運んだ。


 天音は味覚が割と子供っぽい。実を言うとワインも苦手だ。

 ペンデュラムとしてゲーム内の高級レストランで会食するときは、カッコつけるために高いワインなど飲んではいるが、あれの正体はぶどうジュースである。

 ちゃんとそのワインの産地で取れたぶどうジュースのデータを使っているし、代金だってワインと同じ金額を払っているのだから何の問題もない! はず!


 バナナと豆乳では隠し切れない青臭さに天音が顔をしかめるのを見て、クロがカフェオレを注ぐ。



「どうぞ、天音様」


「ありがとう……」



 優しい色をしたカフェオレを天音の目の前に置くと、それをぐいと飲み込む。

 ミルク多め、砂糖多め。天音が子供の頃にコーヒーを飲みたいと初めて口にしたときから、クロはこうして毎日カフェオレを作っている。


 天音が成長して数々の事業を手掛けるようになり、クロの仕事も飛躍的に増えて忙しい身にはなったが、この仕事だけは決して誰にも譲るつもりはなかった。



「もういいわ、下げてくれる」


「かしこまりました」



 控えていたメイドたちが寄ってきて、食べ終わった食器を片付けていく。たちまち小さなカフェテーブルの上にはカフェオレが入ったカップ以外何もなくなった。

 天音は10歳に上がって以来、誰とも朝食を共にしたことはない。


 カフェオレをゆっくりと飲む天音に、メイド服に身を包んだ真っ白な髪の少女が近付く。神秘的な純白の髪に赤い瞳を持つ、不思議な雰囲気の少女の名を昼川(ひるかわ)白乃(はくの)。天音やメイド仲間からはシロと呼ばれている、天音が小さい頃から連れ添った親友だ。

 ゲームの中でも天音に付き添い、副官を務めている。

 何十ページかありそうな分厚いファイルを天音に手渡し、シロはにこりと微笑んだ。



「天音様、これは昨日の分の調査報告書です」


「ありがとう。参考にさせてもらうわね」



 受け取ったファイルを机の上に置いた天音が、左手を使って凄い速さでファイルをめくっていく。1ページあたりに目を落とす時間は1秒とない。誰もが目を疑う速読だが、これで天音の頭には情報がしっかりと書き込まれていた。


 ファイルの内容は、メイドたちが日報として提出している『七翼のシュバリエ』に関する調査報告だ。シロたちは匿名掲示板に張り付いて得た情報を提出しているが、メイドたちの中にはクローズド・サークルと化した攻略チャットや、他クランのメンバーとして潜入している者もいる。

 メイドたちはどこにでも潜み、うわさ話から攻略ネタまで、天音に有益な情報を届けようと暗躍していた。



「シャインの情報はまだそんなに出回ってはいないのね」



 ファイルを閉じた天音が、少しつまらなさそうな顔で言う。

 その顔には見覚えがある、とクロやシロは思う。子供の頃に天音がマイナーな魔法少女アニメにハマっていたことがあった。天音はそのヒロインのごっこ遊びをしたがったのだが、育ちのよい学校の友達は誰もそのアニメを知らなかったのだ。


 そのときの幼い顔に、今の天音の顔はとてもよく似ている。

 まあ、悔しかったのでそのアニメは徹底的に布教して世間にまで流行らせたのだが。



「まだ現れて3日ですからな。ですがすぐに知れ渡るでしょう。なにしろ腕だけでなく、あの性格の御仁ですから」



 茶髪のロングヘアに黒と黄色のメッシュを入れた、メイドにあるまじき髪型の少女がなだめるように答える。三家(みついえ)有紗(ありさ)、通称ミケ。

 メイドとしての服装規定に真っ向からケンカを売っているが、何度言っても改めることはなく、無理やり矯正しようにもただの一度も捕まらなかったという剛の者。その隠れ身の巧みさから、実は忍者なのでは? とメイドの間では囁かれている。



「この前作というのは興味があるわ。『創世のグランファンタズム』か……これについての情報を集めてくれる? 【シャングリラ】というクランについても」


「委細承知。2年前ならまだ掲示板のログも残っているはずです。現行掲示板とともに、そこから情報を洗ってみましょう」


「頼んだわよ」



 満足げに頷く天音の笑顔を見て、クロは密かにたいしたものだという視線をミケに向ける。やたら時代がかった口調をしているが、ミケは電脳戦も得意だ。匿名掲示板のサーバーをクラックしてログを集める程度は児戯に等しい。


 天音のメイド隊のリーダーを務めるクロには、ネットに関することがさっぱりわからない。この時代には珍しいほどの、根っからの機械音痴なのである。

 リアルでの企業買収や派閥工作ならいくらでもできるが、ゲームやらVRやらになると途端に脳が拒絶反応を起こしてしまう。正直今でも、天音がゲーム内で活躍することで企業買収が有利に進むことに不気味な違和感を感じずにはいられない。


 もっともそんなクロがリーダーだったからこそ、自分に足りない能力を補うために電脳戦や諜報に優れた才能を持った少女たちを集めることができたのだが。

 クロが集めた少女たちは、今やメイドとして天音の手足となるだけでなく、目や耳となってネットに網を張り巡らせている。その情報収集力や監視能力は、天音が才覚を発揮するうえで大きな助けとなっている。


 日本国内有数規模を誇る五島グループ、その中核である五島重工の本質は軍需企業である。戦前から現在に至るまで、銃器に防具、特殊装備、ミサイルから偵察衛星まで、ありとあらゆる兵器を開発し続けてきた。


 それは戦争の舞台が現実(リアル)から仮想(ネット)に移行しつつあるこの時代でも変わることはない。五島は【トリニティ】と名を変え、戦争に必要な兵器をどこよりも早く生産し、売りさばく使命を自らに課している。


 『七翼のシュバリエ』、それはゲームでありながら世界中の企業が参画する経済戦争の坩堝(るつぼ)だ。



(おいたわしい……)



 真っ白なブラウスにゆったりとしたチェックのスカート。どこにでもいる女の子のような服装で甘めのカフェオレを啜る天音に、クロは憐れむような目を向けた。


 創業以来五島重工のトップに君臨し続けている天翔院家は、幾代にもわたる死の商人の家系だ。その次代の指導者の席を巡るレースに、天音は投げ込まれている。


 天音は一日に何度も着替える。こうして普通の女の子のような格好ができるのは、朝や大学に顔を出すほんのわずかな時間だけ。一日の大半は企業のトップとの会談でナメられないようにスーツを着たり、VRポッドに入るために特注のウェアに身を包んだり。男性アバター(ペンデュラム)は彼女を守る鎧だ。


 異様な速読術や企業買収に関する勘といった、天翔院家の系譜に連なる者特有の天才性はある。多くの者を惹きつける天賦のカリスマ性も。

 だが、それを持つ天音本人はただの20歳の女の子にすぎない。


 自分たちだけでは彼女を支えることは無理だ。彼女を守るための何らかの要素を早急に用意しなくては……。



「天音ちゃーん! 今日の支給物資だにゃー!」



 ぽててててと音を立てて寄ってきた、金髪のメイドがどーん! と効果音を口にしながら少女マンガのコミックスを机の上に置いた。

 2020年頃に発行された、かなり古めのタイトル。


 それを受け取った天音が、きらきらと目を輝かせる。



「ありがとう、タマ! 羅生門(らしょうもん)ななこ先生の作品大好き!」


「きっと気に入ると思ったにゃー! ちょっと古いけど、エモさは折り紙付きだにゃ」



 そのコミックスをシロとミケも横から覗き込み、おおーと声を上げている。



「あっ、いいですねえ。読み終わったら私にも貸していただけませんか」


「また紙のコミックスか! 今ではレアなものをよくぞ集めてこられるものだな」


「ふっふーん、タマの実家から持ち出した自慢のコレクションだにゃ! やっぱ紙媒体は電子書籍にはない独特の味わいがあるからにゃー」



 メイドたちが集まってワイワイと盛り上がる光景に、ズキズキとクロは痛むこめかみを押さえる。

 こいつだ、この金髪ボブカットのリアルでにゃーにゃー口にする痛い女。橘川(きっかわ)珠子(たまこ)ことタマは、メイド隊最大の問題児である。


 少女マンガや乙女ゲームのマニアであるこの女は爆破物やトラップの扱いに長けた工作任務のエキスパートであり、かつては外国の特殊部隊に所属していたという。その腕を見込んでスカウトしたのだが、実は重度のミーハーでしかも腐っていた。


 こいつは若くして仕事に忙殺される日々を過ごしていた天音に差し入れと称して少女マンガや乙女ゲームを手渡し、まんまとドハマリさせてしまったのである。しかも周囲のメイドたちにも自分のコレクションを貸し広め、趣味を感染させたのだ。

 悪貨は良貨を駆逐するというが……その感染はあっという間だった。クロが気付いたときには、メイドたちは立派な乙女(オタク)になってしまっていたのである。


 しかも天音のアバターであるペンデュラムをアイドルのごとく崇拝し、ファンクラブまで作る始末だ。天音が持つ生来のカリスマ性や淑女としての高貴さが、性別逆転したときにどのように受け止められるのか気付かなかったクロの不覚であった。



「ありがとうタマ、空き時間に読ませてもらうわ!」



 花が綻ぶような笑顔を浮かべながら、大事そうにコミックスを胸にかき抱く天音。



 この笑顔を見れば、クロはそんなものを読むのはやめてくださいとは言えない。

 天音は少女マンガを読むときだけは速読せず、1コマ1コマ噛みしめるように読む。それだけでもこの子にとって、この趣味がどれだけ救いになっているかわかろうというものだ。



「羅生門先生の描くヒーローは本当にいいからにゃあ。オレ様系は本当にぐっ! とくるにゃあ」


「わかる! 私もこんな男性を婚約者にほしいわね……」


「いやいや、天音様。それは違いますぞ。オレ様系はむしろ略奪愛だからこそ輝くのです。乙女ならば誰しもこういう筋骨たくましい美丈夫(イケメン)に、強引に迫られたいものです」


「いえ……待ってください。だけどそのオレ様なイケメンが一途で執着心が強くて、とろとろに寵愛してくれるとしたら」


「「「「それはエモい!!!」」」」



 でもいくら救いになっているとしても、現実の恋愛観にまで侵食しつつあるのはまずいのではないだろうか。

 いつか致命的な暴走をしでかしそうな気がして、クロは不安に満ちた視線を盛り上がる主人と部下に向けるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] リアル凸の時のアレかぁ… うんダメみたいですねっ
[一言] ギャルメイド良いですよね ギャップがね
[一言] >いつか致命的な暴走 あっ……3カ月後……
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