00 ルーツ
少しだけ時間をさかのぼります。
ルーツ
王都に大きな騒動が起こったその日、ダンテは息子を連れて教会を訪れていた。
亡国の最後の時を前にして。
物静かな黒服の老神父は、ダンテの実の父親であり、優の祖父でもあったが、ダンテとその父は仲たがいをしたままだった。
ことの発端は20年以上も昔、ダンテと優の母親との交際が発覚した時に遡る。 敬虔な宗教人であるダンテの父は、この国の大半の民がそうであるように人種差別主義者で、異人種で文化が異なるという理由から、ダンテと慶の交際に強く反対した。
元々跳ね返りの強かったダンテは、堅物な父とは反りが合わなかった。 緩衝材としてのダンテの母親が亡くなってからは、父との関係はもっと悪化していた。 そんな中に、他所から息子が異種族の女性と交際していることを知らされたものだから、ダンテの父親は激高した。
当時はダンテの父親も若かった。 ダンテもそれに応じてしまい、2人の仲は完全にこじれてしまった。
顔を合わせば口論になる親子の関係はしばらく続いていた後、最終的にダンテが家を出ることで“落としどころ”が付いた。 ダンテはこの日から後に、Baggardという姓を名乗ることはなかった。
そうして、ダンテと慶は教会から祝福されない内縁の夫婦となり、しばらくして、そんな2人の間に優が生まれた。
そのこともあってか、優は祖父から直に可愛がられたことは一度もない。 優にとっての祖父とは、遥か遠くから彼に微笑みかけてくるような存在で、特に身内という認識はなかったようだ。
それでもダンテにとっては息子以外で唯一の肉親だった。 同じように子供を持つ身になり、長い時間の流れの中で、ダンテにも思うところがあったのだろう。
ダンテは、頑なに所信を守り続ける父親を説得しに来たのである。 ダンテたちと共に滅びゆくこの国を去るようにと。
しかし、息子の必死な呼びかけに答えるダンテの父親は、依然として優しい微笑みを崩すことなく、己の覚悟と信念を伝えるのだった。 彼もまた、移り行く時間の中で佇み、思うことが大いにあったのだろう。
「私はかつて、お前たちの父である前に聖職者であることを選んだのだ。 そのせいで、お前と慶にはつらく当たった…… お前たちの不幸にも寄り添わなかった。 今更家族のようにふるまうことが、どうしてできよう……」
『しかし…』 ダンテの言葉を老神父は掌で遮って、静かに話しを続ける。
「聞け、ダンテ。 この国がじきに亡ぶことは、こんな私にでも解る。 しかし、そんな時だからこそ、聖職者である私がこの国を置いて去るわけにはいかんのだ…… 未だに私のことを父と呼んでくれるのならば、私にここで最後の別れをさせてくれ―― お前の愚かな父は、この国の多くの民とともに最後まで在ろうと思っている。 さよならだ。 ダンテ、そして優も、どうか、どうか健やかであれ――」
敵国から侵略された国の民は、凌辱を受けることになる。 ほとんどの場合、奴隷として捕らえられるか、逆らってモノ言わぬ死体となるかのどちらかだろう。 だが、国教を預かる身の上の者には、それ以上に悲惨な末路が確定している。
ダンテは想像に容易い凄惨な未来を避けるべく、説得を試みた。 しかし、祖父は殉職する道を頑なに守り通し、時間が差し迫る中、ダンテは決断した。
優が父の涙を見たのは、これが2度目のことだった。
深々と敬意を込めて頭を垂れた父をまねて、優も隣に並んだ。 もう二度と会うことのないその人が最後に見せる佇まいは、優しくとても穏やかなものだった。