第7話 テオはシスコン
今日はエマとデートの日だ。
前回のアイスデートは大成功だった。エマとの距離がぐっと近づいたと思う。
今日は天界でテオやニナも含めた4人で遊ぶ約束をしている。一人で天界に行くことが許されていないデイモンの付き添いは祖母のダイアナだ。
ドラキュラ族のダイアナは黒髪に真っ赤な唇が印象的な美女だ。番のカールは白い毛皮のフェンリルなので人型をとった時には白髪の紳士になるが、ダイアナは色っぽい美女だった。
「ふふふ、楽しみねえ、モンたん」
「はぃ、ぉばぁさま」
「わたくし天使族には会ったことがないの、しかも子供が3人だなんて可愛いでしょうねえ」
不死な種族のダイアナもまた子供好きで、今日の付き添いを楽しみにしていた。
天界に到着すると、チビ天使たちとルシファーが出迎えてくれた。
「あらあらあら!まあまあまあ!3人ともなんて可愛らしいのかしら!わたくしはダイアナよ、デイモンのおばあちゃんなの、よろしくね」
にっこりとほほ笑むダイアナと固まるチビ天使たち。
「あら?どうしたの?わたくし、嫌われてしまったかしら?」
おろおろと困った様子のダイアナにテオが答える。
「はじめまして、ダイアナさん。すみません、ダイアナさんが、あまりにも可愛らしいので驚いてしまったんです。とてもデイモン君のおばあさんには見えないので・・・」
テオの横でニナとエマがこくこくと頷く。
「あらあらあら、なんて良い子たちなのでしょう!」
ダイアナ中で天使株がさらに急上昇だ。
楽しそうに遊ぶ4人を見守りながらニコニコが止まらない。
三つ子の中でもエマは末っ子ポジションで、二人に世話を焼かれることが多いように見える。おっとりしていて、あまり動じない性格だ。
逆にニナは気が強そうにみえて感情豊かな泣き虫だ。正反対の性格の二人をまとめているのがテオだ。テオはニナを恋人のように、エマを年の離れた妹か娘のように世話していた。
「子供サイズのテオ君が大人みたいに妹たちの世話を焼く姿ってかわいいわねえ」
余裕をもって見守ることができたのは、ちびフェンリル化したデイモンがエマの口元をペロリと舐めるまでだった。
その瞬間、テオの顔が劇画調に変化した。危険を感じたダイアナがデイモンを捕獲するも、状況を理解していないデイモンがダイアナの手の中でじたばたと暴れる。
「エマ、じっとして」
神力で水球を出し、デイモンに舐められた口元を洗うテオ。
口元を洗っていた水球をぶん投げると地面に穴が空いた。
「動物を触ったらばっちいからね、手も洗わないとね」
手を洗った水球もぶん投げた。
地面に穴が空き、煙がでている。
ダイアナの背筋が凍りつく。
「モンたん、エマちゃんのお顔を舐めてはいけません!モンたんは犬ではないのですよ!」
きゅう?
意味が分からないと首を傾げるちびフェンリル。
背後のテオからどす黒い圧力がかかる。
ダイアナの背にだらだらと汗が流れる。
「モンたん!!エマちゃんのお顔を舐めないとお約束しなさい。フェンリルの時も人型の時も、いつでもよ!」
きゅう?
意味が分からないと首を傾げるちびフェンリル。
「お約束できないなら、もう天界に遊びに来ることはできませんよ!」
わ、わふっ!
衝撃を受け、焦るちびフェンリル。
「お約束できる?」
わふ!わふっ!
こくこくと頷くちびフェンリル。
一日楽しく遊んだ4人だったが別れを告げなければならない時がやってきた。
自由奔放なデイモンに振り回されダイアナは疲労困憊だ。
ああ、早く帰りたい・・・。
「ダイアナさん」
テオに呼びかけられ、ビクリと身体を跳ねさせるダイアナ。
「な、何かしら?」
「エマは天使族です。番の意味も分かりませんし、そのような習慣もありません。幼馴染としてのお付き合いの範囲を超える振舞いは控えていただきたいのです」
子供らしくないテオが怖い。
ごもっとも過ぎて反論できない。
「そ、そうね。私自身、番の習慣のない吸血鬼族だからテオ君の言うこと、わかるわ!」
「お話しさせていただくのがダイアナさんで良かったです」
ふう、とテオが大人のようにため息を吐く。
「カール陛下やデイモンくんには理解していただけるのでしょうか。僕たちには番という習慣がありませんし、そのような考え方を理解することができません。兄としてエマには、いろいろな可能性を用意してあげたいと思っています」
「そ、そうね。そうよね!わかるわ!」
怖い、この三歳児こわい。ガクブル・・・。
「受け入れられるのは、幼馴染としての関係までです。成人するまではお控えください。陛下にもそのようにお伝えください。もちろん、デイモン君にしっかりと理解させてください。ご理解いただけない場合、幼馴染としてのご訪問もお控えください」
デイモンにも理解させると約束し、なんとかテオにも理解してもらえたようだ。
ほっと息を吐くダイアナの後ろで、デイモンがフェンリル耳と尻尾をぺったりさせ、うるうると別れを惜しんでいた。
「またね。ダモ」
「エンマ・・・まタ会える日を楽しミにしていマス。それマで僕のことヲ忘れナイで」
「うん。」
「エンマ、これレどぞ」
ちびフェンリルのぬいぐるみを渡された。
「わあ、かわいいですね!」
「ふぇんリルのボくでス」
デイモンの趣味・特技は手芸だ。
「かわいいです。やわらかいですね」
柔らかい手触りが嬉しくて、ぬいぐるみに頬ずりした。
「僕のぅぶげで作りました」
僕の産毛で作っただと・・・!?
テオの表情が一瞬で劇画調に変化し、ダイアナの背後に雷が落ちた。
テオの表情は獲物を捕らえたスナイパーのようだった。
か、雷が・・・!
いえ、それより自分の抜け毛で作ったぬいぐるみですって!
モンたん、ちょっと変態っぽいわ!
自分の髪の毛でセーターを編むストーカーみたいだわ!
心の中で孫に突っ込んだ瞬間、ポンと肩を叩かれた。
びくりと身体を跳ねさせながら視線を合わせると、小さな羽でホバリングするテオと目が合った。
「ひいっ!」
「ダイアナさん…僕は変態に妹を嫁がせるつもりは・・・」
「ご、誤解よ!モンたんは変態じゃないわ!・・・まだ。まだ子供だからセーフよ!」
テオの顔は怖いままだ。ダイアナは震えながら続ける。
「ほ、ほほほ、ほら!産毛筆ってあるでしょう?元気に育った赤ちゃんが最初の髪(胎毛)を理髪した毛で作った貴重な筆!一生に一度しか作ることのできない大切なアレ!モンたんの産毛で作った記念のぬいぐるみだから!二度と作れないものだから!獣人の場合、産毛で何か作るってよくあることだから!」
汗だらだらのダイアナが必死で訴える。
「・・・・・・・・。」
無言でエマのもとに向かうテオ。
「ふわふわです!」
「けっこう可愛いわね!」
妹たちが喜んでいた。
「ニナには僕から人形を贈るよ、二人とも夜はちゃんとお片付けするんだよ」
デイモンの産毛で作ったぬいぐるみを抱いて眠るエマ・・・ああ想像したくもない。
ダイアナにとって長い一日だった。
ぐずるデイモンを回収し、転移ゲートで魔界ランドに帰った。
魔王の仕事が立て込んで同行できなかったカールがフェンリルの姿でウロウロしていた。
「そろそろ帰ってくる頃だと思うが・・・」
待ちくたびれているとエントランスの方で気配がした。
ピコン!と耳を立て、尻尾を振りながらエントランスに向かう。
「おかえり~」
元気いっぱいのデイモンを鼻先でつついて出迎える。
「おかえり、ダイちゃん」
ぶんぶんと尻尾をふり、ピンク色の舌をデロンとさせるカールにダイアナが崩れるように抱きついた。
「ダイちゃん、儂も会いたかったよ!一日離れ離れで淋しかった~!」
「カール・・・、このままではモンたんは一生独身よ!」
その日の夜から祖父母によるデイモン再教育が始まった。