第41話 初めましてパパ
「エンマ馬車って初めてです!」
興奮するエマを乗せた馬車が向かうのは源氏の里、デイモンの実家である。
揺れる車内で落ち着きなくはしゃぐエマに手作りクッションを勧めたりデイモンが甲斐甲斐しい。
「ほら、見えてきましたよ。」
デイモンに促され、窓からのぞくと寝殿造りの屋敷街が見えた。
見たことのない異国風の街並みに息をのむ。
「さあ、どうぞ。」
先に馬車を降りたデイモンがエマをエスコートする。
「いらっしゃい、兄さん、義姉さん。」
「薫くん!」
出迎えた薫にエマが抱き着く。
エマの羽が嬉しそうに揺れる。
居間に案内され、座っているがフラフラする。
「なんだか、まだ身体が揺れているみたいです。」
「だからはしゃぎ過ぎないようにと言ったのに・・・。」
顔色の悪いエマの頭を困り顔のデイモンが撫でる。
「暖かいお茶をどうぞ。」
「・・・いい香りのお茶ですね。」
「ほうじ茶ですね、久しぶりに飲みますが美味しいですね。」
暖かいお茶が身体に染み渡る。
「こちらもどうぞ。」
彩鮮やかなフルーツポンチがサーブされた。
「わあ!きれいです!」
苺、キウイ、ブルーベリー、パイナップル、メロン、オレンジ、桃と種類豊富なフルーツが艶々のシロップに漬かっていて美味しそうだ。
「長旅で胃が疲れていそうだから、あっさりしたものを用意してみたんだ。」
盛り付けも完璧で、女子受け間違いなしのルックスにエマが大喜びだ。
「これは美味しいですね!果物は朝市ですか?」
「うん、せっかくだから食べごろのものを見繕ってきたんだ。」
デイモンも尻尾をぶん回して大喜びだ。
「ふう、美味しかったです!ごちそうさまでした。」
嬉しそうに羽を揺らしながらごちそうさまをする。
「玄関の方が騒がしいね、帰ってきたのかな。」
「ママ!」
エマが駆け出す。
「ママッ!」
「エマちゃん!」
レティがエマを抱きあげる。
「やあエマちゃん、パパだよ。」
ぱぱ?
声が聞こえた方を振り返ると、色気だだ漏れな美青年がエマを覗き込んでいた。
「紫ちゃんは私の奥さんだからね、私はエマちゃんのパパだよ。」
「ぱっ!ぱっぱっぱっぱっぱっぱっ、・・・ぱぱ。」
真っ赤になったエマがパパの一言を絞り出すも、恥ずかしそうにレティに顔をうずめてしまう。
「父さんは母さんを紫ちゃんと呼んでいるんだ。レティはバイオレットの愛称で、紫はバイオレットの日本語訳だから。」
サポート役の薫の説明はタイミングもバッチリだ。
「ああ、娘も可愛いなあ。ねえ紫ちゃん?」
「・・・・・・・。」
「エマちゃん、妹が欲しくないかい?」
「ほしいです!」
顔を上げて、期待に満ちた顔でレティを見上げる。
そんなエマをみて光も期待するようにレティをみると、レティが真っ赤になり、焦りだす。
「はい、そこまでー!大人の時間は二人でどうぞー。」
棒読みな薫が割って入り、デイモンがエマを抱き寄せる。
「義姉さんはお昼寝しようね。お部屋はこっちだよ。」
エマのために整えられた部屋に、見知らぬ女性が待っていた。
「式部!久しぶり。」
「デイモン坊ちゃん、おかえりなさい。こちらのお嬢さんがエマお嬢さんですね、よろしく、私は式部。デイモン坊ちゃんと薫坊ちゃんの乳母を務めさせていただいたのですよ。エマお嬢さんのお世話をさせていただくので、よろしくね。」
「はい、式部ちゃん。よろしくお願いします。」
デイモンの腕の中でペコリと頭を下げた。
「あら、お行儀の良いお嬢さんですね。」
優し気な貴婦人といった雰囲気の式部が笑う。
式部に促されるまま、お風呂で旅の汗を流し、お昼寝をすると浴衣に着替えさせてくれた。
「デイモン坊ちゃんの手縫いなんですよ、エマお嬢さんのためにお仕立てしたとかで、丈もぴったりですね。」
涼しげな水色の地に真っ赤な金魚柄の浴衣が可愛らしい。
「エンマ、こういうの初めて着ました!」
「源氏の里では夏はこんな感じですよ、エマお嬢さんもお似合いですよ。」
式部と手を繋いで居間に行くとデイモンに抱き上げられて頬すりされた。
「エンマ!なんて可愛らしい!」
「可愛いなあ。やっぱり娘も良いよね、ねえ紫ちゃん?」
「兄さんの手縫いだから間違いないと思ったけど似合うね。」
えへへ、ちょっと恥ずかしくて嬉しいです。
二人をスルーして会話を進める薫とデイモン。
「お昼寝して身体は休まったかな?夕飯は軽めにしたけど無理せず残してもいいからね。今日のメインは豚しゃぶサラダ仕立てのそうめんだよ。」
豚しゃぶが山盛りで野菜たっぷりで美味しいです!
お刺身も薬味が山盛りで食べ応えがありますね、トウモロコシの天ぷらが最高に美味しいです!
「ふう・・・美味しかったです。ごちそうさまです。」
嬉しそうに羽をパタパタさせながら完食した。
「おそまつさま、気に入ってもらえたようで嬉しいよ。」
「薫君、お肉が足りないわ!」
エマの良い子ぶりと比べてレティのダメな大人ぶりが際立つ。
「母さんのワガママに合わせることはできません。ちゃんと栄養バランスを考えた献立なので苦情は受け付けません。どうしてもというなら自分で調理してください。後片づけまで自分でやってくださいね。」
「何よ!薫君のいじわる!私が料理できないのは知ってるじゃない!」
二人が言い争う様子にエマが驚いている。
「あのね!薫くん、次からエンマのお肉はちょっとで良いから!」
「・・・・・・・母さん?」
「薫君のメニューでいいわ・・・。」
泣きそうな顔でお願い!と訴えるエマに気まずそうに顔を伏せるレティとレティを冷たく見返す薫。
「義姉さん、心配しないで。これは母さんのいつものセリフで、母さんにとっては“ごちそうさま、また明日も沢山お野菜食べたい”という意味だから。」
にっこりと笑う薫の横で悔しそうなレティ。
約1週間の滞在期間中、薫の作る食事も素晴らしかったが、庭の池で泳ぐことが何よりも楽しかった。フェンリル姿のレティとデイモンと一緒に水遊びを楽しんだ。
上下セパレートの水着でお団子ヘアのエマは泳げないため、浮き輪を手放せなかったが、すいすいと泳ぐデイモンやレティの背に乗るのも楽しかった。
「ダモはお風呂が嫌いなのにプールは平気なのですか?」
「プールとお風呂は別ですから!」
すーいすーいと犬かきで進みながらご機嫌で答える。
お風呂はサタンに容赦なくゴシゴシされて痛いのだ。
「エマちゃん、パパと浅いところで一緒に遊ぼう。」
最初はぎこちなかった光ともすぐに打ち解けた。出会った翌日にはパパっ子と娘を溺愛する父親だ。
エマの腰の高さほどの水位の場所でエマにフラフープくぐりをさせたり、ボール遊びや水中宝探し、水中にらめっこに夢中になった。
エマは泳げないだけで水が怖いわけではないのだ。
浅瀬で光と一緒に遊んでいると、レティと薫とデイモンが人型になって競争している様子が見えた。
「パパ!みて、みんなすごいです!」
「3人とも泳ぎは得意みたいだね、さあエマちゃんはパパと遊ぼ・・・」
「ちょっと!どうして二人が私よりも早いのよ!」
レティが癇癪を起こした。
「なんでって・・・普通に泳いでいただけだよ。」
「もう!それでどうして私が勝てないのよ!」
「そんなこと言われても・・・。」
レティの無茶に二人とも困り顔だ。
遠くから見ているエマもハラハラしている。
「仕方ないなあ、エマちゃん抱っこ。」
エマを抱き上げた光が3人の元に行き、デイモンにエマを渡す。
「紫ちゃん、息子たちを困らせるなんて悪い子だな・・・あちらで二人きりで話をしようか?」
むんむんのお色気を放ちながら光がレティを連れて行った。
「もう安心ですよ、エンマ。」
エマは意味が分からなかったが、夕食に現れたレティはすっかり機嫌を直していた。
源氏の里で過ごす休暇はあっという間に終わってしまった。今日は魔界ランドに帰る日だ。
「淋しいれしゅ・・・。」
羽をしょんぼりとさせたエマは今にも泣きそうだ。
「エマちゃん・・・、そうだ。デイモン一人で帰ったらどうだい?」
「バカなこと言わないでください!!」
光の提案に尻尾をを膨らませたデイモンがエマを抱きとる。
「エンマ、おじいさまとおばあさまが待っていますからね。」
早く帰りましょうとエマを促し、馬車に乗り込む。
帰宅すると待ち構えていたカールとダイアナに出迎えられ、デイモンもエマも嬉しかった。やはりここが我が家だと感じた。
ママがね・・・パパとね・・と、エマのお土産話は尽きない。
どっぷん!
翌日、庭園の池で水着姿のエマが大きな石を投げ入れていた。
「ジンニーくん!でてきてくださーい!!」
どろん!
「こら!当たったらどうする!危ないじゃないかー!」
「だって呼んでも出てきてくれないじゃないですか!」
ぐぬぬ庭園の警備をサボって昼寝をしていたとは言いづらい。
「何の用だ?」
「エンマ、泳ぐ練習します!」
3人が泳ぐ姿をみて、エマもスイスイ泳げるようになりたいと思ったのだ。
「好きにしてくれ。」
勝手にやってくれと投げやりな思いで答える。
「はい。」
ジンニーに向かってエマが両手を差し出す。
もしかして儂が先生役か!?
「そーれ、バタ足いっちにー!いっちにー!おお、上手だぞ!」
涼しくなるまで、庭園の池で泳ぎの練習をするエマとジンニーの姿が度々目撃されるようになった。




