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第16話 フェンリルは絶滅しません

うっ、ぐすっ。

なんて悲しいお話なのでしょう。


エマは絶滅動物の本を読み終えたところだ。

魔女の館で習うのは読み書き・計算、調薬だけではない。今日は動植物の生態系を守るというテーマの授業だった。


自然淘汰された種もあれば、乱獲や人間による開発で生息地を奪われ絶滅を余儀なくされた種もある。

一つの種が絶滅すると、その種が食べてきた生き物が繁殖し過ぎて動物だけでなく植物の生態系のバランスが破壊されてしまい、すべての動植物に悪い影響がある。


サマンサの使い魔である大鴉のフギンとムニンが真っ黒な羽で左右からエマの頭をヨシヨシしてくれる。


「エマちゃん、そんなに悲観的にならないで。私たちにもできることがあるのよ。」

サマンサの言葉にフギンとムニンがうんうんと頷く。

「絶滅の恐れのある動物を捕まえたり、飼ったりしてはだめよ。」

—————— はい。


「ペットの動物を自然に放してはだめよ。自然繁殖して、もともとの生態系を破壊する原因になるから。」

—————— はい。しません。


「出かけた先でゴミを捨ててはだめよ、必ず持ち帰りましょうね。人が捨てたゴミが原因で野生の動物が命を落とすこともあるから。」

—————— 捨てません。インベントリに収納して持ち帰ります。


「野生の生き物にエサを与えてもいけません。人には美味しい食べ物も動物には毒になるものもあるのよ。」

「あい。きをつけます。すんっ。」


「ジャイアントパンダやオランウータンも絶滅危惧種に指定されているのだよ。」

「最後の数匹にまで減ってしまったら、取返しがつかないから、そうなる前になんとかしないとな。」

フギンとムニンが、ガラパゴス島の最後のゾウガメ、ロンサム・ジョージについて話してくれた。


「・・・・・エンマ帰る。」

「お、もう昼だな。」

「じゃあな、エマ。」

フギンとムニンにバイバイして帰ると、いつものバルコニーでデイモンが両手を広げて待っていてくれた。


「おかえりなさい、エンマ。」

いつも通りの笑顔で抱き留められた。

「・・・・・ただいま、ダモ。」 


手を繋いでダイニングへ向かうとカールとダイアナの声が聞こえてきた。

「ダメです!お肉は一食あたり200gまでと約束しているでしょう!」

「お願いダイちゃん!野菜も食べるから!」


※ 成人の場合、肉類は1食当たり80グラムが適量とされています。


「ダイちゃん、トンカツの日は許して!」

食卓では困り顔の唄子さんがトンカツのお皿を持っていた。


「どうしましたか?」

「陛下からトンカツの時は300g食べたいと聞いていたから用意したんだけど、ダイアナさんが反対していたようなんだよね。」


レモンとからしを駆使しつつ100gはとんかつソースで、100gは唄子さん特性のネギダレで、100gは塩で、合計300g食べたいカールと1食あたりお肉は200gまでと主張するダイアナが言い争っていた。


どすっ!

エマがダイアナの腰に抱き着いた。


「ダイちゃん!お願いです、じいじの願いを叶えてあげてください。」

腰にしがみ付いたエマが泣きながら訴えてきた。


いや、たかがトンカツで泣かなくても・・・。


「ダイアナさん、次から量を減らすなり話し合ってもらえないかい?今日はもう揚げてしまったし冷めてしまうから。」

泣きじゃくるエマに毒気を抜かれたダイアナが折れた。



デイモンの仕事は魔王の秘書の見習いだ。

実質23歳のデイモンは一通り教育を終えているがステータス上の年齢が14歳のため大人としてフルタイムでの労働が認められていない。

魔王の秘書であるモレクとイブリースとアルコンの下で見習い業務についている。


現在取り掛かっている業務は公共事業のための調査だ。過去に何度か水害を起こしたことのある場所について調べ、リスト化している。

突然の大雨による土砂崩れや洪水を防ぐことが目的だが、果てしない業務だ。


「はあー、果てしないですね。終わりがみえません・・。過去の資料を読み続けるのはもう飽きました!」

耳をペタンとさせて、もうやだ!と愚痴をこぼす。


「儂も・・・・。ここのところ日帰りできない公務が多いし!ダイちゃんも一緒ならいいけど一人だし!夜は家でダイちゃんと一緒に炬燵でゆっくり過ごしたい・・・。」

耳を倒し目に涙を浮かべ、公務に行きたくないと訴える陛下。


「何を言っているんですか!」

「ほらほら、サボっていると永遠に終わりませんよ!」

「陛下はさっさと出張の支度して!」

モレクとイブリースとアルコンの容赦のない返事に涙を浮かべるカールとデイモン。


どすっ!

エマがモレクの足に抱き着いた。


「モレくん!お願いです、じいじとダモに優しくしてあげてください。」

しがみ付いたエマが泣きながら訴える。


これは効いた。シスコンのモレクに幼女の訴えは効果抜群だ。


「・・・確かに、ど素人のデイモンに災害予測は難しいでしょう。各地方に公共事業の特別予算について共通のフォーマットで申請を上げさせてその内容を比較するようにすれば、より緊急性の高い案件が絞れるのでは?案件の精査には専門家を集めましょう。

 陛下の公務が詰め込み気味になっているのは仕方ないとして・・・すでに決定している予定は取り消せませんから。その代わり休暇を確保できるよう調整しましょう。その後の予定も無理ない組み方にしましょう。」


妹っぽい幼女の訴えでコロリと態度を変えたとは思えないほど冷静に言い切ったためイブリースとアルコンも同意せざるを得なかった。


その後もカールやデイモンが誰かと衝突すると、どこからともなくエマが現れて二人を庇うことが続いた。


公務で訪れた先々でカールが「いやあ、孫がお爺ちゃん子で」とデレてまわり、デイモンは業務で訪れたすべての部署で「エンマに愛されちゃってー」と惚気て回った。


「エマちゃんが変ね・・・。」

「あたしも不自然さを感じてるよ。」

「デイモン君が、あんな風に惚気てみせたら、いつもだったら必死に否定するのに・・・。」


ダイアナ、唄子、ルーシーはもう黙ってはいられなかった。調子に乗りすぎたカールとデイモンが痛々しいほど浮かれていたからだ。


「エマちゃん、話があるの。」

「どうしましたか?」

「最近おかしいわよ。」

「陛下とデイモンを甘やかしすぎるのは良くないと、あたしも思うよ。何かあったのかい?」

弱みでも握られているのかい?と心配そうにのぞき込む唄子。


思わず目を反らすエマ。

「別にエンマは変じゃないですし・・・。」


「・・・エマちゃん。」

ルーシーに名前を呼ばれ、エマの身体がビクリと跳ねた。

だらだらと汗を流しながら視線をきょろきょろと動かす。


「エマちゃん?」

エマはルーシーには逆らえない。


「・・・だって・・・・・・らってぇ・・・・う、ぐすっ・・・・うえぇぇぇぇぇ・・・・。」

「ああ、泣かないの。」

ルーシーがひょいっとエマを抱き上げて背中ポンポンしてくれた。


ポンポン、ひっぐひっぐ・・・。ポンポン、うぐっ・・うっく・・・・。ポンポン、えぐえぐぇぐ・・・・。ポンポン。


「すんっ。」

「話してくれる?」


「らって・・・らってぇ・・・最後のフェンリルらから・・・絶滅しちゃうがらぁぁぁぁぁぁ・・・うああああああああん!!」


ギャン泣きするエマを宥めつつ、魔女の館にも問い合わせ、事情を察した。


「まさかそんなことになっているとは・・・」

「申し訳ない。」

フギンとムニンが頭を下げる。


すんっ。すんっ。

「エマ、あれは動植物の話なのだ。」

「最後の2頭でもフェンリル族は絶滅しないぞ」

困り顔の大鴉たちが大きな羽でエマをヨシヨシする。


「言葉足らずですまなかったな。」

「一人で悩んでいたのか?」

「すんっ。でもっ、フェンリルはじいじたちしかいだいっで・・・、すんっ。」


ヨシヨシ。

「気まぐれにポコっと生まれてくることもあるから絶滅はしない。ただ力の強い魔族は滅多に生まれないだけだ。」

「それが魔族というものだからな。」


そもそも魔族も天使族も死なないから絶滅はしないと大鴉たちが根気よく話して聞かせ、エマの不安は解消された。


カールとデイモンの労働環境はホワイト化したが、「一食あたりの肉類は200gまで」が徹底されたカールは涙目だった。

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