3日目⑥
よろしくお願いします。
なぜ美来を泣かせたのかという鋭い声に俺も美来も声のほうを振り向いた。
「あ、タマさん!」
美来が駆け寄った。俺はこの人がタマさんか、とついその人をまじまじと見てしまった。
確かに身長は低めであったし、それほど高いところを浮いているわけでもない。
いっそ、幽霊ではないのではないかと思ってしまいそうだ。
「美来、大丈夫?なんかされたん?」
しかし、俺のことをタマさんは知らないとはいえ、なかなかの言い草だ。
「全然平気だよ、タマさん。陽くんに何かされたってわけじゃないの。」
「そうなん…?なら、いいんやけど…。」
タマさんは眉尻を下げていた。
美来はにっこりと笑って見せた後、ぱちんと手を合わせた。
「ねえ、タマさん聞いて!」
「ん、なに?ああ、えっと、そこの子もさっきはごめんな。一緒に来よ。」
跳ねている美来にタマさんは優しく声を掛けてからこちらに振り向いた。
ぺこりと謝ってから手招きをされる。
「ああ、いいえ。ぱっと見だと、そう誤解されても無理ないと思うんで。」
こちらもなぜか頭をぺこぺこと下げてしまってから、美来とタマさんがいる方へ走り寄る。
「それで?どうしたん?」
俺が来たのを確認してから、タマさんは美来の方に話を振る。
「あ、あのね!私、さっき陽くんと話しててわかったの!」
顔をきらめかせて美来はそう言った後、伏し目がちになり落ち着いた声色になった。
「私、ほんとは死んじゃったことを受け入れられてなかったの。」
タマさんの手がぴくっと動いた。
一度手を上げるが、またその手は戻った。
美来の表情も伏し目がちではあるものの口角が上がっている。
「私が成仏できなかった理由って、これなんじゃないかなって。
きっと…、きっとこれが私の未練だと思う。
生きたいって想いで、私は成仏できないで、この世にとどまっているんだと思うんだ。」
タマさんの表情は見えなかった。
「そうなんや。美来がいいんやったらよかったわ。」
だから俺に、タマさんの少し震える声についてわからない。
「…タマさん?」
美来がタマさんの顔を覗き込んだ。
「よかったわ。あとちょっとやもん。よかった。」
「…うん、そうだね!」
あとちょっと、とは何のことだろうか。
「四日後で、四十九日やし、早いなあ。」
「そうだね、私、この四十日間、たくさんのことをタマさんに教えてもらったよ。」
へにゃりと笑って見せた美来を見て、先ほどの会話を聞いて疑問にもようやく合点がいき、俺は思った。
「なあ、タマさん。」
「ん?どうしたん?」
タマさんは首をかしげながら顔だけこちらに向く。
「タマさんは、どうやって未練を解消すればいいかわかりますか?解消しないと、ヤバいんすよね?」
いろいろなことを教えてくれたというタマさんなら、何かわかるかもしれない。
美来の未練を解消してやりたい、と思う。
解消しないとどうヤバいのかを美来に教えてはもらっていたが、それを詳細に言ってはいけない気がした。
「そうね。普通は未練自体やったり、未練の代わりになることをすればいいかな。あとは、未練を未練でなくしたり。」
「えっと、どういうことですか。」
どういうことがうまく想像ができなかった。
「例えば、自分が先に逝ってしまって、愛する相手の安否が不安で成仏できんかったとする。そしたら、相手がきちんと生活していけそうっていうのが分かったら、まあ、成仏できるわ。
例えば、呪いたいほど憎い相手がいたとする。その人が、偶然でも重い病気になれば、ある意味成仏できる。」
「ある意味?それに、二つ目のって、結局呪ったんですか?」
一つ目の愛する相手の話は未練自体の解消だろう。よくわかった。
しかし、二つ目があまりわからない。
「まず、本当に病気の原因が呪いやとは限らんのよ。だって考えてみ?ひと一人を気持ちだけで病気にかからせるなんて、どんだけ大きな気持ちがいるん?って話やん?やから、自分が本当は呪ったわけではなくても、そうやと勘違いしてある意味成仏できる。
ある意味っていうのは、まあ、あくまで言い伝えみたいなもんやけど、そういう成仏の仕方をした人は、成仏後も苦しみが待ってると言われとるわ。
それに、本当に人を呪ったんやったら、成仏できんとも聞くな。これはわからんのやけど。」
つまり、悪い気持ちを持った人は天国にいけねえという話だろうか?
もっとも、タマさんの死んじまった時代によっては、天国地獄の概念はないだろうし、あるいはそういった宗教を弾圧していた時代かもしれない。だから、俺は自分の結論の確認を取らないことにした。
呪った人は成仏できないというのは、嘘か真かわからないが、雅さんが好きそうな話だとふと思った。
いかにもオカルトチックだ。
「で、三つ目の未練を未練でなくするっていうのは単純。未練やったことをどうでもいいと思わせる。
まあ案外、一番この場合が多いわ。」
「そうなんすか?」
意外だった。あきらめるというのは簡単なようで難しい。
「そもそも、普通は成仏するものやから。小さい未練じゃあ、この世にとどまったりはできんのよ。
どうしてもっていう大きな未練があってこそ、死んだら昇ってしまうはずの魂が、とどまれる。」
それはつまり、美来はそれだけ生きたかったのか。
改めてその事実が突き付けられた。
美来とタマさんだけ見えるのか、俺に霊感が少しはついたのかはわからない。
しかし、もし後者の場合、俺は幽霊を見たことない。
弱い心では、成仏は止められず、幽霊としてこの世に留まれないのだろう。
何が正解かはわからない。
美来の未練、生きたいという未練の解消の仕方はわからず、そもそもこの未練の解消は生きたいという気持ちを否定することになるのかもしれない。
美来を傷つけるかもしれない。
「美来、俺、美来の未練の解消、ちっとは手伝う。」
俺に何ができるかわからない。
しかし、そうしなければならない気がした。
「うん、ありがとう。」
話にひと段落がついて、そういえばと思い出す。
「あ、ポケベルについて調べてきたんだけど。」
急の話題転換だ。
「何をすればいいかちゃんと調べるけどさ。この話に縛られんのもな。」
形だけとはいえ、美来は割り切って見せていたように。
「うん、せっかく陽くんが来てくれたんだもん。調べてくれてありがと。教えて!」
楽しくできる時間を奪われてしまうのはもったいない。
多分美来はそう思っていると思う。
ありがとうございました。
明日から一週間ほど、0:00までに更新することが難しそうです。