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メウルニの治癒術師  作者: Ash
後日談
9/16

帝都のミアナ

 馬車に取り残され、メウルニに置いてきぼりを食らったミアナは現場に残った騎士によって帝都の宮廷に送り届けられた。

 宮廷まで戻ってしまえば、後は簡単だ。門番に治癒術師であることを告げ、治癒術師を管轄する文官を呼び出してもらう。主人を定めていない治癒術師が渡されている治癒術師を表す証がない今、ミアナは文官に本物の治癒術師である確認を受けなければいけない。

 宮廷の中でも皇帝とその家族の住む区画に出入りする治癒術師の確認は、皇帝の側近が務める。皇帝の寝首を掻ける人物に化けて侵入するには治癒術師を装うのは効率の良い方法なので、この役目をする文官は皇帝の信頼が厚いことを表している。

 その時にクビにされた事情を話し、昔から伝わる魔法具で簡単に確認をおこなわれた後、以前暮らしていた治癒術師の暮らす区画に戻ることができた。

 仕事から上がっていた治癒術師や休みだった治癒術師の中に知り合いを見つけたミアナは彼女の部屋で、これまでのことを話した。


「あなたはクビになるし、アリエンテも恋人に振られるし。ほんっと、今年は私たち(女治癒術師)にとって最悪ね」


 赤い髪をした女治癒術師は嘆息交じりに言う。


「アリエンテが? なんで?」


 ミアナと同じように恋人のいたアリエンテが振られたという話に興味を引かれた。


(まるでわたしと同じみたい。だけど、わたしはメウルニ様の恋人でもなかったけど。)


 恋人と仲の良かったアリエンテだから、ミアナが帝都に戻る前には結婚するのだろうと思っていた。


(それが振られただなんて・・・。付き合っていたのはそろそろ三年。結婚するものだと誰もが思うような長さだったのに、なんで?)


「すぐ死ぬってわかっている女とは結婚できないんだって。こっちだって死にたくて死ぬわけじゃないのに。だいたい、誰だって出産で死ぬ危険はあるのよ? たまたま、私たちは子どもを産んだら死んでしまうってだけで、なんでそんな扱いされなきゃいけないのよ」

「・・・そうね」


 いきり立って語る女治癒術師にミアナは気まずかった。恋人との結婚を望んでいただろうアリエンテの話を聞かされて、安全に子どもを産む為に選帝侯の愛人を志望した自分がまるで臆病者のように思えた。


「貴族出身の女なんて、身分が高ければ高いほど出産ですぐ死ぬっていうのに、なんで私たちのほうが死にやすいなんて思うのかしらね」

「・・・」


 それは治癒術師や回復魔法の使い手の中ではよく知られていることだった。何代もの間、同じ血族間で結婚を繰り返してきた選帝侯やそれに近い貴族たちは病弱で、子どもの夭折や軽い病で死ぬことが多かった。


「そんなに結婚と葬式の費用が惜しかったのかしら? ケチよね~。アリエンテが男を見る目がなかったって言うなら、ケチ男は詐欺師よ。アリエンテを見たら真剣に恋愛しているのか、ちょっといい男だから遊ぼうって思っているのかわかるのに、騙して捨てるなんて結婚詐欺以外のなんでもないわ。なんで、そんな奴が野放しにされているのかしら? 不公平よ!」


 結婚を前提に真剣に付き合わない男は詐欺師だという極論に、愛しても愛されない現実を知っているミアナは苦い気持ちを思い出す。


「恋なんて不公平なものかもしれない」

「ミアナ?」

「だって、メウルニ様はパメラ様を愛していて、わたしのことなんか見てくれなかった。亡くなったパメラ様のことは忘れずに連れて行ったのに、わたしのことは忘れて行ってしまった。わたしだって、メウルニ様のことが好きなのに・・・。なのに、どうして? どうして、わたしをクビだって言うの? 愛人だから? 妻じゃないから?」

「馬鹿ね。選帝侯たちは愛人の治癒術師のことを都合の良い相手としか思わないわ。あなただって、わかっていたでしょ? 自分の手で自分の子どもを育てたいから、選帝侯の愛人になるんだって」


 女治癒術師が言うのは、ミアナも実践したことだ。この方法は治癒の力を持つ一族の女がよくとる方法である。皇帝の持ち物とはならない息子と引き換えに、娘が生まれるまで選帝侯やその一族の男を利用することは許されている。

 娘が生まれなくても、本人の希望や相手の希望でその関係は容易に解消されるし、手軽で後腐れも少ない。


「一時的な愛人になって、娘を産んだら帝都に戻って育てるんだって考えていたけど、メウルニ様と一緒にいたら、愛されたいと思ってしまったんだもの。なんで、メウルニ様は愛妻家だったの? なんで? なんで?」

「弱腰選帝侯は、そんなにいい人だったの?」


 悪女に騙されて結婚したと言われているメウルニは、パメラの家の主家や麾下の貴族の意見を慮って行動することがあり、選帝侯一の弱腰とまで揶揄されている。


「弱腰なんかじゃない。メウルニ様は優しすぎただけ。真面目で優しすぎて・・・。そんなあの人がわたしをクビだなんて・・・」


 ミアナは反論しているうちに捨てられた悲しみを思い出して、涙があふれてきた。


「泣きなさい。泣いて泣いて忘れるのよ。そして、今夜は飲み明かすの」

「ごめんなさい。わたし、今、妊娠しているの」

「妊娠?! 妊娠してるのにクビにされたの?!」


 妊娠を初めて打ち明けられた女治癒術師は驚き、次に柳眉を逆立てた。


「ええ」

「弱腰選帝侯のくせに妊娠している治癒術師をクビにするなんてことやってんの?! 弱腰どころか愚鈍選帝侯じゃない! エンデパンの奴らは何考えてるのよ。どうして止めようとしないの」

「クビにされたのはエンデパンじゃないの。帝都からマリキュリーテに行く途中だったから、エンデパンの人たちは知らないわ」

「マリキュリーテ? どうしてそんなところで? 弱腰選帝侯の地域はエンデパンでしょ。って、あの奥方の故郷が?」


 選帝侯同士仲が悪い為、自分の地域と帝都しか行き来しないのが常だった。それ以外の場所に行くことは今回の襲撃のようなことをされる可能性が高い。自分の支配地域なら、麾下の貴族が警護の配慮もしてくれているし、引き連れる護衛の数も考えなくてもよい。

 だが、今回のように他の選帝侯の支配地域に行く場合は相手の選帝侯に害意を持っていると受け取られない程度の少数の護衛しか付けられない。その上、貴族たちの歓待や警護も期待できない。


 マリキュリーテ行きを不思議がっていた女治癒術師もパメラのことを思い出したのか、勝手に納得してくれた。


「そうよ。パメラ様が里帰りなさるので、付き添っていて襲撃に遭ったの」

「なんてこと、帝都とマリキュリーテの間で襲撃なんて!! 選帝侯が襲われるなんて、これは一大事だわ。犯人はわかっているの?!」


 選帝侯の襲撃はここ数年起きていなかった出来事だ。選帝の時期になると、皇帝に立候補した選帝侯が襲われることが多く、今回のように選帝の時期以外で襲われることは稀である為、大事件なのだ。


「襲撃者はメウルニ様の護衛が倒したわ。だけど、襲撃の首謀者が誰かはわからない。現場に残った護衛の馬に乗せてもらって帝都に戻ったから・・・」

「帝都まで連れて来てもくれなかったの?! ああ、もう! 今日は私のベッドで休みなさい」


 女治癒術師は選帝侯襲撃の話を聞いて、皆に言いに行きたいようだ。それと引き換え自分のベッドを譲るくらいなので、余程、話したいのだろう。


「でも、それじゃあ・・・」

「妊娠しているんでしょ? あなたの部屋はまだ用意できていないと思うから、この部屋を使いなさい。私は開いている部屋のベッドを使うから、気にしなくていいわよ」

「ありがとう・・・」

「いいって。――それと、子どもの件も報告しておくから、気にしなくていいわよ」


 返事もそこそこに飛び出して行く女治癒術師だったが、思い出したように顔をのぞかせ、子どもが生まれるまでにクビにされたことを皇帝の側近に聞いてくると言ってくれた。

 ミアナは妊娠して初めて良かったと思えた。

多分、女治癒術師が皆に話したかったのはメウルニの悪口・・・。

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