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妻を先に治療してほしいという頼みも命令も聞かないミアナにメウルニは不審を抱いた。パメラに成り代わりたいのだろうか、と。パメラがこの事故で死ねば、アウルムは母親を亡くし、他の女手が必要となる。乳母や子守がいたとしても、それでも母親代わりが必要だろう。そんなところに弟か妹を産んだ人物がいたら、懐かずにはいられないだろう。
メウルニ自身だってそうだ。学生の時から恋人だったパメラを亡くして、親しくしている別の女性と言えば、ミアナくらいなものだ。気弱になっているところに付け込まれては、あっさり陥落してしまうかもしれない。
それはメウルニが避けたいことだった。
いくら治癒の力を持つ一族で呪いがかけられているとはいえ、そんなに子どもが欲しければミアナは他の選帝侯の血を引く人物の愛人になればよかったのだ。それを皇帝の肝入りで愛人になるなど、他の選帝侯の愛人の枠が埋まっているから、残っている選帝侯の愛人の枠を取りに来たとしかメウルニには思えなかった。
学園を卒業する時にも愛人になりたいと言ってきた治癒術師はいたが、メウルニはパメラが払った犠牲を考えて断っていた。
パメラとの付き合いには邪魔が多すぎて、気付くと治癒術師の友人に従者になってもらうこともできなくなっていた。それはそうだろう。パメラばかりを優先して、約束を守れなかったのだから。
だが、パメラは主家と仲の良くない選帝侯の息子であるメウルニと付き合うことを主家や仲間だった旗下貴族に裏切りととられ、散々嫌がらせを受けるようになっていた。主家に連なる一族からは「エンデパンに尻尾を振る雌犬」と罵られ、助けることができるのはメウルニだけだった。自然とメウルニはパメラと行動を共にし、従者にすべき治癒術師の少年たちと行動する時間が少なくなった。
義務より女をとる男。
それがメウルニの評価だった。
従者になろうと考える治癒術師はおらず、パメラへの献身を見た女治癒術師たちからは愛人の申し出を複数受けるようになった。
しかし、ミアナはその申し出をしてきた女治癒術師たちの一人ではなく、選帝侯だから愛人の申し出をしてきた治癒術師だ。その点がメウルニにとって不快だった。
子どもを産んでも死にたくないなら、選帝侯の一族の誰でもかまわなかったはずだ。それを皇帝まで動かして選帝侯であるメウルニの愛人になった。そのことがメウルニがミアナを厭う理由だった。
一族からの圧力で治癒術師を産ませはするが、それだけだ。
メウルニの家で抱える治癒術師の数を増やしたいなら、一族の男が女治癒術師と恋に落ちるか、もっと気に入られるように頑張ればいいだけのことで、選帝侯を継いだメウルニがそこを頑張る理由はないはずなのだ。
ないはずなのに、治癒術師の愛人が少ない為に皇帝から治癒術師の愛人を与えられたメウルニに圧力をかけてくる。
ミアナの腹の中の子が男だろうと女だろうと義務は果たした、とメウルニは考えている。パメラが実家に戻るくらいの代償を払ったのだから、生まれてきたのが皇帝の持ち物になってしまう娘だろうと、メウルニはかまわないとさえ思っていた。
だが、今は故意にパメラを殺して、メウルニの一番の女性の地位を手に入れようとしているようにしか見えない。治癒術師の愛人は正妻と同じかそれ以上の立場と見なされるものだが、メウルニはそれを許さなかった。だから、この好機にパメラを見殺しにするつもりなのではないかと考えた。
「そんなことは無視して、パメラを治療するんだ!」
「できかねます。メウルニ様に後遺症を残せば私が罰せられます」
それは言い訳にしか聞こえなかった。
「パメラを治療しないなら、お前をクビにするぞ!」
「どうぞ、ご勝手に。選帝侯に後遺症を残すことを考えれば、大したことありません」
「大人しく言うことを聞け! いや、私の頼みを聞いて、パメラを助けてくれ!」
メウルニは懐柔する方法に出た。高圧的に出て駄目なら、逆に情に訴えればいい。情に訴えて駄目なら、我慢の限界だ。皇帝の肝入りで愛人になった治癒術師であろうと、どんな屁理屈をこねられようがクビにしよう。




