帝都のミアナ5
酒浸りとなって、父親や配下に仕事を任せっきりになったメウルニはミアナを皇帝に返上したことから、陰で『治癒術師の価値がわからない男』と言われるようになり、貴族たちは『メウルニの治癒術師』を人を馬鹿にする時の隠語として使うようになった。
ミアナはそれを聞いて違うのだと仲間に説明したが、それは功を奏しなかった。
メウルニが悪く言われ、陰で嘲笑われていること以外は、ミアナにとって幸せな日々だった。
娘がいて、恋人であり夫でもあるジャンルカがいて、何の恐れも苦しみもない、満ち足りた日々だった。
やがて、宮廷内の学校に下見に行ったアウルムに愛人ができた、との噂が流れてきた。
ミアナは驚いたものの、幸の薄い少年にもようやく幸運が巡ってきたのだと思った。
メウルニやパメラが近寄らせないようにしていたのでミアナはアウルムのことをあまり知らないが、だからといって不幸になってもかまわないとは思わない。幼くして母を亡くしたアウルムはそれだけで充分不幸だった。
アウルムに治癒術師が付くことになって、ミアナの罪悪感は更に薄れた。
罪を忘れることはできなくても、徐々にアウルムやメウルニも立ち直っていくのだろうと明るい希望が見えたのである。
アウルムの愛人になった少女のことは、情緒不安定だったからそんなことをしたのだと治癒術師たちは噂し合っていたが、相手はメウルニの息子なのだ。あの優しいメウルニの息子なのだから、きっとそれが理由だったのだろうと、ミアナは思った。
ジャンルカと娘の冬物を作ろうと、ミアナは宮廷の門を出て街にある市場の布屋に向かう。娘にフレアコートを赤いベルベットの布で作ったら可愛いだろうと考えていたら、市場への道のりもあっという間だった。
いくつかの布屋を歩き回りながら、茶褐色の髪のジャンルカの服は茶系かダークネイビーにしようかと考えて、どうにか二人の布を買い込むと、市場に出ている屋台で休憩してから戻ることにした。
長時間探し回ったせいか、ミアナの足はパンパンだった。
屋台の傍にある木製の丸椅子に座って購入したばかりの香草茶を飲んでいると、不意に誰かが隣りに気配を感じた。誰だろうとミアナが横を見たら、市場には不釣り合いなベージュの上等なロングコートが見えた。
(誰? 貴族かしら?)
訝しげに視線を上げていくと、明るいブラウンのズボンとジレ(ベスト)に白いシャツと地味な色合いだが、上質な生地を使った服装だけで、かなりの有力貴族だと見てとれた。
(一体、誰? メウルニ様の愛人だった頃の知り合いかしら? でも、今頃になってどうして? 子どもは娘だったから、もう関係ないし・・・)
だが、その疑問もよく見知った唇が見えた時にミアナはまさかと思った。唇と顎の顔の下半分だけでわかる。それでも、続いて見えた鼻に確信を持ち、冷たく見据えるグレーの目に恐怖と愛情でミアナの身体は震えた。