帝都のミアナ3
前話は間違えて修正前の物を上げてしまい、申し訳ございません。
予約投稿後も何度か読み返して手直しを入れていますので、今現在は誤字脱字以外では満足いく出来になっているはずです。
「ごめんなさい」
そう言ってミアナは頭を下げる。相手が納得していないのはわかりきっていたので、頭は下げっぱなしだ。
どうしても子育てがしたい治癒の力を持つ一族の女性は、娘が生まれるまで選帝侯一族の愛人になり、生まれた娘を連れて恋人のもとに戻る。それがわかっているから、恋人も待っていられる。
選帝侯たちと治癒の力を持つ一族との公平な取り決めを利用しているのだから、心まで子どもの父親に奪われたりしないはずだった。
「何故? 何故なんだ?」
待っていてくれた恋人もそれはわかっていたから待てた。
「わたしはあなたにふさわしくない。幸せになってはいけないのよ」
「どうして?」
「わたしは罪を犯したの。とても大きな罪を。それを償わなければ幸せになる権利はないのよ」
まさか、ミアナがメウルニに心奪われるなど、ミアナ自身も予想だにしていなかった。
メウルニがあそこまで愛妻家でなければ、ミアナも多くの治癒の力を持つ一族の女性と同じく、何の躊躇いもなく恋人のもとに帰って来られただろう。
だが、メウルニは治癒の力を持つ一族の女性が憧れ、夢を見た理想の夫だった。遠くからでもその良き夫、良き父親ぶりを見ていたいと憧れさせる存在だった。
そんなメウルニの姿は弱腰選帝侯と称される仕事ぶりでもわかるように、波風を立てないように他人の意見に迎合することでなんとか守っていたものだ。
メウルニの大切なものをミアナは壊してしまった。
二度と取り返しのつかないことをしてしまった。
パメラが里帰りを言い出す前に、メウルニに好意を持ってしまった時に、ミアナは帝都に戻ってくるべきだった。
しかし、ミアナはメウルニ一家の温かさの、手に届きそうで届かぬ距離から移動することに躊躇した。
その結果、パメラを死に追いやった。いや、殺したのも同じだった。
そんな自分が恋人と幸せになることをミアナは許せなかった。
「何をしたって言うんだ? エンデパン選帝侯の妻が死んだことか? あれはお前のせいじゃない」
「わたしのせいよ。わたしが殺したの! わたしが愛人の紹介なんか頼まなかったら、彼女の夫が紹介されることもなかった」
「それは結果論だ。治癒術師のいない選帝侯のところには誰かが選帝侯の就任祝いで行かされていた」
「でも、それは愛人じゃなくて側近かもしれないわ」
「十中八九、愛人だよ。愛人のいない選帝侯は一族に治癒術師を齎す責任が果たせない。一族の人間が愛人を得られなくても、選帝侯だけは愛人がいないといけない存在なんだ」
「でも・・・」
「愛人のいない選帝侯に誰も忠誠は誓えない。選帝侯の治癒術師を増やせない選帝侯など、選帝侯である意味がない。選帝侯だけは愛人を皇帝から貸してもらえるのだから」
「・・・っ!」
ミアナの恋人は母親が治癒術師だった為に、父親と治癒術師である異父姉に育てられた。カッシーニの選帝侯に仕えていた父親から貴族として選帝侯に捧げる忠誠を在り方について教えられていたようだ。
いくらメウルニが選帝侯失格で、それを補う為に皇帝としても、一族としても、治癒術師を愛人として必要としていて、ミアナが希望を出さなくても誰かが愛人になったと言われても、慰められない。パメラが亡くなったのはミアナのせいなのだから。
「・・・」
「お前が自分を責めてしまうのもわかる。わかるが、それはお前の罪じゃない。選帝侯である夫を危険にさらした妻の浅慮と、自分が選帝侯であることを忘れた男の思い上がりが選帝侯夫人を殺したんだ」
ミアナは気遣われて後ろめたかった。メウルニに憧れ、自分がパメラだったらと思ってしまったのは、恋人への裏切りだ。それを隠して、パメラの死に責任があるからと拒絶するのは裏切りに裏切りを重ねているようで、心苦しい。
「わたしは・・・」
「愛人になってからまだ一年もたっていないし、何年も待つつもりだったから、気持ちが落ち着くまで待つよ」
「そんな?! 待つ必要なんかないわ!」
裏切った自分を待つ必要など、恋人にはない。その上、ミアナには幸せになる資格もないのだ。
「せめて選帝侯夫人の喪が明けるまでは待たせてくれ。今のお前は選帝侯の妻の死とクビになったことで気が動転している。このままじゃ、腹の中の子どもにも良くない」
「! ジャンルカ・・・」
ジャンルカからの言葉にミアナはお腹の中の子どものことを意識した。罪の意識に悩まされるようになって、子どものことは頭から消えていた。ジャンルカがそれを知っているのは、女魔術師が話していたからだろう。
治癒術師なら誰でも自分の妊娠を知っていると知ったミアナは少し女魔術師を恨んだ。
しかし、小さな秘密すら持てないからこそ、ジャンルカの気遣いでミアナは自分の身体が自分だけのものではないことを思い出した。
(わたしの罪の証・・・。でも、メウルニ様の子ども・・・)
複雑な気持ちだった。心惹かれたメウルニの子どもがいることは嬉しくもあり、罪でもある。
都合の良い申し出と自分以外の男の子どもを妊娠していても気遣ってくれるジャンルカ。それは呪いで母親を失った彼だからできるものかもしれない。
ミアナは子どもと恋人。温かいものと後ろめたいものできた二つのことに心が温かくなると共に切なくなった。
カッシーニ選帝侯の地域の人は恋愛至上主義です。メウルニっぽいのに、非常に狡猾で残忍な面が強い(天然鬼畜と称されます)為、優しいとは表現されません。
ジャンルカの父親は結婚の為に帝都で働くことになりました。家族ごっこの為に長女(父親は選帝侯一族)を産みました。ジャンルカを産んだのは母親が産みたいと希望したから。