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※死ネタあり
アウルムは白い服の女が嫌いだった。同じ白い服を着ている女は何人もいるが、アウルムが嫌う白い服の女はただ一人、父の治癒術師だ。
治癒術師というのは回復魔法では治せない病気や怪我も治すことができる力を持つ人物である。そんな希少な力を持つのは一握りだけ。彼らは治癒の力を持つ一族と呼ばれ、皇帝の持ち物である。
選帝侯であるアウルムの父は、選帝侯になるにあたってその治癒術師を一人だけ皇帝から授けられている。通常は一時的に借り受ける以外、愛人や従者として多くても二名しか手元に置けない治癒術師を、アウルムの父は傍に置いていなかったので、選帝侯に治癒術師がいないのはよくないと与えられたのだ。
それがアウルムの嫌う白い服の女である。
治癒術師を表す青い縁取りの付いた白い服を着た父の愛人の存在に、アウルムの母は泣くことが増えた。
父の愛情を母から奪ったわけではない。
だが、治癒術師を合法的に手元に置く手段は治癒術師に気に入ってもらって愛人や従者になってもらう以外にも方法がある。それは愛人が産んだ息子だ。娘は七歳になると皇帝の持ち物として、次代の選帝侯やその一族たちと交流を深める為に宮廷内にある学校に通わされ、その後は治癒の力を持つ一族として皇帝の持ち物になる。
しかし、息子は普通の貴族と同じ学園に通い、卒業後、選帝侯の持ち物となる。そこが娘とは違うところだ。
どの選帝侯の一族もこの抜け道に気付いており、運良く治癒術師に愛人になってもらった場合は躍起になって息子を産ませようとする。
まだ宮廷内にある学校に通う年齢に達していないアウルムにも、その重要性は知らされている。宮廷内にある学校では他の選帝侯一族を押しのけて治癒の力を持つ一族の娘の信頼を勝ち取り、学園に入学する前に愛人に志望させることが選帝侯の息子であるアウルムに求められていることだ。
父にもできなかったことだが、これはどの選帝侯の一族でも求められていること。
アウルムの父が選帝侯になった時に愛人になった治癒術師は、治癒の力を持つ一族の女にかけられた呪いから逃れたくて選帝侯の愛人を希望したにすぎない。
選帝侯としての務めと一族からの圧力、それだけで父が愛人に子どもを産ますにもかかわらず、アウルムの母は嘆く。
だから、アウルムは白い服の女が嫌いだ。父が選帝侯であり、皇帝を支える重鎮だからこそ、四六時中、治癒術師を連れ歩かねばならないことも。
母の実家に遊びに行くというのに、同じ馬車の中に父の愛人がいる。
そんな境遇をアウルムは憎んでいた。