記憶
ヒロは言われたままに演奏を再開する
説明できない感情を抱えて
記憶に無いままの音を奏でて
何故こんなに心が躍るのか
なにもわからないままに演奏を続ける
ふと、ヒロの頭に様々な景色が浮かんで来た
それは紛れも無い、自分自身の記憶だった
自分が日本に住んでいたごく普通のフリーターだった事
歌手になる為に路上ライブをしてみたり、オーディションを受けたりしていた事
その結果がなかなか報われなかった事
そして、自分が既に命を失っている事
(そうだ……結局僕は夢半ばで……)
死んだんだ……
そう思うと途端に目が潤んでくるのを感じた
結局夢は叶わないまま、なにも残せないまま僕の人生は終わってしまった
そう思うと、悲しいのか虚しいのかよく分からない感情がヒロの心を巡った
(でも……)
今目の前にいる女性は自分の音楽を求めてくれている
それだけで、20幾らかの短い人生にも意味があった様に思えた
だからこそ、涙を流しながらでもヒロが演奏を止めることは無かった
目の前の女性が演奏を聴いてくれている限りは音を奏でるのを続けようと思った
感傷に浸るのはその後だと
ヒロの様子を見て少し戸惑った様子のアリアに微笑み
なおも演奏を続けた