プロローグ
この物語はおおむね1997年頃を舞台としています。
それを念頭にお読みください。
1
静寂と闇が建物内部を支配していた。
深夜、一時。
全てが眠りにつく頃。
誰一人いない地下駐車場に、一人の男が姿を現した。
大きな荷物を両腕に抱えている。白いシーツを被せた等身大の物だ。
男は一台の白塗りのライトバンに歩み寄ると、後部のドアを開け、その荷物を後部座席にそっと横たえた。そして、急いで運転席に乗ると、エンジンキーを廻した。
その時、一筋の光が男の横顔を照らした。
「だれだ!」
男の体がハンドルを握ったまま硬直した。光の後ろに、警備員が緊張した顔つきで立っている。
警備員は、手にした懐中電灯でバンの中の人物を確かめようと、ゆっくり近づいた。片方の手には、いつの間にかS&WM36が握られている。
警備員が運転席の真横に立った。
懐中電灯の光がまともに男の顔を照らした。
「あ、一条さん。」
意外な人物に警備員の緊張が一瞬緩んだ。
その機を逃さず、男はドアを思いっきり開けた。
ドアに突き飛ばされた警備員は、コンクリート製の床に不様に尻餅をついた。警備員が起きあがろうとしている間に、男はドアを閉め、アクセルを目一杯踏み込んだ。
バンはタイヤを鳴らしながら、地下駐車場を飛び出していった。
「まて!」
警備員は手にしたM36をバンに向け、引き金を引いた。
二発の銃声とともに、ライトバンのテールランプが割れた。しかし、バンは止まることなく、見る見る遠ざかっていった。
警備員は、急いで近くの非常ベルのボタンを押した。
建物内部をけたたましいベルの音が響き渡る。
途端にあちこちの窓に明かりが点り、建物全体が騒然となった。
応援に駆けつけた警備員達が、すぐに逃走したバンの跡を追おうと車に乗り込みかけた時、一人が突然叫んだ。
「ダメだ、タイヤがパンクしている!」
「こっちもだ。」
見ると、残っていた全ての車のタイヤがパンクしていた。
「くそ、やりやがったな。」
警備員全員が遠ざかるバンを見ながら地団駄を踏んで悔しがった。
男の運転するライトバンは、すさまじいスピードで建物を出ると、まっすぐゲートに向かった。
前方に守衛所とゲートが見えた。
その時、ヘッドライトの丸い明かりの中に守衛所から警備員が飛び出してきた。
その手にはS&WM19が握られている。
警備員のM19が、迫るバンに向かって火を吹いた。
バンのヘッドライトの片方が吹き飛び、フロントガラスが粉々に砕け散った。それでもバンのスピードは衰えず、かえってそのスピードを上げた。
「グワァッ!」
バンは警備員を跳ね飛ばすと、そのままゲートを突き破った。
そのショックで、後部座席の荷物にかかっていたシーツがはだけ、その下から静かに眠る裸の少女が現れた。男はチラッと後部座席を見ると、再び目を前方に向け、アクセルを踏み込んだ。
男と少女を乗せたライトバンは、夜の闇の中に消えていった。
2
トゥルルル、トゥルルル、ガチャ、
「もしもし、室長ですか?」
『川端君か、何のようだ。』
「申し訳ありません。例の物が奪われました。」
『なに?』
「今、追っ手をやっています。」
『不祥事だな。川端君。』
「申し訳ありません。」
『で、奪った者は何者だ。』
「部下の話ですと、一条という若い所員のようです。」
『一条?』
「ハイ、こちらとしても厳重に警戒していたのですが。」
『言い訳はいらないよ。川端君。すぐに捕まえたまえ。』
「ハイ、それはもう。例の物と一緒ですから、いつまで逃げおおせるものではありません。すぐに捕まえてみせます。」
『たのむぞ。あれが世間に知られることはあまり好ましくない。』
「ハイ、わかっております。室長。」
『何かわかったら、すぐに報告したまえ。』
「ハイ」
『くれぐれも頼むぞ。川端君。』
「ハイ、かしこまりました。」
『ご苦労だった。』
「ハイ、失礼します。」
ガチャ、ツー。