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6  旅の一座!

 ユーリは遭難した人がしてはいけない事をしていた。あのまま崖の下で待っていたら、カルバン卿とイリスが見つけただろう。


「ちょっと止まって〜!」


 寒さの中、何台かの派手な幌付きの荷馬車を連ねた一団がユーリの横を通った。御者台に座っている髭もじゃの男は怖そうだが、女の人もいるので、ユーリは頼んでみることにした。


「なんだい? こんな山の中を一人なのかい?」


「お願い! ヒースヒルまで帰りたいの」


 顔が髭もじゃの男は、他の連れの女に「ヒースヒルって何処だ?」と尋ねる。


「ヒースヒルって東北部じゃなかった? 北の砦の近くだと思うけど」


『北の砦』という言葉で血塗れの父親の記憶がユーリを襲う。「嫌!」頭を抱えて、雪の中に倒れこむ。


「おい、大丈夫か?」どうしようと、髭もじゃの男は連れの女に相談する。


「このまま置いてはいけないよ。きっとヒースヒルから売られて来たんじゃないかな? 服はボロだけど、可愛い顔をしているから」


 戦争で親を亡くした女の子の中には、悲惨な運命が待っている者もいる。旅芸人の一座には、過去を持つ者も多く、逃げ出して来た女の子を匿うことにした。荷馬車にユーリを乗せて南へと旅を続けた。




「気がついたかい?」


 幌付きの荷馬車で目覚めたユーリは、辺りを見回して驚く。カツラや派手な衣装が溢れていた。


「あのう……みなさんは?」


「私たちは旅芸人の一座なんだよ。『ローズ一座』って言うんだけど、知らないかい?」


 鏡に向かって化粧しながら女は答える。


「私はアマンダ・ローズ。あの髭もじゃの連れ合いさ。そして、そこで着替えているのがサマンサ・マロリーだよ。あんたの名前は?」


「ユーリ……ええっと苗字は何と言うんだっけ……思い出せないわ」


 隅で着替えていたサマンサと化粧をしていたアマンダは、頭を抱えてしまったユーリに驚く。


「あんた頭に怪我をしているね。前に記憶喪失ってのを聞いたことがあるよ。芝居でもよく取り上げられるからね」


「記憶喪失? 家がヒースヒルなのは分かっているし、ユーリという名前まではわかるんだけど……」


 アマンダとサリーはきっと辛い目に遭って思い出したくないのだと同情する。


「冬は東北部には巡業しないけど、夏になれば行くかもしれないさ。それまでうちで雑用でもしないかい?」


 何故か家から遠い場所にいるみたいだとユーリは困惑する。お金も持っていないし、雑用ならできそうだ。


「良いんですか? お世話になります」


 程なく荷馬車は今夜の目的地に着いた。


「小さな町だけど、宿代ぐらいは稼げるだろう」


 南部の大きな都市に着くまでは、こうした小さな町でも一夜限りの営業をして日銭を稼いでいくのだ。


 宿屋の前の広場が劇場になり、荷馬車の一台が舞台に早変わりする。


「チラシを配るにしても、その服じゃいただけないね。うちの劇団はむさ苦しい男が多いから、このお姫様の衣装に着替えておくれ」


 団長の奥さんのアマンダとサマンサもかなりの年配だ。若い女の子がいた方が客を呼び込めるだろうと二人がかりでドレスを着せる。


「おやまぁ、なかなか似合っているね。本物のお姫様みたいだよ」


 偽物のティアラに派手な薔薇色のドレスは安っぽいが、ユーリが着ると本物に見えた。ユーリは皇太子の婚約者なのだから当然だ。


「えっ、これが私? お母さんみたいだわ……」


『綺麗になったよ!』とアマンダに鏡を手渡されて、ユーリは驚く。子ども時代に記憶が飛んでいたのだ。


「へぇ、あんたのお母さんは別嬪さんだったんだね」


 アマンダは、きっと今までドレスなど着たことがなかったのだろうと誤解する。


『どうやら九歳じゃないみたい……大人なの? 何か大切な事を忘れている気がするんだけど……』


 ユーリは思い出そうとすると、両親の死が浮かび上がり、記憶に蓋をする。


「さぁ、町のみんなにチラシを配ろう!」


 アマンダとサマンサと一緒に町の人達にチラシを配る。


「ローズ一座です!」可愛いお姫様は、町の人達にも好評だ。


「可愛いねぇ、あんたも劇に出るのかい?」


 ユーリは雑用係りならとお世話になることにしたが、劇などヒースヒルの小学校でも脇役しかしたことがない。


「いえ」と答えようとしたが、アマンダが素早く話を遮る。


「この子も出ますよ! どうぞ観に来て下さい」


「アマンダさん、私は演技なんて……」


「大丈夫! あんたは黙って舞台に立っているだけで良いんだよ。やはり本物の若い子がお姫様の方が良いからね」


「アマンダ! 酷いなぁ! でも、確かに若い子の方が拐われるお姫様に相応しいよね。大丈夫、他のメンバーがちゃんとするよ」


 旅の一座のメンバーは、素人でも若い女の子がいた方が舞台が華やかになると、ユーリの躊躇いなど無視する。



 ユーリが旅の一座の雑用係からお姫様役に昇進した頃、ユングフラウでは大騒ぎになっていた。


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