プロローグ
「エインズワース公爵令嬢アンナ。君との婚約を破棄する」
とうとうこの日が来てしまいましたか。シャルル様にしなだれかかるようにして、バートン男爵令嬢ミランダ様がいらっしゃいます。シャルル様の運命のお相手です。
「ミランダに聞いたよ。君が、ミランダに対して行った数々の嫌がらせは、次期王妃としての資質に欠ける物だ。私との婚約を破棄した上で、謹慎を申し付ける。」
そう言って、シャルル様は振り返りもせずにミランダ様とともに立ち去ってしまわれました。
私は、騎士様に連れられて、北の塔に軟禁されることになりました。
この日が来ることは分かっていました。私には、うっすらとですが、前世の記憶があります。ここは、前世でやった乙女ゲームの世界です。そして、私は、悪役令嬢です。
ただ、私の記憶も曖昧ですし、所々記憶と異なる部分もありましたので、もしかしたら、婚約破棄の運命を回避できるのではないかと期待しておりました。
半年前に、ミランダ様と出会われるまで、シャルル様は、私のことを愛してくださっていると信じておりました。前世の記憶は、ただの夢かとも思っておりました。けれど、シャルル様の私への想いは、ただ恋に恋していただけだったのです。
私は、ミランダ様に嫌がらせなどしておりません。ただ、ミランダ様が嘘の証言をなさっただけ。証拠も何もありません。恋は盲目なのですね。
私が軟禁されてから10日が過ぎました。北の塔は、貴人の罪人を閉じ込めるための部屋ですので、居心地が悪いわけでもありません。部屋の前には騎士様が2人いらっしゃいます。窓の下にも、騎士様が2人いらっしゃいます。塔の入り口にも騎士様がいらっしゃいます。いずれも、シャルル様直属の騎士様です。シャルル様の警護が心配になるほどの警備陣です。それほど警戒されるような力は、私には無いんですが、シャルル様は、私の実力をどれだけ過剰に評価してくださっているのでしょうか。
私は、部屋から出ることを許されない他は、公爵令嬢にふさわしく、大切に扱われております。幼い頃から一緒に育った乳母の娘のメイドのアニーが私の世話をしてくれています。他には、面会は許されておりません。あれ以来、両親や兄弟にも会っておりませんし、シャルル様やミランダ様もいらっしゃいません。
このまま、一生閉じ込められて、朽ちていく運命なのかもしれませんね。
そう思っておりましたので、侵入者があったのには驚きました。
これだけの警戒の中での侵入者です。シャルル様がご存知ないわけはありません。私を抹殺でもしないことには安心できないのでしょう。一度は、私の事を愛してくださったはずでしたのに、運命の恋の前では儚い物です。
侵入者におかしな薬を嗅がされ、絶望の中で、意識を失ってしまいました。