第三話
「それ、遊ばれてるんちゃう?」
「へ?…ぶっほ、」
いきなり突きつけられた言葉に、私は飲んでいたお茶を吹いた。
ゴホゴホむせていると、背中をさすりながら「ごめん」と苦笑する。
「だって、二回会っただけでえ?
まあ二回目で次に会った時って制限するのは少し株は上がる」
「いや…何を基準に……」
「ゆいの勝手な基準」
真顔で返されて私はそのまま押し黙る。
ゆいの言っている事は、前に私が嵐山に行った時に出会った男の人…神崎恭介さんの事を言っている。
出会い方がおかしかっただけで、特に変な人とは思わないけど…恋愛スペシャリストであるゆいにすれば少し何かが引っ掛かるらしい。
「切符を落としたのを拾って出会って?行く先でまた会ってって…ストーカーかよっ!」
「ちゃうよ!!むしろ私の方がストーカー…や!ちゃう、別にそうじゃなくて!!
ていうかそう言う意味でも無くて!!」
ぶんぶんと首を振りながら否定すると「じゃあなんで最後に紅葉の時期にとか返事したんよ」とジト目で見られて「うっ」と言葉に詰まる。
「そう言う展開を期待して言うたんやろ?
まあ、会えるかどうかも分からんし、紅葉の時期ってもうすぐやし。
ゆいとしては半分半分かな」
「何が半分半分なん?」
「成功するかどうか。
あきがどう動くかやな…よし、次嵐山行く時は連絡しいや、ゆいが化粧したるから」
「えっ、ほんま?それは嬉しい」
神崎さん云々は置いておいてもお化粧を教えてくれるのはありがたい。
最近お化粧を始めたばかりでなにぶん慣れていないので、お化粧上手なゆいに教えてもらうのは単純に嬉しいのだ。
大学を中退してからようやく化粧と言うものを覚えた私は、女の子は色々お金の掛かるものだなと深く感心した。
お化粧道具だけでも四つは必要だし、お肌の手入れの為に化粧水・乳液・美容液・クリームと言ったものも必要になって来る。
それ以外に服だって…私は高校の時までオシャレに毛ほども興味が無かったけれど、最近ようやく服に頓着するようになって来た。
一つのブランドで揃えておくと上下別の物を買っても色合いや系統を揃えておけば間違いないし、顔なじみの店員さんのオススメやアドバイスなどを参考にすれば良い。
しかしそれでもお化粧をする機会は同じ年頃の子達と比べて少ない。
そしてどれだけ気に入った服を買ったとしても、イベントが無いので無頓着に着たりする。
でも…これからは嵐山や京都にお出掛けする時用に少し可愛い服を着て行ったり、お化粧をして行ったりするのもアリかも知れない…と言うか、普通は少しお出掛けするだけでもみんなオシャレなんだから、別におかしな事では無いんだ、うん。
「なに一人で頷いてるん、変やで」
「るっさーい!」
手をぶんぶんと振り回しながら会話を強制終了させて、私はお茶を飲み干した。
そしてその会話から三日後の朝、私はゆいの家に居た。
今回はただ遊びに行くだけ…そう、京都に遊びに行くだけなのだ、一人で。
その事をバイト中に言ったら「来い」と言うので、そう、お化粧を教えてもらう為に来たのだ。
断じてまた神崎さんに会うかもしれないとかそう言う期待があっての事では無い。
「そろそろ観念すれば?」
「んなっ、何が?」
「しれっとしてるけど、あんたは考えてる事ぜーんぶ顔に出てるんやからな?
それに付き合い二十年のうちに隠し事出来ると思ってんの?」
「うっ」
べしっと頭を叩かれて、私は恨みがましく座った姿勢のままにゆいを見上げた。
テーブルの上に広がっているのはたくさんのお化粧道具たち。
下地、と言われるなんちゃらかんちゃらと説明されたが残念ながら一回ですべては覚えられなかった。
取り敢えず二つのボトルから取り出した液体を顔に塗られた。
その後目の周りにシャドウをいくつもの色を使いながらなじませ、ぼかす。
そして筆をまたいくつも使って綺麗にしながら眉毛を書いて行き、頬にチークを乗せて、最後にリップを塗られて完成だ。
…まるで料理されたみたいだけど。
「はい、オッケー」
「おおー…自分でするんとはやっぱり違うなー。
ゆいすごーい…」
まず肌の色が違う…なんだかゆいを顔に貼り付けたみたいだ。
「あ、こら!肌こすったらあかんで」
「すんません」
びしっと手を叩かれて、思わず謝った。
「今日が十一月の初めやろ、紅葉にはちょっと早いんちゃうか?」
「だから!…別に、今日はただゆっくり京都を回って見るだけで…おじいちゃんのとこのお墓もお参りに行こうって思ってるだけで。
神崎さん探しに行こうとしてる訳じゃないって言うてるやん!!」
「へぇー、そうかいそうかいそりゃあ良かったな」
「絶対思って無いやんな!?」
ツッコミを入れてもゆいは無反応で化粧道具を片付けて行く。
「ほら行った行った、お墓参りするんやろ?
昼からやと清水寺の方人多くなるんやから、さっと行って帰っといでよ。
そんで神崎さんにあったら連絡しいや、悪い人について行ったらあかんで?」
「……分かった」
何やかんや言いつつも、私の事を心配してくれているんだと言う事は知っているので。
私もこれ以上言う事無く素直にお礼を言って京都へと向かった。
大阪駅に着いてからトイレで服装をチェック。
秋口から冬に片足を乗せている今日は、ゆいからのアドバイス通りカーディガンを装備した。
いつも行くお店のお姉さん一押しの「可愛い」ワンピースに、岩道でも歩き回れる低めのヒール。
お化粧はゆいにしてもらったのでバッチリだ。
「って、別にこれただの京都にお墓参り行くだけやし!!!」
ハッとして、私は口をふさいでトイレから出る。
京都と言うと観光地…私の地元で遊び回るような感じでは無くそれなりに着飾って歩いていても不思議は無いのだ。
もう一度心の中で自分に念じると、私は阪急の乗り場へと向かった。
大阪駅から五十分強、河原町の駅に到着した。
本来ならば清水五条から行けば良かったのだが、八坂神社から円山公園、そこから清水寺の方へと回って行く事にする。
家族で行く時はどうしても清水寺の方から回るので、逆を体験してみたいと言う私の勝手だ。
と言っても私一人なので誰に気兼ねする必要も無い。
「…紅葉の時期とか関係無く、人多いなー」
リュックはだめだとゆいからNGをもらったので小さめの斜め掛けのポシェットを持ち直しつつ、私は河原町の駅から歩く。
河原町駅から真っ直ぐ円山公園の方へと商店街を抜けて行く。
途中にあった丹波屋でみたらし団子を買い込んでおやつを片手に歩いて行く。
すれ違う人は日本人だけじゃなくて、季節柄なのか着物を着た海外のお姉さんやお兄さんが歩くのをよく見かける。
どの場所に居ても、きっと日本人より日本の事が好きそうな彼らを見て無駄にやる気を掻き立てられながら、私はゆっくりゆっくり一つ一つの通りをチラ見しつつ進んだ。
みたらしのあんがのどに詰まって少しこんこんと咳をしつつ、目の前に八坂神社の境内が見えていたが少し寄り道だ。
スタバへ寄って抹茶ティーラテを注文し、それを片手に八坂神社へと向かった。
階段を駆け上がり後ろを振り返ると目の前を鳩がかすめて行ったので「おい」と短くツッコんで溜め息を零す。
奴らは一体どれだけの数存在するのか…とかなんとかどうでも良い事を考えつつ、私はゴミ箱にみたらし団子の櫛を捨てに行った。
いくつもの鳥居を素通りし、広い境内へ行くと人で溢れている。
そこには「恋みくじ」と書かれたのぼりがパタパタと風で揺れていて、私はニ百円を支払って一度引いてみた。
いつもは「おみくじ」を引くのに対して「恋みくじ」を引くのは初めてだった。
可愛い包みを開くと、私の期待していた大吉では無くてがっかりした。
「…吉」
「やったー!私大吉!!」
「うそっ、いいなー」
後ろで聞こえるお姉さんの声に気付かないふりをして、私は近くのロープへと結んだ。
……いいもん、今日はお墓参りに来たんだから。
私は良い匂いの屋台に目もくれず(みたらし団子と抹茶ティーラテでお腹が膨れた)ずんずんと円山公園の方へと歩き出す。
大きな門を潜って左右を見ると、そこには秋らしく色付く木々と人波で溢れていて、さっきのおみくじの残念なテンションがどんどん回復して行った。
春には大きな枝垂桜が見れる場所まで来て、私は枝葉の段階の枝垂桜を写真に収めた。
枝垂桜から右へ入って真っ直ぐ真っ直ぐ進んでさらに右に曲がって左に曲がって真っ直ぐな通りを歩く。
…ねねの道?と言われる場所だった気もする、あ、看板があった。
それも写真に収めておくとしよう。ぱしゃり。
「……一人で京都も、中々面白いやん」
いつも大人数で歩いていたので余計に、静かに気ままにゆっくりと巡りつつ京都の景色を見れると言うのは中々素敵なものだった。
古めかしい小道を歩いていると、人力車のお兄さんが元気に客引きをしていた。
私はもちろんスルーする。魅力的なお誘いではあるけれど、こういう場所は自分の足で歩きたい。
会釈で断って二年坂、三年坂を抜けてもう清水坂に差し掛かった。
人波をゆっくり歩いて来たけれど、あっと言う間の時間だったなとふと息を付く。
清水寺の入口を見て人だかりの中に飛び込んで行く勇気も無く、ただ見て満足すると、私は歩き出した。
確かもう少し行った場所に茶屋があった。
そこで少し休憩しようと時計を見ると、もう三時半でちょうどおやつの時間だ。
ぼーっと歩いていたら時間を忘れる。
「いただきまーす」
一人で手を合わせて呟くと、茶屋のおばちゃんが「どうぞ」と笑ってくれた。
それに笑って返しつつ、私は冷やしあめを頂く。
飲んだ事無かったけどとても飲みやすくて美味しい。
それにさっきまで歩き通しだったから火照った体に優しかった。
結局、ここまでに神崎さんに出会う事は無かった。
いや別に、会えるかどうかなんていまはあれ、その、どうでも良いんだけど!
今回はお墓参りしに来ただけだから!!
ぶんぶんと頭を振って、茶屋のおばちゃんに「御馳走さま」と挨拶をして、私は茶屋の目の前にある坂を下って行く。
目の前に京都タワーが見えるのだが、ここから京都駅は少し遠い。
ここに初めてお墓参りに来たのは、私が二歳の時だ。
まだお爺ちゃんが元気で、先陣切っておばあちゃんやおじさんおばさんを率いて居た。
いつも来るのは清水五条の駅からだったけど、今回は初めて一人で逆の道順で来れてパズルが埋まった気がした。
「…また、来るから」
簡単にお墓の掃除とお花を飾って、私はお墓に手を合わせた。
お供え物として持って来ていたお菓子を備えたが、猿に持って行かれそうなので帰る時にかばんに直した。
「さてと!もういい時間やし清水五条の駅から帰ろ」
立ち上がって、私は長い坂を下る。
時計を気にしながら、携帯で帰りの電車を検索しつつ少し落ち込む。
…正直、会えたらいいなと思っていたし、なんだかんだと遊びに行ったら会えたから、今回も会えるんじゃないかなと、淡く期待していた事は認める。
でもちょっと、恥ずかしかったから。
だってゆいに言われたみたいに期待してたって言ったら、好きみたいやし。
そうじゃなくて、また会いたいなって、思っただけ。
私はため息を吐き出しながら清水五条の駅へとやって来た。
時計を見ると、まだ四時半。
面白く無かったので、鴨川を歩きながら人々の活気で癒されるとしよう。
私は鴨川の河川敷に降りて鴨や鳥が溢れてる場所へと近付いた。
人はあまり居ないし、川の音が聞こえて来て癒される。
鳥の鳴き声につられて歩いていると、ばっさばっさと大きな白い羽を広げた鳥が目の前に降りて来た。
さすがに驚き過ぎてぽかんとしてしまったけれど、鳥はと言えばものすごくじっと私を見ている。
……もしかして京都の鳥は人間慣れしてるのか!?
私は恐る恐る右手を鳥の頭の上に乗せようとする。
「ちょ…危ない危ない!!」
「へ?」
右手を取られて呆気に取られていると、真っ白な鳥は向こう側へと飛んで行った。
「大丈夫?怪我とかしてない?」
「け、怪我…?」
怪我より何より、目の前に飛び出て来た男の子に驚いて考えが纏まらない。
「あ、秋乃ちゃん?」
「……あ、ああ!?あ、いえ…と…無い!平気!!」
「そう?なら良かった」
「きょーすけえー、何ー、知り合いかあー?」
「わ、増えた…」
二人の男の子が歩み寄って来て、私はきょろきょろとその場で所在無さげに立ち尽くした。