評定の間
衛兵として地蔵の処理をしたり、訓練でボロボロにされたり、見廻りで迷子のお守りをしたり、訓練でボロボロにされたり、門番として突っ立っていたら犯罪者と戦闘になったり、訓練でボロボロにされたりと発売日から濃い6日を藤吉は過ごし、ようやく評定の日を迎えた。
「では時間なので始めます。まず前週比で……」
一同の緊張感からかピリついた空気の漂う評定の間では書類仕事を一手に引き受ける武将の嬉野鹿助が手元の資料を元に説明を続けていく。
その内容を判断するのは難しいが、忠久守の表情を見るに悪くはないのだけはわかる。
「ふむ。人口の急増に比べて事件事故は微増に治まっている。皆の衆よく働いてくれた。これからも頼りにしておるぞ」
そのタイミングでプレイヤーには脳内に鈴の音が響き、主命がクリアした報告があったのだが、藤吉は一人焦っていた。
【主命:治安向上】達成!!
基礎点 36点
迷子保護 3点(1点×3件)
犯罪者捕縛 8点(8点×1件)
合計 47点
勲功が40点を越えましたので、身分が足軽から足軽組頭になります。身分の変更に着きましてはメニュー一覧から確認が出来ます。
「(おぉ早くも出世してしまった。てかとりあえず後回しでいいや)」
忠久守の一言があり、藤吉が主命達成の内容に目を通している間にも話は今回の本題である次の主命についてに話題が移っていた。
「そこで前回も微増とはいえ犯罪件数も増えている事を加味しまして、今月も治安向上を目標に掲げて民の住みよい国を目指すのが良いかと私は思います」
「意義あり!」
嬉野が己の意見を言いきった所で異を唱える声がかかる。彼は殿の方に顔を向け、発言の許可を得るとそのまま続けた。
「確かに治安も大事ではありまするが、人口増加に加えて先日から外国人による輸出入が急速に活発化しています。ここは抑え込む政策よりも商業を伸ばす方が国の為になるのではないかと私は愚考します」
意見を出したのはNPCで武将身分の鈴井言継といい、実は彼に案を出したのがプレイヤー達四七士だ。
そもそもプレイヤーが初めて参加する評定であり、足軽でしかない新参者が国政に口を出せるか、出せてもどの程度の効力があるか不明だったので家臣の中でも身分としては最上位の『武将』で人徳のある鈴井殿に家守が代表して話を持ち寄っていたのだ。
ちなみにこの鈴井言継はインドゾウの遺伝子を持ち、同じゾウ仲間の家守の言葉だからと親身になってくれていた。
「それに獣人の国は二国に挟まれております。どちらの国の者も必ず通るという事になれば、大量のお金が動きます。商機を見出すのであれば他国より早く動くのは必然でありましょう」
「ふむ。確かに言継の言い分には理がありそうだ。それに利も。鹿助はどう思う?」
「他国から人が訪れるとなれば尚の事、治安の悪化は避けられません。しかし地の利を生かすのであれば、確かに今動かねば手遅れになってしまうでしょう」
「意見が出尽くしたようじゃな。では今月は商業の発展に力を尽くす事とする。見回りにより治安の改善で商業を活性化しても自らの手腕を使って国庫を潤してもよい。それぞれがそれぞれの才覚を使って励め」
「「「「「「「「ははっ」」」」」」」」」
「よっしゃ! これでかつる」
殿様の主命の後、本来なら皆が静かに頭を下げるはずの静寂を破る聞き覚えありすぎる声。()をつけていたつもりの藤吉の口からは心の叫びが溢れ出てしまう。
「そなたは藤吉と言ったな。なにか言いたい事があるなら許す、言ってみるが良い」
「いえ…… そうですか。では若輩者ではありますが、今回の主命は政策としてもいささか幅が広すぎるかと。
(許すとか言われても、喜んだだけで意見とかわかんねえって。とっさに話続けちゃったけど、自分で言ってて幅が広いって何よ? て感じなんだけど)
確かに国政ですので何か一つをする為に人員を集中させられませんが、商業を育てるのには大変時間がかかるものです。
(殿も周りの重鎮も何も言ってこないし、今の所地雷は踏んでないのか? こういう時こそ仲間が助けてくれる! お前達!! 目を逸らすなあああああ)
……私に任せて戴ければ一月で結果を出してみせましょう」
評定もとっくに終わった。そして藤吉の出世レースも終わりが近づいている。彼はと言えば自分の口から出た言葉に完全にやさぐれ中だ。
「悪くないと思うぞ。なんせ国庫を使った公共事業だ。成功できれば成果の独り占め。いや二人占めだぞ」
「犀ノ介は大穴狙いでこっちに賭けただけだろ。俺はもっと堅実に生きたかったよ」
テンパった末に捻り出した案は道路の改善。
藤吉の頭では年度末になるとそこら中でやって渋滞を増加させるアレしか公共事業の単語から思い付く事が出来なかった。
そしてそれは元から他のNPCの侍が受け持つ予定のあった案件だったのだが、何故か藤吉達二人の仕事として受け入れられてしまった。
今二人がいるのは評定の間でもプレイヤーの案を代弁して貰った鈴井言継の居室で、彼から道路整備を本来請け負うはずだった侍の仲立ちを御願って待機している所。
「そういえばそっちは階級あがったか? なんか色々出来る事が増えたみたいだぞ」
気持ちが遠く空の向こうまで飛んでいた藤吉は、ようやく気持ちを入れ替える踏ん切りがついたのかそういえばそんなこともあったかと言い、虚空をいじって画面を表示させる。
足軽組頭大将になったのでシステムが追加・変更されました。
○評定での発言権
○配下の雇用(0/2人)
○配給 米俵6個(3UP)
現在勲功値 47
足軽大将まで残り 353
【主命:2街道の整備】
残資金50万
期限まで……30日
先程の評定で奇声を発しただけで意見を求められた理由がこれでわかった。
そして資金は犀ノ介が挙手したので本来の資金の半分、二人でそれぞれ50万ずつになった。
スタートダッシュに金銭的成功を修めたプレイヤーでも10万も持っている者はいない現状での50万が手元にある意味は大きいと藤吉は考えていた。
「ああおまたせしてしまって申し訳ありませんでしたね。お茶も出さないですいません」
二人が今後の展開について話を進めようかとしていると、部屋の主である鈴井言継が盆にお茶とおはぎを茶菓子代わりですがと言って入室してきた。そして二人の間に座ると、仲立ちを頼んだ方もしばらくすればこちらに来ると告げた。
「今回はわざわざありがとうございます。それに代弁の件も」
「何商業の活性化の話はそれが国の為になる良い案だっただけの事。私これでも元々が医者でして、その関係で知り合いは多いのですよ。おっと話が脱線してしまいました主命の話ですよね? お二人はこれからどうしようとお考えですか?」
「とりあえずどれぐらいのお金がかかるのか、必要な物事を聞いてから考えようかと。勢いで言ってしまいましたがまさか自分がする事になるとは」
「ははっ若いうちは目立って突っ走ってでいいと思いますよ。私もどの程度なのかはわかりませんが、お金は渡された資金だけでは確実に足りなくなるでしょう」
「「えっ……」」
鈴井の説明ではこういった金銭や人力が必要な主命ではただ渡されたお金をそのまま使うだけでは、合格出来るかボーダーラインの評価しかされない。より高い評価を目指す(勲功を稼ぐ)ならば、与えられた資金を運用して増やして更に工夫をしなければならない。
殿の覚えをよくする為に自腹を切る者もいる一方で、完璧にこなした上で残った資金をチョロマカす者もいるらしい。
これは笑いどころだったのか鈴井もすぐに「殿も返金を求めぬし、成果を出した者に対する褒美だ」と教えてくれた。
3名がお金を運用出来る確実で美味しい話があるかと言った意味のない会話から鈴井の医術の知識を教えてくれる約束を取り付けたり、犀ノ介の妹がおはぎを毎日何個も食べているのでお金が貯まらないとか雑談に差し掛かって入れ直したお茶も冷めた頃、待ちに待った人物が現れた。
「こちらがお二人が会いたがっていた御仁、土居一益殿だ」
「土居様ですか。足軽組頭の藤吉と申します」
「同じく犀ノ介と申す」
「……様は、いらない……」
土居一益は鈴井言継と同じ武将。足軽<足軽組頭<足軽大将<侍大将<武将<家老(現在不在)<国主。となっているので武将は家臣の中では最高職となり、下から二番目の藤吉達が呼び捨てになど出来る存在ではない。
悩んだ末に言継殿、一益殿で決まった。プレイヤー二名にとっては『殿』は国主である藤村忠久守に使われる言葉で、乱用していいのかわからなかったが、それでいいらしい。
「では改めまして一益殿。道路の整備の手法についてお教え願いますか」
「……土道を石畳にする……道に道祖神を置く……」
「ほう。石畳はわかりますが、道祖神はお地蔵様の石像ですよね」
「……形は色々あるけど……それ……」
ぺらぺらと話をするのが得意ではないのか一益はゆったりと話すが道路整備の方法は2つ。石畳を敷くか、道祖神を設置するか。
石畳は『石ころ』があればスキルがなくても作れて、効果は通行時の速度上昇。道祖神は『岩』を石工スキルで加工しなければいけない。効果は魔物避け。
石ころは採取でも国周辺でよく現れる敵からもドロップする素材だが、使い道がなく持ち帰っても1の価値しかないので重量に空きがあれば、わざわざ捨てない。程度で数を揃える事は容易だろう。
しかし石ころ1つで出来る石畳は5cm。
初めの1人はゴールもわからず移動して一日掛けて隣国の獣の国にたどりついた。
これは参考にならないとしても、第2陣3陣は戦闘しつつではあるが6時に出発して13時頃到着出来ているらしい。
7時間掛ける時速3キロで21km程度。それが2街道あるので合計42km
「皆様に問題です。石ころは1つで5cmの距離を石畳にする事が出来ます40kmの街道すべてを石畳にしようと考えたら石ころは何個必要でしょうか?」
A:一杯。
それでも言うなら正解は80万個、1つの価値は1なので資金として渡された100万で買い取っていたら人手を雇うお金や道祖神に廻すお金など足りる訳がない。
「……それにもっと大変……他国……」
「ああそうでしたね。確かにこの事業は他国に参加させてはなりません」
「なんでです? 三国で合同ならそれこそ少ない資金で完成させる事も出来ますよね」
「道路整備を独占、そうでなくとも優先的に進めるほどに商業路として獣の国の立場が優位に立てます。わかりやすく言えば、他国の者が本国で商いをする時に関税を引き上げる事が出来るでしょう」
それは個人単位では端数程度の違いでしかないが、国単位で言えば急速に活発になっている商業から入ってくるお金は膨大なものになる。
確かにこの主命は足軽組頭ではなく家臣最高位である武将が請け負うべき重要課題だったのだと確認した藤吉は、犀ノ介とフィールドに出て遊ぶ約束をした。
またもや思考は遠く空の向こうに飛んでいってしまった。