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侍職の立志伝  作者: 蚊々
6/8

門番で犯罪者退治




 夜明け前の城屋敷。

 評定の間など殿の居住区とは別になっているのだが、その一角には采配方さいはいがたと呼ばれるNPCが常駐していて、冒険者がギルドの依頼を選ぶ様に侍プレイヤー達は彼から今回の主命に応じた仕事を受け取る。


 藤吉は早起きをして城屋敷に訪れて采配方から門番の仕事を受けた。門番の仕事は日の出前でないと受注出来ない上に拘束時間が長いので不人気ではあるが、月頭である明日行われる評定まではどの仕事がより勲功が貰えるのかがわかっていない為に一通りの仕事を体験しておこうと考えての選択だ。


 別にこの采配方から出される仕事をしなければならない訳ではないが、働かないで給料だけ貰っていれば当然クビになる。





 彼を含めた侍プレイヤー、それに一部の頑張りすぎたプレイヤー達は発売当初から毎朝起きた時に筋肉痛に悩まされていた。しかもなぜか現実の身体が筋肉痛なのだ。


 ゲームの中でライオンと鬼ごっこしているから筋肉痛なのかわからないが、もしそうであるなら遊びながら筋トレ出来る事に喜ぶべきか、遊びなのにしごかれている事を嘆くべきか。そんな哲学的な難問が容易に解かれる訳もない。

 流石に筋肉痛の痛みまでスキャンされる事はないのだが、なんだか張りがあるようで違和感のある肩を回しながら門前に着くと、まだ日の出前にも関わらず門の前には人だかりが出来ている。

 いつもは販売所の開店時間にあわせて起きてくるプレイヤーが多いのに今日は前日からしっかり準備してきたようだ。



 ちなみにゲーム内で寝ると時間を経過させる事が出来る。これはプレイ中に負荷がかかっている脳が疲労しすぎない為に休ませる必要があるから。多くのプレイヤーはこの時間を利用して掲示板の利用、情報収集をするのである。


 ゴーン

 ゴーン

 ゴーン

 ゴーン

 ゴーン

 ゴーンンンン


 開門時間を示す鐘の音と、それに負けずに張り上げた藤吉の声が周囲に響く。


「では開門します。三列に並んで一人づつ水晶玉を触れていってください。水晶玉が蒼く光れば出国していただいて結構です。触れないで出国すればオレンジネームとしてペナルティーが発生しますので確実に行動してください」



 巨大な門扉が自動で開ききると集まっていたプレイヤーが一斉に出国し始める。

 日本人らしいのか外国に行った事のない藤吉ではわからないが、その風景はまるで駅の入札口のようだと思った。

 綺麗な列は順調に消化されていくのでイラつく間もなく順番が来るのだが、プレイヤーだけでも万単位の住む国の出国ゲートなのでこんな渋滞が毎日おきていれば不満が出てくるのも時間の問題だろう。


 そんな中藤吉に出来る事と言えば開門前に叫んだ文句を繰り返しながら流れていく人々を見ているだけ。門の数か水晶玉を増やす進言をしたら勲功が増えるか、それとも足軽風情が! となるのかどちらだろうと考えてしまうのはしょうがない。


 入国税もこの時自動引き落とされるが、この時間に入国するには門外で一晩過ごすような変わり者でなければならず、当然だがそんな人はいないので問題ない。



 日が出きり、出国ラッシュが終わると第二波で待ち合わせをしていたり販売所で交易品などを購入し終えた人々が訪れる。


 門番仕事は一人だけなので、水晶玉の注意を定期的に伝えながら外の様子を確認すると、門の先には道というにはあまりに細いが草が生えず土が剥き出しに。それが東西に延びている。


「門番って基本暇なんだよな。今回の主命が終われば俺たちも俺も外出て交易したり、狩りをしながら勲功貯めたりできるのかねぇ」


 今日出国して行ったプレイヤー達は皆、掲示板にあった情報を元に機械の国と魔法の国へとそれぞれ向かったのだ。これまで生産職がどんなに品物を作っても上がらなかった商業レベルだったが、交易品を持って他の町で売却すれば上がる事が発見した。


 その効果はlv1からlv2に上がると最大重量が100から110に上昇すると言う一見地味な変化だった。

 しかし戦闘職なら一回の狩りで持っていける薬の量が増えるから安全性が高まるし、生産職なら一度に持ち運べる素材の量が増えれば効率が上がる。


 ここで重大な事に気付いてしまう。

 ――大開拓時代――はプレイヤーが地図を見る事は出来ないのだが、メニューに表示される方位磁石によって北から南に機械の国、獣の国、魔法の国の順で並んでいて西は三国が置かれた場所以外には断崖絶壁が続いている。


 掲示板に乗っていた先駆者は文字通り道無き道を戦闘しながら歩いて獣の国にたどり着いたのと違い、今日出発したプレイヤーには目的地へと一直線に道が出来ていて集団移動で戦闘を回避できる。相当な時間短縮にはなるだろう。

 それでも機械の国から魔法の国と直行すれば、流石に日が沈んでしまうだろう。であれば二国から獣の国に入国、宿泊するプレイヤーが間違いなく大挙する。


「想像したらブルッたぁ。昼交代したら応援要請こないうちに逃げよっと」






 そこから時間は過ぎ……。


「そこの人、水晶玉に手つけて。べったり掌くっつける感じでたのんます」


 昼前に笠を被った一人の男が出国に現れた。出国には遅いが入国には早すぎるタイミングで周囲に他の人はいない。笠を被ったプレイヤーがそのまま通り過ぎようとするので前を塞ぎ、注意してやる。

 偶に横着した結果オレンジネーム判定され、藤吉に文句を言ってくる者がいるのだ。



 笠は初期装備ではないが安くてすぐに買える防具なので装備欄を空けておくよりはいいと、プレイヤーの多くが愛用しているのでそれ自体はおかしくはないのだが顔も見えないほど深く被る人もいないので珍しい。


 水晶玉を触るようにと促すと男は小さく頷く、そして一瞬躊躇い指先だけを水晶玉に触れさせ……。


 通常の門扉ではなく非常事態用の落とし扉が藤吉の背後で爆音をたてながら落ちた。



「あっあれ? 水晶玉の誤作動みたいだ。今処理するからちょっと待ってくれ」

「……早くしてくれよ」


 彼らは互いにこの会話が何の意味もなさない事はわかっている。


 藤吉の目には侍や機械の国のナイト限定で表示される赤ネームの情報が浮かび上がり笠男のプレイヤー名に職業に犯罪歴が出ているし、一方で彼も落とし扉が落ちるは門番の態度が変化し、落とし扉で自分を挟む位置で足を止めれば理解せざるおえない。


「キャラクター名キリト、罪状:殺人2件と強盗。職業は野伏。元侍なら浪人だったはずなのに、犯罪をおこすと捕まらなくても職業かわっちまうんだな」


「そんな事までわかっちまうのか。なあ、見逃してくれればアンタにも取り分やってもいい。どうせゲームなんだから……死ねや!」


 戦闘になる未来はわかっていたが、冷静になろうとするあまりに相手の動きを目で追ってしまった藤吉はほぼ棒立ちのまま横切りを受けてしまった。


「(くそっ敵の前で冷静になろうなんてよそ事考えてる場合じゃないのに。今の攻撃はなんだ? まだ鞘に入ったままだったのに奇妙な動きで横切りしやがったぞ)」


 確かにキリトは柄を触れていただけで、居合い切りではない。柄を触れた一瞬後にはすでに抜刀が終わっていて、そのまま横切りしていた。


「なんだ警戒しちまったじゃねえか。そういえば侍って未だに見回りだのしててまともに戦闘レベルあげてないってほんとかよ? お前等ばっかじゃね。そんなんだからよえぇんだよ!」



 防戦一方で早くも位置が入れ替わり、藤吉が落とし扉を背負う形になってしまっていた。いつでも逃げれるはずのキリトはもはや目の前の獲物を倒す事しか頭に無いのか血走った目で縦横にと攻撃を繰り返していく。


 それでも助かったのは剣を向けられる事に、狂気を(雷電それは玩具を貰えた驚喜だが)向けられ慣れていた事。

 80……70……60%

 防御している上からでも生命力をガリガリと削られてしまうのだが、時間を稼ぐことに成功する。


 門番の交代にはまだまだ時間があるし、周囲にはあいにくと人影はない。

 それでも飽きるほど単調に繰り返される斬撃は始点を除けば寸分たがわず同じ動きでしかないのがわかってしまう。

「(これがスキルアシストの動きか。袈裟気味な構えなのに見本のように垂直な縦切りだったり、抜刀もしてないのに横切りが始まるから戸惑うが、慣れてしまえばなんてことないな)」




 キリトが乱暴に振り上げた腕が止まる前に、初めて藤吉が攻勢に出る。それも二人の間に左足を踏み出すだけの攻撃。

 意味のない動作でしかないはずが、キリトの右足が自ら吸い込まれると全身が硬直した様に動きが止まってしまう。


「右足が前に踏み込めないと縦切りのスキルアシストが発動しないみたいだな」


 わかってしまえば至極単純な話。

 決まった動作を行うスキルアシストは縦切りを発動する為に右足を32cm前に出そうとする。そこに藤吉の左足があって28cmまでしか出せない。するとどうなるのか?

 残り4cmが解消されるまで自由なはずの上半身からすべてが次の動作に移れなくなりフリーズしてしまう。

 格闘ゲームで言う『潰し』と呼ばれる技術。ゲームに詳しくない人向けだと『ヒーローが必殺技を使う前に行うポージング。その時に攻撃して必殺技を使わせない』みたいな感じだ。


 縦切りのアシストを潰されてれて驚くキリトは、身動きを取れないまま攻撃を受ける。

 焦って繰り出した横切りも焼き写したように同じ間合いで繰り返され、藤吉にすかされ臑を浅く切りつけられる。

 優勢だったはずの自分がなぜ突然責め立てられているのか理解できないのだろうが、それでもスキルアシストを使用していても意味がない事に気付いたのかやたらめったらと刀を振り回し始める。


「刀もってるからってそれしか使わないのは素人だぞ」


 藤吉達侍プレイヤーが侍大将の大泉に散々言われた言葉だ。

 戦闘に慣れていないと『手に持っている武器でどう攻撃するか』だけで頭が一杯になってしまう。


 相手のむちゃくちゃな軌道の刀を強く叩きつけて地面に落とすと、右手で相手の笠で引っ張って視界を覆う。

 後ろに回り込み膝を蹴り前に押し倒す。そして俯せになったキリトの腰を踏むもう詰み。そんな体勢でも目の前に落ちている刀を拾おうとしているが、そんな体勢ではまともな攻撃にならないし、ゲームの中では痛みもカットされているので怯む事もない。

 それでも反撃されているの放置する訳もなく上から攻撃を続けてやればバッドステータスの【瀕死】になり身動きがとれなくなるまですぐだった。


 後ろに回り込んでからは雷電を真似したのだが、思いの外上手く言って藤吉としては満足だった。それに大泉某がスキルアシストに頼るなと言っていた理由が今回の事でよくわかった。



 スキルアシスト頼みだったキリトがネット際まで走り込みボールを打ち返すテニス初心者なら、数日ではあるが専門家の教えを乞うた藤吉達は回転やロブショット(浮き玉)の打ち方を知ったばかりの初心者。

 同レベルの初心者同士ならば前者は強い。しかし後者と戦えば途端に、なぜ打ち返した玉が明後日にいくのか。なぜ敵は涼しい顔をしているのに自分が肩で息をしているのか。

 なにが起きているのかがわからないまま当然の結果として負ける。


 たった数日では才能が芽生える隙間はなく、藤吉が剣術の才能に溢れた特別な人間な訳でもない。

 四七士の侍なら誰でも勝てていただろう。



 そしてこの結果を四七士の仲間達に一斉送信した結果、日本初のVRゲームに食い付くゲーマーが確実に強くなれる方法を理解してしまったのだ。

 これ以降侍から離職するプレイヤーはいなくなり、表舞台には出ないまま力をつけていく……か?





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