販売所で地蔵運び
『また販売所で居座りだとさ』
詰所に居る犀ノ介からの連絡に溜め息が混じってしまうのはしょうがないと思う。何せ同じ用件が今日だけで3度目になる出動要請なのだ。
『はいはい行きますよ。てかさっきの話だけど、筋肉痛で体中バキバキになるとか変じゃないか?』
『ゲームやってて現実の身体が、だもんな。きっと眠ってる間にピクピク動いてるんだろ』
目的地は通り一本越えるだけで見えてくるの犀ノ介との通信を切り、そのまま店内に突入する。
「はいはい、お邪魔するよ。おっちゃん今回はどいつよ?」
「ああ来てくれたか。そこの一団が全部そうだ」
平屋が多いこの国の中でも珍しい二階建て、瓦屋根のこの店は【販売所】と呼ばれる施設で、海の向こうの宗主国からの輸入品やこちらで取れた物が一手に運ばれてくる場所だ。
手を叩き、群がっている客を掻き分けて入ってきた俺を見た店主が顎をしゃくった先、これだけ騒がしくしているのに正面を向いて微動だにしない集団がいる。
「そこのビカビカ光ってる人達。君達がその場を占領していると、他の方の売買に迷惑がかかります。よって強制撤去させてもらいます。これはGMによって認められた行為であり、今後迷惑行為を繰り返すと店舗の販売価格に規制や入国に制限がかかるオレンジネームとなります。なお苦情につきましては城では一切受け付けません」
ミランダ警告ばりに定型文を読み上げて、目に付いた一人の腰帯を掴み店外に引き摺り出す。なんだかごちゃごちゃ言ってはいるのだか表情も体勢も一切動かないので不気味だ。引きずり出すのは国としての対処だが、後半のゲームシステム的な判断は俺や国が決めた事ではないのでこちらに何か言われてもお門違いなのだ。
そもそもなんでこんな事をしているかといえば、初日に評定の間で殿に出会うイベントの後メニューに主命が加わっていた。
【主命・治安向上】
人口の急上昇により、治安の悪化が懸念される。そこで見回りや門番の仕事をして国の治安を改善させろ。
期限:残り2日
この主命により俺たち侍は村の中で見廻りをしながら迷子案内、喧嘩の仲裁。門番として出入国の手続きをして毎日過ごす事になった。しかも侍プレイヤーの大量離職――俺たちのグループは40人から最終的に4人になったが、これはかなりよく残った方で侍プレイヤーは全員で47名しかいない――で、効率のいい方法などの情報の絶対数が足りないので手当たり次第になってしまっている。
その分この四七士の侍プレイヤー同士の繋がりは深い。
話を戻し、説明しよう。
侍の日給は【米俵】3俵
【米俵】は交易商品でそのまま販売して現金にしてもよし、加工して【おむすび】にすれば1俵で3食分になる。
先ほど店先から引きずり出したプレイヤーが作って居たのもこの【おむすび】なのだが、大開拓時代には重量システムと言うものがある。
初期ステータスで100まで自由に持てて、通常であれば武器防具に食料や回復薬など道具類をあわせて全部で30前後。
残りの70で野外に出て倒した魔物の素材や採取品などを持ち帰るのだが、重量100までしか持てないかと言うとそれも違う。
0~100
通常の行動が取れる。
100.1~200
走ることが出来ない。
200.1~500
身動きすら出来ない。
500.1~
持てない。
となるのだが、先ほどの地蔵達は最寄りの沢から【水】をタダで190まで汲んできて、販売所まで歩き【米俵】と【塩】を身動き出来なくなるほど買い込む。そしてその場で【おむすび】を作成していた訳だ。
携帯食の生産には調理スキルなどは必要としないが重量システムがある以上は自分で毎日小分けして作るのに時間を取られたくない人間もそこそこ多い。需要があれば供給しようとする人間も出てくるのが世の常で、スキルがいらないから手間賃程度の上乗せで数を販売しようとする。
【米俵】5【水】5【塩】0、1で合計10.1の素材で【おむすび】を作ると不思議物理が働き重量5(5食分)になる。量を作っても日に3つが確実に消費される物なので作った分売れる。
素材を購入した時は地蔵でも作り終えれば歩いて移動できるので、門前や人通りの多い場所まで動いて販売する。この計算式がどこで広まったのか、店の入り口を自分の体で塞ぐような効率だけを考えた輩が増殖してしまって、俺たちの仕事を増やしてくれた。
「なあ、なんで動かせるんだ? 俺も邪魔だからどかそうとしたんだが、続けると犯罪行為と認定しますってログがきたぞ」
店の道向かい、邪魔にならない場所に地蔵――身動き出来なくなる程買い込み、生産実行時特有の光を放っている――と化したプレイヤーを並べて、彼等の目の前に罪状(犯罪ではない)を書いた看板を刺していく。それに興味を持ったのか、話しかけてきたのはずいぶん年下に見える、大きく膨らんだ尻尾を生やした少年だった。
「君は販売所にいた子か。俺は侍だから、捕縛や警備をするのに必要な接触なんかが出来るんだよ」
「えぇ? まだ侍なんて居たんだ」
「クソガキが! しょっぴくぞ」
現在10万人がプレイする大開拓時代、初期国が3ヶ所で3万。生産職や他戦闘職にバラけても数千人は初期職業に侍を選んだはずにも関わらず4日目ですでに絶滅危惧種扱いである。
見廻りの仕事を終えて、午後の稽古に当然参加(強制)し、当然ぼろ雑巾になった。
これは全員が意識して気付かないようしていたが、トラック走の後に倒れこむのは同じでも握力が無くなるまでではなかったし、刀を振り切っても体がブレる幅が小さくなっていた。明らかに体力がついてきていた。
その日も夜寝る前に連日行われている侍プレイヤー同志の話し合いがあった。
「まず第一に、皆には個別に攻撃力と防御力の数値を教えて貰いましたが、その平均は掲示板に出ている一般的な数値を越えていました。しかしまだ戦闘回数が少ない事と外に出ているプレイヤー達は遠くまで移動し、町周辺よりも強いであろう魔物との戦闘をしていての数値なので、さほど重要視出来るものではないと思われます」
俺達侍プレイヤーのまとめ役になっているのは――家守――と言う人物で、彼は体力面では他のプレイヤーより劣るものの、こういった雑事などをめんどくさがらずに出来るので尊敬されていた。
彼はアジアゾウの足の遺伝子を持っており、振動で周囲の様子が分かるらしい。ちなみに家守と読む。
「そして明後日には今回の主命の期限が終わり評定が執り行われるので、そこで絶対に治安向上以外の、野外に自由に出れるような案を主命として採用してもらわなければいけません」
「それなんだが、夕暮れ時に機械の国のプレイヤーがこちらまでのルートを開拓。文字通り道が作成されたらしい。そこで…………こんなのはどうだろうか?」
犀ノ介が事前に考えていたのだろう案は大きく反対されなかった事もあり、大勢の修正や事後策などが練られていく。何せ主命は一ヶ月掛けて行われるので今回の様に治安向上となってしまえばプレイの幅が致命的に狭まってしまう。皆本気でありつつも余計な事で突っかかったり問題はおきなかった。
「では基本はこの案で明日私が根回しを進めておきます。申し訳ありませんが時間がないのでアクシデントが起きた場合には連絡なく案が変更になる可能性があります。よろしいですか?」
「何を今更。家守さんがとりまとめなきゃ俺達は共に厳しい訓練をした仲間でしかなかった。おそらくこうやって評定に向けて意見をすり合わせるなんて出来ていなかったはずだ」
「俺は身体動かす方は得意でも考えるのは向いていない。アンタがその場でいいと思ったなら、それを選んでくれればいいさ」
深夜に厳しい訓練をした後の密会に近づいてきた試練(評定)とそこに差す光(案)。皆が松岡修三病に感染し始めていた。そこに止めを刺したのは含み笑いをした家守。
「最後に余談だが、基礎作りが目的だった強制訓練は今週までで終了するとの言質を取る事が出来たぞ!」
小さく虫の鳴き声が聞こえる静かな夜に、彼らの歓声が響きわたる。