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侍職の立志伝  作者: 蚊々
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始まり始まり

 



 クールジャパンだのもてはやされたオタク文化だが、いちはやく脱落したのはゲーム業界であった。それは漫画の神が生まれた国としての弊害か、不必要な二足歩行にこだわり過ぎて自滅したロボット産業にもあい通じる現象だった。



 VR――バーチャルリアリティ――の技術が発明された当初、世界中が熱狂し様々な分野で活用されている中日本では、VRイコールでデスゲームやログアウト不可能と連想出来るだけの妄想力を持った日本人は、安全性の確保や現実と大差ないレベルまでリアリティを求めるが余りに、ようやく純日本産日本初ソフト発売の準備が整った時には世界的にはVR技術の黎明期を過ぎていた。




「それでは名前は――藤吉――様。でよろしかったでしょうか?」

「yesっと。ここからは詳細の設定か」

「その通りです。まずは国の説明から……」


 今会話しているのはゲームの初期設定などを教えてくれるNPC。声はボカロぽさがあるがそれも気にならない程度でしかないし、反応の早さなどは人間が操作しているのかと疑いたくなるほどだ。


 学校の教室の様な空間で、机に座った俺は傍らで宙に浮いている妖精――ゲーム制作会社のマスコット――から初期設定の説明を聞きながらモニターを操作しているが、現実の俺はベッドで寝ているはず。

 ちなみに藤吉が俺のゲーム内での名前ね。


 このゲーム――大開拓時代――は新大陸が発見され、3国が現地に町を作り終えてこれからまさに大陸の開拓を始めようかと言うところから物語が始まる。




 機械の国。中世ヨーロッパの街並みに、体に機械を埋め込む事で魔物と戦ってきた国。

 職業例 騎士 トレジャーハンター ガンナー 錬金術士


 獣の国。江戸時代の街並みに、生き物の遺伝子を体に取り込み、生き抜いてきた国。

 職業例 侍 忍者 狩人 陰陽師


 魔法の国。自然をいかした街並みで、体を弄る事を良しとせず、そのまま滅びようかとしていたが超能力に目覚めた民。

 職業例 水魔法使い 火魔法剣士 スキル構成で呼び名が決まる。




 ゲーム的では有るが、銃・弓・魔法で性能の違いはあっても強弱はない。まあそうでなければ対地ランチャーでドラゴンと戦っている隣で弓をぺちぺち撃っているプレイヤーとか涙目だからそういうものだと思考放棄するのが正しいゲーマーのあり方である。

 錬金術士・陰陽師・テイマー(魔法の国)はペット職。これらは一例でほかにも多くの戦闘職や生産職と呼ばれる職業がある。


「足早でしたが、イメージは掴めましたでしょうか?」

「yesっと。侍があるから藤吉なんて名前にしたんだから当然――獣の国――で、職業は侍を選択する」

「侍は職業スキルとして【剣術】【名乗り】【騎乗】を修得します。初期スキル枠として残り2つのスキルを以下の中から自由に選択して下さい」


 日本男児(厨二病発症済)として当然の如く侍が好きだ。マニアックな歴史世界に入り込む事はなかったが大河ドラマで名前が出る有名どころは抑えている。


「架空世界とはいえ侍として生きられるなんて、お母様この時代に産んでくれて有り難う。だな」


【剣術】はアシスト機能で【名乗り】はヘイトをあげるスキル。【騎乗】は当然何かに乗る時に補正がはいるのだろう。

 ここは迷うな。せっかくの侍プレイなのであまりにあり得ないスキル構成にはしたくない。かといって侍のスキルとは一体なにか?


「すぐ思い付くのは槍。槍働きとか槍又左っていうぐらいだし。しかし剣術スキルがもう持っているから、武器系スキルを初期に2つ持つよりはまずは剣術をあげるべきだよな」


 これは候補どまりにしておいて、後は畑仕事とか半農半士の田舎侍ぽくていい気がする。畑仕事がMMOの生産スキルなのか趣味スキルなのかは微妙だが。しかしそれらしいスキルは【植物知識】ぐらいしかないのでこれはとっておく。

 スキル一覧を眺めていくと侍らしいスキルではないが、木下藤吉郎から名前をとった俺には必須と言える【勧誘】を見つけてしまった。




「【剣術】【名乗り】【騎乗】【植物知識】【勧誘】ですね。次は遺伝子の設定をいたします」


 遺伝子ってのは獣人の特徴で、兎の聴力と犬の嗅覚と猫の目、馬の脚力と熊の腕力。

 生物の遺伝子を注射する事でその力を取り込めるのだが、複数種の遺伝子を組み込むとお互い反発してしまって力が発揮されなくなる。らしい。


「数値は公表していないので大雑把になりますが、2種類混ざると一方の能力が半減。3種ですと更に半減すると思ってもらって構いません。この項目で初期設定は終了します。

 獣人を選んでいただいたプレイヤーの皆様に一番悩んで頂きたい項目ですので、どうぞごゆっくり選んでください」


 説明役の妖精はここで仕事が終わりなのか無言になってしまった。

 そして机のモニター上に無数の生き物の名前がずらずらと並び、適当に1種を選択すると更にどの各部位に注入するかが表示される。この中から1つを選択しなければならないから確かに時間が掛かりそうだ。


 まず、第一に能力がピーキー過ぎてゲームバランスが取りにくくなるからだろう鳥類と魚類は項目にない。

 次。熊の腕の能力である腕力UPは分かるが、犬や狼の腕だと生体武器の爪になる。

 武器なら刀があるし、隠し武器の為だけに貴重な枠を潰すのは勿体ないので、爪・牙はソートで削除した。

 結果、意外と昆虫や草食動物が多い。うん……昆虫は削除な。


 虫は嫌いだ。



 後は利用価値の高い部位の数も重要だ。

 亀の甲羅は防御の性能が神性能だが、それ以外がお粗末ではお話にならない。


 最後に格好いい事。まぁぶっちゃけこれが一番大事。キメラのように複数種を混ぜて強くなれる訳ではない以上、姿かたちの基本は1~2種類で形成される。

 ようは始めに決めた遺伝子の種がほぼ全身で使われる事になるのだから、それに愛着が持てなければプレイする意味がなくなってしまう。


 イメージが掴めないので動物の写真を見ながら30分ほどかけた中でようやくこれはと思える種が見つかった。


「これいいな。鎧兜に刀履いたら似合いそう。【臆病者の耳】【狩られる者の目】【逃げる為の足】……どれもカッコ悪すぎないか?」

「そうですか? ですが草食動物の遺伝子ですと名称はほとんど一緒です。性能も肉食動物の遺伝子とも特色の差はあれど強弱はありませんし」


 実際に見たことはないが、プレイリードッグってやつの遺伝子を選択した。

 ドッグと言っても犬ではなくてリスやネズミの仲間で、地中に数家族の仲間と巨大な巣を作り共同生活しているらしい。

 耳がないウサギが後ろ足で立ち上がった姿を思い浮かべるとだいたいあってる。


 元より狼、猫、狐辺りの分かりやすい種類は避けたかったのだが、このプレイリードッグはかなり気に入った。なんというのか、こいつは短い足に寸胴でとっても昔の日本人ぽいのだ。


 モニターを操作すると手元に光の粒子が集まり、それが収まるとシャーペン大の注射器が出来ていた。ご丁寧に腹の部分にデッカく『プレイリードッグ【臆病者の耳】』と書かれている。

 【臆病者の耳】の能力はパッシブでの聴覚強化で敵の足音などを聞き分けることが出来る。

 微妙に勇気がいったがシャーペンそっくりな注射器を頭部に当ててノックするだけで痛みもなく至極簡単に施術が完了。


 自分の頭なので見えにくいが、モニターがいつのまにか切り替わっていて自分であろう人物の頭部から短いが細くフカフカな茶色い毛がうなじの先、背中にぎりぎりかかるところまで生えていた。

 実際に触ってみると、確かに動物の毛のようでいつまでも触っていたくなる。

 元々の耳があった位置はつるぺたになり、頭部の脇に小さな孔が出来ていた。ここが耳らしい。


「ではこれより藤吉様は未だ名の無い新大陸に降り立ちます。良い人生を」






 天下を目指し争う三国。

 1つ、機械文明を推し進め体に機械を埋め込む国。

 1つ、動物の遺伝子を注射しその長所を取り込んで生きる国。

 1つ、どちらにも着かずに生まれたままの体で滅びに向かう中、信仰心により超能力を得た人々の国。



 小さな小さな島国にひしめきあい、極僅かに取れる資源を奪い合う三国だったが、一人の冒険者により新大陸が発見されると関係に改善の兆しがうまれる。


 各国が人材の一部を新大陸に向かわせると、毎回未知の素材を満載して返ってくる船。

 三国で途切れることなく続いていた戦争は冷戦、休戦と瞬く間に終息し、三国はそれぞれ新大陸に町を作ると国を興させ属国とした。


 属国の三国は関税はあれど互いに人の出入りなど自由を保証し、まずは新大陸からの恵みを引き出す為に協力する契約を記した。



 貴方はその身に大きな夢を持って新大陸行きの船に飛び乗った無謀な挑戦者の一人。





 船から降り立つと、周囲は細い桟橋から土道が延び、左右には木造で簡易な長屋がずらずらずらと並ぶ。一軒屋は目の前の中央通りであろう道にすら数える程度しかない。

 敷地は丸太杭を突き刺して張り巡らした塀で囲まれている。


 江戸村のような街並みを想像していたのだが、残念ながらどうみても貧相。寒村とまではいかないし、そこそこの広さがあるのだが、瓦屋根も無いところをみるとまだまだ仮の家でここから環境を改善しはじめていくのだろう。



「やっぱりな」


 ――大開拓時代――発売初日とあって目に入るいたる所に人人人。先ほど村の風景を紹介したが、道や塀などは人に埋もれて見えてもいなかったので何となくの想像である。


 とりあえず立ち尽くしていても始まらないので比較的人混みの少ない端へ寄る。同じ事を考えてか、こちらも人がいるが手が動かせる程度の空間は確保出来るようになったので、周囲のあちらこちら聞こえてくる言葉を真似る。

「メニューオープン」

 俺も声に出してその一人に加わると、持ち物や依頼一覧などゲームをした事のある人にはお馴染みな一覧を確認する。


 名前 藤吉

 付加 プレイリードッグ【臆病者の耳】

 職業 侍(足軽)

 勲功 0

 戦闘lv1 商業lv1 冒険lv1


 セットスキル

 剣術lv1 名乗りlv1 騎乗lv1 植物知識lv1 勧誘lv1


 生命力100% 持久力100%

 攻撃力 ――――

 防御力 ――――


 獣人の特徴にあわせて、HPが生命力だったりMPにあたる部分が持久力と日本語表記に%になっているぐらいで意味はわかる。

 それにDEX(器用さ)やMAD(魔法防御力)などのステータスは表示されずに、攻撃力や防御力の表記がされているが数値が出ていない。これは本人の身体をスキャンしているので器用さや素早さの数値を出してもほとんど意味がないかららしい。

 そのかわりに戦闘に点数付けがされる事でキャラクターのだいたいの能力を知れるようになっている。


【おむすび】×10

【初級回復薬】×3


 持ち物の中にあるのはこの二つのみ。


【おむすび】 分類【食糧】 重量1

 食べる事も出来るが、8時間ごとに自動消費され持っているだけで【空腹】のバッドステータスが発生しなくなる。



 ――大開拓時代――はプレイ中は体感速度が加速されているが、ゲーム内1日3食規則正しく食べ続けられるか実験調査した結果、重度のストレスを感じる人が出てきたらしいからそれに対する処置としてこの自動消費というシステムが搭載されていた。

 とりあえずの目標は、このおむすびが尽きる80時間までに安定して食事をとれる環境を構築する事だな。メニューを表示させたりおむすびを食べてみたり、周囲を見回してみたり小さく跳ねてみたり。すぐに出来そうなチュートリアルは終えたが現実の体をスキャンしたキャラクターだからか全く違和感がない。

 動作性能のみならずおむすびの塩加減(中身の入っていない塩むすびだった)や港町(規模は村だが)ならではの汐の香り、こういう細かい部分に力を入れすぎるから日本人なんだろうと思う。

 誇らしいのと馬鹿らしいの半々ぐらいの感情を持て余しながら、チュートリアルには道具屋など主要建築物ー数少ない一軒屋はほぼ店だったーを巡る物があるのだが、未だ人だかりが消化されそうにないので後回しにする。





「ここが城……じいちゃん家よりしょぼいんだが」

 じいちゃんは田舎の土地持ち百姓だったってだけで金持ちな訳でもなんでもない。

 貸している土地も何代も前から付き合いがある隣人だから値上げなんて外聞が悪い事も出来ない。それなのに纏め役だなんだと、あれを引き継ぐとか考えたくもな……失礼愚痴が。


 塀がわりの生け垣に広い庭がある事と、二階建ての母屋と離れがそれぞれ瓦屋根であるのが周囲の長屋と比べれば豪華なだけの屋敷がこれから仕える城であるらしい。

 その生け垣の先にある立派な門の前に集まった、同じく侍を選択したであろう人ごみが一瞬で数十人ずつ消えていく。


「あんたも侍だろ? どうやら門まで行くとイベントが有るらしいぜ」

「へえ。じゃあアンタとは同志になるわけだ。俺は藤吉」

「犀ノ介。藤吉か、よろしくな。でこっちが妹で……」

「oneって書いて、おねって読みます。ヨロシクです」


 犀ノ介はふざけた名前のようだが俺と同じく実際にいた人物名からとったらしい。その両腕はサイの【鈍い皮膚】によって灰色一色で覆われて見るからに堅そうだ。そんな犀ノ介の後ろについて挨拶してくれたoneは狐だろうか特大の三角耳をはやした女の子。中学3年生だとさ。


 中3で兄と一緒に仲良くゲームする妹……あぁそういうロールプレイなんだよな。そんな妹が存在するわけがない。

 oneちゃんは侍ではないのだが犀ノ介をお見送りにここまで一緒に来たらしい。こいつ獄門にぶち込んでいいんじゃね?






 せっかく侍になれるという初日である。殺意を押し殺して城屋敷の門に触れると、一瞬で室内へと景色がかわる。


「今は村1つを治めるだけで豪族と大差ないが、これからの発展が約束された国でもある。我が直臣として励むがよい」

「はっありがたきお言葉!」


 何が起こるのかと思ったが当主で俺の直接の上司になる殿様、池田忠久守様から一言を貰う為のイベントだったようだ。

 忠久様は全身が茶色の恐らく狼か犬系統の遺伝子は入っている模様。姿としては堅太りしてヒゲが生えた覇気のある方だった。


 今いるのは評定の間で、すでに忠久様は退室されたが一段高くなった場所がありその手前に20名弱の先輩家臣の方々がずらっと並び、その更に後ろに俺たちは配置されていた。

 犀ノ助は一緒だったがプレイヤーは総勢40人ほどでしかなかった。恐らくだが同じイベントを少人数で区切って何度も行われているのだろう。


 ゲーム的には主要NPCとの顔合わせイベントだとしても嬉しかった。殿に仕えていけば、開拓がテーマのこのゲームでも戦国時代の様に戦働きの場面もきっと出てくるだろう。そんな時に俺の号令で家臣が一斉に敵へと向かって行くとか……


 藤吉は侍として成り上がってみせますぞ!




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