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その七『雪を溶かす陽射し』

 ぱりっとしたシーツのしかれた、ベッドの上。

 保健室に入ると、彼女はいつもどおり、当たり前のように、そこにいた。あいかわらず無言で本を読んでいて、僕が入ってきたことに気づいているはずなのに、カンペキに無視をきめこんでいた。

「おい」

 ためしに声をかけてみる。反応は、なし。

「もしもーし!」

 ちょっと声を大きくする。それでやっと彼女は僕のほうに顔をむけてきた。その動きはひどくのろのろとしていて、ノリ気じゃないのはだれから見てもまるわかりだった。

「なに?」彼女はツララのように冷たくてとがった声で言った。「読書のジャマ、しないでよ」

「ちょっと話があるんだよ」彼女がはなつプレッシャーに負けないよう、僕もせいいっぱい、強気に話した。「終わったら、好きなだけ読書してていいから」

「そう」ページを一まいめくって、彼女は視線を落とした。「話って、なに?」

「……。冬雪」

 ぴくり、と本を持つ彼女の手がふるえた。初めて見た、彼女の動揺しているようなしぐさだった。

「冬雪って言うんだろ、名前」

「……だから、なに?」冬雪はあからさまにメンドーくさそうだった。

「安芸先生から聞いた。冬雪って名前も、同級生ってことも」

「そう」

「ずっと教室で授業を受けていないことも、保健室でひとりぼっちなことも」

「……」

「だからさ……」

「私をバカにしにきたの?」

 僕がさいごまで話さないうちに、冬雪はさえぎるるように言葉を発した。話し方には、なんとなく怒っているようなフンイキがにじんでいる。

「私が友だちのいないひとりぼっちの、保健室登校だから、バカにしているの?」

「ちがうよ」

「じゃあ、なに? なんなの?」

 冬雪はイライラとした口ぶりだった。いつも冷静な彼女にしては、やっぱりめずらしい。

 まぁでも、無理ないことだとも思う。自分が友達いないってあらためて他人から言われると、やっぱムカつくだろうし。

 そして、それにムカつくってことは。

 やっぱり、保健室登校せざるをえない自分、そして友だちがいないことが、イヤなんだよな。

 じゃなきゃ、そんなに、はらを立てたりしないもんな。

 僕は一回だけ深呼吸をして、

「僕と、友だちになってよ」

 そう、彼女に言った。

 その時の彼女の顔は、いろんな感情がごちゃまぜになったような、なんとも言葉にしづらい表情をしていた。

 まずは、驚き。純粋に僕の言った言葉にビックリしていた。

 そして、不安。なんでそんなことを今更言うの、とでも言いたげな表情だった。

 疑い。何かたくらんでるんじゃないのって、こっちを伺うような感じ。

 混乱。わけがわからなくなって、考えがまとまっていない様子。

 そして。

 その奥にほんの少しだけ見えた、よろこび。

 だけど、その明るい感情が見えたのも、ほんの一瞬。

「……なに、言ってるの」

 彼女はいつもどおりの冷たい仮面をかぶって、、氷の言葉を僕にぶつけてきた。

「ちょっと本の貸し借りをしたからって、舞い上がってるの? なんで私が、あなたと友だちにならなければいけないの」

「そっちはどうか知らないけれど、こっちは冬雪と仲良くなりたい。それじゃダメ?」

「ダメというか、わからない」冬雪はかぶりをふった。「あなたが、なんで私と友だちになりたいのか、全然わからない」

「なんでそんな、理由にこだわるんだよ」

「こだわるよ」ほとんどひとり言のように彼女は言った。「だって私、今まで友だちなんてできたことないんだもん」

「えっ」

 僕は言葉につまった。友だちができたことない? 今まで一度も?

 僕が自分の中に生まれたギモンをとくより早く、冬雪はじれたように早口でしゃべりだした。

「幼稚園のころも、ずっと一人遊びばっかりしていた。小学校に入ってからもそう。最初の頃は話しかけてくれる子もいたけれど、私が何か返事をすると、すぐにどこかへ行ってしまうの。そして、かげでコソコソ私のウワサをするの。『あいつは暗いヤツだ、変なヤツだ』って」

 小学校一年生のときの、冬雪。どんな子だったのか、僕は知らない。

 だけど、今の彼女の言葉を聞く限り、あまり友達作りが上手な方ではなかったんだろう。そしてそれは、今の彼女にも大きくエイキョウしている。

「そのあとも、たまに声をかけてくれる子はいたけれど、そのほとんど全部が冷やかしだった。みんな、あとでコッソリ、私をバカにするの。それが、たまらなくイヤだった。そんな子たちばっかりが待ちかまえている教室には行きたくなかった。……だから、私は教室に行かないの」

 気にしすぎ、といえば、そのとおりなんだろう。

 だけど、そういうカゲグチを真正面からうけとめてしまう、バカ正直でセンサイな性格の人がいることも、僕なりにわかっていた。そして、冬雪もきっと、そういう人なんだろう。

「わかる? 私は友だちのゆかいさを捨てたかわりに、わずらわしいふゆかいさからはなれられたの。それをいまさら……」冬雪はそこで少し言葉を止めた。声はふるえていた、泣いている、のだろうか。「いまさら、変えることなんで、できるわけないでしょ!」

「できるよ」くちびるをかむ冬雪に、僕は力強く言った。「絶対、できる」

「なんで、そんなことが言えるの?」

「そう信じているからだよ」

「……なにそれ」不行はますますくちびるを強くかんだ。「意味、わかんない」

「わかんなきゃ教えてやるよ。誰かに悪く言われるのにビビって誰とも仲良くしないなんて、マジでバカバカしいってことを。それと――」

 僕は、こぶしを強くにぎって。

 そしてまっすぐ彼女を見つめて。

 精一杯、真剣に。

「――そんな不安なんて吹き飛ばすくらい、友だちって、いいもんなんだってことを」

 僕は自分の言葉で、自分の気持ちを、伝えた。

 カチ、カチ。

 保健室のかけ時計が、静かな室内で、淡々と秒針を鳴らしていた。

 彼女はしゃべらない。髪をたらして、うつむいたままだ。

 僕もしゃべらない。まっすぐ冬雪を見つめたままだ。

 そうやって、どれだけ時間がすぎただろう。

 まるで永遠に続くような沈黙をやぶって、ぽつり、と。

「………………。本当に?」

 冬雪はほとんど聞こえないようなささやき声で、聞いてきた。

「本当に、不安をふきとばしてくれるの?」

「当たり前だろ」

「本当に私、変われるの?」

「んなもん、冬雪しだいだろ」

「本当に」彼女はうつむいていた顔を上げた。「友だちに、なってくれるの?」

「おう」僕は鼻の下をこすりながら答えた。「ていうかそれは、こっちのセリフだよ。僕と友だちになってくれるの?」

「そっちがいいなら……」

 冬雪はもじもじとはずかしそうにしてつぶやいた。フカクにも、ちょっとカワイイと思ってしまった。

「じゃあ、問題ないな。よろしく、冬雪」

 照れくささをごまかすために、わざと目をそらしてぶっきらぼうに言う。そしてそっと彼女へ右手を伸ばし、あくしゅをもとめた。

「よろしく……」言いながら冬雪も手をのばしてくる。が、その手をとちゅうでぴたりと止めて、おずおずと僕をのぞきこむように顔を見上げてきた。

「あの……」

「ん?」

「あなた、名前、なんていうの?」

 え? あれ、僕、まだ名前、言ってなかったっけ? マジで?

「……教えてなかったっけ?」

「教えてなかった。あなただけ私の名前を知っているのは、ずるい」

「だよなぁー」

 こほん、と咳払いを一つ。気を取り直して、僕は彼女に自己紹介をした。

「僕、遥太。好きなものはサッカー。さいきんは読書も好き。よろしく」

「私、冬雪。好きなものは読書。最近はマンガも好き。サッカーもほんのちょっぴりだけ、興味がわいてきたところ。よろしくね」

 僕たちはおたがい、さしだした右手をかたくにぎりあった。彼女の言葉や表情にはもう、氷のような冷たさはない。

 あるのは、雪を溶かすひざしのような、さわやかな暖かさばかりだった。


【了】


最後までお読みいただきありがとうございました。

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