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その六『ごめん』

「夏夜。ごめん」

 その日の放課後。

 そそくさと帰ろうとしていた夏夜の前に立って、僕はなんのまえぶれもなく、頭を下げた。

「……。何が?」

 夏夜は僕の方を見ずにそっけなく言いはなった。冷たい言い方だ。だけど、無視されないだけ、よっぽどマシだった。

「いきなりつかみかかって、怖い思いさせちゃったし。それに」僕は頭を下げたまま言葉を続けた。「さみしい思いをさせちゃったから」

「そっ」夏夜はおどろいたように声を高くした。「そんなことないし! 怖くもなかったし、さみしいなんて、全然! 遥太、なにカンチガイしてんの!」

 早口でまくしたてる夏夜。怒りっぽい話しぶりだったけれど、なんとなく、気にかけてもらったうれしさみたいなものが感じられた。

 よかった。正直、人にあやまるのって苦手というか、すっごくイヤなんだけれど、勇気を出して正解だった。

 いつだったか忘れたけれど、昔お父さんから「いいか、遥太。女の子に理不尽なこと言われたときは、とりあえず『寂しい思いをさせてごめん』って謝っとけ。そうしておけば、たとえ間違っていても、相手は悪い気、しないから」と教えてもらった。今日はそれをじっせんしてみたというわけだ。結果はこのとおり。お父さん、マジすげー。

 僕はゆっくりと頭を上げた。夏夜はあいかわらずそっぽをむいたままだったけれど、赤い顔で「まったく」とか「遥太のくせに」とかブツブツ文句を言っていた。これ、てれているだけ、だよな?

「ゆるしてくれる?」

「……仕方ないわね」夏夜はわざとらしくえらぶった。「またいっしょにサッカーしてくれたら、ゆるしてあげる」

「ありがとう」

 僕はもう一度、ペコリとおじぎをした。良かった。これで夏夜とは、なかなおりだ。

「……でさぁ、遥太」夏夜はチラチラとこっちを見ながらきいてきた。「その、保健室の魔女のところには、……まだ、行く気なの?」

「うん」僕はためらいなく答えた。「行く。もちろん夏夜たちとのサッカーもあるから、回数はへるけど」

「なんで?」

 言いながら、夏夜は今日はじめて正面から僕のことを見つめてきた。キリっとした、意志の強そうなひとみだ。気をぬいたらたじろいでしまいそうだ。だけど、僕はひかない。ひいてやるもんか。

「なんで、ってどういうこと?」

「なんで、そんなに保健室の魔女のことを気にかけるの?」

「気にかけちゃダメなの?」

 僕は逆に聞き返してやった。

「ダメってわけじゃなけれど……」夏夜はなおも納得できないというふうにみけんにシワを作った。「でも、理由くらいは、聞きたいかも」

 理由、かぁ。

「……夏夜はさ」僕はできるだけ真剣な声で話した。「保健室の魔女が、おんなじ学年だって知ってた?」

「え?」夏夜は目を丸くした。「嘘でしょ?」

「マジだよ」

「でも私、あの子のこと知らないよ。同級生の子はたいたい友だちだけど、あんな子、見たこともない」

 ありえない、とでも言いたげな口調だった。その気持ちはわかる。僕だって昼休みまでは、そう思っていたんだから。

「あいつ、友だちいないんだ」

「……そうなの?」

「うん。あいつ、ずっと教室に顔出してなくて、保健室で本ばっかり読んでいるんだって。……そりゃ、友だちもできないよな」

 僕は口もとだけで笑った。夏夜は笑わなかった。マジメな顔で、こっちをジッと見つめている。僕は話を続けた。

「だからさ、きっとあいつさみしいと思うんだ。やっぱ友だちと話せないのって、しんどいし」

 少なくとも、僕は夏夜と一日話ができないだけで、さみしかった。頭がおかしくなりそうだった。夏夜も思いあたるところがあるんだろう。少しだけ目をふせて、口をきゅっとすぼめた。

「それって、つらいじゃん? イヤになるじゃん? かわいそうじゃん?」

 たとえ、誰かといっしょにすごすのが苦手でも。

 たとえ、一人でいるのが好きだとしても。

 たとえ、どれだけそうやって長い時間、自分をごまかしていたとしても。

 やっぱり、ひとりがさみしくないなんて、嘘だと思う。

「だから、あいつの友だちになって、いっしょにいてやりたいんだ」

 僕はきっぱりと、夏夜に言った。

 その後しばらくのあいだ、僕たちは無言だった。ただ静かに、時間だけが流れていった。

「……そっかぁ」

 先に口を開いたのは、夏夜だった。

「友だちになって、一緒にいてやりたい、かぁ。あははっ、キザったらしーセリフ」

「うっせ」

 僕はムキになって答えた。だけど夏夜は、笑ったままだった。

「あははっ、うん、そうだよね。遥太はそういうヤツだよね。それでこそ遥太だよね」

「意味わかんねーし」

「ほめてんのよ」夏夜はニッ、と白い歯を見せてきた「そっかー。それなら、しかたないか」

「しかたないの?」

「しかたないよ」

 僕が聞き返すと、夏夜はしかたないしかたない、と自分に言い聞かせるようにくりかえした。

「遥太が誰かと友だちになるのに、私が止めるってのもヘンな話でしょ」

 まぁ、そうだけど。っていうか、それがわかっているのに、なんで昨日はあんなにおこっていたんだろう。安芸先生が言ったように、実は僕のことが好きとか? ……そんなわけないか。本当、わけがわからないよ。

「いいんじゃない」くるりと僕に背をむけて夏夜は言った。「友だちが増えるんだもん。いいことだよ。友だちならね」

 やたらと友だちという言葉をくりかえして、夏夜は「じゃ、私は帰るから。明日はサッカーしようね」と言って、返事も聞かず、全力でろうかを走っていった。

 ……なんなんだよ、あいつ。おこったり、笑ったり。やっぱり女子って、何かんがえてんのか、ぜーんぜん、わかんねぇ。

 まぁ、それはともかく。

 とりあえず、夏夜とはなかなおりすることができた。問題一つ、クリア。

 あとは、もう一つの問題だ。

「……んじゃ、行くか」

 僕はひとりごとをつぶやいてから、保健室のほうへと歩きだした。

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