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その五『お願いね』

「それで? 遥太くんはどうしたいのかしら?」

 夏夜とケンカをした、翌日。

 僕の話をイスにすわってむかい合いながら聞いていた安芸先生は、静かにそう言った。

 昨日のことで、僕と夏夜のあいだにはかなり気まずい、言っちゃえば険悪なムードってやつが、まるでケムリのようにもうもうと立ちこめていた。

 具体的に言うなら、僕たちは朝、教室で顔を合わせてから、一度も会話をしていない。あいさつだってろくにしていない。目を合わせるだけで、夏夜はぷいっ、とそっぽをむく始末だった。

 最初のうちはこっちも無視しかえしていたけれど、仲のいい友だちを無視するのは、けっこう、しんどい。

 そのうち無視するのも、無視されるのも辛くなってきた僕は、昼休みを待って、はるばる保健室までやってきた。安芸先生にどうしたらいいのかを、相談にきたのだった。

 先生には今まであったことを、最初から全部、話した。

 保健室の魔女と出会ったこと。

 そして、仲良くなったこと。

 そしたら、夏夜たちと遊ぶのがへったこと。

 それで夏夜と、つかみ合いのケンカをしてしまったこと。

 安芸先生は僕の話に口をはさまず、最後まで真剣な顔で話を聞いてくれた。それだけでも僕の心はずいぶんとかるくなって、やっぱり、安芸先生に話してよかったと思えた。担任の先生に相談してもよかったけれど、安芸先生のほうが優しいし、話しやすかった。

「どうしたい、って言われても……」

 先生の言葉に、僕はほおをかいた。

「夏夜と、なかなおりしたい」

「そう」

 僕が答えると、安芸先生はふわりとほほえんだ。

「じゃあ、夏夜ちゃんにあやまらなきゃね。意地をはっていても、仕方ないわよ」

「そうだけど……」

「なぁに。まだなにか不安があるの?」

 僕は唇を尖らせて言った。「……夏夜がなんで怒っているのか、わかんない」

「あぁ、そんなのカンタンよ」安芸先生は本当になんでもないことのように言った。「夏夜ちゃん、冬雪ふゆきちゃんに遥太くんをとられたような気がして、さみしかったのよ」

「冬雪?」

 僕は先生に聞き返した。誰、それ。

「冬雪ちゃんは、この保健室で本を読んでいる女の子のこと。あなたたちが『保健室の魔女』ってよんでいる子の名前よ。……知らなかった?」

 知らなかった。冬雪って名前なのか、あいつ。

 先生はあきれたように「もう何ヶ月も一緒にいるのに名前も知らなかったのね」とため息をついた。なんだか自分がとんでもなくウカツなことをしたみたいで、いごこちが悪かった。

 それにしても。

「なんで夏夜のやつ、そんなことで怒ってんだよ……」

 僕が誰と仲良くしようが、僕の勝手じゃないか。夏夜に怒られる理由になんて、これっぽっちもならないと思うけど。

「女の子っていうのはね」安芸先生は長い髪をかき上げた。「好きな男の子が別の女子と仲良くしているのが、きになるものなのよ」

「好きな男の子ぉ?」僕はうたがいをこめて語尾を伸ばした。「それって、誰と誰の話ぃ?」

「もちろん、遥太くんと夏夜ちゃんの話よ」

 当然のように、先生はきっぱり言った。「冬雪ちゃんにも気に入られているみたいだし。モテモテね、遥太くん」

「そんなんじゃねーし」

 はずかしくなって、僕は安芸先生をジトッとにらんだ。

「あらら、てれちゃって。かわいいんだから」

 だけど先生は全然気にした様子もなく、まるでまぶしいものを見るみたいに目を細めた。

 でもそれも、少しのあいだだけ。先生はすぐに表情を戻して、自分のアゴをなでた。

「じゃ、理由もわかったことだし、遥太くんはちゃんと夏夜ちゃんにあやまるのよ?」

「……ん」僕はしぶしぶ、うなずいた。「でもさ、先生」

「なぁに?」

「そしたらさ、保健室の魔女……冬雪と仲良くしていたら、また夏夜のやつ、そのうちキレんじゃない?」

「そうねぇ」

 そう言って先生がイスの背もたれによりかかると、安いイスはギイィ、と悲鳴をあげた。

「私としては、このまま遥太くんに、冬雪ちゃんとも仲良くして欲しいのよねぇ。あの子が他の子供とうちとけるのなんて、初めて見たし」

「そうなの? っていうかあいつ、ずっとここで本を読んでいるけど、友だちとかいないの?」

「……そうね」僕のストレートな質問に、先生は気まずそうに目をふせた。「遥太くんになら、教えてもいいかな。……遥太くんは、保健室登校って知っている?」

「知らない」僕は即答した。「なにそれ?」

「うーんと、なんて説明したらいいかな。つまりね、教室で授業をするんじゃなくて、保健室に登校してお勉強をしたりするの」

「ふーん」なんだかそのまんまな説明で、少しひょうしぬけた。「で、冬雪もその、保健室登校ってやつなの?」

「そうなの」

 先生は少しだけ間をおいてから、言いにくそうに口を開いた。

「冬雪ちゃんはね、入学してからずっと、同級生となじめなくて。もともと他人と関わるのが苦手なタイプの子だったし、まわりから浮いちゃったのね。それからもう何年も、ここに一人で登校してきているの」

「何年も? あいつって、何年生なの?」

「春田くんと同じ、五年生よ」

「……マジで?」

 知らなかった。冬雪が同学年だということも、保健室登校だということも。

 たしかに、彼女の姿をここ以外で見た記憶はない。同じ学年というのが本当なら、一度くらい、すれちがっていてもおかしくはないのに。

 それでも記憶にないというのなら、きっと本当に彼女は、この五年間をここだけですごしてきたんだろう。

 長いあいだ、ずっと。友だちも作らず、保健室でひとりきり。

「……あいつ、さみしくないのかな」

 僕がひとり言のようにつぶやくと、先生は「どうかな」とあいまいに答えて苦笑した。

「きっとちょくせつ聞いたとしても、さみしいなんて言わないでしょうね。でも、うん。そうよね。……さみしくないわけ、ないわよね」

 先生は顔にたれてきた髪を手ではらうと、あらためて僕の目をのぞきこんできた。

「だから、遥太くん」先生は力強いひとみで、僕を見つめた。「冬雪ちゃんのことも、お願いね」

「……。わかった」

 僕は心をこめて、大きく首を縦にふった。


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