平々凡々なう
『恋の芽生えなう』
人間界大都市、KYOUZON。
「ねぇ、カイ君」
この男、動物系幼獣、サンド・ワーム。
「あ?」
この男、天使十階級序列四位ハイヨト長、カイリエル。
「最近、好きな子が出来たんだけど・・・相談に乗ってくれる?」
「またかよ。この前も、んな事言ってなかったか?」
「マリアちゃんの事?」
「いや、知らねぇけど」
「マリアちゃんにはフラれたんだ・・・。ほら、僕って気持ち悪い・・・でしょ?」
「まぁ、カッコ良くはねぇよな」
「慰めてよ~・・・」
サンド・ワーム・・・巨体で頑丈な歯を持つ砂虫。水が苦手とされ、乾燥した環境を好む。大きなものでは体長四百メートルにも達する、芋虫みたいに気持ち悪い見た目の奴だぞ☆
「で、次はどこの女に引っ掛けられたんだよ?」
「ひっ、引っ掛けられてないよ!泣沢ちゃんはそんな子じゃないから!」
「泣沢?泣沢女神?」
「そう!あれ?カイ君知ってるの?」
泣沢ちゃん美人だもんねぇ、とサンド・ワームはうっとり顔で言う。
「ああ。だってアイツ俺のストーカーだから」
「・・・。・・・え?」
「キャー!カイ様だ!」
「チョーヤバい!マジ、イケメン~!」
写メを撮られまくる、モテ男カイリエル。
「まぁ、そーゆー事だから。いい女ではねぇぞ、あの井戸女」
「!どーしてそんな事言うの?カイ君もしかして、ホントは泣沢ちゃんの事好きなんじゃ・・・」
「いや、むしろお前が貰ってくれるなら、それにこした事はねぇよ」
俺が被害に遭わなくて済むし、と付け加えて言う。
「ズルい・・・。どーしてカイ君ばっかりモテるの?」
そこでサンド・ワームは何かに気付いたように、ハッとする。
「もしかしてワザとやってる!?ヒドイ!」
「俺がストーカーされてる事はスルーか」
恋多き少年は、被害妄想も多かった。
「メンドくせーな。おい、井戸女!今だけ俺の前に出る事、許してやる!」
いつもより大き目な声で、カイリエルが遠くへ呼びかける。瞬間、一人の女性が敬礼のポーズで、二人の前に立つ。
「はい!カイ様!」
この女、井戸の神、泣沢女神。
「お前がこれまで俺にしてきた、迷惑の数々を余す事無く言え」
「はい!一週間前、カイ様を初めてお見かけした瞬間、現住所の突き止め!ご自宅の電話番号、ファックス番号を押さえ、電話十件、ファックス五件を送らせて頂きました!次の日にカイ様の起床時間、通勤時間、通勤ルート、お勤め先、就業時間、帰宅時間を調べ上げ、就寝時間を避けた毎日五分に一回、電話とファックスを送らせて頂いています!その後は、カイ様がお好みの食材や、物品も贈らせて頂いています!最近は奈良漬けにハマっておられるようで!」
「今はしば漬けだ。な?キモイだろ?」
何度通報しても捕まりやがらねぇ、とカイリエルは大して表情も崩さずに言う。
「そんな・・・毎日、一緒・・・?」
「お前の引っかかるとこそこだけか?」
恋は盲目。
「おい、井戸女。コイツの事、知ってるか?」
「はい!カイ様の御友人、サンド・ワームさんです!」
「コイツお前の事好きなんだってよ。付き合ってやれよ」
「申し訳御座いません!私はカイ様への想いで、心が余す事無く埋まっております!サンド・ワームさんの事を考える余裕は御座いません!」
「じゃあストーカー行為を止めろ」
むしろそっちのが重要、と泣沢女神を見ずに言う。
「申し訳御座いません!」
「理由を言えよ」
「そーやって僕に仲が良いとこ見せつけたかったんだ・・・?」
「あーダメだ、コイツ末期だ」
恋の病は不治の病。
数日後。
「カイ君!カイ君!」
「サン?」
「カイ君、聞いて!あのね!昨日、社員旅行で『至福者の島』に行ったんだけどね?」
「天国の?よくあんななんもーねーとこ行くなぁ」
つまんなかっただろ?とカイリエルは大して興味なさげに言う。
「確かに人間界に比べたらつまらないけど・・・って、話のこし折らないでよ~!そこでハルモニアさんっていうガイドさんに会ってさぁ!もう凄く綺麗で~、優しくて~」
「惚れたと?」
「え!?何で分かったの!?エスパー!?」
「そいつと旦那、バカップルで有名だぞ」
「・・・え?」
ゴシップに弱い世間知らず。
「だ、旦那・・・?結婚してるの?」
「たまにはゴシップ系の週刊誌も読め。無知な男はモテねぇぞ」
そう言ってカイリエルは新聞を広げる。記事の一面には「雪女、遂に結婚か!?」の見出しが出ている。
「そんなぁ~・・・。僕、運ないのかなぁ・・・?」
「『運』ってか、お前の場合は『見る目』だろ。眼科行け」
てかお前「目」なんかあんの?と新聞から顔を上げずに言う。
「あー、そうかも。何だか最近、お豆腐屋のニクシーでさえ可愛く見えちゃうんだよねぇ」
「それは眼科ってか、精神科だな」
ニクシー・・・川や池の中に住む、美しい金髪の妖精。人間を水中に引きずり込んで溺死させ、その魂を逆さにした壺にしまう、人間と水が苦手なサンド・ワームにはとっても恐ろしいお姐さんだぞ☆
「あ、でもこれでカイ君はもう心配いらなくなったね?」
「あ?何が?」
カイリエルは新聞の「口裂け女、次回作は『学園もの』!?」の記事を読んでいる。
「彼女と平穏に暮らせるでしょ?邪魔しちゃったみたいでごめんね?」
「は?彼女なんて俺、いねーけど」
「またまた~!泣沢ちゃんと同棲してるんでしょ?隠さなくてもいいって~!」
「お前は耳が悪いの?頭が悪いの?どっち?」
スルースキルに特化した草食系、サンド・ワーム。
「あの~・・・。カイ様ですよね?」
一人の女性が、オープンテラスに座っていた二人に近付く。
「あ?」
「やっぱり!あ、あの!私ファンです!握手してもらえませんか?」
「いや、別に俺、アイドルとかじゃねぇし」
「お願いします!一度でいいんです!握手だけ!握手してもらえれば、直ぐ帰りますから!」
チッと舌打ちをした後、カイリエルは露骨に嫌そうな顔をしながら「ん」と右手を差し出す。
「ありがとうございます!」
握手をしてもらえた女性は「キャー!」と嬉しそうに騒ぎながら去っていく。
「はー・・・。あーゆーのマジでメンドくせぇ。てかサンも何か言えよ。『話し中に失礼だろ』とかよぉ」
そう言ってカイリエルが目を向けたサンド・ワームは、うっとりした顔で女性の去った方を見つめている。
「あー、こっちにもメンドくせぇ奴いたわ」
新しい恋の芽生えなう。
おわり
夕方にニュースを見ていた時・・・――。
饅「うわ・・・。マジか」
母「え?なに、なに?」
饅「いや、焼き鳥食うか食わないかで、息子が親殺害しちゃったんだって」
母「え~!?バレないようにやれよ~!」
(あ、私死ぬかもしれない・・・)
――身の危険を感じた。
※実話ですが、母のちょっとした冗談です。実際に身に危険はありません。