対面式のち、ブラックアウト
ふらふらと左右に揺れるあたしを見兼ねたのか、横から大きな手でしっかり抱かれた。不思議なことに、その温もりに違和感を覚えない自分を、自覚していた。ラルディアさんは今でも全然気に食わないし仲良くしたいとは思ってないんだけど、触られても嫌悪感はない。いやらしさがないと言うか、あたしをそういう目で見てないだろうな、って分かるから。と言っても、触られて嬉しさは全く以ってないけどね!!
立っているのも疲れて、いっそその身体に身を預けたくなる。が、一回そんなことしたら爆睡して帰ってこれない気がする。それ以上にこの男にそんなことしてる自分、想像しただけで鳥肌ものだよ。あたしは馬鹿だ。
とりあえず、ちらりとラルディアさんを睨むに留めて、そのままにしておく。今は手を振り払う仕草ですらだるいし、眠いし。……一応好意は受け取っておこうかと。
あたしの反応を見たラルディアさんは面白そうに片眉を上げて、もう片方の手で頭をくしゃくしゃと撫でてきた。……ちょ、眠いんだから止めて……。
周りの貴族やらのざわめきは収まるどころか、どんどん大きくなっていく。けれど、凛とした声が響いて、次の瞬間にはぴたりと止まった。あ、相変わらず何言ってるかは分からないんだよ、あしからず。声が聞こえた方向を見ると、目の前の壇の一番上、カーテンが引かれたところから聞こえたみたい。てことは、もしかして?
瞬きを繰り返すあたしの目の前、兵士二人がカーテン横の両紐をゆっくり引っ張る。しゅるしゅると開いていくカーテンの中、二人の人影。何だか、ドキドキしてきた。ラルディアさんは好きじゃないが、かなりのイケ面。てことは両親も期待できるレベルに決まっている!!個人的に、四十代のおじさまが大好きなので、かなりわくわくする。ちょっとだけ眠気も飛び、背筋を伸ばしてカーテンを見つめるあたし。――ついに、カーテンが完全に開いた。
「おおおっ」
可愛くない叫びをあげるあたし、それ以外のみんなはすっと跪き、現れたその姿に頭を垂れた。
金色の髪は、非常に色が薄いために銀髪のようだ。つやつやで長いソレは、さらさらと背中に流れる。うっとおしげに髪を掻き上げ、細められた瞳。それはラルディアさんの青い瞳よりも、海に近い色。それもハワイとか沖縄とか、綺麗で明るい海。何と言うか――そうだ、碧だ。銀髪碧眼、美形の代名詞じゃないか。白磁のような肌、高い鼻に薄い唇、顔立ちはラルディアさんそっくり。若干ラルディアさんの方が柔らかい感じだけど、それでもひどく綺麗。
ゆっくりあたしと目を合わせると、ふっと目を細める。途端に和らぐ雰囲気に、顔が熱くなった。
なんて、
なんて、
なんて綺麗な――お姉さまなんだろう!!
顔はラルディアさんそっくりなのに、すらりとした肢体は華奢で、剥き出しの鎖骨や肩は細い。ラルディアさんと同じく、腕には白いストールを巻き付けている。ちなみにお姉さま、出るとこは出て引っ込むところはちゃんと引っ込んでおります。この人は美の女神か!!
うっとり見惚れるあたしから視線を外すと、何か声が聞こえた。その声で隣のラルディアさんがゆっくり立ち上がるのを見て、やっと周りの状況に気付いた。え、あああたし跪いてないんだけど大丈夫かなぁ!?パニックになるあたしを無視して、ラルディアさんはお腹に手を当てて、ぼそぼそとよく分からない言葉を呟き、人差し指の指輪をくるりとなぞった、その瞬間。
「……え、っ」
耳が、クリアになっていく感覚。何て言うのかな、耳の外でぱちぱちと何かが爆ぜていく感じ。唇を柔らかい風がふわりとなぞって。怖くない、気持ち悪い訳でもない。でも何とも不思議な感覚に、思わず声を上げると。
「――ミワコ、と言ったか。突然の召喚、苦労を掛けたな。銀の月が三度昇るその日まで、当国でゆるりと過ごすが良い」
さっきと同じ、凛とした声。それはあたしが異世界に来て、ラルディアさん以外から初めて聞いた『言葉』。
「え、えぇっ」
相変わらず、間抜けな叫び声を上げて仰け反るあたしを、お姉さまはニコニコと見守る。あう、あう、美人さんの微笑みってこんな綺麗なのか!!
「今、ラルディアにそなたと会話出来るようにこの謁見の間全体に魔術を掛けさせた。改めて、これからよろしく頼む」
「こ、こちらこそっ!!」
聞き惚れそうな、清涼感溢れる声。美人って声も綺麗なのか。完璧じゃないか。美味しすぎる。でれでれとしながら頭を下げると。
「よろしく頼みますね、ミワコ。わたくし、王妃のサルビーネ・フォン・シグナードです」
――聞こえたものすごいダミ声に、ぴしりと固まった。
慌てて顔を上げると、お姉さま――もとい王妃様が笑ったまま。え、さっきの声、やっぱり聞き間違い?いやいやでも、王妃様って言ったじゃん。うん、聞いたよ。あ、もしかして魔法のミス?いや、そりゃあるよねそんなことも。うんうん、と納得したあたしの耳に。再び、あの美声が。
「――我はセルディア国王クレーメンス・フォン・シグナードである」
その声に、じっと王妃様を見つめる。……口、動いてない。ていうか今の声、どこから?王様名乗ったよね。そう言えば王様、見てないような……。
首を傾げるあたしの肩がぽん、と叩かれる。はっとして横を見るとラルディアさんの顔が近くにあって、にっこり笑われた。何なんだ。
「ミワコ、王妃殿下の右横をよーく見て」
顔を顰めるあたしに構わず、小さな声で囁かれる。
……右横?て何もないじゃない。……いや、違う。よくよく見ると、王妃様の真横には真っ赤な椅子と、そして。
教科書に載ってる、平安時代の人みたいなうっすい顔の男の人がいた。
「……誰」
ぽそりと呟いて、目を凝らしてよーく見る。そうしないと王妃様の眩さに霞んで、目に映らない。
真っ赤な学ランにモールみたいなのがついた上着、灰色のズボンに高そうなぴかぴかの靴、白いストールを巻いている。それがまた、何とも薄い顔に合っていない。顔は十回見ても絶対忘れちゃうような薄さだけど、髪色は妙に明るいな。茶色っぽいけど、茶色より明るい癖っ毛。これは栗色……栗色?
そっと、横の人を窺う。完璧な美貌に青い瞳、その髪色は、――栗色。
ごくりと唾を飲み込むあたしに、国王夫妻は首を傾げた。
「どうかしたか?ミワコよ」
聞きなれた、すごく綺麗な声音で。
「どうかしました?ミワコ」
さっき聞いた、ダミ声で。
……もしかして。
そっと隣のラルディアさんの服をつんつん、と引っ張る。眩いばかりの笑顔で振り返った彼に小声で、尋ねる。
「……ラルディアさん、父親似と言われたことありますか」
「いや、ないね。ただ髪の色はよく似ている、と言われるけど」
「…………ちなみに王妃様の声は、どんなイメージでしょうか」
「十日連続酔っぱらって声を潰した四十代親父の声、と噂されているよ」
――てことはやっぱりあの薄い顔の人は王様で、あのダミ声は王妃様なのかい!!
王妃様美人で完璧で、だから逆に声がダミ声だから親しみ沸いたよ、確かに。でも王様の声と顔のイメージが全く合わないんだが。単体で声だけ聞いたら完全イケ面だと思うよ。そう考えると、ラルディアさんは顔と声、二人の良いところを引き継いだんだな、とぼぅっと考えた。
「さて、ミワコ」
ぼぅっとしていたら、王様に名前を呼ばれた。慌てて返事をして前を見る。……あ、やっぱり見えなくなっている。この人、王様より絶対隠密行動とかの方が向いてると思う。影薄いからね!!(激しく失礼)
「チキュウ――特にニホンからの来訪者は、いつぶりだろうな。その黒髪もなにもかも、過去の記録通りだな」
「はぁ」
感慨深げに頷かれるものの、何と答えていいのやら。確かにこの場所にいる人をざっと見たら黒髪の人はいないみたいだけど、日本ではこの色ばかりだ。最近は茶髪の若者も多いけど、基本的に十人すれ違ったら半分は黒髪だと思う。それに感動されてもなぁ。首を傾げるあたしに王妃様は微笑み、口を開いた。
「わたくし、一杯ニホンのお話を聞きたいわ。昔から興味があったんです」
きらきらした顔が眩しい。その眩しさに怯み、一歩後ろに引いてしまうあたし。な、何か見つめられることすら罪な気がしてしまう。どぎまぎするあたしを見て、王妃様はちょっとしょんぼりしてみせた。
「ミワコ、わたくしと話すのは嫌なのかしら……?」
はっ。やらかしたぁぁぁ!!女の人に悲しい顔をさせるなんて、あたしの駄目人間!!慌てて大きく首を振り、笑顔を見せた。
「ご、ごめんなさい。嫌なんてとんでもないです。喜んでお話します」
「本当に?」
「ええ、あたしが分かることならなんでも」
「良かった」
ぱぁ、っと輝く微笑みにホッとする。美人にはやっぱり笑顔が一番。人好きのする微笑みに、綺麗なだけじゃなくて可愛いなんて反則だよーなんて、内心呟いた。そのまま、王妃様と話すのか、と思ったら。
「それでは、私達にお話を聞かせてください!!」
――いきなり、壇の近くにいた何人ものおじさん達がずらっとあたしと王様・王妃様の間に立ち並ぶ。彼らは順番に二人に挨拶すると、次いであたしに自己紹介してきた。話を聞いてる限り、大臣さん達らしい。名前なんて覚える余裕も無く、とにかく聞き流してお辞儀を繰り返す。あたしを見て楽しそうに皆さんニコニコ笑って、愉快そうにお腹を叩く。人がいいおじさん達、って感じ。たまに家に来る、お父さんやお母さんの友達をふと思い出した。
「ミワコ様、政治の知識は如何ですか?」
「……へ?」
ぼぅっとしてみんな元気かな、と考えていたら声を掛けられる。間抜けな返事をしつつ、頬をぽりぽり掻いた。政治?が、何いきなり。とりあえず質問されたから、答えるけどさ。
「あんまり詳しくないです。ニュースとか新聞とか、全然見ないし」
「ふむ。では経済は?」
「数字、苦手なので全然分かりません」
自慢じゃないけど、中学の時から数学は二より上を取ったことはない。大きく首を振れば、難しい顔でおじさん達は話しこんだ。
その後、おじさん達が時々質問をして来て、あたしがそれに答える、と言う形式が続いた。質問内容は大抵全然分からないことだったり、やったこともないことだし。農業やら化学ならともかく、魔法に至っては地球にはないしなぁ。
「……もしや、ミスか……?」
「しかし……」
「……されたなら、理由が……」
大臣さん達の顔は徐々に困った感じになって来ていて、王様や王妃様、周りの人々の顔も困惑に満ちている。笑っているのは、唯一隣にいるラルディアさんくらい。
どのくらいそのやり取りを繰り返している内に、問題が発生してきた。
――眠い。
王様と王妃様の問題で一旦眠気が吹っ飛んだと思ったんだけど、長く立たされている状態、しかも時たましか話さないし、漏れ聞こえる声は難しい単語ばっかりだし。
寝ちゃ駄目だ。公式の場で寝るのは失礼だし、これから三か月否応なしにお世話になる人達との初対面、大事にしなくちゃ、と思う。でも、眠い。視界が徐々にぶれて、白く靄が掛かったみたいに眠くなる。ぐ、と拳を握り締めて眠気を吹っ飛ばそうとしたけれど、気が付けば首がかくりと落ちそうになっている。
「それではミワコ様、歴史は如何でしょう?ニホン国の歴史について、知りたいのですが」
「……歴史、ですか」
「はい。我が国ラルディアは現在――」
ちょっと待てぇぇ!!ここで長ったらしい講釈とか本当に勘弁して!!と言いたいものの、大臣の一人は自慢げな顔でラルディアの歴史を語り始めた。昨日ラルディアさんに教えてもらったし、しかも説明が何倍も難しい感じになってる。
だーめーだ。相手は、ちゃんとあたしに説明してくれている。すごく難解な説明になっていたとしても、こちらを思って話している訳だ。人の話の最中に寝るなんて、そんなこと、絶対駄目だ、と言い聞かせて目を覚まそうと横に少しだけ、足を動かす。
――次の瞬間。いきなりあたしの意識は、飛んだ。
本当に『飛んだ』のだ。直前まで頭に入っていかなかった説明が、いきなりぷちんと切れて。ぐらりと揺れた身体と、視界に映ったのは真っ赤な絨毯。だけど重たくなっていた瞼は、すぐに閉じられた。
……寝不足って、度を超えるといきなり意識がなくなるもんなんだ。
初めて経験するなぁ、とぼんやり思いながら、あたしの思考はブラックアウトした。
長くなったので二つに分けました(汗)
キャラが無駄に増えていく……。




