状況把握は大事です
今回は国や大陸などの説明が入ってしまい、くどいです。すみません(汗)
――拝啓、今は遠い地となってしまった日本のお父さん、お母さん。美和子は元気です。ただ、買ってきたお土産が腐らないか若干心配しております。あ、ちゃんと頼まれたアロハシャツとマカダミアナッツチョコ買ってきたよ。帰ってすぐに渡すつもりだったんだけど、残念ながら大分先のことになりそうです。
ただ今あなた達の娘は、異世界トリップしております――
聖堂らしき場所から、聞きたいこともたくさんあるだろうから、とぶっ飛びイケ面に連れられて、やって来た場所は。
何畳あるか想像もつかない広い部屋、赤い絨毯にでっかい執務机、訳分からない言語で書かれた本が一杯詰まった本棚。うん、ベタベタな執務室だな。どうせあれだろう、この暖炉の上に飾ってある壺もすごい高いんだろうと思って持ちあげると、部屋の中の全員動きが固まった。……いくらするんだろうか。
そんな執務室の、日当たりのいい大きな窓際のソファ。ふかふかなそれは、座ると身体が半分埋まりそうになる。若干眠気を感じて目を擦りながら、メイドさん(マジもんです)に出してもらった紅茶を啜る。美味しい。何だろうこれ、何のお茶だろう。ジャスミンティーに近い感じ?でももっと複雑かつ、深い味わい。夢中になって啜ると、目の前から笑い声が響いた。
「美味しいかい?」
「……はぁ、まあ」
「そう。気に入ってくれたなら光栄」
目の前で長い脚を組んで、あたしをにこやかに見守る男。その容姿はと言うと、笑顔を見ただけで真っ赤になって気絶するメイドさんが数人出ちゃうレベルだ。ちょっと怖いくらいだな。けれどその笑顔の裏で何考えてるか分かんない感じが気に食わなくて、唇を尖らせると、男はますます笑みを深めた。
「では、改めて。君の名前を聞いても構わないかい?」
「……葛木美和子です」
「カツラギミワコ?随分長い名前だね」
「あーっと、葛木が姓、美和子が名前です。好きに呼んでください」
「そう?じゃあ、ミワコ」
いきなり名前呼びかい。
そう突っ込みたいのをぐっと抑え、目の前にあった焼き菓子に手を伸ばす。クッキーみたいな感じ。さくりとした中に甘酸っぱい果実が入っていて、非常に美味しい。お菓子の名前を聞いたら舌噛みそうなくらい長かったから、覚えてないけど。
「僕の名前は、ラルディア。ラルディア・フォン・シグナードだよ」
「はぁ、ラルディアさん」
「そんな他人行儀な呼び方しなくても。ラルでいいよ?」
「他人ですから」
馴れ馴れしいイケ面――もとい、ラルディアさんをさっくり無視する。あたしの言葉を聞いて、彼は苦笑し、髪を掻き上げた。……うう、たったそれだけなのになんつう色気。後ろでメイドさんがふらっとした気配を感じたよ。
あたしがお茶を飲み終わるのを待って、ラルディアさんが、ぱちりと指を鳴らす。すると、突然テーブルの上に大きな紙が現れた。何が書いてあるか全く分からないけれど、中心に左と上に伸びた三角形のような形の緑色。北アメリカ大陸を裏返したような形に見える。そして、その周りは青色で囲まれている。緑色の場所には更にいくつか線などが引かれ、まるで国境や山のよう。もしかして、これは。
「地図?」
「そう、オーストリッヒ大陸の地図だよ」
そう言いながら、緑色の場所――つまり、これが土地かな?――の上に、すっと指を滑らせる。彼が指差した場所は、大陸の上方から真ん中までの、大きな土地。丁度そこに線が引かれているから、多分これが一つの国なんだと思うんだけど。
「ここが、我が国セルディア。この大陸で一番の面積を誇る。オーストリッヒ大陸には他にいくつかの小国もあるけれど、ほとんどがセルディアの属国だね」
「へぇ……」
まじまじと大陸地図を見て、あたしは唸る。ていうことは、セルディアは相当国力を持った国ってことだ。これだけの土地を手に入れた上、大陸全土を掌握するなんて簡単なことじゃないだろう。
地図は更に、左側と上に続く大陸があるようだった。それを尋ねると、ああ、と頷かれる。
「この世界に存在する大陸は三つ。一番大きいのが北にあるノルディン大陸で、二百以上もの国があるんだ。西にあるサヴェンティ大陸は、この世界で最初に出来た島があると言われ、あまり大きくないけれど大陸全体に神秘的な雰囲気が漂っているね」
「そうなんですか」
三つの大陸全てに名前があり、それぞれの大陸の特徴を知っていると言うことはきちんと交流もある、ということか。そう言うと、ラルディアさんに笑顔で頭を撫でられた。
「ああ、ミワコは意外と頭がいいみたいだね」
「……」
ものすごく馬鹿にされてる気がするのは、気のせいでしょうか?大きくその手を振り払って鼻を鳴らすと、満足げに微笑まれた。……何だろう、この人実はドM?とりあえず、気は合わない気がするよ。
「さて、セルディアの話に戻ろうか。最初は、細々と農業を中心に生きていく部族が集まっていただったんだけど、千年くらい前かな?その頃に大きな革命が起きて、今の王族が生まれ、きちんとした国の形が出来た」
「へぇー」
どこの国にも、歴史って言うのはあるもんだね。しかしそれだけでこんな大きさの国になるものか?首を傾げると、話は続くんだ、と彼は笑う。
「当時の王族は、独裁政治を掲げた。つまり、恐怖感で国民を縛り付ける方法だね。同じく文化が栄えていない他国をいくつも制圧し、国土を広げていった」
ふむふむ。まぁ、ありがちな歴史だな。で、大体この場合は王族が討たれて新たな国が出来るのが普通なんだけど。さっきラルディアさんは、『今の王族』と言った。ということは、今でも当時の血は生きているということだ。
「しかし何代目かの王が、ふと考えた。『このまま我が国を広げても、今の王族のみでは統治できなくなり、やがて今の国の状態に不満を持った連中に我が一族は討たれることになる』と。
そこで彼は、侵略作戦を止め、国力を育てることを第一の政策とした。もともと農業を主とした一族の出だったからね、逆に戦の方が好ましくなかったらしい。国民は同意し、新たに手に入れた地をどんどん開墾していった。
すると、不思議なものだ。国が栄えると同時に、今まで抵抗していた周りの国がセルディアに縋って来る。侵略政策を止めたセルディアならば、他国に侵略されるよりも我が国をまともに扱ってくれるだろう、と考えたんだろうね。王族は彼らの期待を裏切らず、友好国として丁重に扱い、他国から守った。そうする内に、彼らはセルディアに吸収され、国の一部となることを自ら望んだ。そうしてセルディアは国土を広げ、現在に至るんだ」
「ほぉぉぉぉ!!」
すげぇすげぇ!!愛読書が三国志のあたしにはたまらんよこういう展開!!頭が良い王と、良い政策、そこから生まれる新たな国!!
目を輝かせて興奮するあたしに、ラルディアさんは笑った。
「とまぁ、こういう訳だね。セルディアの王族はその歴史を知っているから、他国を侵略することよりも、ひたすら国力を育てることに力を注いでいる。やがて武器の存在自体が疑問視されるようになり、今は一部の商人などを覗き、武器を持つことすら厳しく罰されている」
「え、ちょ、ちょちょちょっと待ったぁ!!」
だけど、いきなりの言葉に手を上げる。ラルディアさんは先生のように、はいどうぞ、と手で示す。
「え、武器を持たない、ってどういうこと?」
「言葉のままだよ。他国からの武器の持ち込みも完全に禁止されているし、他国の戦争などにも関わらない完全和平国であり、永久中立国だ」
日本で言うところの核兵器みたいなもん?いや、でも日本には自衛隊もあるし武器はある。
「でも、武器を持たないなんて危なくないですか?他国が攻め込んできたらまずいじゃないですか」
あたしの言葉を聞いて、ラルディアさんは変わらぬ微笑みを見せた。でも、牙を失ったライオンに勝つのは難しくない。かつて強かった国でも、武器を失ったと聞けばこれ幸いと攻め込んでくる国、あると思うんだけどなぁ。
一口、優雅にお茶を啜ったラルディアさんは、黙ってあたしの前に左手を差し出す。首を傾げてまじまじそれを眺めると、人差し指の二連の銀指輪を差した。
「さっき、ミワコと僕が言葉を交わせるのはこの指輪のお陰だ、と話したよね」
「え、あ、はい」
異世界トリップ定番機能・勝手に翻訳機能はなかったらしい。なので言葉は全く通じない。あたしが召喚された魔方陣みたいなのは、召喚された人間と現地の人の交流の意味も含め、翻訳機能を果たしている。が、一歩出ちゃうと効果はない。ラルディアさんは、魔方陣から出たあたしに二言三言話させると、指輪に何事かを呟いた。そして次の瞬間には、「じゃあ、行こうか」なんて日本語を話していた。正確には、あたしの耳には日本語に聞こえてるだけで本人は普通にセルディア語(で、いいんだろうか)を話しているらしい。とりあえず、指輪が翻訳機能を果たしているらしく、苦もなく会話出来るんだけど。
「元々この二連の指輪は、代々国一番の魔術師の魔力を込めてある。今は指輪の一対にミワコの話している言語、もう一対にセルディアの言語を覚えさせてある。そのおかげで、僕達の会話が成り立っている」
「……はぁ」
えと、よく分かんないけど、とりあえずあたし達が会話出来てるのはその指輪のお陰、ってことなんだよね?分かった振りする自分が痛いけど、頷いたら話は進んだ。
「この世界の人間はみな魔力を持っていたが、その使い道は考えなかった。魔力を持っていて出来ることは、その人によって違うけれど、大抵の人はせいぜい物を動かすのが少し簡単に出来るくらいだからね。だからそんな微々たる量の魔力の使い方を考えるよりも、簡単かつ大量生産出来る武器で戦争をした方が楽だった。だから他国は、魔力について突き詰めて考えることはなかった。
しかし国力を豊かにすることに力を注いだセルディアは、武器は必要ない。ならば魔力を使って何か出来ないかと考えた。そうして最初に魔法を生み出したのがセルディアであり、今でも優秀な魔術師のほとんどはセルディアにいる。彼らが定期的に国全土に強力な結界を敷いていて、今この世界が持つ最も強力な武器ですらその結界を打ち砕くことは叶わない」
……すげぇぇ!!セルディアなんだそれ、ほとんどチート国じゃん!!しかもセルディア交友関係広い上に友好条約結びまくってるから、セルディアが攻撃されたら友好国が替わりに制裁してくれるってすごいな!!
なる程、そうやって国を広げたのか。すごいな、日本絶対この政策取りいれるべきだよ、マジで感動した。だけどラルディアさんは、あたしの言葉に笑みを深めた。
「けれど、この政策は実はセルディアが生み出したものではない」
「……へ?」
ぽかん、とするあたしにラルディアさんはもう一度指輪を見せてくれる。
「さっき、この二連の指輪に代々の魔術師の魔力を込めてあると言っただろう?元々、この指輪は言葉が通じない異世界人との友好を深めるために作りだしたものだ」
「え、え、え?」
「何百年も前に召喚陣を描いた時、たまたま呼び出された異世界の人間が、『わが国ではこうした政策を取っている』と話したのを取りいれてね。それで味を締めて、魔法の使い方や他の文化など、この世界の人間では考えられないような様々な事項を、異世界との交流により我が国は手に入れることが出来た。そして今でも、異文化交流と称して、王族が定期的に異世界人を呼ぶことを決めて、彼らから教えを乞うている」
「……つまり、あたしもそのために呼ばれた、ってこと?」
「その通り」
にっこり、眩い笑顔で言われた台詞に、あたしはあんぐり口を開けた。
「な……」
「ん?」
「なんじゃそりゃ迷惑な!!自国の文化の発展のために異世界の人を勝手に呼び出すなんて、迷惑以外の何物でもないでしょー!!」
思わず立ち上がり、叫ぶあたしを見て、ラルディアさんは目を丸くし。なんと、しばらくしたら。
「は、あははははっ、……ミワコ、君面白い顔してる……!!」
大 爆 笑 。
こちとら真面目にキレてるのに、なんつー対応だよ!!ていうか年頃の女の子に『面白い顔』ってどうなのよ、褒めてないでしょ絶対に!!
鼻息荒く睨みつけるも、ラルディアさんは笑うばかり。こ、この人じゃ話になんない!!
「もっ、ラルディアさんどっか行ってください!!王族の人、連れてきてっ。文句言ってやる!!」
人を人とも思わぬ行為、この葛木美和子の江戸っ子魂が許せません!!……別に東京出身じゃないけれども。王族なんてねー偉いかもしれないけどねーあたしには関係ないんだからね!!一回叱って根性叩き直してやる!!
音を立ててソファに座りこむと、お尻が沈んで大きくバランスを崩した。それを見て、また笑い転げるラルディアさんにむかつき、ぼすぼすソファを殴る。あああ、本当に腹立つ!!
大体何なのこの人。こんな執務室使ってるとこや、高そうな服着てるからには結構偉い人なんだろうけど、それにしたって人を見下しすぎじゃないかなぁ!!
苛々して貧乏ゆすりを始めたあたしに、未だ肩を震わせながらも顔を上げる。青い瞳の目じりには涙が溜まり、あたしをおかしそうに見つめていた。
「……ああ、ミワコ、君って本当にイイね。最高だよ。本当に、召喚されたのが君で良かった」
「お褒めに預かり光栄ですー!!」
けっ、人を珍獣扱いして何様じゃーい!!とりあえず王族呼んできなさいよ、と目で語ると。
ラルディアさんが、片肘をつきながら、手を上げた。
「……何ですか?」
「僕でいいでしょ?」
「……何が」
まったこの人、意味分からないこと言いだしたよ……。イケ面だよ、それは認めましょう。でもね、あたしはこういうまだるっこしい話し方の人は嫌いだ。男は顔じゃない、性格だ。間違ってもこんな人を馬鹿にしたような人、好きにはならんぞ!!
睨むあたしに、ラルディアさんはにっこり微笑む。しゃらり、と三連のピアスが揺れた。
「ミワコ、僕ね、魔術師なんだ。この国一番の」
「……へぇ」
「だから、君を召喚したのも僕、ってこと。国一番の魔術師にならないと、人を召喚させる魔法は使えないからね。楽しそうだから、頑張って修行してみて良かったよ。ちなみに、この指輪は国一番の魔術師であることの証明。先代が死んだら次代に受け継がれ、自分の魔力をこれに込める」
長ったらしく続きそうな講釈を手で止めて、あたしは唇を尖らせた。そんな話、今はどうでもいいから。
「……ラルディアさんがあたしを召喚させた人間だろうが、どうでもいい。そりゃあいきなり吹っ飛ばされて苛立ちはするけれど、決定した人間は召喚した人間じゃない。だから、あなたと話しても意味がな」
「僕だよ」
「…………はい?」
いきなり話を切られてびっくりしたけれど、それ以上に。――僕だよ、って何が?
あたしはよっぽど不思議そうな顔をしていたんだろうか、ラルディアさんは笑顔で大きく頷いて。
「異世界人を召喚すると決めたのは、僕だよ。発案も決定も、……そうだね、実行も全て、――僕」
……今度こそ、あたしはぽかりと間抜け面になった。ひっどい顔なのは承知してる、ラルディアさんがソファの背に顔を埋めて笑い転げたから。だけど何も言えずに固まるあたしに、ラルディアさんはさっきよりは早く復活して、綺麗なその顔を艶っぽく歪めた。
「言い忘れたかな?僕の名前はラルディア・フォン・シグナード。この国一番の魔術師であり、――セルディアの第二王子だ」
言い忘れたかなって、言い忘れたかなって。
――そんなの聞いてませんよおおおお!!
異世界トリップ心得、その一。
――とりあえず、自分を召喚した人の身分くらいはきちんと把握しておきましょう。
王子は「王の息子」、皇子は「皇帝・天皇の息子」らしいです。語感が気に入ってるので皇子にしてしまった←
セルディア「帝国」ってことでおねがいします(*_*;
ちなみに今回大陸の名前はドイツ語の東西南北をもじってつけました。
訂正:「王族」なのに「皇子」はやはりおかしいですよね……やっぱり「王子」に訂正しておきます。すみません(汗)




