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華街の占者  作者:
9/12

華街の占者(9)

―――いらいらする。


訓練場は将軍が姿を現したことで、一転、ピリピリとした空気に包まれた。

稽古と言いながらも、圧倒的な強さで次々と隊員を瞬殺し、最後の一人が力尽きると訓練場は死屍累々の山と化していた。瀬は周りを一瞥(いちべつ)するが、隊員たちは起き上がる事さえできない始末。


内心、舌打ちをした。

苛立ちは紛れていない。稽古と銘打った八つ当たりは、苛立ちを払拭(ふっしょく)するには不十分で。

しかし、その八つ当たり先の隊員たちは力尽き、この苛立ちをぶつけることはできなかった。


―――不甲斐ない。


それは隊員たちに向けられた言葉か、それとも自分自身への言葉なのか。はたまた、両方か。

瀬自身にも、その答えは分からなかった。


どちらにせよ、隊員たちの鍛錬が足りていないことは事実。


「―――休憩後、また稽古をつけてやる。―――逃げるなよ」


瀬はそう言い残し、訓練場を後にした。

その言葉に訓練場の空気はさらに重たくなった。




     ―――――


「瀬さま?」


王の執務室に向かう途中。

この最近、姿を見ることのなかった人に逢った。彼女は、ワゴンを押しながら近づいてきた。


「こんにちは」


数日ぶりの椎の笑みは破壊力抜群だった。


―――数日間、この笑みが野放しになっていたわけか…


若干、黒いオーラが漂いつつも、椎には悟られないように笑みで誤魔化す。


「ああ。お茶会の準備?」


ワゴンにはティーポットにティーカップのセット、お菓子が用意されていた。


「はい。中庭で行うのでその準備を。瀬さまはお仕事の途中ですか?」

「いや…今は休憩中」


本当は露に八つ当たりでもしようと思い、執務室に向かっていたのだが、このチャンスを逃すわけにはいかない。


「途中まで、ご一緒してもよろしいですか?」


椎に極上の笑みを向け、了承の言葉を求める。

その笑みに椎は頬を染め、


「はい」


了承の言葉を返した。

瀬は椎の様子に満足し、椎の横に並んで歩き出した。中庭に着くまで他愛無い話を交わした。この数日の不機嫌さは消え、すれ違う人々が余りの違いに目を疑うほどであったという。



「それでは、ここで失礼します」


中庭の前に着き、椎はお辞儀をし、瀬から離れようとした。


「椎?遅かったわね」

「―――杏さま!?」


椎が振り向いた先には美貌の王女、杏が立っていた。


「心配になって、迎えに来ちゃったわ」


杏はにっこり笑いながら椎に言った。

椎の手を取り、


「さあ、行きましょう」


中庭へと足を向ける。

ちなみに、瀬を完全に無視している。そのことに瀬の周りの空気はどんどん冷えていく。


「あ、ちょっと待ってください」


椎は杏を止め、瀬へと向き合った。


「どうした?」


冷えた空気を一瞬で霧散し、瀬は椎へ問う。

もちろん、瀬も杏の存在を無視して。

椎はワゴンから包みを手に取り、瀬へと渡した。


「これ、後で渡そうと思っていたんですけど…」


渡された包みはお菓子のようだった。


「私の手作りなので、口に合うかわからないんですけど…よかったら召し上がってください」


椎ははにかみながら、そんなことを言う。


―――連れ去りたい…



そんなことを思いながらも、表面には出さず、


「ありがとう。」


椎に蕩けるような笑みを向けて、礼を言う。

一転、杏には冷めた笑みを浮かべ、


「では、失礼します…杏王女」


言葉を返した。態度は王女に対するものではない。分かっていながら、その態度を改めるつもりもなかった。


「…ええ」


杏も瀬にようやく目を向けた。その目はどこか冷たく、険しい。

椎は二人の間に流れる不穏な空気に気付き、


「どうかしましたか?」


恐る恐る二人に声をかけた。


「「別に?」」


二人の言葉が被った。

そのことに二人は睨み合う。


「でも…」


椎が困惑したように二人を仰ぎ見た。


「別になんでもない。そろそろ、休憩も終わりか。…たまには顔を見せにきて?」


椎の頬に触れながら、最後は椎だけに聞こえるように耳元で囁いた。

椎は真っ赤に頬を染め、瀬を凝視した。


その様子に満足して、瀬は中庭を後にした。

向かった先は訓練場。


椎に会えた事でだいぶ、気分は向上したが、天敵にも遭遇してしまった。

その苛立ちを隊員たちへの稽古で晴らそうと思った。




そして、ふたたび訓練場は地獄絵図と化したわけです。


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