華街の占者(8)
「…瀬。少しは機嫌直してくれないかな?」
―――なぜ、主君のはずの俺が頼んでいるのか。
内心では疑問に思いつつ、滝国の露王は執務室で冷気を漂わしている男に声をかけた。
常であれば、彼の傍にあるはずの少女の姿はない。
そのことが彼―――瀬の機嫌を損ねている。
正直、仕事がやりにくい。
ぶっちゃけ、どうにかしてくださいと嘆願書まで王の下に来ている始末。
「…」
―――無視かよ。
露は無視を突き通す瀬を呆れ半分に見ながら、此処にいない少女―――椎のことを考えていた。
椎は普段ならば、露の侍女をしている。
露の侍女のはずなのだが、ほとんど瀬の世話ばかりをしているのはご愛嬌だろう。正確には瀬がそうするように仕向けているのだが。
椎が数日前からある人の下へ出向しているのが、瀬の不機嫌の原因であった。
その先というのが、今、この城に滞在している茜国の王女『杏』。
王女は椎を気に入った様子で、椎を世話役に指名したのだった。そのため、椎は瀬の傍にいないわけなのだが…
―――いいかげん、納得しろよ。
しかも、椎にはその素振りも見せない。
そのため、瀬の八つ当たりの被害を被るのは瀬の部下と王、時々その他諸々。
「―――椎も楽しそうにしているんだし、それに時々顔を見せに来ているだろう?」
―――バキッ
瀬の筆が折れた。
何かの琴線に触れたらしい。どんだけ、心が狭いんだ。
瀬はゆらりと席を立ち、扉へと向かう。
「左手の剣を持って、何処行くんだ?」
瀬の背中に問い質し、瀬はゆっくりと振り返った。
その顔は不機嫌を通り越し、目に殺気を宿していた。あまりの形相に背筋に冷や汗が流れた。
「―――訓練場」
行き先のみを答え、瀬は執務室を出て行った。
残された露は崩れるように椅子に寄り掛かり、
「今日の被害者は何番隊か…」
今日の被害とやってくるであろう、苦情、嘆願書を思いため息をついた。