華街の占者(7)
未来を視るチカラ。
その力に異変が出始めたのは3年ほど前からだった。
正確には出始めたのではなく、『気付いたのは』だろう。かつて、明瞭に視えた未来。自分が望んだ通りに視ることができた。
それが今では視えたとしても曖昧で不確かなもの。
過去や今を視る力はそのままで、どうしてか未来を視る力だけが衰えた。
きっと、罰が当たったんだと思った。
この力で沢山の命を奪ってきた。
直接、人を殺めたことはないにせよ、この力が戦において重要な意味を持つことは分かりきったこと。本来であれば、未来を違えることは許されない。
それでも、この国のために、あの二人のために未来を変えることに躊躇いはなかった。
―――罪深いと分かっていても、未来を視ることをやめなかった。できなかった。
でも、そのことが彼を傷つけることになるなんて思ってもみなかった。
―――はじめて、この力を憎いと思った。もう、彼の傍にいれない…そう、思った。
だから、彼から逃げた。
すべてを置いて。何もかも捨ててきた。
私の代わりに傷つき、昏睡する彼のそばにいるのが辛くて、耐えられなかった。
本当はただ、それだけだったのだ。
―――――
すべての始まりは、一年半前。
隣国から来た姫君が城に滞在したことから始まった。
「―――あなたが、露王の『懐刀』?」
姫君への歓迎の宴の席、麗しの姫君は椎を見ながら聞いてきた。
姫君の態度はなにやら友好的ではないような気がした。
その目が、声が、自分を快く思ってないことを顕にしていた。
―――もうすこし、隠したほうがいいんじゃないでしょうか?
そんなことを思いつつ、どう返事をしたらよいか迷う。
『懐刀』。その存在は公とはされていないこと。
たとえ、戦が終わった今においても、それは変わらない。
その秘め事について、答えることはできないし、したくない。
そう思い、
「なんのことでしょう?」
淡い笑みを浮かべながら、否定した。
その椎の返答に、姫君は意外そうに目を見開いた。
「…ちゃんと笑えるのね。」
「はい?」
小さく呟いた言葉を聞き取れず、首を傾げる。
姫君は今まで浮かべていた表情―――不機嫌そうな顔を止め、鮮やかに微笑んだ。
「改めて、茜国第三王女の杏よ。よろしく」
―――その笑みはとっても魅力的で、思わず見惚れてしまうほどでした。
「あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
「あ…椎と申します、王女様」
「…」
姫君は眉を顰めた。
なにか、失礼なことを言っただろうか。内心慌てながら、姫君を伺う。
「杏って呼んで」
「え…っと、杏さま?」
「ええ。滞在の間よろしくね、椎」
杏は嬉しそうに笑う。
その様子に椎もつられて微笑み、
「はい。よろしくお願いいたします、杏さま」
言葉を返した。
今、思えば。
その出会いは必然。
そして、すべての始まり。
この国と、隣国を巻き込む『出来事』への序奏だったのだ。
過去編突入です。