前世でわたしを婚約破棄した令息を秒で振ったら、勝手に自滅していきました
「大変ありがたいお話ですが、何分家格違いも甚だしいです。申し訳ありません、遠慮させていただきます。恐縮です。大雑把にこんなところか?」
「結構だと思います」
カービー男爵家の娘であるわたしメアリーのところへ、婚約の打診が来たのです。
求められるというのは嬉しいことですよ?
しかも相手は格上ラングリッジ伯爵家の嫡男ジーナス様ですから。
お父様が表情を崩さぬまま言います。
「我が娘ながらメアリーは出来がいいと思っている。それは王立アカデミーの成績が証明しているし、見目もよい」
「ふふっ、ありがとうございます、お父様」
「ラングリッジ伯爵家から縁談が来るのもわからなくはないが……」
「ちょっと唐突ですよね」
ジーナス・ラングリッジ伯爵令息は、王立アカデミーでわたしとは同級生です。
文武に秀でる貴公子という一般評価だと思います。
ややキザなところはありますけれど、校内でも五指に入るモテ令息ですよ。
本来ならばわたしのような男爵家の娘に縁談を持ってくるようなお相手ではないのですが。
「メアリーはどう見る?」
「バレているのではないですかね?」
「やはりそうか。ラングリッジ伯爵家の調査能力は侮れんな」
わたしはその人の前世がわかるという異能持ちなのです。
前世がわかったから何だ、という言い方もできます。
ただ異能持ちは数千人に一人くらいしか現れず、神様に気に入られているという俗説があるのですよ。
その辺を買われたのではないですかね?
子供の頃から、何となくその人の生まれ持つ因縁のようなものを知ることができました。
確認しようがありませんし、前世とは知りませんでしたが。
バカバカしいと笑われるようなことだと子供心にも理解できましたので、誰にも言ったことはありません。
自邸での洗礼式の日でした。
司祭の持ってきた魔道具でわたしが異能持ちと判明したのは。
この手の異能は『神の加護』とも言われ、洗礼式で発現することが多いそうです。
わたしの場合は昔からでしたが。
吹聴して得があるような異能ではありませんので、司祭には口止めしたのですけれどもね。
まあ司祭からラングリッジ伯爵家に情報が漏れたと考えるのが妥当でしょう。
ラングリッジ伯爵家が知ったのはたまたまなのか、それともわたしを徹底的に調べさせていたのかはわかりませんが。
「どうする? メアリーを相当調べさせていた上で婚約を申し入れてきたのだとすると、断っても拘る可能性が高いぞ?」
「もう一度打診があると言うことですか? その場合は前世でのしがらみがあるのだと伝えてください」
「婚約破棄のことまで伝えるぞ?」
「ああ、いいかもしれませんね」
前世でわたしはジーナス様に公開婚約破棄されているのですよ。
前世のジーナス様は外面はとってもよいのですけれど、心が狭くて嫉妬深くて女好きで。
自分は悪くない、お前のせいだ、と声高に言い立てるのが得意技でした。
わたしもつまらないことで文句を言われ、浮気に悩まされ、どこぞの令嬢に嫌がらせしたのという濡れ衣を着せられ、挙句の果てに婚約破棄ですよ。
思い出しただけで吐きそうです。
幸いその後にいい縁がありましたけれど、今世で再びジーナス様に悩まされるのは勘弁してもらいたいですね。
……ラングリッジ伯爵家が本当にわたしの異能を知っていたとしたら、前世の悪縁があるからという主張を無視できないでしょう。
知らないのでしたら、そもそも男爵家の娘なんかに拘ることはないと思います。
家格違いで恐れ多いから断るという理由がそのまま通るでしょう。
この話はもうないものと思ってよさそうです。
「名門伯爵家だ。惜しくはあるな」
「惜しくないですよ」
「うむ、メアリーの判断が間違っているとは思わない。自慢の娘だものな」
「まあ、お父様ったら」
家のことのみを考えるなら、ジーナス様とわたしの婚約は成立していたと思うのですよ。
前世で相性が悪かったからといって、今世も同じことを繰り返すと決まったわけではありませんので。
にも拘らずお父様はわたしの意見を優先してくださるのです。
大事にされていると感じますねえ。
心が温かくなります。
お父様にはもう少しわたしの考えを話しておかないと。
「ジーナス様の性格ですが」
「うむ」
「わたしの見る限り、前世と今世とほとんど変わりがないです」
「前世のジーナス君はどうだったのだ?」
「やはりとある貴族家の嫡男という立場でした。調子がいいですし頭が回りますから人気者でしたよ。しかしわたしを婚約破棄した頃から段々信用されなくなり、最終的には家を潰しました」
「おお、危険だな」
しかし今世ではわたしを婚約破棄するというトリガーが引かれませんでした。
すると没落するということはないようにも思えます。
わたしは未来が見えるわけではありませんので、何とも言えないのですけれども。
「状況にもよるのでしょうけれどもね。前世と違う生き方を模索し、努力している方も多いのです。ですから前世がよろしくなくても、必ずしも今世が悪い、ということはないのですけれども」
「では前世と似た環境に生まれてしまうと?」
「わたしが見たところ、大体前世の運命をなぞります」
そうなるのが自然、という言い方もできますが。
わたしはたまたま前世を知ることが可能ですので、流されないよう努力したという側面があるのです。
わたしの異能は自分を追い込むのに向いているのかもしれません。
「となるとラングリッジ伯爵家の将来は、やはり要注意と見るべきだな」
「ジーナス様とわたしの話が破談になれば、自然と縁遠くなると思いますよ」
「ハハッ、そうだな」
最後にもう一つ、お父様に言っておかなければならないことがありますね。
「それでわたしの婚約事情なのですけれども」
「うむ、俺が探せばいいのだな?」
「少々待っていただけますか? 前世で婚約破棄されたわたしを拾ってくださった方もまた生まれ変わっておりまして」
「何? 誰だ。当家から申し入れてもよいのだぞ?」
「やはり格上なのですよ。少々不躾かと」
「その相手とは?」
「ボイエット子爵家嫡男アラン様です」
頷くお父様。
「まあ伯爵家よりはうんと付き合いやすいとも言えるな。メアリーから見てバッチリの令息なのだな?」
「バッチリです」
アラン様もまた前世と似た、フワッとした雲のような雰囲気の方なのですよ。
よく目が合いますので、絶対わたしを意識していると思います。
わたしは未来のことを知ることはできませんが、必ず婚約の打診は来ると、確信しております。
「よし、しばらく待つ。うちからのアクションが必要なら早めに言いなさい」
「わかりました」
楽しみですねえ。
◇
――――――――――一年後。
ジーナス様との話が立ち消えになってすぐ、アラン様との婚約が成立しました。
ありがたくも穏やかな日々を送っております。
今日はアラン様とお茶会です。
直近の話題と言えば……。
「ジーナスの婚約破棄宣言は驚いた」
「ええ、ミュゼア様がお可哀そうです」
ジーナス様はミュゼア・テルフォード伯爵令嬢と婚約したのですよ。
家格も合うしお似合いの二人と思われておりました。
しかしジーナス様の女グセの悪さが次第に顔を出すようになり、破局ですね。
「ジーナスはいつもブツクサ言ってたんだ。ミュゼア嬢は細かいことをネチネチとうるさいと」
「婚約者が他の令嬢と仲良くしていれば、注意するのが当たり前ではないですか」
「だよね。ミュゼア嬢が他の令嬢に嫌がらせするなんてことは?」
「ないですよ。自分の婚約者に近付く令嬢に、口頭で指摘することくらいはあるでしょうけど。ミュゼア様は大層しっかりした淑女ですよ? ジーナス様が仲良くされている、言っては何ですが品の足りない令嬢とはレベルが違います」
「よくわかる。ジーナスは口ばっかりなんだよなあ。あんな薄っぺらいやつとは思わなかったけど」
ジーナス様の性根が露呈しています。
前世と何も変わっていないです。
ミュゼア様の御実家テルフォード伯爵家のような有力貴族を敵に回して、今後大変だと思いますよ。
おそらく前世と同じ末路を辿ることになるのではないでしょうか?
「……殿方には誠実であってもらいたいです」
「肝に銘じます」
「えっ? アラン様に言ったのではないのですけれど」
「女生徒からジーナスへの視線が、ゴミムシを見る目なんだよなあ。あんなにモテてたのに。ほんと怖い。あれを見て何も思わないやつは危機意識が足りないと思う」
「うふふ、アラン様は真面目ですね。素敵です」
「そ、そうかな?」
照れてるアラン様は可愛いですね。
アラン様は前世より紳士だと思いますよ。
贔屓目でしょうか?
アラン様にはわたしの異能については話していません。
その必要もないと思います。
目と目が合って、微笑み合う。
それで十分なのですから。
最後までお読みいただきありがとうございました。




