表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エクソシスト:オリジンズ  作者: Syntax


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/15

夜の残響

いくつかの夜は、終わらない。


目が覚めても、終わらない。


呼吸をしていても、終わらない。


残るのは、記憶じゃない。


もっと質の悪い何かだ。


皮膚の内側に張り付いて、思考の奥に沈んで、ふとした瞬間に浮かび上がってくる。


逃げたはずの光景が、形を変えて追いついてくる。


問いかけは、消えない。


「それがお前か」


「それでいいのか」


答えなんて、用意されていない。


ただ――


それでも、朝は来る。


何もなかったみたいに、日常は動き出す。


だから、人は勘違いする。


あの夜は終わったのだと。


――違う。


終わっていない。


ただ、形を変えただけだ。


そしてそれは、確実に残り続ける。


音のように。


消えない残響のように。




それは、音から始まった。


大きくもない。

突然でもない。


ただ――おかしい。


本来、存在してはならない何かが、存在を主張するために“鳴った”ような、そんな違和感。


カイトは、その中心に立っていた。


闇が、あらゆる方向へと際限なく広がっている。濃密で、息苦しく、まるで液体のように重い。肌にまとわりつき、呼吸に入り込み、視界の奥へと沈殿する。空気は、動かない。


何も、動いていない。


彼を除いて。


「……どこだ……」


声は、反響しなかった。


唇を離れた瞬間に、死んだ。


一歩、前へ。


足元は不安定だった。かつて“地面”であったことだけを覚えていて、その在り方を忘れてしまった何かの上を歩いているような感覚。


――そのとき。


“身体”があった。


カイトは凍りつく。


タカシ。


そこに、横たわっている。


動かない。


あまりにも――動かなすぎる。


「……やめろ……」


思考が追いつくより先に、脚が動いた。よろめきながら駆け寄り、その傍に膝をつく。


「……おい……起きろ……」


反応はない。


手を伸ばす――一瞬、ためらい――それでも肩に触れる。


冷たい。


ただの温度じゃない。


“欠落”。


「……タカシ……?」


その身体が、動いた。


ゆっくりと。


不自然に。


タカシの首が、こちらへ傾く。


目が、開いている。


開きすぎている。


「……それがお前か」


声が、違う。


もっと深いところから響いてくる。


「……悪魔だ」


カイトの呼吸が、詰まる。


「……黙れ」


タカシが、起き上がった。


一切の前動作もなく。

苦痛もなく。


ただ――“起きた”。


「お前は殺す」


間。


「壊す」


口元が、わずかに歪む。


「……それを“生存”と呼ぶ」


カイトは一歩、後退する。


「違う……俺は――」


足元が、ひび割れる。


ぬめりを帯びた音。


何かが、滴る。


視線を落とす。


赤。


広がっている。


タカシからじゃない。


背後から。


ゆっくりと――


振り返る。


そこにいた。


家族が。


立っている。


生きていない。


死んでもいない。


ただ――“在る”。


服は濡れている。


血が指先から滴り、足元に溜まっていく。


顔は穏やかだ。


あまりにも穏やかすぎる。


「……これが、あなたの復讐?」


母の声。


優しいまま。


変わらない。


それが、なおさら残酷だった。


カイトの喉が締まる。


「……違う……」


父が、一歩踏み出す。


そのたびに、足跡が残る。


「……生き延びたな」


もう一歩。


「……その命で、何をした?」


カイトは首を振る。


「……俺は、ただ――」


「彼を殺した」


言葉が重なる。


大きくもない。

責めてもいない。


ただ――事実。


呼吸が乱れる。


「……あいつは――」


「人間じゃない?」


首が傾く。


「……なら、お前は何だ?」


沈黙。


重い。


押し潰す。


血が、足元に届く。


温かい。


現実だ。


「……俺は……」


声が、崩れる。


「……やりたくてやったんじゃ――」


背後から、タカシの声。


近い。


近すぎる。


「やりたくなかった?」


囁き。


「……じゃあ、なんでやった?」


振り向く――


何もいない。


その瞬間――


襟を掴まれた。


前へ引きずられる。


血の中へ。


赤の中へ。


顔が、囲む。


声が、重なる。


「……これが正義か?」


「……これが生存か?」


「……これが復讐か?」


「……これがお前の成れの果てか?」


「……これがお前か?」


カイトは叫び――


――息を詰まらせて、目を覚ました。


空気が肺に叩き込まれる。奪い合うように。


上体が跳ね上がる。


シーツが絡みつく。


シャツは汗で肌に張り付いている。


「……はっ……は……!」


心臓が、肋骨を内側から叩き続ける。


速すぎる。

うるさすぎる。

現実すぎる。


部屋は暗い。


静かだ。


普通だ。


なのに――


手が、震えている。


顔を拭う。


濡れている。


汗。


「……夢、か……」


空虚だった。


夢には、感じられなかったからだ。


残っている。


胸に。


喉に。


呼吸が、整わないままに。


「……クソ……」


ベッドから足を下ろす。


床の冷たさが伝わる。


現実。


そこに、しばらく座り込む。


ただ呼吸しながら――


“起きている”と、自分に言い聞かせる。


朝は、あまりにも早く来た。


空は薄い。


色がない。


まだ存在を決めきれていないような曖昧さ。


カイトはキッチンに立ち、機械のように弁当を作る。


動作は遅い。


わずかにズレている。


身体がまだ現実に追いついていない。


ナイフ。


パン。


巻く。


繰り返す。


味はしない。


思考もない。


感情もない――


そのはずだった。


「……お前は彼を殺した」


手が止まる。


ほんの一瞬。


そして、また動く。


「……現実じゃない……」


呟く。


だが、握る力がわずかに強まる。


外では、街が動いている。


いつも通り。


気づきもせず。


気にも留めず。


生きている。


カイトは、その中を少しズレたまま歩く。


人が通り過ぎる。


声が重なる。


車が流れる。


すべて正常。


あまりにも正常。


自転車に乗る。


漕ぎ出す。


最初はゆっくり。


やがて一定に。


――そのとき。


視界が、わずかに滲む。


「……ちっ……」


頭が落ちる。


一瞬だけ。


また落ちる。


「……寝るな……」


前方に、まっすぐな道。


安全なはずの道。


目が閉じる――


ほんの一瞬――


ハンドルが傾く。


車体が揺れる。


「――おい!」


怒鳴り声。


カイトは弾かれたように意識を戻す。


ギリギリで立て直す。


「……クソ……」


息を吐く。


「……集中しろ……」


だが、重さは消えない。


視界の奥に居座り続ける。


すべてを引きずり下ろす。


学校に着く頃には――


すでに疲れきっていた。


教室は騒がしい。


会話。


笑い。


日常。


カイトは入る。


遅刻。


また。


教師の視線が突き刺さる。


「……嵐」


平坦で、鋭い。


「……また遅刻だ」


反論しない。


説明もしない。


「……すみません」


「座れ」


席へ向かい、座る。


ノートを開く。


ページを見る。


白紙。


視界がぼやける。


線が歪む。


声が遠のく。


頭が下がる――


闇。


「……嵐」


遠い声。


「……嵐!」


顔を上げる。


教室中が見ている。


教師が机の前に立っている。


「……寝るなら、せめて目立たないようにしろ」


笑い声。


低く、鬱陶しい。


「……すみません」


「続くようなら、後で来い」


授業が再開する。


カイトは前を向く。


目は開いている。


だが、見ていない。


「……クソ……」


ベルが鳴る。


昼休み。


一気に騒音が爆発する。


椅子が引かれる音。


声。


活気。


カイトはゆっくり立ち上がる。


誰とも関わらず。


視線も向けず。


ただ――出ていく。


屋上の扉が軋む。


風が迎える。


冷たい。


澄んでいる。


現実。


わずかに、重さを削ぐ。


十分じゃない。


だが――ゼロではない。


端まで歩き、座る。


弁当を開く。


食べない。


ただ見つめる。


「……ひどい顔だな」


振り向かない。


「……お前もな」


イツキが隣に座る。


「いや、俺は絶好調」


「一週間寝てない顔してる」


「細かいことはいい」


沈黙。


わずかに、心地いい。


そして――


「……また見た」


カイトが言う。


静かに。


平坦に。


「……夢か」


「いや……夢じゃない……」


指に力が入る。


「……いたんだ」


「……全員」


風が通り過ぎる。


「……で?」


「……聞かれた」


声が落ちる。


「……これが、お前かって」


沈黙。


長い。


イツキが空を見る。


「……あるあるだな」


カイトが睨む。


「……それだけか」


「何を期待した?」


肩をすくめる。


「慰めか? 答えか?」


視線を向ける。


「……そんなもんはない」


間。


「……だから数が少ない」


カイトが眉をひそめる。


「……どういう意味だ」


「ほとんどは壊れる」


簡潔。


「背負えない」


一拍。


「……だから止まる」


「……もしくは、それ以下だ」


カイトは視線を逸らす。


「……俺たちは何だ」


思わず漏れる。


「……犯罪者か」


間。


「……それとも、英雄か」


イツキが小さく笑う。


「どっちでもない」


そして――


「どっちでもある」


「意味が分からない」


肩を軽く叩く。


「分かるさ」


間。


「お前次第だ」


「……俺次第?」


「自分をどう見るかだ」


沈黙。


カイトは答えを持たない。


イツキが立つ。


「焦るな」


「……は?」


「まだ素人だろ」


間。


「全部理解する段階じゃない」


振り返る。


「……でも覚えとけ」


風が強まる。


「……いずれ必要になる」


風は流れ続ける。


強くもなく、弱くもない。


ただ――そこにある。


カイトは街を見下ろす。


変わらない日常。


何も変わらないように見える世界。


「……イツキ」


今度の声は、少しだけ落ち着いていた。


「……分からないことがある」


「……なんだ」


「……あれが言ったんだ」


指がわずかに強く握られる。


「……“付与”って」


沈黙。


質のある沈黙。


イツキがゆっくりと姿勢を正す。


「……もうそこか」


小さく呟く。


「……もう一回言え」


「……付与」


視線が交わる。


「……何だそれは」


イツキはすぐには答えなかった。


わずかに表情が変わる。


真剣に。


「……いいか」


一歩近づく。


空気が、変わる。


「……存在するものは全部」


胸を軽く叩く。


「……“流れ”で成り立ってる」


「……源」


「……基盤」


間。


「……それを“エーテル”と呼ぶ」


その言葉は――


どこか既知だった。


「……エネルギーじゃない」


「……命そのものだ」


「……身体も、思考も、それで動く」


「……存在そのものだ」


「……誰でも持ってるのか」


「……ああ」


頷く。


「……だが、“持ってる”のと“使える”のは別だ」


手を上げる。


「……一般人のは薄い」


「……水みたいなもんだ」


「……あるだけで、反応しない」


「……じゃあ俺たちは」


「……違う」


わずかに笑う。


「……祓い手は濃い」


「……最低でも、一般人の二十一倍」


「……それがスタートラインだ」


カイトが目を細める。


「……二十一……」


「……上は測るな」


風が流れる。


「……だから見える」


「……あいつらが」


「……エーテルが反応するから」


「……悪魔は?」


表情がわずかに硬くなる。


「……別物だ」


「……人間は白」


「……だが、濁る」


「……思考で、感情で」


「……堕ちれば、暗くなる」


胸が締まる。


「……悪魔は」


「……黒」


即答。


「……完全な腐敗」


沈黙。


だが――理解があった。


「……じゃあ俺のあれは」


「……始まりだ」


手を上げる。


「……タイプは三つ」


「……召喚」


「……媒体に形を与える」


二本目。


「……術式」


「……俺だ」


微かな電光。


三本目。


「……造形」


「……エーテルを直接扱う」


カイトが呟く。


「……俺はそれか」


「……近い」


間。


「……まだ未完成だがな」


「……付与は?」


空気が鋭くなる。


「……流れを“物”に通す」


金属片を拾う。


落とす。


鈍い音。


再び持つ。


空気が変わる。


投げる。


亀裂。


「……ただの物じゃなくなる」


カイトの目が細まる。


「……そういうことか」


「……付与しないと当たらない」


「……すれば、通る」


「……どう鍛える」


「……循環させろ」


単純。


「……無理に押すな」


「……流れろ」


「……七割も使えないやつがほとんどだ」


「……なぜ」


「……理解してないからだ」


胸を叩く。


「……身体も、精神も追いつかない」


カイトは自分の手を見る。


確かに――“何か”がある。


「……なんで俺が」


「……理由はいくつもある」


間。


「……血かもしれない」


「……あるいは――」


視線が鋭くなる。


「……中身だ」


沈黙。


否定もしない。


「……どうでもいい」


イツキが言う。


「……あるなら使え」


ベルが鳴る。


空気が切れる。


「……続きは後だ」


「……死ぬなよ」


「……うるさい」


「……無理だな」


歩き去る。


カイトは残る。


「……エーテル……」


それはもう、異物じゃなかった。


“待っているもの”だった。

第15章「夜の残響」を読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、戦いの後に残るもの――痛みや違和感、そして「自分は何なのか」という揺らぎに少しフォーカスして書いてみました。前の章よりも静かな流れですが、その分、内側の変化を丁寧に描いたつもりです。


このトーンが良かったか、それとももう少しテンポのある展開の方が好みか、ぜひ率直に教えていただけると嬉しいです。


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じていただけたなら、ブックマーク・評価・感想をいただけるととても励みになります。


また、気に入っていただけた方は、ぜひお友達にも共有していただけると嬉しいです。


皆さんの反応が、次の物語をより良くしていきます。


次章では、日常の裏側で動いているものが、少しずつ形を見せていきます。


引き続き、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ