第8話:本当に目立つのは苦手です
「ただいまー」
「おっせーぞサーイェ!」
「あれ?何でいるのマーリンド?」
「お前に飯買ってきてやるって言ったろ?ほら、早く来いよ!」
ズカズカとやってきたマーリンドは私の腕を引っ張ってリビングに連れて行った。…ほんとに反省してんのか?他人の気などいざ知らず、マーリンドは誇らしげに買ってきた品物を私に見せた。
「ほら!いっぱい買ってきたぞ!!」
確かにいっぱいあった。マンガ肉みたいなものからホットドック、ハンバーガー、ポテト、ピザ、おかずクレープ、スナックフライ、肉まんみたいなものやチョコバナナやフルーツポンチみたいなものと、パッと見で分かるのはこれくらい。あとは袋に入ってたりして分かんないけど、とりあえず両手には収まり切らないほどいっぱいある。
「うまそうだろ!?」
まさに褒めろと言わんばかりの笑顔に、いつの日かのレイを思い出した。
「…うん、美味しそうだね」
「だろ?」
「これ1人で買ってきたの?」
「いや、ザフとグランも一緒だ」
「へえ。2人はどうしたの?」
「用が終わったから帰らせた」
ただの荷物持ちか。四番隊のお二人、お疲れ様です。
「沢山あるんだから皆で食べればいいのに」
「なぁー、オレ食わねーで待ってたんだから腹減った!早く食おうぜ!」
子供のように駄々をこねるマーリンドの相手をするのが面倒なので、仕方なく私は折れた。
「はいはい。ラヴィーナもご飯にしよう」
「はい!しかし…これを全部食べられるでしょうか?」
「余った分はみんなにお裾分けしよう」
「はい」
「これうめぇぞ!食えよ!」
「はいはい」
嬉々として肉にかぶりつきながら私に勧めてくるマーリンドを見て、私は苦笑しながらもコイツは本当にこの国の王子なのかと疑問に思った。
「ふぅー、食った食った!」
「ほんとにね…」
「お前そんなに食べてねーじゃん」
「マーリンドが食べ過ぎなんだよ。ね?ラヴィーナ」
「はい、いつものことながら驚きました…」
「そうか?」
「そうだよ」
「ふーん」
本人は全く意に介さず、食後のお茶をこくこくと煽った。
「まぁこれくらい食べねぇと気合出ねぇからな!」
「むしろ試合前に食べ過ぎじゃない?」
「別に。これからウォーミングアップしたらちょうどいい腹具合になる」
「そ。ならいいけど」
「おう!」
にっと明るく笑うマーリンドに毒気が抜かれた。
「そういえば次は誰と戦うの?」
「トリス!」
「あ、そうなんだ。頑張って」
「おう!…ってなんかお前冷たくね!?」
「そう?」
「オレお前のために戦うんだぞ!普通もうちょっとあったかい言葉かけるだろう」
「えー、別に普通に戦えばいいよ」
「そういう訳にはいかねえだろ!お前馬鹿にされてるんだぞ!?」
「どうでもいいし」
「お前なぁ~…」
「楽しんできなよ」
「は?」
私の言葉が意外だったのか、マーリンドは目を丸くした。
「一生懸命訓練したんだからさ、仇を取るとか言ってないで楽しんで戦いなよ。せっかくの晴れ舞台なんだし、私も強くなったマーリンド見るの楽しみにしてるよ」
「…………」
「頑張ってね」
「……おう」
笑顔で応援の言葉をかけていたのだが、マーリンドは私から目を逸らして口をへの字にしていた。何で?何か気に障るようなことでも言ったか?そう思い私は首を傾げてラヴィーナを見ると、ラヴィーナは微笑ましそうににこにこ笑っていた。だから何で?
「…さーて!んじゃオレそろそろ行くわ!」
「あ、うん」
「お前らはどうするんだ?」
「準備が出来たらラヴィーナと一緒に観覧席に行く予定だよ」
「そうか。道分かるか?」
「大丈夫」
「んじゃ、俺の試合に遅刻すんなよ!」
「はいはい」
「絶対だからな!」
「分かってるって。いってらっしゃい」
「おう!行ってくる!」
元気よく家を出ていくマーリンドに、私たちは手を振ってお見送りした。
「…さて、私達も準備しますかね」
「はい!」
準備と言っても私は特にないけど、今日は外にお出かけと言う事でラヴィーナが私服でのご登場!ウエストの部分がリボンできゅっと締まっていて、裾にはふりふりがついているデザインの水色のワンピース。いつもメイド服を見てたから何だか新鮮でデートって感じがする!おかげで私の頬は緩みまくりだ。
そんなラヴィーナに見蕩れて多くの人の注目を浴びているが、人見知りの激しいラヴィーナは恥かしがっているのか私の手をギュッと繋いでいる。もうなんなのこの子!!可愛すぎる!!!
内心悶えていると、危惧していたことが起きてしまった。大柄で粗野な男とにやにやと笑う目つきの悪い男が私たちに話しかけてきた。
「おーおー。ずいぶん可愛い嬢ちゃんがいるじゃねぇか」
「嬢ちゃん。俺らと一緒に試合見に行かねぇか?」
うーわ、なんてテンプレな台詞。下品な男たちの品定めするような視線にラヴィーナは怯えてしまったので、私の後ろに隠した。私がいるにも関わらず、男たちは私を無視してラヴィーナに話しかけた。
「なぁ、いいじゃねぇか」
「え?!いえ、あの、その…」
「おい、坊主。その可愛い嬢ちゃん俺らに渡してくれねぇか?」
「お断ります」
鎧に身を包んだ私の事を男と勘違いした男達が、私に話しかけてきた。誰が嫁をお前らに渡すか!!!
「ガキにはまだ女連れなんて早ぇんだよ」
「彼女は友達です。嫌がる友達をあなたたちに渡すことなんて到底出来ません」
「固いこと言うなって。なぁ、いいだろ?」
そう言って大柄な男がラヴィーナに手を伸ばしてきたので、私はその手をやんわりと止めた。
「駄目です。今日、私達は武術大会を楽しみにしていたんです。どうか水を差さないで下さい」
「あぁ?ガキのくせに生意気だな」
「友達を守るのに年齢は関係ありません。どうぞお引き取り下さい」
「んだと?!」
「…おい、ちょっと待て。コイツ、サーイェとか言う奴じゃねぇか?」
「え?!あの魔者とか言われてる奴か?!!」
大げさなくらい大柄な男が反応すると、周りでやじうまをしていた民衆が一気にざわついた。すると大柄な男が私のアーメットを力強く掴んだ。
「ちょっとやめ…!」
「うるせえ!!」
「サーイェ!!」
無理やり私のアーメットを奪うと、周りは一層ざわつき、男は目を丸くした。
これがサーイェなの?
本当に黒目黒髪に赤色の髪だな…
小さい女の子なのね
変わった容姿だな
意外と可愛いわね
こいつ魔者なんだよな…
先々代の孫なんじゃなかったか?
好奇な視線と様々な感想が飛び交う中、大柄の男は急いで私の手から自分を振り払って慌ててにやにやしている中背の男に話しかけた。
「やっべぇ!なぁ、こいつに触っちまったけど大丈夫だろうな?!!」
「さぁな。イセアで魔物を操っていて村を襲ったらしいから呪われるかもな」
「マジかよぉ!!!」
大柄な男が大声で喚き私のアーメットを捨てると、それがコロコロ転がっていくが人はそれを自然と避けた。そして私達の周りから急いで人ごみが引いていき怖がる反応が増えていた。
こんなのが騎士やってて大丈夫なのかよ?!
一体陛下は何を考えているんだ!?
ここにいる俺たちも呪われるんじゃ…
んな訳ないし。まぁそんなこと言ったって信じられるわけもないのでとりあえず心に留めておく。まずいな…。こんなに騒ぎにするつもりなかったのに。あーめんどくさい!
急なことに頭を悩ませていると、大柄な男はまだ諦めていなかったのか、ラヴィーナを手招きした。
「おい嬢ちゃん!そんなのと一緒にいると呪われるぞ!早くこっちに来いよ!!」
しかしラヴィーナは私の手をギュッと強く握ると大声で断った。
「嫌です!!!」
「なっ!?」
「サーイェと一緒にいても呪われたりなんかしません!ずっと一緒にいたラヴィーナが保証します!」
「だけど…」
「どうして髪や瞳が黒いだけでこんなに責められなくちゃいけないんですか?!!他の人よりちょっと魔力が強いだけじゃないですか!!!いつもラヴィーナに優しくしてくれるし、一生懸命仕事もするし、仲間のために魔法を使ったり、今だって嫌がるラヴィーナを守ってくれます!サーイェに酷い事を言う貴方の方がよっぽど悪い人です!!!」
ラヴィーナは顔を真っ赤にさせて目に涙を貯めながらも大声で言い切った。周りの視線が自分に向いていることにはっと気がつくと、ラヴィーナは涙声になりながら再び私の後ろに隠れた。
「と、とにかくサーイェは悪くないんです!」
「…ふ、あははは!」
「サ、サーイェ!笑わないで下さい!」
「ごめん、なんだか面白いし…」
「面白くなんてありません!」
「私のために怒ってくれてありがとね」
自然と柔らかい笑顔で優しく頭を撫でると、ラヴィーナの目からぽろぽろと涙がこぼれた。
「泣かないで。ラヴィーナ」
「むりですぅ~!」
涙を拭うために目を擦ろうとするラヴィーナをやんわり止めると、私は魔法で冷やしたハンカチでそっと涙を拭いた。
「これ使って?」
「あ、ありがとうです…」
尻すぼみになりながらもお礼を言うと、ラヴィーナはハンカチで涙を拭き始めた。ラヴィーナが泣いたことにより私の頭はかなり冷えた。
さて、あまり喜ばしくない出来事だけどこれはチャンスだ。私の事を不気味がっている人もいるが、この口論をして私に同情している人も少なからずいる。そこで私は良い事でも言って民衆を味方につけるという作戦に出ようかと思います。ぶっちゃけ大勢の前でやるなんて演説じみた事を言うなんて絶対にやりたくない。だけどここで私のために怒って、泣いてくれたラヴィーナのためにも、私はみんなにいい印象を持たれなければならないと思った。うまくいくかなんて分からないけど、とりあえずやってみるよ。
私は振り返り男たちをまっすぐ見つめると、中背の男から笑顔が消え、大柄な男が怯んだ。
「私は貴女方が私の事をどう思おうが構いません。個人の考えなんてそれぞれ自由だし強制するものではないと思うからです。ただ知っておいてほしいのは、私が皆さんに危害を加える気なんて一切ありません」
「なに…?」
「得体の知れない私を親切に拾ってくれて生活させてくれたり、信用してくれて仲間と言ってくれる人、こうやって私のために泣いてくれる人がいる。だから私はこの国が好きです。私の汲み取って国を守る仕事の一端を任せてくださった陛下には感謝しきれないし、私はそんな国に使えることが出来ることを誇りに思っています」
「…………」
「それに陛下は、もし私に何かしたとしてもそれを抑えられるくらいこの国の騎士は強いと信じているので、私を黒鷲騎士団に入団させて下さいました。そして彼らの強さは、側で仕事をさせてもらっている私が一番よく理解しています」
「…………」
「だからお願いします。私の事は信用出来なくても、彼らの事は信じてください。彼らは必ずこの国を守ります」
「…………」
よろしくお願いしますと頭を下げて演説を終わらせると、周りは水を打ったように静かになっていた。最後の締めがどこぞのアイドルの言葉に似ているがそれは仕方ない。そうとしか言えないんだから。陛下の事については人間性はどうであれ、今の生活には感謝しなくてはいけないことはよく分かってるつもりだ。それに陛下人気あるし、こういうアピールが一番民衆に効くんじゃないけど思う。打算的ですみません。
私は頭を上げると再び男達を見つめた。
「私からは以上です。それ以上何か言いたいことがあれば、ここではなく落ち着いたところで話しましょう。先程も言ったように、今日は武術大会を楽しむために多くの方たちがここに来ています。これ以上周りの方に迷惑を掛けたくありません」
「…別に話すことなんてねぇよ。おい、行くぞ」
「ああ」
男たちはぼそりと答えるとつまらなそうな顔をしながら去っていった。ようやく一段落か?…ていうか周りのやじうま多いな!最初の倍はいるぞ!見世物じゃないんだけど…。私は溜息を飲み込むと周りの人にも頭を下げた。
「お騒がせしてすみませんでした。どうぞここに留まらず、試合の観戦をお楽しみください。さ、ラヴィーナ行こう」
「あ、はい!」
ラヴィーナも一礼すると、私の後ろに着いてきた。そしてようやく見世物が終わったというように、野次馬もぞろぞろとコロシアムの方へ動き始めていた。私は先程捨てられたアーメットを拾おうとしたら、外見年齢5歳くらいの男の子が私にそれを差し出した。私は男の子と目線の合う高さまで屈むとそれを受け取った。
「はい!」
「どうもありがとう」
「さっきのねえちゃんかっこよかったぞ!」
「そう?」
「うん!ねえちゃんの髪もかっこいい!おれも2色がいい!」
男の子は目をキラキラさせて私を見た。無邪気なその視線に思わず私は少し怯み、苦笑を返した。
「…それはちょっと無理かもしれないね」
「なんで?」
「お姉ちゃんも分からないけど、勝手に生えてきちゃったの」
「へー!おれも生えるかな?」
「どうかな?」
「生えるといいなぁ!」
ありえないけど期待をしている様に、私とラヴィーナからくすくすと笑いが零れた。すると後ろからおそらく母親であろう女性が心配そうにこちらを見ていた。
「…ほら、お母さんが待ってるみたいだから戻りなよ」
「えーやだ!もうちょっとここにいる!」
「そんな事言わないで。また機会があれば会えるよ」
「ほんとか?来たらまた会えるか?」
「多分会えるよ」
「絶対だからな!じゃあな!」
「うん、バイバイ」
手を振ると男の子も手を大きく振ってお母さんの所に走って抱きついた。お母さんも安心したように男の子の頭を撫で、こちらを見ると軽く会釈した。私も会釈を返すと、男の子が再び振り向き手を振って私たちから遠ざかっていった。
「可愛らしい子でしたね」
「うん。それより、なんかごめんね?」
「何がですか?」
「泣かせちゃって…」
「いえいえ!サーイェは悪くないですし、あれはラヴィーナが勝手に泣いてしまってその…ごめんなさい」
「ふふふ…」
「ふふ」
お互いに謝り合う事がおかしくて、私達は笑いをこぼした。それがかつての奈由とのやりとりを思い出し、その思いに蓋をするように私はアーメットを被った。
「…じゃあ行こうか」
「はい」
そう言って私たちが歩き始めたとき、全身鎧のルーカス隊長が現れた。
「あ、ルーカス隊長お疲れ様です」
「ああ。大丈夫か?」
「え?さっきのですか?まぁ大丈夫ですけど…ていうか見てたんですか」
「ん。なかなか面白かった」
「見世物じゃないんですけどね!」
「しっかり見世物にしてただろ。なかなかいい演説だった」
「…………」
絶対アーメットの下でにやにやしてる。それが癪で黙っていると、少し真面目な声音になった。
「ちょっと着いてきてくれ」
「分かりました。あの、ラヴィーナは…」
「一緒で構わない」
「分かりました。じゃあ行こう?」
「はい!」
そんな感じでルーカス隊長に着いて行き、人気の少ない場所に向かった。
「さっきの事だが、お前達は奴らと面識があるか?」
「いえ、初めてです」
「はい」
「名前は分かるか?」
「いえ、全く」
「ラヴィーナもないです」
「そうか…」
「ただのチンピラじゃないんですか?」
「チンピラってサーイェ…」
ラヴィーナが少し困ったように眉を潜めるので私は頭を傾げた。
「え?じゃあなんて言うの?」
「えっと…」
「チンピラで構わない」
「…はい」
「それで、彼等が何かあるんですか?」
「どうして奴らがサーイェがイセアで魔物を操って村を襲わせたと言うことを知っていたのか気になった」
「え?」
「周りにサーイェを公表する際、イセアで保護したとは伝えたが、襲撃の事については触れていない。その事を知っているはあの時一緒にイセアに行った騎士と、会議に参加した大臣達。そこから極一部の貴族連中に広まったくらいだろう。箝口令も出ている。だから庶民、特にあんなゴロツキみたいな奴らが知り得るとはあまり考えられない」
「じゃあ。何者かが私を存在を不利にさせるために、彼等を雇って吹聴させた…てことですか?」
「恐らく」
「そんな…ひどいです」
ラヴィーナは心苦しそうに眉を寄せた。
「はぁ…」
まーためんどくさい事を…。
「一体、誰がそんな事をするんでしょうか?」
「ヒスティア様じゃないんですか?」
「無きにしも非ずだが、一概にもそうとは言えない。お前を疎ましく思っているのは他にもいるからな」
「へーぇ。じゃあとりあえずあのチンピラを捕まえて吐かせますか?」
「今、マークに追わせている」
「あ、マークさんいたんですね」
「何かあったのか?」
「いえ、途中ではぐれてしまったので」
「ふーん…まぁいい。とりあえずまた何か分かったら伝える」
「よろしくお願いします」
「ん」
「じゃあ私達そろそろコロシアムに向かいますね」
「ああ、楽しんで来い」
「はい。ありがとうございます。ルーカス隊長はお仕事がんばってください」
「ん」
「では失礼します」
ぺこりと私たちは頭を下げると、コロシアムに向かっていった。
「ちょっと遅れちゃったかな?」
「そうですね…。あ、席はあそこです!」
「了解」
ラヴィーナに指示された所へ向かうと、そこに2階席で一番良い席。ベルクラース様!有難いけど、ここ結構目立ちます!!!特に美少女のラヴィーナが注目度MAXです!!…まぁいっか。注目されてるの私じゃないし。どうせ鎧着てるし誰も気づきやしないさ。その事に気がつき安心すると、改めてコロシアム内を見渡した。形はまさにイタリアのコロッセオがローマ時代当時の状態みたいな感じだ。4階建ての楕円形のコロシアムで、大きく違うのは円形のコロシアムの中央上空には現代のライブ会場のように映像が見えるスクリーンのようなものが浮いていた。魔法ってすごい。
「それにしても人いっぱいだね」
「はい。ここには約5万人を収容出来ます」
「おお、すごい」
「それに今回はガイシス団長も参加なされてますから」
「いつも出ているわけじゃないの?」
「はい。黒鷲騎士団団長は、5年に一度しか出られない規則なんです」
「なんで?」
「黒騎士の専門とするのは戦闘です。その団長となる御方が常に参加されては常勝でつまらないとの理由でそうなりました」
「へぇー」
「この制度が出来たのは、ベルクラース様があまりにも勝ち続けてしまったために出来てしまったのです」
「さすがベルクラース様!」
「はい!」
今回は騎士団の行事ということで、騎士団総団長であるベルクラース様は陛下の側にいるらしい。私達の向かい側に陛下の観覧席を見てみると…いた。その隣には立派な椅子に座り気だるそうに足を組んでいる陛下がいて、椅子を挟んで隣には鉄仮面のザビーがいた。よくあの無表情組みに挟まれて寛げるな。さすが大物。
その様子を観察していると、ベルクラース様が此方に気が付いた。こっそり手を降ると、うむといった感じで頷いた。あぁ、かっこいい…。するとそれに気が付いた陛下がベルクラース様に話掛けるとこっちを見た。
陛下を生で久しぶりだ。あれ以来陛下に会いにくいし、向こうも気を使って来なくなった。その方が楽でいいけど。だけど私を見てふんわりと微笑む陛下の笑顔を見て、軽く罪悪感を感じて居た堪れずにいると、周りから黄色い悲鳴ご聞こえた。
「キャー!!陛下がこちらを見てる!!!」
「あの笑顔素敵ー!!」
「あれ絶対あたしを見てるのよ!」
あはは、イベントあるあるだね。何故かこっち側見ただけで自分と目が絶対に合ってると思えるのは不思議だ。
「それにしてもザビロニス宰相も素敵よねー」
「クールな眼差したまらないわぁ」
「あの人にならひどくされてもいい!」
SMプレイをご所望ですか?きっとあいつ基本放置プレイだと思うよ。一人で仕事してそう。まぁいいやザビーの事なんて。陛下の事もあんまり見ないことにしよう。うん。…けどベルクラース様はちょっと見る。
「そろそろマーリンドの試合始まるかな?」
「どうでしょう?スクリーンに書いてあるかもです」
ラヴィーナに言われて上のスクリーンを見たが、どこにもマーリンドの名前が見つからない。
「ある?」
「いえ…」
「‥もしかしてなんだけどさ、マーリンド既に負けちゃってるとか?」
「えぇ?!試合がもう終わってしまっているという事ですか!?」
「…………」
「…………」
お互いに顔を見合わせてから急いで時計を見ると、時間は13時45分…。試合ってそんなに早く終わっちゃうものなの?本当に終わったのか確認したかった私は、近くを警備している黒騎士に声を掛けることにした。ん?あの鎧って…
「ねぇねぇラヴィーナ、あれってもしかしてヒヨ?」
「あ、そうです!」
「了解。ヒヨ!」
「お兄さま!」
手を振る私達に気がついたヒヨは、素早く私達の所へ来てくれた。
「ラヴィーナとサー「シィーッ!!」…んん。どうしたの?」
「お兄さま。ラヴィーナ達、マーリンド様の試合を観に来たのですが、もしかしてマーリンド様の試合ってもう終わってしまいましたか?」
「ああ、開始10分で終わってしまったんだ」
「え?!」
「10分で?」
「うん。この試合は相手にこれ以上武器で攻撃出来ない場合に持ち込めればいいんだ。例えば武器を手放してしまったり、倒れたところで剣を突きつけたり。それに回復魔法も使えないから終わるのが結構早いんだ」
「へぇ」
「だけどマーリンドは善戦していたよ。トリス副団長は白騎士団最強で、槍術に関しては右に出るものはいないと言われているんだ。トリス副団長の平均試合時間は約5分なんだから、その倍持ちこたえたなんてすごいよ」
「確かに…。どんな感じの試合だった?」
「んー、最初はマーリンドがスピードで押してたんだけど、トリス副団長から一撃を受けてから動きが鈍り、最終的にトリス副団長に剣を飛ばされてその隙に倒されてしまいました」
「なるほど…」
前にトリス副団長の練習風景見てたけど、相手の白騎士は腕折ってたよね。マーリンドも怪我してないかな。あ、けど白魔法があるから怪我は大丈夫か。…けど気になる。頼んでいないとはいえお前のために戦うとか、遅刻すんなよとか言われたのに遅刻しちゃうし、罪悪感がじわじわと湧いてくる。この調子じゃマーリンドの様子が気になって試合観戦を楽しめない。だけどマーリンドの様子を見に行くとその…フラグが立ちそうで怖い!!
マーリンドは子供っぽいから試合に負けたことと約束破られてきっと不貞腐れてるだろう。そんな若干傷心の時に女の子に優しく慰められたらどうなる?好感度が上がってしまうだろ!出来ればそれは避けたい。だけどその原因の一部である者として、放置するのも人としてどうなのかと…。あー、私の中で天使と悪魔囁きどころか、戦いを始めてる。良心の呵責に悩まされうんうんと悩んでいると、ラヴィーナが心配気に眉を寄せた。
「マーリンド様に会いに行かれますか?」
「え?うーん、どうしようか迷ってる」
「きっと落ち込んでいられます。行って上げてください」
「けど…」
「僕、通石持っていますけど使いますか?」
「いいの?」
「はい」
ヒヨはどうぞ、と言って私に通石を差し出してくれたので、お礼を言って早速マーリンドに連絡してみた。
「………出ない」
「そうですか‥」
「じゃあ、やっぱり直接お会いしたほうが…」
「うーん…」
「サーイェ、僕からもお願いします。マーリンドの所へ行ってきてください」
「へ?」
「マーリンドは、今回の大会のために一生懸命頑張っていたんです。だけどサーイェは約束を破って試合に来なかったことに落ち込んでいました。本当に」
その倒置法が心に刺さるよ、ヒヨ!
「サーイェ…」
「サーイェ…」
「…………分かったよ」
「サーイェ!」
「ありがとうございます!」
満面の笑みで喜ぶ二人に私は溜息を吐いた。私の中の天使と悪魔は、天使達の後押しにより天使側が勝利を収めた。萌え萌え兄妹に頼まれて断るなど誰が出来よう!腹をくくると、私は腰に手を当てヒヨに尋ねた。
「今の試合状況は?」
「午前の団体戦の結果は3-2で黒鷲騎士団の勝ちでした。その勝者が午後の個人戦に参加出来るのですが、マーリンドは準決勝でトリス団長に敗れ3位となりました」
「そっか。次の試合はガイシス団長出るの?」
「いえ、ガイシス団長とトリス副団長の決勝進出が決まり、次は4位決定戦になります」
「そか。じゃあマーリンドの居場所分かる?」
「それが僕にもはっきりとは分からないんですが、恐らく第四訓練所ではないかと…」
「了解。んじゃ決勝までには戻るから。ヒヨ、私が帰ってくるまでラヴィーナのことちゃんと守っててあげてね。いってきます」
「サーイェもお気を付けて!」
ひらひらと手を振ると私は一人、第四訓練所向かった。