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いつも見ていた世界  作者: 板井虎
第三章
53/57

第5話:迷子の達人にはMAPなど無意味

「あれー?どこだー?」


 こちらサーイェ・アマーノゥ。 只今絶賛迷子中。

「こっちだって聞いたんだけどなぁー...」


 私は溜め息を吐きながら再び城の中を放浪した。





 事の発端はルーカス隊長に頼まれてトリス副団長に資料と書類を届ける任務を受けた事から始まる。

 そのため白騎士団の元へ赴いたが白騎士の人がトリス副団長は城内の第二会議室に居ると聞いたので、私はそれを追い掛けて会議室へ向かうのだが、ただっ広くてどこも似たような作りなのに複雑に繋がっている城内を歩けば迷子になるのは当然の事。

 そこで近くを通った人に道を聞こうとするけど、近づくと避けられて話すら聞いてもらえないどころか、時々かなり睨んで来るお嬢様もいる始末。教えてくれるひともいたが、その方向に行っても会議室は見つからない。そして迷子の達人である私は気が付けば薔薇のような花が咲き誇る庭園に来ていた。終わったドン!


 私は溜め息を吐きながら歩いていると、廊下の向かい側から何とも派手な貴婦人3人組と、数人の侍女がやってきた。あの人達はこの間訓練を見てた人達だ。

 右から順に、シアン・マゼンダ・イエロー。色料の三原色か。目がチカチカする。

 そして体型は左から順にほっそり、むっちり、でっぷり。面白いほど漫画体型…つーか、●ンピース体型。彼女達は私を一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らし、姿勢を正して胸を張ると、つんとした表情で歩き始めた。あー、めんどくさ。

 自分より身分の高い人が歩いてきた場合は頭を下げて道を譲らなければならないので、出来るだけ視界に入れたくなかった私は、これ幸いと廊下の端に寄り頭を下げた。

さっさと通り過ぎないかなぁ。そんな事を考えていたが、その足音は私の前で止まり、ケバいと思えるほど装飾が豪華なハイヒールが私の視界に入った。


 何なんだろう?不思議に思いながらも私は黙って頭を下げていると、 やたら滑らかで音に高低差がある 鼻につく声が私の頭の上に降ってきた。


「あーらあらあら、モーシャ。何かしらこの汚らわしい生き物は?」

「..........」

「黒鷲騎士団に所属しているサーイェ・アマーノゥかと存じます」

「まぁ、これがサーイェ・アマーノゥなの?」

「趣味の悪いオブジェかと思いましたわ!」

「こんな生き物がいるのですねぇ〜」


 落ち着いた侍女の返答に続き、先程の鼻につく声、早送りした様な早口で甲高い声、萌え系を目指しているがイマイチ萌えない間伸びした頭の悪そうな声が聞こえた。

 声の聞こえる位置的に、鼻につく声がマゼンダで、早送り声がイエロー、そしてシアンが萌え系を目指して(以下略)だと思う。

 鼻につく声はまだ我慢できるが、早送りにした声が夢の国に住む双子のリスの様な声で笑いがこみ上げてくる。そして萌え系を(以下略)は痛々しさしか感じない。

 私は笑いを必死に堪えていると、鼻につく声が私に命令した。


「ちょっと貴方、顔を上げなさい」


 私は歯を食いしばりながら顔を上げると、どぎついマゼンダが気の強そうなつり目を細めて私を睨みながら見下ろしていた。


「あらやだ気持ち悪い!」

「本当ですわねぇ〜」


 賺さず私を罵倒するイエロー。そしてそれに同調するシアン。普段の私なら少しは苛つくかもしれないが、太った●ップとガリガリの痛い女を前にして笑いが苛つきを相殺していた。むしろ笑いが優っていて困る。

 笑うのを我慢するため力んでいると、マゼンダが綺麗に片眉を釣り上げた。


「あら、一人前に悔しがっているのかしらぁ?」

「なんて図々しい!!」


 太ったチッ●喋らないで!!!イエローが喋ったことにより笑いを堪えるのが辛くなった私は、表情を見られない様に更に俯きがちになると、3人組は落ち込んでると思ったのか、嬉しそうに畳み掛けて来た。


「貴方みたいな化物に、悔しがる権利があると思って?」

「気持ち悪いものに気持ち悪いと言うのは当然のことですわぁ〜」

「ワタクシなら醜い容姿で生きていくなんて考えられませんわ!」


 お前が言うなやっ!!まるでコントのような状況に、さすがの私も笑いを堪えるのが苦しくて体が微かに震えてきた。私が辛くて震えてると勘違いした3人組は私を罵る事に夢中になってきた。


「何で貴方みたいな者がここにいるのでしょうねぇ〜?」

「それは陛下の御慈悲でしょう?もしくは遊び心ですわ」


 それ多分後者が正解。


「遊び心にしても、この様な化物のお相手するなんて、何か魔法を掛けられているのでは無いのでしょうかぁ〜?」


 ある意味正解。けど私の意思は完全無視されてるから。


「まぁ!じゃあこの化物は陛下を篭絡したというの!?」


 してないから。むしろ近寄らないでほしいよ。

 段々3人の声に慣れてきた私は、3人組の勝手な言い分を冷静に話を聞けるようになってきていた。


「一体どんな魔法を使ったのかしら?それとも、自分の身体を使ったのかしら?」

「まぁ!なんて汚らわしい!!」

「こんな容姿でも男を落とせる手練手管があるなんて、余程の淫乱なのでしょうねぇ」

「もしかしたら、ガイシス様達も同ぢことされているのかもしれませんわぁ〜!」

「まぁ!こんな化物に手篭にされるなんて御可哀想に!!」


 その言葉に、私の心は一気に冷めた。みんなが私に誑かされるって?そんな事あるわけないだろうが。

 私の気持ちなど露知らず、三人組は楽しそうに話を続けた。


「そぉなら貴方があの方達と一緒にいるのも頷けますわぁ〜」

「さすが魔者ね!下賤で卑しいわ!!」

「…………」


 我慢、我慢だ。ここで言い返したら余計面倒なことになる。私が反論するのを我慢していると、いきなりマゼンダに扇子で頬を叩かれた。そして私の顎に扇子を当てるとくいっと顔を上げさせられた。


「何か言いなさいよ、魔者」

「…………」

「それとも本当の事を言われて何も言えないのかしら?」


 赤い唇はこれでもかというほど釣り上がって綺麗な孤を描き、目は嬉しそうに細められていた。

 発言の許可が出た私は怒りを押し殺して出来るだけ冷静に反論した。


「…では言わせて頂きますが、私は陛下も騎士団の方も篭絡なんてしていません」

「あら?それでは何故彼らが貴方なんかの相手をしていてくれるというの?」

「それは彼らが優しいからです」

「ええ、それは私達も重々承知ですわ。お強くて優しくて誇り高い方たちですわ」

「それなら御理解して頂けると思いますが、貴女方が考える下賤で卑しい私が、彼等を篭絡させられると本気でお思いなんですか?」

「…何?」


 綺麗な孤を描いていたマゼンダの真っ赤な唇は、急に下がった。


「彼等はそんな者に手を出すほど愚かでもないし、誘いに乗る程堕ちてもいません。もし本当にそう思っているのなら彼等に対して失礼です」

「…………」

「私の事なら何を言っても構いませんが、彼等を侮辱しないで下さい」

「…………」


 私はマゼンダの女性の目を見据えて強くはっきりというと、彼女の顔はゆっくりと歪んだ。


「…気に食わないわ、その反抗的な態度」


 再びマゼンダは私の顔を扇子で強く叩いた。その時当たり所が悪くて扇子の角が私の頬を引っかき、少し血が滲んだ。

 私はピリッとした痛み少し顔を歪めたが、彼女達はそれどころじゃなかった。


「やだ!扇子が汚れてしまったわ!」

「まぁ大変!ヒスティア様!早く処分なされた方がよろしいですわ!!!」

「こんな汚らわしい物、浄化したって持っていたくはないわ!!」


 どうやらヒスティアという名らしいマゼンダが叫ぶとそれにつられてて2人も騒ぎ始めて、興奮したヒスティア嬢は私に扇子を投げ付けた。


「こんな物いらないわ!!!せっかくのお気に入りの扇子なのに汚れてしまいましたわ!貴方みたいな魔者、お父様に頼めばすぐにでも処分出来ますのよ!?」

「…………」

「そうよ!危険な存在だと分かれば貴方なんてすぐに城から追い出せるんですから!!」

「追い出されたくなければ、ヒスティア様に謝った方がよろしいですわぁ〜」


 うわぁー、親の力が無けりゃ何にも出来ないクズか。なのにいう事は一丁前。こいつ等は一体どこが偉いんだろうか?自分は親の名前が無ければ全くの無力という事に気が付かないなんて、なんて愚かなんだろうか。

 私は3人組が激昂するのを哀れむ様に眺めていると、鈴の音がなる様な心地の良い柔らか声が聞こえた。


「皆様、ご機嫌様」


 声の聞こえた方を見ると、柔らかなそうな桃色の髪を緩く大きな二つのおだんごにした、とても綺麗な女性がいた。肌も真っ白でアクアマリンの優しげな垂れ目をしていて、まるで花の妖精みたいだと柄にもなくロマンチックな事を考えてしまった。

 私はその人に目を奪われていると、ヒスティア嬢の引きつった声が聞こえた。


「ぺ、ぺぺ、ペリーシェ様!」

「とても賑やかですが、何かあったのですか?」


 ペリーシェと呼ばれた女性は ふんわりとした笑みを湛えて小首を傾げ、その様は少女のようにあどけない。可愛いなぁ。

 それとは正反対にケバくてキツイ顔立ちのヒスティア嬢は、慌てて作り笑いをした。


「い、いえ!何でもございませんわ!」

「そうですか?扇子を投げるまで興奮なさっていたので…あら、貴方は…」


 ペリーシェ様は私の側に来ると、覗き込むように私の顔を見た。


「もしかして、サーイェ・アマーノゥ?」

「は、はい…」


 私が返事をすると、まるで花が咲くように顔を綻ばせた。


「いつもアドニスからお話は伺っておりますわ」

「え?アドニス団長?」

「まぁ、お顔に怪我をなさって…痛そうに」

「あ、大した事ないので気になさらな」

「治させてもらってもよろしいですか?」

「ペリーシェ様…!」


 あまり人の話を聞かないペリーシェ様に見惚れて気付かなかったが、一緒に来ていた侍女かペリーシェ様を静かに嗜め、少し困った様に私を見た。うん、それが正しい反応だよ。

 しかしペリーシェ様はそっと私の顔に手を伸ばし、魔法を使って傷を消した。そして私の頬に着いていた血を拭うと、にっこり微笑んだ。


「はい、綺麗になりました」

「あ、有難うございます…」


その笑顔に思わず頬を染めてしまったが、 マゼンダの金切り声で我に返った。


「ペリーシェ様!その様な汚らわしい者に近付いては危険ですわ!!」

「あら?そんな事ありませんわ。アドニスもサーイェの事はとても可愛がってますし」

「けど!」

「それに怪我をしてたら、痛いじゃありませんか」


 ふわふわとした柔らかい笑顔のペリーシェ様の少し外れた答えに、空気が少し白けた。うん、まぁ…怪我は痛いね。この空気に私は笑いが出そうだったが、それを堪えて温かく見守る事にした。

 空気が白けた事により冷静になったヒスティア嬢は、ペリーシェ様にはこれ以上言っても効果はない事を悟った。


「ワタクシはここで失礼致しますわ。ご機嫌様」


 ヒスティア嬢はツンとしながら軽く会釈をすると、他の腰巾着共を引き連れて去っていった。


「ご機嫌様」


 ペリーシェ様もその後姿に柔らかく別れの言葉を掛けると、優しく微笑みながら私の方に体を向けた。


「ご挨拶が遅れましたね」

「あ、いえ…」

「初めまして。わたくしはペリーシェ・フォン・フラウリアと申します」

「は、初めまして。御存知かと思いますが、サーイェ・アマーノゥと申します」


 見惚れていた私は急いで頭下げると、柔らかい声が上から降ってきた。


「頭を上げてください」

「…………」


 そう言われて私はゆっくりと顔を上げると、ペリーシェ様は先程同様優しく私に微笑んだ。その可愛さに釣られて私はにやけかけたが我慢した。


「アドニスは古くからの友人で、よくサーイェのお話を聞きますの」

「私の話ですか?」

「ええ、幼いのに一生懸命頑張って訓練や仕事に打ち込む姿がいじらしくて可愛かったり、少し大人びているけど微笑む顔が野に咲く花の様に可憐だと申してましたわ」

「ははは…」


 過剰な賛美ですな。アドニス団長はそんな風に思っていたのか。私は思わず失笑が漏れた。


「ふふ、いつもアドニスからお話は聞いてますが、実際に会うとやっぱり可愛らしい方ですね」

「そんな事ないです!ペリーシェ様の方が比べ物にならない程可愛らしいです!」


 ほんとのほんとに!月とスッポンどころか月とう●こレベルだから!比べる対象ですらない!

 私はは必死で否定したが、ペリーシェ様はとくに気にしていないようだった。


「ふふふ、ありがとうございます。ところで、サーイェはどうしてこの様なところに?」

「あ、はい。実はルーカス隊長から頼まれてトリス副団長に資料と書類を届けるために第二会議室へ向かっているのですが、恥ずかしながら道に迷ってしまって…」

「まあ、それは大変ですわね」

「はい、情けない限りです」


 何で迷っちゃうんだろうなー。自己嫌悪で軽く俯くと肩に手が置かれた。顔を上げると私を労る様な笑顔が向けられていた。


「落ち込まないで、サーイェ。城内はとても広いですし作りも似ていますから、慣れなければ迷って当然です。あまり気になさらなくて大丈夫ですわ」

「…有難うございます」


 私がお礼を言うと、ペリーシェ様は花が綻ぶ様ににっこりと微笑んだ。


「今、私達がいる場所はローザン庭園です。サーイェが向かおうとしている第二会議室は、ここの反対側の位置にあたります。どちらかと言うと騎士団訓練所の方が近いですわ」

「そう、なんですか…」


 どこまで迷い込んでんだよ。そりゃ日ヒスティア嬢がいても当然か。内心溜息を吐いていると、ペリーシェ様が有り難い提案をしてくれた。


「わたくしが案内いたします」

「え、宜しいのですか?」

「ペリーシェ様!」


 再びペリーシェ様の侍女は呼び止めたが、やっぱりペリーシェ様は気にしていなかった。


「何ですか、ジーニャ?」

「この後には3時にはシード先生が来られるので、騎士団訓練場まで送り届ける御時間はないかと…」


 ジーニャさんはちらりと私を見るとすぐに目を逸らした。まぁそれはいいとして、今は2時50分だから急いで戻った方が良いだろうね。しかしジーニャの心配をよそに、ペリーシェ様は全く気にしない様子でにこにこしていた。


「では少しシード先生にはお待ちして頂きましょう。

「しかし!」

「ジーニャはその様にシード先生に伝えておいて下さい」


 にっこりと微笑むと、ペリーシェ様は私の手をとって歩き始めた。


「さあ、サーイェ。こちらです」

「え?あの、本当に良いのですか?!」

「はい。ちょうど散歩をしたいと思っていたので、一緒に行きましょう」


 結構強引に連れて行かれて戸惑い、つい侍女の顔を見ていると、侍女は急いで着いて来た。


「ジーニャ、どうしたの?」

「ペリーシェ様の側に仕えるのが私の仕事です!」

「そうですか。では一緒に行きましょうか」

「は、はい!」


 ペリーシェ様の穏やかな誘いに、ジーニャと呼ばれた侍女は顔を引き締めて返事をした。その様子に思わず私はジーニャさんに謝った。


「あの、ご迷惑掛けてすみません」

「い、いえ!ペリーシェ様の我が儘には慣れていますので!」


 少し怯え緊張しながらも力強く返事をするジーニャさんは、日頃の苦労が伺えた。天然な子の侍女って大変なんだな…。

 ふふふ、と楽しそうにペリーシェ様は笑うと、自分や城の事等、色々な事を話してくれた。その笑顔のおかげで私は戸惑いを感じなくなり、道に迷って良かったなんて罰当たりな事を思ってしまった。




楽しく話していたせいか、思っていたより早くに目的地にくる事が出来た。重厚な両開きの扉の前に来ると、ペリーシェ様は私に向き直り微笑んだ。


「ここですわ」

「どうも有難うございました」


私はペリーシェ様の手を放して丁寧に頭を下げてお礼を言った。


「気になさらないで。いいお散歩が出来ましたわ」

「本当に助かりました」

「ここにトリス様が居られるのですか?」

「はい、その様に伺っています」

「せっかくここまで来ましたので、私もトリス様に御挨拶致しましょう」

「あ…」


ペリーシェ様は私の返事も聞かずに扉をノックした。


 しかし、全く返事はなかった。


「あら、いないのでしょうか?」

「さあ、どうでしょう?」


 ペリーシェ様はもう一度扉をノックして声を掛けた。


「ペリーシェ・フォン・フローリアと申します。サーイェと共に届け物を届けに参りました。トリス副団長、どうぞこの扉をお開け下さい」


 しばらく待ってみるがやはり反応はなかった。


「………」

「お返事がありませんわね。どうやらこの会議室はお留守のようですわ」


 なんですと?


「資料の届け先は、第二会議室で間違いありませんか?」

「はい、確かに第二会議室と白騎士の方からお伺いしました」

「そうですか…」


 うーん、とペリーシェ様は小首を傾げたが、私の心臓が変な音を奏で始めた。


「…もしかして私が届けるのが遅かったから、もうここにはいないのではないのでしょうか?」

「確かにその可能性もありますわ」


 ペリーシェ様が頷くのを見て、私は嫌な汗が出てきた。

 うわー、やべぇー!大事な会議なのに!ギリギリだけどまだあと5分くらいあるから大丈夫だと思ったけど駄目だったや!…またゴミクズの様に私を見て、これ見よがしに私を叱りつけるんだろうな…。その様子を想像し、意気消沈していると、ある事に気が付いた。

 まだ5分あるのに居ないなんておかしいだろ。もしかして場所そのものが違うのか?…やらかした。肩を落とすとペリーシェ様は明るく微笑んだ。


「では戻りましょうか」

「え?」

「トリス様がいないのであれば、ここには用はありません。白騎士の訓練所にいればやがて会えるはずです」

「そう、ですね…」


 ペリーシェ様は慰めるように優しく私の頭を撫でてくれた。


「元気をだして、サーイェ。貴方の仕事はトリスにこの資料を届けることです。まだ、貴方の仕事は終わっていないのですよ?」

「はい…」


 そうだよね…ここで落ち込んでも仕方ない。とっとと戻ろう!私が気持ちを切り替えて背筋を伸ばすと、ペリーシェ様が再び手を取って歩き出した時、後方から聞き慣れた声が聞こえた。


「ペリーシェ…とサーイェ?」

「あ」


 後ろを振り返ると、珍しく目を丸くしたアドニス団長がいた。


「あら、アドニス。ご機嫌よう」


 ペリーシェ様が笑顔で応えると、アドニス団長は嬉しそうに私達の元へと来た。…いや、正確にはペリーシェ様の所かな。


「こんな所でどうしたんだい?」

「サーイェをお届けに来たのです」

「サーイェを?」


 綺麗に片眉を上げたアドニス団長は、隣にいる私を見た。何だろう、いつもと違う…警戒されている感じだ。アドニス団長にこんな視線を受けるのなんて初めてだ。私は驚いてアドニス団長を見ていると、ペリーシェ様が代わりに説明をしてくれた。


「はい。実は第二会議室へ向かっていたそうなのですが、道に迷ってしまってローザン庭園近くまで来てしまっていたのです」

「…随分遠くまで迷ったね」

「すみません…」


敵意の滲む視線と目を合わせたくなくて、私は俯いた。


「あぁ、責めている訳ではないんだ。可愛らしい顔を曇らせないでおくれ」

「いえ、自分が悪いので」

「サーイェは悪くないですわ。顔を上げて」


ね?っと小首を傾げるペリーシェ様はとても可憐で私の心が少し癒されたが、隣りから向けられる視線は相変わらずだった。顔は笑ってるけど、目が笑ってない。


「このお城の作りが悪いのですわ」

「確かにそうだね」

「それにサーイェは怪我をしていたのですよ?」

「怪我?」


その一言にアドニス団長の雰囲気が変わった。


「ええ。出会った時に可愛らしいお顔に怪我をしていたので、私が治しました」


そう言ってペリーシェ様がにっこり微笑むと、アドニス団長は顔を顰めた。


「ペリーシェ、君の優しさはとても魅力的で素晴らしいと思うけど、少しは自分を労わっておくれ」

「え?」


どういうこと?1人訳が分からないでいたが、ペリーシェ様はくすくすと笑った。


「アドニスは心配性ですわね」

「みんな、だよ」

「ありがとうございます。けど、だんだん良くなっているから心配しないで?」

「君って人は…」

「うふふふふ」


アドニス団長のわざとらしい溜息は、ペリーシェ様の笑顔に掻き消された。そして静観していたジーニャが、少し申し訳なさそうに申し出てきた。


「あの、これからペリーシェ様は診察がありますので、大変申し訳ありませんが後はアドニス様にお任せしても宜しいでしょうか?」

「もちろんだよ!ペリーシェ、ちゃんと診察は受けるんだよ?」

「ええ、分かっておりますわ。ではサーイェ、今日はお話出来てとても楽しかったです」

「わ、私の方こそとても助かりましたし楽しかったです!」

「ふふ、ありがとう。また、機会があれば一緒にお茶でも致しましょう」

「はい!ぜひ!」

「ではお二人共、ご機嫌様」


  ペリーシェ様は ふわふわとした笑顔で柔らかく手を振ると、ジーニャと共に去って行った。

 そして残された私は気不味い雰囲気に内心溜め息を吐いた。ちらっと横目でアドニス団長を見ると、アドニス団長は去りゆくペリーシェ様の背中をまだ見つめていた。

 その瞳はとても優しく愛おしそうで、少し寂しそう。ん?なんだこの既視感。見たことあるぞ。…そうだ、ルーカス隊長の背中を見つめるテレウスさんだ!ということ、もしかしてアドニス団長はペリーシェ様の事が…。

 思わぬ発見にアドニス団長を凝視をしていると、アドニス団長はこちらを向いてにっこり微笑んだ。その目には先程のペリーシェ様を見つめていたような色は微塵もない。


「私の顔に何かついてるかな?」

「あ、いえ。何もないです」

「そう?それならいいけど。それよりペリーシェはああ言ってたけど、実際はどうなんだい?」

「何がですか?」

「彼女は病弱だから侍女が付いていて、あまり長い間外に居られないんだ」

「そうなのですか?」

「ああ。だから彼女が長い間君といようと思っても、侍女に必ず止められるよ」

「………」


 そうだったのか。けどジーニャさんはいつも振り回されてるって言ってたから、止めきれてないんじゃ…。その事に少し呆れつつもアドニス団長を見ると、まるで何かを見定めるように私を見つめていた。もしかしたら私が彼女を無理やり連れ出したのかと疑ってるのかな?だとしたら申し訳ないことをしたな。


「ペリーシェ様は、道に迷った私を助けてくれたんです。ペリーシェ様が私を長い間連れ出したと嘘を吐いたのは、恐らく私が長い間迷子になっていたのを隠すために吐いたものかと思います」

「なるほどね…。怪我に関してはどうなんだい?」

「それは偶然出会った御令嬢の扇子が運悪くかすってしまっただけです」


 あんまり言って突っ込まれると面倒だから、当たり障りのない様に話しておく事にした。するとアドニス団長は綺麗に眉を顰めた。


「扇子が?」

「はい」

「何故扇子が顔に当たるんだい?」

「…お気に入りの扇子を出した時に勢い余って当たってしまったのです」

「そうか、それは不運だったね」


 アドニス団長は悩ましげに眉を寄せ私の顔に手を伸ばして来たので、私はすすす、と後ろに下がって避けた。


「そうですね。大した怪我ではなかったのですが、ペリーシェ様が綺麗に治して下さったので大丈夫です。御迷惑お掛けして申し訳ありませんでした」


 触られるより先に軽く頭を下げて謝ると、アドニス団長は苦笑した。


「サーイェが無事なら良かったよ」

「あの…」

「なんだい?」

「差し支えなければ教えていただきたいのですが、先程ペリーシェ様が診察をなされると話されていましたが、ペリーシェ様はどこか御身体が悪いのですか?」

「ああ。彼女は幼少の頃から身体が弱くてね。オーバーメージ病に掛っているんだ」

「オーバーメージ病?」

「うん」

「どんな病気なんですか?」

「普通の魔人に比べて多くのメージを消費する病気さ。メージは普通に生活しているだけで減るものなのだけど、彼女の場合は私達が歩いている時のメージの消費量は、小走りしているのと同じ様な消費量なんだよ」

「それじゃあ魔法なんて使ったら…」

「もちろん早く疲れるし、メージ不足は生命の危機に直結している。免疫力は弱くなるし、寿命は長くないと言われているよ」

「そんな….」


アドニス団長は少し寂しそうな表情をしていた。なんて事だ…。


「ごめんなさい。知っていたら絶対魔法なんて使わせなかったのに…」

「サーイェは悪くないさ」

「…………」

「…私達も訓練場に戻ろうか」

「はい」


アドニス団長はそれ以上追求しなかったので、私達は訓練場へと戻った。




一応伏字&元ネタ解説


・ワン●ースー某有名海賊漫画。

・チ●プー夢の国の住人で双子のシマリスの一匹。しっかり者で早口な喋り方が特徴的。

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