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いつも見ていた世界  作者: 板井虎
第二章
46/57

第21話:告白という名の牽制

「僕の父の故郷は、隣国のランリングの山奥にあるミリストという街だ。生活は主に自給自足で、里を出るのは布教活動や巡礼、生活の為に外貨を稼いだりする時位で、ほとんど里の外に出ない」


 テレウスさんはいきなり生い立ちを語り始めた。


「外に出られるのは大人だけで、子供は街の外に出られないんだ」

「…テレウスさんは今、おいくつですか?」

「68」


 68歳っていうと、高校生位か?若いね~。


「じゃあ何で街の外に?」

「僕は、父が巡礼の旅の最中に、里の外の女との子供なんだ」


 なるほど。だから外に居るわけね。


「父の民族の掟では、同族の者意外と結婚する場合は、里を出なくてはならない。だから父は里を離れて、母の実家で暮らす事になった」


 だけど、と言葉を区切ると、テレウスさんの手に力が入った。


「だけど、僕が46歳の頃、友だちと一緒に買い物に街へ出掛けた時に誘拐された」

「誘拐?」

「僕はミリスト出身のハーフの子供だから高く売れる。その事を知った近所のおばさんが、奴隷商に僕を売ったんだ」

「非道い…」

「逃げようと思ったけど所詮子供だ。すぐに捕まえられた。そして僕は友だちと一緒に誘拐された」


 テレウスさんは悔しそうに顔を歪めた。


「その子は何も悪くない。たまたま僕と一緒に居たから誘拐されたんだ」

「………」


「呆然としながら僕が連れて来られたのは、オラリオスとの国境付近の闇オークション会場。そこで僕は、金持ちの美少年好きの女に買われた」

「……」

「その女の家には、僕と同じ様に誘拐され、魔法や薬で調教され、彼奴の言いなりになっている子が沢山いた。そして僕も彼ら同様、言葉が分からずも奉仕をさせられた」


 何て下衆だ。人の命をなんだと思っているんだ。

 テレウスさんはその時の事を思い出しているようで、黙り込んだ。彼の瞳は暗い色が滲み、怯えていた。


「逃げれば更に薬漬けにされるか、殺されるかのどっちかだ」


 そんな事が実際に起きているのかと思うと怖かった。私の世界でも、私が知らないだけでどこかで奴隷が居るなら、普通に暮らしている自分がなんて運がいいんだろう。

 私はテレウスさんに掛ける言葉が見つからなかった。

 ただ黙ってテレウスさんを待った。暫くしてテレウスさんは深呼吸して気持ちを落ち着けると話し始めた。


「だけどその頃、ちょうどオラリオスの奴隷オークションの取り締まりが強化されていたおかげで、僕は比較的短い期間で騎士団に助けられたんだ」

「良かった…」

「そしてその時僕を助けてくれたのが、まだ新米の頃のルーカス隊長」

「そうなんですか?」

「うん。ルーカス隊長はランリング語が話せるから、何も分からない僕を元気付けてくれたんだ。僕は汚くないって…」

「…………」

「僕を理解出来る唯一の人だった」


 テレウスの表情が柔らかくなり、瞳は愛しむ眼差しに変わった。

 確かに自分を救ってくれた人なら好きになるね。例え惚れなくても、特別な人になるのは間違いない。


「だから僕はルーカス隊長に憧れて騎士団に入団した。危険な仕事があるのも知っていたけど、彼に恩返したかった…いや、側に居たかった」

「…………」

「最初はルーカス隊長もびっくりだけど、僕の面倒をみてくれた。だけど…ルーカス隊長が女好きと知って物凄く胸が苦しくなった。その時、僕はルーカス隊長が好きだって気付いたんだ」

「…………」

「だけど恩人に迷惑を掛けたくない…だから気持ちに蓋をした」

「…………」


 側にいるのに、気持ちが伝えられない。


 そのうち自分の好きな人が違う誰かを好きになる。


 側に居たいけど居たくない。



 辛いな…。


「今までの女は仕方ないと思った。美人だったり地位もあるからルーカス隊長に釣り合う。それに遊びだって分かる」

「…………」


 そうだろうねー。ルーカス隊長は恋人はめんどくさいって言ってたもんねー。


「だけどお前は違う。特別美人なわけではないし、先々代の孫か魔者かよく分からないただのガキだ」


 ですよねー。けど私は成人済みだぞー?


「なら放って置いて下さいよ。相手にされる訳ないんだから。そこら辺にゴミがいると思って下さい」

「…自分で言うか?」

「可愛くないのは自負してますよ」

「……だからむかつくんだ!」

「えぇっ!?」


 何故怒る?!


「お前はそうやって自分を卑下するし、ルーカス隊長の事が好きでもないくせに、ルーカス隊長に特別扱いされてる!!」

「どこがですか?」

「…ルーカス隊長はよくお前を見ているし、他とお前を見る目が違う」

「そんな事言われても…。やっぱり弱いし紅一点だから、責任者としてよく見てるだけじゃないですか?」

「…多分違う」

「何でそう思うんですか」

「……何となく」

「女の勘ってやつですか?あ、男か」

「馬鹿にするな!」

「してませんって!…で、勘だけでそう言いきるのは良くないですよ。証拠はあるんですか?」

「…無い」

「じゃあ取りあえず、ルーカス隊長の私の特別視説はやましいことが無いという事で。証拠が出てからまた考えて下さい」


 これで終了、とテキパキと終わらせると、テレウスさんが私を凝視していた。


「何ですか?」

「お前、まるで他人事だな」

「あー、そうですね」

「自分の事なんだぞ?どうしてルーカス隊長に好かれているかも知れないのに、何でそんな態度でいられるんだ?」

「何でって…。だってあのルーカス隊長が私なんかを恋愛対象に観ると本気で思ってるんですか?」

「………」


 テレウスさんは微妙な顔をして私を見た。別に傷つかないから素直に否定すればいいのに。

 私は大袈裟に溜め息を吐いた。


「テレウスさんも言ってましたよね?ルーカス隊長は自分が損する事はしないって」

「…うん」

「私に手を出せば面倒臭いことが起きるって事が、今回でよく分かったでしょう?」

「確かに…」

「それにルーカス隊長は恋人作らないって言ってましたよ」

「ど、どうして?」

「面倒臭いからだそうです」

「そうか…」


 あからさまにテレウスさんが落ち込むのが分かった。


「けど男でもいけるって言ってましたよ」

「ほっ本当か!!?」

「は、はい」


 テレウスさんは俯いていた頭をガバッと上げて、私の肩を掴んだ。

 すごい必死だな。まぁ恋する乙女って感じがして可愛いけど。女の方が好きって言ってたっていうのは黙っておくね!


「じゃあ、頑張って下さいね。サーイェは全力でテレウスさんを応援しますよ!」


 だから私をいじめるのはやめてね!

 いい笑顔でテレウスさんを応援すると、テレウスさんはじっと私を見つめた。


「お前…変なやつだな」

「はい?」

「今まで嫌がらせしていた奴にそんな態度をとれるなんて、頭おかしいだろ」


 私は思わず顔が引きつった。何なんだよいきなり。失礼な人だな!


「私が応援したらいけないんですか?」

「別にそういう訳じゃないけど…」

「テレウスさんとルーカス隊長がくっ付いたら、自然と嫌がらせも少なくなるでしょ?私のためにも2人には早く収まってほしいんですよ」

「ふーん。何気に腹黒いんだな」

「思慮深いって言って下さいよ」

「キレて城飛び出していった奴の台詞か?」

「う…」


 私が黙って事が面白かったのか、テレウスさんはクスクス笑った。やっぱり笑った方が可愛いな。私は笑うとキモがられるから羨ましいよ。

 釣られて微笑んでいると、テレウスさんは真面目な顔に戻った。


「ただ確認しておきたいことがある」

「何ですか?」

「お前はルーカス隊長の事をどう思ってるんだ?」

「どうって…只の上司ですよ。」

「お前がルーカス隊長を好きになったりはしないな?」

「無いですよ」

「ほんとにほんとか!?」

「ほんとにほんとですよ」

「証拠は!?」

「証拠は無いですけど、自覚はあります」

「自覚?」


 私に詰め寄ってきたテレウスさんは、綺麗に片眉を上げ、後ろに下がった。


「私、一度境界線を引いたらそれ以上好きにならないんです」

「…どういう事だ?」

「例えば既婚者や恋人のいる人、それから友達の好きな人や、既に好きな人がいる人」

「最初の2つは分かるが、後の2つはよく分からない」

「えぇと、私に好きな人が私の友達と被っていたら、私は2人の幸せを願います」

「何故だ?」

「冷めてしまうんですよ。それに私の好きな人達同士が幸せになれるならいいじゃないですか」

「じゃあ今回は僕がルーカス隊長の事を好きだからそうならないって事か?」

「それもあるし、ルーカス隊長は上司です。あと女遊びが激しい人は私には無理です」


 浮気するたびにいちいち嫉妬したりするの疲れるし、私だけを見てくれないなら、もう二度と私を見てくれなくていい。

 きっぱりと断言すると、テレウスさんはじと目で私を見た。


「…その女好きを好きな奴がここにいるんだぞ」

「ふふ、ごめんなさい。だけど、それでもルーカス隊長を好きでいるテレウスさんの事は、すごいと思ってるんですよ?」

「お前みたいにいい子じゃないからな」


 大袈裟にふん!と鼻を鳴らすテレウスさんに、私は苦笑した。


「私は別に、いい子じゃないですよ。ただ臆病で、面倒くさがりなだけです」

「臆病で面倒くさがり?」

「はい」


 二兎追う者は一兎を得ず。


「どちらを失うのも嫌なんですよ」


 二羽の兎がいて、私が動く事によってどちらもいなくなるなら、私は動かない。


「離れたくないんです」


 二羽が居なくなるのが怖いから動けない。

 二羽を追いかけるのはキツいから追いかけない。

 だから側にいてくれる兎に、たくさん愛を注ぐ。


「好きな人達の側に居たいんです」


 側にいるだけで幸せだから。


「…だから勇敢で頑張り屋なテレウスさんは、頑張って下さいね?」

 

 ニコ、と笑うと、テレウスさんは微妙な顔をした。


「…ふん、余計なお世話だ」

「ふふふ、そうですね」


 こうやってガールズ(?)トークをする事で、私達は無事、仲直りする事が出来た。本筋から話が逸れたような気がするけど、仲直り出来たみたいだから、まぁいっか。

 …けど何て報告しようか?



 ルーカス隊長に言われた通り、次の日にテレウスさんと2人で仲直りしたことを報告しに行ったけど、反応は拍子抜けするようなものだった。


「そうか。じゃあ引き続きテレウスはサーイェの面倒をみろ。以上」

「「え?」」


 それだけ!?

 私達は驚いていたが、ルーカス隊長は全然気にしてなかった。


「何だ?まだ何かあるのか?」

「い、いえ…」

「ん。…あ、テレウス」

「ハ、ハイッ!」

「サーイェと仲が良いのを周りにアピールしておけ」

「わ、分かりまシタ!」

「ルーカス隊長、どうしてですか?」


 そう尋ねると、ルーカス隊長は口角を上げた。


「自称紳士達の反感を買ったから」

「自称紳士達?」


 何だそれ?自称って事は紳士じゃないの?しかも『達』ってことは複数いるの?


「何ですかそれ?」

「お前を影ながら見守る奴らだ」

「見守る?誰なんですか?」

「さあ?」

「さあ?…て」

「まあ、お前に直接害はないだろう」

「けどテレウスさんには害が及ぶなら駄目じゃないですか」

「だから仲良くしてれば良いって言ってるだろ?」

「うーん…」

「悪い奴らじゃない。好きにさせてやれ」


 まあ、害がないならいいか?…うん、面倒臭そうだから放置しよう。


「分かりました」

「報告は以上か?」

「ハイ」

「じゃあ各自仕事に戻れ」

「はい。じゃあテレウスさん、またね」


 テレウスさんに手を振ると、テレウスさんは黙って頷いて、ルーカス隊長を一目見ると、静かに部屋から退室した。

 私はというと、この部屋でいつもの雑用。そしてルーカス隊長と2人っきりという環境…つまり遂に本題に入るかも知れないんですよ!!

 嫌な沈黙が流れ始めると、ルーカス隊長がそれを破った。


「サーイェ」

「は、はい…」

「ここの書類の確認と整理。中には他の隊に確認を取らないければならない物や、今日が締め切りの物もあるから間に合わせろ」

「…は‥はい?」

「聞こえなかったか?」

「いえ、聞こえてます」


 なんだ普通に仕事の話じゃないか。もしかして極秘の事を忘れてるのかな?

 いや、だとしてもケータイとMP3が無いと私が困る。だからといって自分から言って自爆するのも嫌だし…。うぬぅー…。

 悶々としていると、ルーカス隊長に声を掛けられた。


「量が多いから、恐らく遅くまで掛かると思う。予め家には連絡しておけ」

「えーと、それは…」


 やっぱり『あれ』、ですよね?

 じーっと見つめると、ルーカス隊長はクスリと笑った。……目が笑ってない‥気がする。


「…ぜひ、ご一緒させて下さい」

「ん。じゃあ、また」

「はい」


 ルーカス隊長はやっぱりいつも通り、歩きながら手を振り、部屋を出て行った。

 やっぱり気にしてないのか?…まあとりあえず自分の仕事をしますか。

 私は腕捲りをすると、机の上に置かれた大量の書類に向き合った。













…………終わんねー。

ルーカス隊長が部屋を去ってからずっと書類の確認と整理をしていたが、余りに量が多くて、ガチで終わらなかった。

 外に出て確認しなくちゃいけないものもあれば、過去に提出した書類を引っ張り出してしまわないといけないものが嫌がらせか!…てくらいあり、気が付けばどっぷりと夜が更けていた。

  因みに今、手元に残っているのは今日提出する予定だったもの。だけどロイス副団長に提出する書類だから、少しは見逃してもらえるはず!…と淡い期待を抱きながら書いております。マーリンドは何回もやってるって言ってたから、たぶん大丈夫…!

だけど提出出来なかったのが悔しいから、朝一で提出するため、居残り中。もう家には連絡してあります。はい。


 だけどなかなか進まない。私は文字通り、頭を抱えながら仕事をしていると、ルーカス隊長が部屋に戻って来ていた。


「……ごめんなさい。間に合いませんでした」


私は叱られる前に謝った。


「ん。…今は何を書いてるんだ?」

「過去の合同訓練の内容とその後のうちの隊の成果のまとめです」


覚えてないから過去の書類を引っ張り出し、書き写しているのである。面倒臭い。ぶっちゃけ疲れた。

 思わず大きな溜め息を吐くと、書いている途中の書類を取られ、ルーカス隊長はそれに目を通した。


「…ふーん」

「……」

「サーイェ、新しい仕事」

「…何ですか?」

「茶、淹れて」


 何を出すのかと思えば…。呑気な命令に私は少し溜め息が出た。


「自分で淹れて下さいよ…」

「シフォンケーキも出してくれ」

「人の話聴いてました?」

「代わりにこれ書いてやる」

「喜んで持ってきます」

「ん。クリームとチヨコもな」

「分かりました」


 シフォンケーキにクリームって美味しいよね!けどルーカス隊長ってクリーム嫌いじゃなかったっけ?…まぁいいや。

私はルーカス隊長に書類を渡すと、嬉々として紅茶とお菓子の用意を始めた。




 暫くしてから紅茶とお菓子を持ってくると、真面目に仕事をしているルーカス隊長に尋ねた。


「あのー、持ってきましたけどどうしますか?」

「そこテーブルの上に置いておけ」

「分かりました」

「食べてていいぞ」

「え?ルーカス隊長は食べないんですか?」

「クリーム好きじゃない」


  やっぱり…。ということは、私を休憩さするためにわざわざ用意させたのか。

 私はほっこりしながらルーカス隊長にお礼を言った。


「ありがとうございます。では有り難く食べさせてもらいます」

「ん」


 私はテーブルに紅茶とお菓子を置き、ソファーに座ると、有り難くそれを頂いた。


 んー‥!!美味い!このシフォンケーキの柔らかな味わいと甘さが私を癒してくれた。

 私は上機嫌でシフォンケーキを食べながら、ルーカス隊長を見た。


 ルーカス隊長って何気ないところで優しいよね。この間だって空気読んでくれてすごい助かった。

 真面目に仕事してると、やっぱりカッコいいな。伏し目がちになってる目を見ると、羨ましいくらい睫毛が長い。マスカラとかつけまは絶対無用の長物だね。まぁこっちには無いんだけど。

 ルーカス隊長って中性的だよね。睫毛が長いのもあるけど、全体的にスッとしているす、やっぱりセクシー。別に気があるわけじゃないけど、時々ドキッとする瞬間がある。これなら男に迫られても仕方ない。


 暫くルーカス隊長の観察をしていると、ルーカス隊長がペンを置いた。


「終わった」

「お疲れ様です。早いですね」

「ん」


 これ、過去の資料と照らし合わせないといけないから大変なのに…。

 書類を受け取るため、ルーカス隊長のデスクに近付いたら、あることに気が付いた。

 デスクに資料が置いてない。何で!?

私は急いで今渡された書類を確認したけど、手抜きをしたわけじゃないし、間違った事も書いていない。


「ルーカス隊長…これどうやったんですか?」

「どうって、普通に書いただけ」

「けど資料無いじゃないですか」

「ん」

「もしかして、過去の内容全部覚えてるんですか!?」

「ん」


何‥だと?私はざわ…となった。

 記憶力が良いにも程がある!その才能を少しでもいいから分けて欲しい!!

 しかも文章も簡潔で分かりやすく、字もキレイだから、どこからどこまで私の書いたものかすぐに分かる。ちなみに私は丸文字で、ルーカス隊長は筆記体のように伸びやか。まるで子どもと大人の字だ。

 …これ、元からルーカス隊長がやれば良かったんじゃね?


「ルーカス隊長、これからは自分でやりましょうよ」

「サーイェは給料泥棒になるつもりか?」

「……」


 だってさー、私よりも出来るじゃないか。私は拗ねて黙りとした。


「サーイェは仕事が丁寧だから好感が持てる。時々図解入りなのも良いと思う」

「………」


 それは説明がうまくいかない時の苦肉の策ですよ!


「俺のやり方が全部正しいと言うわけではない。まぁ頑張れ」

「……はい」


何だか元気づけられてしまった。大人だ。


「じゃあ今日はこれで終了」


 ルーカス隊長は立ち上がり、ソファーに向かっていった。


「まだ書類残ってますよ?」

「ロイスが取りに来てないから大丈夫」

「はい?」

「締め切りは只の目安であって、数日の猶予はある。それに本当に重要な書類なら、向こうが取りに来る」

「………」


 何だかロイス副団長の苦労が垣間見えた気がする。




「さて」


 ルーカス隊長はソファに座った。


「今日の仕事は終了」

「お疲れ様です」

「ん」


 私は書類を片付けると、ルーカス隊長にお茶を出した。


「ありがと」


 ルーカス隊長は礼を言うと、紅茶に口を付けた。


「前より淹れるのが上手くなったな」

「ほんとですか?」

「ああ、ちょっと美味しい」

「……ちょっとですか」

「ん」

「前は?」

「普通。不味くはなかった」


 …てことは美味しくもないんだよね?


「ロイスに比べたらまだまだだが、飲めるレベルだ」

「ロイス副団長と比べないで下さいよ」


 あれは神の飲み物だ!


「そうだな。だが成長したということだ」

「…ありがとうございます」


 ルーカス隊長はクスリと笑うと、紅茶を置いた。


「サーイェが騎士団に入って2ヶ月くらいか?」

「そうですね。それくらいです」

「もっと前から居るような気がする」

「私もそう思います」


 この2ヶ月は内容が濃すぎた。今までの人生の中で一番忙しかった。


「きっかけはイセアだったな」

「はい。バルフとバルファーが襲撃してきた時ですね」

「ああ。あの時はサーイェの事を魔人だとは思わなかった」

「……何だと思ったんですか?」


 人間とかは言わないよね?バレてないよね!?


「魔者」

「魔者…」


 なんだ魔者か…じゃなくて!


「前にも思ったんですけど、魔者って何なんですか?」

「…知らないのか?」

「はい」


 ほんと、すっごい今更なんだけどね。前にイセアを追い出されるときに、ヤン婆に言われた言葉。多分悪いことだろうと思っていたけど、詳しいことは知らない。

 ルーカス隊長は私が知らないことを驚いているのか、じっと私を見た。何だよぅ…。


「魔者は、混沌から生まれた災いを齎す者。強大で邪悪な魔力で他者を操り、破壊や殺戮を行い、世界を混沌へと導く…らしい」

「らしいって…」

「伝説上の話だから、確証はない」


 ないのかよ!!


「失礼ですね。そんなお伽話に出てくるような奴と一緒にされるなんて!」

「仕方ないだろ。人型の生物が空から降りてくるとは思わない」

「そうですけど…」

「それに最初はヤンディール様から魔者が出たと報告があった」

「そうだったんですか?」

「ん。そうでなければ黒騎士団全隊長が来る訳無い」

「…それもそうですね」


 バルフは数が多かったけど、そんなに強いわけでは無かったし、バルファーもガイシス団長に簡単にやっつけられちゃったからね。…けどバルファーは辺り一面を火事にさせるくらいだったから、それなりに強いのか?


「だけど実際お前に会って、邪悪な気配は無いし、住人にも慕われているようだったからその線は薄れた」

「それは良かったです」

「それに髪や瞳の色が黒いが特に異常がある訳じゃないんだろ?」

「はい。普通に見えますし、力が漲るとか気分悪いとかいうのも全然無いです」

「それなのにこんな風に騒がれるなんて迷惑だな」

「ほんとですよ!」

「お前の居た所はみんなそうなのか?」

「はい!そう…あ」


 し ま っ た 。


 私は思わず固まった。ギギギ‥と音が鳴るように首をゆっくり回すと、ルーカス隊長の溜め息が聞こえた。


「みんなそう、ね」

「いや、あの、違います!!今のは勢い余って言っちゃっただけで、ほんとは覚えてないんです!」


 私は慌てて否定したけど、逆にルーカス隊長は冷静で怖かった。

 ルーカス隊長が私の方を見ると、その顔には笑顔が全くない。


「サーイェ」

「………」

「正直に答えろ」


「………」


「お前は一体何者だ?」


「………」





 ……………どうしよう?



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