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いつも見ていた世界  作者: 板井虎
第二章
42/57

第17話:もうちょっと頑張ろう

「‥い!‥きろサー‥」

「‥ん…」

「サーイェ!」



 …んぁー、そんなに揺らさなくても起きますよ。

 眩しい日の光を浴びながら目を開けると、ルーカス隊長の顔が目の前にあった。


「うわぁっ!!…っあいた!!」


 その事にびっくりした私は、飛び起きて後ろにのけぞったが頭を木にぶつけた。しかしルーカス隊長はそれを笑うことはなく、普段では考えられないくらい真面目な顔をしていた。


「大丈夫か?」

「え、はい」

「怪我は?」

「いま頭をぶつけた位です」

「他に異常は?」

「無いです」

「そうか…」


 ルーカス隊長は私の返事を聞くと、はあ、と安心と気だるさが混ざった溜め息を吐いて私の凭れている木に体を預けた。

 私よりルーカス隊長の方が疲れてそう。ていうかレイは?また目が覚めたら居ないパターンですか。声掛けなさいって言ったんですけどね!

 私が周りをきょろきょろ見渡した。


「どうした?」

「いえ、何でもないです」

「…たく。心配掛けさせるな」


 そういうルーカス隊長は心底疲れているようで、私はなんとなく居たたまれなくなった。


「あの、ごめんなさい。迷惑掛けてすみませんでした…」

「ん」


 私が謝ると、ルーカス隊長はいつもの短い返事をした。そして私の頭を片腕で引き寄せると私の頭を撫でた。


「まあ、無事で何より」


 若干恥ずかしいけど、迷惑を掛けたので何も言えない。


「心配掛けてすみません」

「ん」


 そうルーカス隊長のいつもの短い返事をしながら差し出されたのは、湿った白い布。


「何ですかこれ?」

「目が腫れてる。何もしないよりかはマシだろう」

「…何から何まですみません」

「ん」


 ありがとうございますとお礼を言うと、ルーカス隊長からその布を貰うと目に当てた。あ、冷たい。

 

「ルーカス隊長、心配してくれてありがとうございます」

「ん」


「だけどあの、少し離れてもらえませんか?」


 風呂に入ってないから多分臭いと思うよ!


「ん?ああ、悪い」


 ルーカス隊長は怠そうに立ち上がると、2mほど離れた木に移動した。


「これくらいで大丈夫か?」

「まぁ大丈夫ですけど…」


 すぐ側に居なきゃ多分臭わないと思う。けどそこまで離れられると自分がものすごく臭いみたいでちょっとやだな!

 返事をするとルーカス隊長は気怠げに髪をかき上げた。


「あの、どうかしたんですか?」

「どうかしたってお前…分からないのか?」


 ルーカス隊長は至極面倒くさそうに眉間に皺を寄せた。


「えっと…テレウスさんとの喧嘩の後、ルーカス隊長の命令を無視して勝手に飛び出して来たから…ですか?」

「正解。よく分かったな」

「すみませんでしたっ!!」


 私は急いで頭を下げた。地面に頭が着きそうだ。


「はぁ…。もういい。サーイェ顔上げろ」

「はい…」


 おずおずと顔を上げると、ルーカス隊長は珍しく真面目な表情をしていた。


「媚薬事件やテレウスの事があるにも関わらず、お前への配慮が足りなかった俺も悪かっかった」

「いや、それはルーカス隊長が悪い訳では無いですし…」

「だがお前はフェロモン過多のセクシー隊長の補佐になんてしたせいで迷惑を被ってるんだろう?」

「ちょっ!!何ですかそれ?!!」

「自分で言ってただろ?『大体私は目立ちたくないんです!だからフェロモン過多のセクシー隊長の補佐なんてなりたくなかったんですよ!そのおかげで地味な嫌がらせ受けたり媚薬盛られるしいい迷惑です!!そんなに私のポジションが良いならなら、私は喜んでそのポジションを譲りますよ!』、て」

「何でそこまで完璧に覚えてるんですか!!?」

「記憶力は良いからな」


 さいですか…。


「……それにしても一体いつから私とテレウスさんの喧嘩を見てたんですか!?」

「いつだったかな?」

「たった今記憶力が良いって言ってましたよね?」

「そうだったか?」

「そういう冗談いらないです」

「少しは心に余裕を持った方が良い」


 にやりと笑うルーカス隊長にイラってした。何で私が責められなきゃいけないんだ!


「そんな事はどうでもいいとして、本当にいつから居たんですか?」

「お前とテレウスが訓練を始めた頃から」

「それほぼ最初からじゃないですか…」

「様子が気になったからな。口論が始まった頃に止めようかと思ったけど、面白そうだからついそのままにしておいた」

「見世物じゃないんですけどね!」

「まぁな。だがそのお陰でお前の胸の内も聞けた」

「……」


 私は思わずうなだれたが、ルーカス隊長はその反対で楽しそうにしていた。どうせ腹の中は汚いですよ!

 いじけて体操座りをしていると、ルーカス隊長は真面目な顔に戻った。

「サーイェ、家に帰りたいか?」

「……」

「答えろ」

「…帰りたいけどどうやって帰るのか知りません」

「少しでもその自分の家の記憶は無いのか?」


 私は膝に顔を埋めて縮こまった。


「前にも言ったじゃないですか。朧気な記憶しかないって。親は居たことは分かっても、その親がどんな顔でどんな人なのか分からない。その生活が幸せだった気がする。だけど何で幸せなのか分からない。そう言うことです」

「…すまない」

「謝らないで下さい」

「……」


 全部嘘ですから!!!

 嘘を見破られないように縮こまって顔を隠しているのを、ルーカス隊長は悲しんでいると解釈してくれたらしく、それ以上は何も言わなかった。


 しばらく沈黙が続いていたが、ルーカス隊長が静かにそれを破った。


「方法が分からなくても、帰りたいなら陛下に相談してみろ。今ならサーイェの要求が通る可能性が高い」

「…どうしてですか?」

「陛下は、今回の事でお前を傷付けた事に大変御心を痛めておられる」


 心を痛めた、ねぇ?だから何?私の方が痛いよ。そう思うと私の心は冷えた。


「ルーカス隊長も、知ってるんですか?」

「…お前の行方が分からないから一旦お前の家に戻ったところ、事情を知ったラヴィーナが全部話してくれた」

「そう‥ですか」


 知った経緯をルーカス隊長が言い訳をする様な言い方に、私は虚しさを覚えた。


「ラヴィーナは、お前が居なくなったと聞いて、泣きながら陛下と自分を責めていた」

「え?」


 あのシャイで大人しいラヴィーナが?


「陛下がお前に深い心の傷を負わせた事、そしてその事を知っている自分がちゃんとサーイェの心を癒やしてあげられなかった事を後悔していた」

「そんな…。ラヴィーナは何も悪くない。むしろすごく救われました」


 ラヴィーナが居なかったら多分まだ鬱から脱出してないと思う。そう告げるとルーカス隊長は苦笑した。


「それを本人に言ってやれ」

「……」

「サーイェ、城には戻ってこい。ラヴィーナや他の騎士達も心配している。もちろん、テレウスもだ」

「テレウスさんが?」

「ああ。あいつもつい勢いで言ってしまった節もある」

「ついこぼれた言葉が本心だって言いますよね」

「一理ある。ただあいつは不器用で臆病なだけで、根は素直な良いやつだ」

「…素直なのはきっとルーカス隊長限定ですよ」

「打ち解ければお前にも素直に接するはずだ」

「そうですかね?」

「ああ。…そのテレウスだが、今は牢獄に容れられている」

「えぇっ!?」


 私は思わず大きな声を上げ、目に置いていた布を外した。


「それって私と喧嘩していたせいですか!?」

「ああ。テレウスのサーイェ嫌いは周知の事実。事情を知らない陛下はテレウスが犯人だと思うのが当然」

「けどルーカス隊長が事実を知っているんならその事を話して下さいよ!」

「そう陛下に伝えたが無駄だった」

「はぁ?何で?」

「お前が出て行った原因が陛下のせいだという事を隠しておきたいからだ」

「そんな!…もしかしてそれって陛下の命令ですか?」


 私は怒りに拳を強く握り締めた。そんなんだったら本当にもう二度と陛下を許そうとは思えない。

 しかしルーカス隊長は静かに首を横に振った。


「違う。大臣達だ。陛下がサーイェに手を出したなんて事、彼等達からしたら醜聞でしかない」

「だからってテレウスさんに濡れ衣を着せるんですか!?」

「一時的にだ。お前が戻ってくるならテレウスは処罰される事も無く釈放されるそうだ」

「…まるで脅迫ですね」

「脅迫だろう」

「もし、私が戻らなかったらどうなるんですか?」

「テレウスの命は無いだろうな」

「そんなの、勝手過ぎる…!」


 もう何に対して怒ればいいのか分からない。テレウスさんなのか、陛下なのか、大臣達なのか、自分なのか。恐らく、全部。


「私にそんな価値なんて無いのに…どうして放って置いてくれないかなぁ…?」


 悔しくて私は左腕を強く握り締めた。


 痛い。まだ治りきってない左腕の怪我の痛かったが、そうでもしないと怒りを抑えられない。俯いていると、右手にそっと手が添えられた。

 ふと顔を上げると、憐れみの瞳を向けるルーカス隊長がいた。


「止めろ」

「……」

「自分を傷付けたところで何も解決はしない」

「…知ってます」

「知ってたなら良かった」


 私が手の力を緩めると、ルーカス隊長はその両手で私の両手で包んだ。


「価値が無かったら俺はお前を追い掛けて来ない」

「ルーカス隊長…」

「サーイェ、お前が苛立つ気持ちはよく分かる。自分を傷つけておいて、勝手な都合で人質を使ってまで自分を呼び戻す。そんな奴等の言いなりなんてなりたくないだろう」

「…はい」

「だが、今はそれを我慢してくれ」

「……」

「彼等を許せとか信頼しろとは言わない。ただ今は、お前の事を本当に心配をしている人達の為にも戻って欲しい」

「……」

「頼む」


 私を見つめる目は真剣で、ぎゅっと握られた手は力が強く温かかった。

 こんな風に私、いや、みんなを心配しているのを見ていると、自分が何しているんだろう?…と思う。

 こんな風にうだうだとして…。本当はちゃんと動かなくちゃいけないけど面倒臭い。

だけど…



『沙恵の中で【陛下】の事が好きと憎いが同じ位。だからこれからどちらに気持ちが傾いたかで決めたらいい』



 そうレイと決めたんだ。もう少しだけ頑張ろう。


「…元から城にはちゃんと戻るつもりでしたよ」

「そうか、ならいい」


 ほっとしたルーカス隊長は、私を握る手を緩めた。


「但し条件があります」


 私の言葉にルーカス隊長の顔は再び引き締まった。


「…何だ?」

「帰ったらまずラヴィーナに会わせて下さい。そしてテレウスさんをすぐに釈放して下さい」

「分かった。伝えておく」

「あと、出来れば陛下と会いたくないんですけど…」

「一応陛下には確認してみるが、会わざる負えないだろうな」

「そうですよね…」


 本当なら会いたくないんですけどね。まさに混沌とも言えるこんな気持ちで、陛下に会って何を話せば良いのだろう?

 こんな状態で彼に向き合うことが出来るのだろうか?


「ルーカス隊長」

「何だ?」

「もし陛下と会わなきゃいけない時は」


 私は自然に手を握る力が強まった。


「1人に…しないで下さい」




 ………ぉおう!!これじゃあまるでヒロインのようじゃないか!


「ご、ごめんなさい、やっぱ何でもな「分かった」へ?」


 ルーカス隊長はぎゅっと私の手を握り返した。


「ちゃんとサーイェの側にいるから安心しろ」


 口角を上げたルーカス隊長は頼もしく、いつものフェロモンをまき散らしており、今更恥ずかしくなってきた。けど自分で言った手前、また断るのも失礼だし、一緒に居てくれるのは心強いから何も言わずにいると、ルーカス隊長は私の手を放して立ち上がった。


「じゃあ城へ連絡するけど、お前も話すか?」

「いえ、結構です」

「分かった。連絡が済んだらすぐに城に戻るぞ」

「はい」


 ルーカス隊長は携帯用通石を使うと、本当にすぐ報告を終わらせた。


「ついて来い」

「はい」


 私は立ち上がると、ルーカス隊長についていった。




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