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いつも見ていた世界  作者: 板井虎
第二章
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第16話:私の泣き場所


 日が落ち夕闇が迫る頃、私はたまたま見掛けた湖の畔に降り立った。我武者羅に走ってきたので流石に喉が渇いてきた。

 湖の水は綺麗そうなので、手で掬って水を飲んだ。冷たい水が喉を潤し、私は少し落ち着いた。


 ここ、どこだろう?…まぁいっか。どこでも。

 私は木に凭れ掛かると脱力した。


 ここ数日の間に色々あり過ぎてパンクしそう。ていうかした。公衆の面前で大声出して八つ当たりとかダッサイな。

 さっきテレウスさんに向かってこんな所に来たくなかったとか帰らせてって言っちゃったけど、バレてないかな?まずったなぁ…。

 

「はぁ…。もうやだ」


 私は溜め息を吐くと膝を丸めて縮こまった。


 何でこんな事になっちゃったんだろう?私は至って平凡に暮らしたいだけなのに。私が何かした?してないよね。それなのにイケメンに囲まれて勝手に嫉妬されて被害被るとかマジ無いんですけど。

 恋愛ゲームで主人公がいじめに合うシーンは「うわぁ、ベタだなぁ」とか思って鼻笑いしてたけど、これは笑えない。いつから発禁物の逆ハーになったんだよ。そんなの絶対に嫌だし。


『いやなの?』

「嫌なの」

『どうして?』

「だって…ん?」

『ん?』


 この頭に響く声、わざわざ聞き返す喋り方、そして足の隙間から漏れている暖かい光は…!!


「レイ!!!」

『うん』


 私が顔を上げると真正面にレイがいた。思わず私はレイの顔をガシッと挟んだ。


『うーっ』

「今までどこに行ってたの!!?」

『どこか』

「どこかってどこ?」

「色々」

「分かんないの?」

『うん』

「ああ、そう…」


 うん、これがレイだよね。よく分かんないけど納得できてしまうのが不思議。無邪気ににこにこしているレイを見てると、力が抜けた。


「けどね、どこかに行くときはちゃんと言わなきゃ駄目だよ」

『駄目なの?』

「うん。レイが急に居なくなったから心配したんだよ」

『そうなの?』

「うん」

『嬉しい』

「え?」


 レイは文字通りぱあっと明るくなり、とろけるような笑顔になると私に覆い被さって抱き締めた。


「ちょ、ちょっとレイ!」

『なに?』

「離れなさい!」

『やだ』

「やだじゃない!私、後ろが木だから痛いの!」

『むぅ』


 それらしい理由を言うと、レイが不貞腐れながら離れてくれた。…と思ったら、私を抱き上げて自分が木の方に凭れ、すっぽり私を包み込んだ。


「ちょっとレイ!」

『これで痛くない』

「……」


レイは私を抱き締めてすごく幸せそうにしているので、何も言えなかった。まあ、いっか。心配しただけでここまで喜んでもらえるなら本望ですよ。

 仕方ないから大人しくレイの腕の中に納まってると、レイが前と違う感じがした。何だろう‥前に抱き締められた時より固い。男の人みたい。


『私は男』

「…そうだね」


 綺麗だから性別をあんまり感じてなかったんだよね。まだ中性的だけど前より男っぽくなっているし、ちょっと筋肉がついてる。さっきは驚いて気付かなかったけど声も少し低くなっている。

 …まさか第二成長期が今来たとか?いやいやいや、前の姿でも十分成人だったしそれは無いだろ!レイは一体いくつだよ!


『分からない』

「だろうね」


 改めてじーっと見た。昔は綺麗可愛いだったけど、今は綺麗かっこいいみたいな感じ。


『綺麗かっこいい?』

『うん。前よりカッコよくなったよ』

『そうなの?』

「うん」

『沙恵、嬉しい?』

「え?」


 レイは返事を楽しみにしながら訊いてきた。

 うーん、嬉しいかって言われると微妙だな。前は前で可愛かったから癒されてたけど、だからと言って今のが嫌いな訳じゃないし。だけどなんか…恥ずかしい。


『恥ずかしいの?』

「あー‥うん、そうだね」

『何で?』

「えっと、男の人っぽいから‥かな」

『男の人は恥ずかしいの?』

「男の人自体が恥ずかしい訳じゃないけど、何て言うのかなぁ…」


 やっぱり女性に抱き締められるより男性に抱き締められたら気恥ずかしくない?

 鎖骨とか喉仏ってセクシーじゃないですか。絶対フェチは多いと思うんだよ!手とかもね!だから今まで意識してなかったレイが急に変わっちゃって戸惑っているというか…。

 そう考えてるとレイの光が暗くなってきた。ああ、落ち込んできてるよ!


『沙恵は今の私のこと、嫌い?』

「それはない!!絶対ない!」

『ほんと?』

「うん!」

『男の人みたいだけど、私のこと好き?』

「うん!」

『私も沙恵のこと好き』


 レイは安心したのか、再び明るくなるとぎゅっと私を抱き締めた。ちょっと気恥ずかしいけどレイはレイだもんね!


『舐めて良い?』

「それはダメ!!」

『むぅ』


 まだ狙ってたのか!そこら辺も相変わらずだよ!!

 頭をぐりぐり押しつけてくるのは相変わらず犬っぽくて可愛い。

 けど残念だったね。よしよしと頭を撫でてあげるとレイは拗ねたような声を出した。


『沙恵』

「ん?」

『沙恵、心の中ですごく苦しんでいる。必死で気持ちを抑えている』

「……」

『沙恵が辛いと、私も辛い』


 レイは悲しそうにそっと私の顔に手を添えた。


『どうして我慢するの?』

「それは…」


 自分の、醜い感情を見たくないから。


『醜い感情?』


 真っ直ぐ私を見つめるレイの瞳は、悲しくなるほど純粋で私は目を伏せた。



 こんな所に居たくない。

 特別扱いされたくない。

 嫉妬なんかされたくない。

 恋愛なんかしたくない。

 もう誰にも触られたくない。


『沙恵…』


 どうしてこんな事に巻き込まれなきゃいけないの?

 どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの?


 そんな疑問ばかりが頭に浮かび、私は歯を食いしばった。


『沙恵』


 レイが静かに私を呼ぶと、大きな手のひらで私の顔を包み込んだ。

 目の前にあるのは綺麗で曇りのない真っ直ぐな瞳。私にはない、純粋な眼差し。


「っ…」



 違う…。違うの‥。

 本当はここでの生活もなかなか良いと思ってる。みんな優しいし、良い家にも住まわせて貰っている。

 自分じゃ何も出来ないからそれを周りのせいにして逃げているだけ。それが分かってるのに行動に移せない自分が嫌いだ。反吐が出るほどに。



『吐いてもいいよ』

「え?」

『気持ち悪いなら吐けばいい。辛いなら泣けばいい。沢山吐いて泣いて、そして辛いのが全部無くなったら、一緒にいっぱい笑おう?』

「レイ…」

『我慢しないで』



 レイの優しい笑顔を見ると田寡が外れ、涙がぼろぼろ落ちてきた。


「…分かんないの…。どうすればいいのか分かんないっ‥!」

『うん』

『元の世界に帰りたいけど方法が分かんない…!それに帰る方法が分かっても、その時素直に帰られると思えない。それにこっちで自分の力で生きてやるとも思ったし…だんだんここの生活も悪くないって思えてきたんだもん…」

『うん』

「イケメンに囲まれたくないって思ってるけど、外見関係無しにみんなのことが好きなの」

『うん』

「陛下の事だってやっぱり憎い。あんなことされて許せるわけ無いよ!だけど…酷いことを言った罪悪感が消えないの…ッ」

『うん』

「もうどうすれば良いか、分かんない……自分の気持ちが分かんないよ!」

『うん』



 矛盾が私を押しつぶしていく。

 私はレイの胸にすがり、ひたすら弱音を吐いた。そしてただ泣きじゃくる私を、レイは私を優しく抱きしめ、ずっと返事をしてくれた。


 言葉はいらない。ただ傍にいて。






 その後もずっと泣きじゃくり、今まで誰にも言えず溜まったものを全て吐き出すと、ようやく落ち着いてきた。こんなに泣いたの久しぶ…


「あ」

『どうしたの?』

「うん‥この間ね、この世界で私の泣き場所が無いって思ってたんだ」

『うん』

「だけど違ったね。私、レイの前で二回も泣いてる」

『うん。初めて会った時は口からも吐いて「それは忘れて」


 初対面でリバースなんてあり得ないでしょ!あれは黒歴史の一つだね。頭を抱えていると、レイが私の頬を撫でた。


『忘れない』

「えー‥」

『初めて沙恵と会えたこと、忘れない』

「レイ…」


 レイは私に頭を押し付けた。なんか照れるな。

 レイとの出会いは色々と忘れがたい。リバースしたのもそうだけど、レイの存在は特殊だった。発光する今まで見たこと無い程の美人。そして苦しんでいた私を助けてくれた人。

 一緒にいて発光するのが自然になったり、美人だけどわんこだって分かったから印象はずいぶん変わったけど、感謝すべき人だって事には変わらない。

 今だってだめだめな私を優しく包んでくれている。


「レイ、本当にありがとね」

『うん、沙恵』

「何?」

『舐めてもいい?』

「だからダメだってば!」


 私が叱るとレイは少し頬を膨らませて私を睨んだ。


『何で?沙恵が私と居ると泣けるって事は、特別でしょ?』

「まぁそうですけど…」

『特別は舐めてもいいって言ってた』

「だからその特別と今の特別はまた違うの!」

『むぅ』


 …ああ、やっぱり可愛い!今はまた違う可愛さなんだよね!

 透明感のある美丈夫だからすっっごいカッコいいんだけど、口を尖らせたりほっぺ膨らませたり子供っぽい仕草が堪らんのですよ!


『何が堪らないの?』

「あー、あんまり気にしなくていいよ」

『そうなの?』

「うん」


 レイの顔の至近距離にドキマギしながら私は答えた。


『沙恵』

「な、何?」

『沙恵はここが嫌いなの?』

「……」

『嫌いだから居たくないの?』


 レイは少し悲しそうに訊いてきた。


「…全部が嫌いな訳じゃないよ。好きなとこもある。だけど嫌なだけなんだと思う」

『何が嫌なの?』

「今までいた世界と違い過ぎるからかな。多分私が異世界から来た特殊な奴だから、こんな事に巻き込まれているんだと思う。みんなが無条件で私を好きでいてくれるのも、きっとそのせい」

『そうなの?』

「多分ね。だから私は…私の存在が何なのか分からなくなる。みんなが好きなのは特殊な私で、そのまんまの私は要らない。それは私自身の魅力じゃない。レイも、私が特殊だからそうやって好きって言うんだよ」

『そうなの?』

「多分ね」


 何だか自分で言ってて辛くなってきた。特殊じゃなかったらレイさえも私から離れて行ってしまうのか…。

 私な不安を感じ取ったのか、レイはぎゅっと私を抱きしめた。


『私はどっちでもいい』

「え?」

『理由があっても無くても沙恵が好き』


 レイは小首を傾げながら私を見つめた。


『好きになるのに、理由がいるの?』

「それは…」

『ただ好きなだけは駄目なの?』


 ずいぶん核心を付いてきたな。好きになる理由か…。そう言われれば要らないのかもしれない。けど理由があるから好きになるんじゃないのかな?それとも好きだから理由があるの?


「じゃあレイは、どうして私のことが好きなの?」

『沙恵だから』


 即答かっ!!


「じゃあ私が沙恵じゃなかったら?」

『沙恵じゃない沙恵って何?』

「…何だろうね?」


 自分でもよく分かんないな。大体誰じゃなくて何って聞く辺りで謎だよね。人でもないのか?


『分かんない』

「ですよねー。えーとじゃあ、レイの知らない沙恵かな?」

『私の知らない沙恵を知らない』

「……うん、そうだね」

『うん』


 暖簾に腕倒しといいますか…全く話にならない。仮定が通じない。だけどレイの言ってることは間違ってないんだよなぁ。

 一人頭を抱えていると、レイは私の眉間を指で突いた。


「あいたっ」

『眉間にしわを寄せてると美人さんが台無しって沙恵が言ってた』

「あー‥確かに言ったね。けど私美人じゃないし」

『沙恵が台無し』


 つんつんと私の眉間を突いて皺を伸ばした。


「こらっ!やめなさい!」

『しわ消えた?』

「消えたからやめて」

『うん』


 レイはにこにこしながら私の眉間から指を離した。


「まったく…」

『好きは難しいの?』

「うーん、単純なような簡単なような…」

『ふーん。沙恵は大変』

「ていうか、レイがシンプル過ぎるんじゃないか?」

『そうなの?』

「うん。けど、シンプルなのが一番いいのかもね。ちょっとはレイを見習うよ」

『私、先生?』

「まぁそうだね」

『よしよし』


 レイは楽しそうに私の頭を撫でた。何で?!


『沙恵がよく私を褒めると撫でる』

「あー確かにそうだね」

『沙恵、嬉しい?』

「…うん。嬉しい」

『よしよし』


 なにこれかわいい!!!私に喜ぶのを期待した表情!!めっちゃキラキラしてるんですけど!!犬が荷物を持ってきた後の表情にそっくりだ!あぁ、すごい癒される…。

 レイはよほど気に入ったのか、にこにこしながらしばらく私の頭を撫で続けた。



 レイは撫でることに飽きると、今度は私の髪の毛をくるくるして遊び始めたので、私もレイのキューティクルが艶々でサラサラなストレートヘアを弄った。



『沙恵』

「んー?」

『“嫉妬”って何?』

「…どうしたの急に?」

『さっき沙恵がされたくないって言ってた』


 そうね、レイには私の心の中もスケスケですものね。


『うん』

「うーん…嫉妬はね、自分の好きな人の気持ちが他の人の方に気持ちが向いて焼き餅妬くとか、自分より優秀な人を羨み妬むことかな」


 簡単に説明してみたけど、レイはよく分からず首を傾げている。


「例えば、レイは私の事を好きって言ったよね?」

『うん』

「もし私が、レイが側に居るのにうーんと‥レイよりもレイの凭れてる木の方が好きって言ったら『嫌』…ですよね」


 即答どうもありがとう。分かったから離しておくれ。


『嫌』

「拗ねないの。もしもの話だからほんとじゃないよ」

『そうなの?』

「うん。とにかく、その気持ちが嫉妬。レイはその木に嫉妬したの」

『嫉妬…嫌い』

「うん、良い気分じゃないよね。それはされた方も同じ。私の立場はその木。側に居るだけで何もしてないのに嫉妬されちゃうの」

『どうして?』

「私の近くにいる人達が人気者だから、一緒に仕事をすると周りの人が私に嫉妬するの」


 今回はルーカス隊長の事だったけど、多分そのうち他の隊長達目当ての人から嫉妬されるんだろうなぁ…。



『じゃあ“憎い”は何?』

「それは…」

『“憎い”が一番沙恵を苦しめている』

「……」

『それは【陛下】のせいなの?』


 陛下のせい、か…。


「そう‥かな…」


 ぽつりと呟くと、虚無感が胸に広がった。




『【陛下】が沙恵を苦しめるなら、私が【陛下】を消す』

「…はっ?!!」


 しんみりしていると、レイが爆弾発言した。何を言い出すんだこの子は!!


「消すってどういう意味!?」

『存在を消す』

「いやいやいやいや!そんな可愛くないこと言わないでよ!」

『どうして?【陛下】が消えれば沙恵はもう苦しまない』

「そういう問題じゃない!別に殺さなくていいの!!」

『そうなの?』

「うん!」

『じゃあどうするの?」

「……」

『沙恵?』

「はぁ…」


 それが簡単にいかないから悩んでるんだよ。


『どうして?』


 だって陛下に襲われた事を、許そうとは思わない。


『じゃあ【陛下】を消す』

「だから駄目だってば!大体レイは陛下のこと分かってる?王様だよ?』

『王様は沙恵を苦しめていいの?』

「いや、そういう訳じゃないけど…」

『私は【陛下】を許さない』


 レイは何とも無しにサラサラと私の髪を弄りながら言ったが、レイに全く表情が無かった。その目は温かさも冷たさも何も宿していない。完全無欠の美しさを持つ人形のようだ。


 嫌だ…怖い。こんなレイ、見たくない!


『え!?』


 レイは急に悲しそうに眉を八の字にして、私の顔を覗き込んだ。


『沙恵、怖い?私のこと嫌なの?』

「あ…」

『私が【陛下】を消そうとしたから嫌になったの?消さなかったら沙恵は私のこと嫌にならない?』

「…うん、そうだね。もしレイが陛下を殺しちゃったら…多分レイのことも許せないかも」

『じゃあ消さない…』


 レイは叱られた犬のようにしょんぼりと頭を下げた。さっきまで怖いと思ったのに、急にいつものレイに戻ったから拍子抜けした。


「うん、そうして」


 よしよしと頭を撫でるけど、レイの顔は晴れなかった。


「陛下はね、今の私の生活の場を提供してくれた恩人だし、王様で上司だし。時々ちょっかい出してきて鬱陶しいなって思う時もあったけど、優しいし良い人だと思ってたから私は陛下を頼りにしていた。少し、甘えていたのかもしれないね」


 その事を知っているから憎みきれない。私は一体どうするべき何だろうか?


『いま答えを出すのが難しいなら後で決めればいい』

「え?」

『沙恵の中で【陛下】の事が好きと憎いが同じ位。だからこれからどちらに気持ちが傾いたかで決めたらいい』

「そっか…そうだね」

『うん』


 結局今は様子見しようって事だね。まだわだかまりは解けないけど、今はちゃんと陛下を見てから、許すか許さないか決めよう。


「レイありがとう!」

『うん』

「やっぱり私はレイにいっぱい救われてる」

『そうなの?』

「うん」

『沙恵には私が必要?』

「うん」


 その言葉を聞いてレイは満面の笑みになった。


『私も沙恵が必要』


 レイがそれはもう幸せそうに笑った。…なんだこの可愛さ!!!私を殺す気か!!


『私が笑うと沙恵死んじゃうの?』


 レイは急に笑顔を我慢して真面目な顔になった。


「ち、違う違う!!それは例えであって、昇天するくらい可愛いっていうか、見てて幸せになるんだよ!うん!だからレイは笑顔でいて!!」

『分かった』


 私が必死で頼むと、レイの顔は一気に弛んで先程の幸せそうな顔に戻った。あーもー素直で可愛すぎる!!

 レイの笑顔で萌え萌えしていたら、レイの顔が近付いてきて、レイは私の鼻を甘噛みした。


「な、なにしてんのレイ!!!?」

『沙恵の鼻を噛んだ』

『それは分かるよ!!何で噛んだか聞いてるの!」

『沙恵が舐めちゃだめって言うから一番噛みやすい鼻を噛んだの』

「噛むのも駄目なの!!!」

『そうなの?』

「そうなの!!」

『むぅ…』


 レイは眉間に皺を寄せ難しい顔をした。何なのこの子!!本能で動いてるのが動物っぽい!いや、ちょっと変態っぽいな!


『じゃあ何ならしていいの?』

「え…何でも駄目」


 うぉお拗ねた!ものすごい勢いで拗ねた!!


『どうして沙恵は私のこと好きって言ったのに、触っちゃいけないの?』

「いや、あの‥えーっと…ハグならいいよ」

『ハグ?』

「抱き締めるって事だよ」

『本当?』

「うん」


 レイは本当かどうか聞いていたが、その時にはすでに私の腰に手を置いていた。行動が早いな!

 私の返事を聞いたレイは、早速私を抱き締めた。


『沙恵にもっと触りたい』

「だーめ。特別じゃないと沢山触っちゃいけないの」

『早く特別になって』


 レイの真っ直ぐな懇願に、私は罪悪感に苛まれだ。だけど私には既にあいつが特別で、それを譲る気は無いんだよ。

 レイがそれを理解したかは分からないけどレイは私をギューッと抱き締めた。


『沙恵』

「何?」

『おまじないかけてあげる』

「え!?」


 おまじないって言うとあれですよね?ピアスやネックレスを舐める…


「ダメ!絶対ダメ!!」

『何で?』

「だってレイ舐めるんでしょ!?」

『今度は舐めない』

「舐めないの?」

『うん』


 じゃあ最初からそれをやってくれればいいのに。


『舐めた方がやりやすい』

「へえ、けど舐めないでね」

『うん』


 レイは私のピアスに顔を近付けると、息を吹きかけた。


「うぁっ!!」


 びっくりした私は思わず身を引いた。


「なっ何するのさ!!」

「だからおまじない」

「けど…」

「舐めてない」


 レイは結構ムスッとして私を見ている。…うん、舐めてないね。


「噛むのも駄目だから息を吹きかけている。それも駄目なの?」

「いや、うーん…」


 今回のレイは結構怒ってる。まぁ‥かなり譲歩したのにまだ不満か!って所だよね?


『うん』

「…分かった。我慢するよ」


 私が溜め息を吐くと、レイは黙って再び私に息を吹きかけた。

 …やっぱり耳が感じてそわそわする。早く終わんないかな。


『まだ終わらない』

「わっ!!」


 こ、声出さないでよ!余計感じるじゃないか!!


「むぅ…」


 レイは再び不満そうにしていたが、黙って続けた。そして反対側の耳、胸元のネックレスに息を吹きかける。ネックレスはレイの吐息に反応して、光り輝き始めた。そして終えると光も徐々に消えていった。

 レイがおまじないを終えて、下から私をチラッと見たのだが、それが予想以上に色っぽく見えて思わず目を背けた。

 レイは首を傾げつつ元の位置に戻った。


『沙恵?』

「な、なんでもないよ!そ、それよりもう終わりだよね?」

『うん』


 レイはニコニコしながら私を抱き締めた。

 ほんとに無邪気なんだから。可愛いから許すけど。何だか身体が温かくてほわほわしてきたので眠たくなってきた。


『寝ていいよ』

「うーん…いいの?」

「うん」

「じゃあそうしようかな。…あ。勝手に居なくなったら駄目だよ。行くときはちゃんと声掛けてね?」

『分かった』

「よし」


 いいこいいこと頭を撫でてあげると、レイも頭をすりすりとした。うん、可愛い。


「おやすみ、レイ」

『おやすみ、沙恵』



 普段呼ばれない自分の本当の名前に安堵し、私の意識はすぐに夢の中へ飛んでいった。



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